閑話 ヒーローと合体メカと
なんの因果か、私は今お嬢や黒スーツ数名とともにテレビを見ている。
「ホラ! 始まるわよ! あんた達大人しくしてなさいよね!」
夕方五時、晩御飯はまだかと厨房をのぞきに行った私は料理長にあと二時間は待てと言われ、空腹を紛らわせるためにおやつを探そうと休憩室に立ち寄ったのだが、そこでお嬢に捕まった。
なんでも毎週欠かさず見ているテレビ番組があるということで、付き人なら主人の好みは把握しておきなさい、とそんな理由からこうして休憩室に備えられた巨大テレビモニターの前に座らされている。
まあ晩御飯までの暇潰しには丁度良いので付き合うとしよう。
まだ日は高かったがカーテンを閉めた室内で明かりが落とされ、否が応にも視線が集中させられる。
『チャーラッチャーチャラチャラッチャー♪ 回遊戦隊! マグロセブン!』
ザッパーンと波が激しく岩場を叩き付ける映像とともに、軽快な音楽とそんな言葉が大音量で聞こえてくる。戦隊ヒーローものだった。
「……」
深く考えると色々ヒーローとして矛盾があるんじゃないかと思うような不思議な歌詞に合わせて、力強い声の主が主題歌を歌っている。
「お嬢、すまないが私はこれで失礼す──」
ゴリッ、と思い切り足を踏んづけられる。
黙っていろという意味に加えて席を立つなという暗黙の脅迫だった。
画面の中では魚市場で働く青年がせっせと汗を流している。魚市場のドキュメンタリーにしか見えない風景が延々と続いていたのだが、いきなり変化が訪れた。
『また密漁だってよ!』
『今月でもう五回目か……、商売にならねえよ……』
ダミ声の競り業者達が世間話をしている。それをこっそり聞いていた青年の目が光り、つい先ほど競り落とされた冷凍マグロに向かって話しかけはじめた。
『秘密漁業組合! 出動だ!』
『『ラジャー!』』
冷凍マグロの口がパクパクと開き誰だか知らないが数人分の声が返ってきた。
だがそれを告げられたマグロは無情にも出荷され、青年は更衣室で戦隊服に着替えている。シュールな画だった。リアル志向なのだろうか。
そんな得体の知れないものを出荷するなとか他にも色々とツッコミを出したいが、それを言うのは野暮なんだろう。なによりお嬢の足が既に踏み下ろす形でスタンバイしていた。
それはともかくいつの間にか画面は港へ移り、五人の青年が腕をクルクル回したりしてポーズを取った末に変身を遂げていた。
『クロマグロ!』
『ミナミマグロ!』
『キハダマグロ!』
『メバチマグロ!』
『ハタハタ!』
「おいお嬢、一匹明らかに違うのが混じってるぞ」
「黙ってなさいっつったでしょ!」
また足を踏まれた。なんで一匹だけ違う種なのかとか当然の疑問だと感じ、とうとう我慢の限界を迎えて口を開いてしまう。というか他の四人は一応人型なのにハタハタだけ魚のままだ。地面でビチビチと跳ね、今にも絶命してしまいそうだった。
「大体なんで五人なのにセブンなんだ」
「ピチカート・ファイブだってベン・フォールズ・ファイブだって名前通りの人数揃えてないじゃない! 細かいこと気にすんじゃないわよ!」
そんなもんなんだろうか。屁理屈のついでにきっちりと足を踏まれ、なんともやりきれない思いが募る。
『密漁者め! 正義の鉄槌を喰らえ!』
そしてまたいつの間にか風景は洋上へと移り、隊員のそれぞれが漁船を操作し密漁者の船団を取り囲んでいる。ハタハタは深海に帰っていった。
『行くぞ! 遠洋合体だ!』
ガシーン、とか、シャキーン、とか。どうやら漁船が変形しているらしい音が響く。どこをどう変形させたらそうなるのかわからないが、黒々とした巨大な本マグロが姿を現していた。しかも遠洋じゃないと合体できないなんていう意味のない縛りがあるらしい。
『回遊戦士! ホンマグロ!』
「来たわ! 来たわよ! 頑張れホンマグロ!」
「相変わらず惚れ惚れするような見事な変形だぜ」
