思い出の味はどんなものだっただろうか
「お、今日もうまそうだな。1つくれよ」
「ああ、いいよ」
窓の外からダンの声が聞こえて足を止める。のぞきこむと友だちとお弁当を囲んでいるのが見えた。
騎士科の令息たちは皆良くそんなに入るなと感心するぐらい食べるけれど、私が作ったダンのお弁当は一番大きい。我ながら朝から良くあのボリュームを作ったとちょっぴり誇らしくなる。
「今日もうまいなあ。いつもおまえが好きだからってこんなにたくさんのからあげを作ってくれるなんて。ナナ嬢ってホント優しいよな~」
「まあ、作ってくれるのはありがたいけどさ。正直いつも同じで飽きる」
はあ? あんたがそれが食べたいって言い張ったのに、何文句言ってんのよ。やれやれと肩をすくめるダンにイラッとする。
私ナナとダンは一家全員仲が良い。一緒に学園に入学した時に奴が「食堂の弁当じゃ足りない」と泣き喚くので時々お弁当を作っている。
大食らいのくせに偏食なダンが「家のからあげが食べたい」と言い張るので、毎回おば様に教わったからあげをお弁当箱にぎっちり詰め込んでやっている。
それを友だちの前でまるで手抜きしてるみたいに言うなんて失礼な奴め。おば様に言いつけてやろう。
「おまえなあ、頼んで作ってもらってるのに飽きるとか、ナナ嬢に失礼だぞ」
「え、そうか。気をつける。そういや、この間ローラちゃんが持ってきたからあげうまかったな~」
「ああ。ナナ嬢のカリカリ系とは違うやわらかしっとりで、味変のソースもうまかったな」
「だよな~。手間かけて丁寧に作っているって感じでめっちゃうまいし見た目もきれいだし、料理上手な女の子のお弁当って感じ。またローラちゃんの弁当食べたいなあ」
私の作ったお弁当には何も言わないのに、他の女の子のお弁当はおいしいと喜ぶダンにモヤッとする。
そりゃあ私はいくつかの定番のレシピを使いまわしているし、料理上手なんてとても言えない。でも、たまに味を変えたりからあげ以外の揚げ物も入れたり、私なりにがんばって作っているんだけどな。
いつまでも褒めちぎる姿に何ともいえないモヤモヤが広がって、私はその場を離れた。
*****
「悪い。明日はローラちゃんが弁当を作ってきてくれるから、そっち食べるわ」
「ええっ。いきなりそんなこと言われても、もう材料準備しちゃったわよ」
「ごめんごめん。でも、ローラちゃんの弁当ってすごい人気でさ、これを逃すと次いつ食べられるかわからないんだ」
「まあ、それならしょうがないわね。でも、今度はもっと早く言ってよね」
急に呼び出してきたと思ったら、軽い口調で当り前みたいに断ってきたダンにモヤッとする。
でも、私だって人気でなかなか予約がとれないお店に急に行けることになったら予定をキャンセルするかもしれないし。材料はまあ他のものに使ったり友だちにもらってもらえばいいか。
そう思ってうなずくと、ダンは明日の楽しみに気持ちが飛んでいるのかへらへらした笑顔を浮かべる。
「そうそう、ローラちゃんこの間『私、料理作るのが好きなんです。良かったら作りますよ』な~んて俺に言ってくれたんだよな。これってさ、もしかして頼んだらまた作ってくれるってことかな?」
単純なダンは同じ女性の私に意見を聞いただけだろう。でも、この間から彼女と比べられることにモヤッとしていた私は何だかその言葉に猛烈にイラッとして、嫌味を言ってやる。
「さあ、本人に聞いてみないとわからないわ。でも、あんたが大食らいな上に偏食だって彼女が知っていて、それでも時間と手間をかけて作ってもいいって言ってくれているんだったら、そうなんじゃないの」
「何だよ、そこまで言うほどひどくないだろ。あ、でも、ローラちゃん『私、揚げ物が一番得意なんです。ダン君みたいにおいしそうにたくさん食べる人って作りがいがあって大好きです』って言ってたな~。くぅぅ、優しいなあ」
それって彼女、ダンに気があるってことじゃない。鈍いのか好きな子にアプローチされたのを自慢したいのかわからないけれど”自分のためにがんばってくれている”のを無邪気に喜ぶ姿に心がすうっと冷えていく。