「ああ、疑問を挟む余地がないな」
前々から思っていたがこいつらの目は確実に節穴だ。
『回遊ミサイル発射!』
マグロの形をしたミサイルが密漁船団を襲う。何かに当たるまで止まらないが別に敵を追撃することもないというハタ迷惑なミサイルだった。全弾回避され、一体どこで炸裂するのか気になった。
『よし! トドメだ!』
当たってないんだから『よし』じゃないだろう。
なぜ密漁漁船の船員がマシンガンやRPGなどを装備しているのかわからないが、必死の抵抗を見せている。しかしくるくると船団の周りを周回しはじめたホンマグロには掠りもしない。
ぐんぐんとそのスピードが上昇する。すると円の内側に渦潮が発生し、密漁漁船は中心に向けて引き寄せられていった。もはやありえない速度で周回するホンマグロは円にしか見えない。輝きはじめたその円はまるで蛍光灯のようだった。
そして、密漁船団を海中に引き摺りこもうとしていた渦潮が上空に向けて立ち昇りはじめる。
なぜか胸騒ぎがしていた。今からモニターに映るだろう光景を、既に知っているとでもいうような既視感。
そんな私の変化には気付かず、お嬢は夢中になって画面に食いつき声を同調させる。
「『黒潮! タイフーーーーーン!』」
渦潮が天を衝くような巨大な竜巻と化し、全てを飲み込まんと広がっていった。
──ズキリ──
酷い頭痛に襲われる。
なぜだろうか。こんなバカげた風景を、私は忌避するべき脅威であると感じていた。
空想の世界の産物を、まるで同じ体験をしたかのように。
──バカバカしい。
もしかしたら、という可能性も考えたが、あってたまるかと痛みをこらえつつ心の中で否定した。
生身の人間がこんなものに巻き込まれたあげく漂流して生きているはずもないし、もしそうだったとしても帯刀さんが情報を掴んでいないのはおかしい。
きっと私には竜巻というものに対してなにかしらのトラウマでもあったんだろうと結論づけ、くだらない考えを頭の隅にしまいこんだ。
そうして。
痛みを堪えているうちにどうやら番組は終わったらしく、エンドロールが流れている。熱しやすく冷めにくいお嬢は今の興奮を抑え切れない様子だった。
「うちのクルーザーもホンマグロに変形できるように改造できないかしら!」
そんな恥ずかしいクルージングは勘弁して欲しい。そういう趣向の潜水艇なら製造可能かもしれないし、コイツの財力ならやってのけそうなのが怖いところだが。できれば潜行したまま一生浮上しないで頂きたい。
しかしそんな予感を拭い去るかのように、突然現れた神野さんが凛とした声で告げる。
「ご自重くださいませお嬢様」
「あ、ああ当たり前でしょ! 冗談よ! 冗談! ね?」
私に振られても困るが、冗談で済むのなら自身の保身のためにも同意しておく。
「ええ、まさかそんなバカな事はしないでしょう」
キッ、とお嬢に睨み付けられる。しかし神野さんの手前だからか足を出されることもなく、借りてきた猫のように大人しくなる。
「そうは仰いますが……、既に当家のクルーザーはお嬢様の手によって二度に渡り勝手な改造を施されております。帯刀主任もなかなか甘いところがありますので」
ハァ、と神野さんは溜息をそこら中にまき散らしていた。こっそり私の背後に忍び寄った帯刀さんが、いやあ面白そうだったもので、などと言い訳をしている。
なるほど、あの完全武装面白クルーザーはそんな経緯を辿っていたのか。
「ネコ様もお気をつけくださいませ」
礼をした際に前髪が神野さんの表情を隠すが、その隙間から漏れる気配は言葉に尋常ならざる強制力を付与していた。ゾッとしないな。
お嬢が、さあつまみ食いよ、と腕を振り上げて席を立つ。
いつまでこんなことを続ければいいのか。すぐに頭痛のことを忘れていた私は、やはり水那上家に関わったのが運の尽きだと暗澹たる気持ちを膨らませながら休憩室をあとにした。