今までおば様に頼まれたこともあってやっていたけれど、そんなお世話好きな彼女がいるなら私もういいわよね。変に関わって誤解されたくないし。
「あんたの世話を焼いてくれるような優しい子がいて良かったわね。じゃあ、これからはその子にお弁当作りを頼んでね」
「おう、言ってみるわ。ローラちゃんのお弁当が食べられるなんてうれしいなあ」
完全に自分の世界に閉じこもってしまったダンを放って私は帰った。
その後、ダンはローラさんと付き合い始め、私がお弁当作りを頼まれることはなくなった。一番良く作って食べていたからあげも何だか飽きてしまって。そのうち作ることもなくなった。
*****
最近、弁当が物足りない。
付き合い始めた彼女ローラちゃんはプロかと思うぐらい料理上手で、いつも俺の好きなものを作ってくれるし、味もボリュームもあって大満足だ。
でも、何か違う。おいしいんだけれど、これじゃないんだよな。
考えてもわからなくてもやもやしていたが、久しぶりに実家に帰ってからあげを食べた時にひらめいた。
そうだ、ナナのからあげが食べたいんだ。
幼なじみのナナは学園に入学してからたまにからあげ弁当を作ってくれていた。外はカリカリで中はジューシーな、1つ1つが石のようにでっかいからあげだ。家のレシピを教わって作ったって言ってたけれど、ナナの方が噛むと肉から旨味がじゅわっと出てくるし衣がスパイシーでうまかったな。
思い出したら無性に食べたくなってナナに声をかけるとあっさり断られる。
「悪いけど、最近忙しいの。彼女さんにおば様のレシピを渡して作ってもらったら?」
「そりゃそうだけどさ。ナナの作ったからあげは確かに家の味なんだけど、何か違うんだよ。何かアレンジでもしたのか?」
ナナは少し考えていたが、肩をすくめる。
「さあねえ、けっこう前のことだしわからないわ。作っていた時にやっていたことをメモして渡すから、自分で作ってみたら」
「何だよ、冷たいな」
内心ナナがまた作ってくれることを期待していたのに、きっぱり断られて思わず不満が口に出る。と、ナナは呆れたような顔をした。
「さっきも言ったけれど私は忙しいの。からあげなんて手間のかかるもの作っている時間はないわ。それにいつも同じ味で飽きたんでしょ? 自分で好きなのを作ればいいじゃない」
いつか友だちにこぼした愚痴を言われてヒヤッとする。げっ、どこで聞かれていたんだろう。でも、ついうっかり言っただけなのにこんなに嫌味ったらしく言わなくたっていいのにさ。
俺の心を読んだようにナナは冷たい目をする。
「前はあんたを心配するおば様に頼まれたから時間と手間を使って作っていたのよ。でも、今はいつも平気でわがまま言ってくるようなあんたの面倒を見てくれる優しい彼女さんがいるのだから、私が作る必要はないでしょ。
レシピは後で送っておくから。じゃあね」
ナナは一方的に言い切るとくるっと背を向けて行ってしまった。追いつけるけれど、幼なじみの見たこともないような不機嫌なオーラに気圧されて動けない。
はああ、あいつ怒ると面倒くさいんだよな。仕方ない、諦めるか。
その後、俺はローラちゃんの手を借りながらからあげを作ることにした。
ローラちゃんとわいわい喋りながらだんだんうまくなっていくからあげを作るのは楽しい。でも、どんなに上達してもあのからあげは作れない。ナナに聞こうとしてもいつも遠くにいて話しかけられない。
俺は今日もナナにもらったレシピでからあげを作る。思い出に残るナナのからあげを思い出しながら作っているけれど、何回も作ったからあげが混ざっていて、本当にこうだったかもうわからない。
ああ、あのからあげはどんなものだったかなあ。食べたいなあ。
今日のからあげはうまくできたはずなのにどことなく湿っぽく感じた。
料理がそんなに好きじゃない女性ががんばって作った凝った料理を旦那さんにバカにされて、それ以来絶対その料理は作らないという話を聞いて、そりゃそうだわと書きました。
この暑い中、料理を作ってくれる人は本当にありがたいです。揚げ物とか家でやったら倒れる。




