1-4 はじめてのともだち
「ここが……聖都」
列車を降りたその時から漂う、故郷――帝都とは違う、穏やかで綺麗な空気。
その煌めきに、俺はいつの間にか魅せられてしまっていた。
まず、人が多い。まるで人の海に潜ったかのような光景は今まで見た事がないものだ。
しかし、それでもここは空気が澄んでいた。
レンガ造りの石絨毯。周りは人の海、であるにも関わらず、だ。
帝都では常に周りを見渡せていたにも関わらず、ここまで綺麗な空気は見た事がなかった。
「凄い……」
隣のカラスもまた、黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせ、辺りを見回していた。
俺と同様、こういった場所は初めてなのだろう。心の躍動などが、顔いっぱいに現れている。
――そして、これは何より意外なことだったのだが。
「…………はぁ」
あのお気楽お天気糞野郎が、何とまぁ愉快な事に、沈んでいた。
それはもう見事に、カラスとは全く逆の暗い雰囲気を纏っている。
「何だ、鬱陶しい。新天地に来たんだ。目的地に着いたんだ。もっと喜べよ」
「うるせ……はぁ。いや、何でもない」
一瞬、噛み付こうとしたようだが、何故だが直ぐにその牙を引っ込めてしまう。
この男にしては、珍しく殊勝な態度だ。
「なぁカグラ、コイツに何があったんだ?」
これ見よがしにクルトを指して、俺は腰に帯びたカグラにそう訊いた。
「さて、な。私は知らないが」
「……そうか」
カグラの返答に少し落胆を覚えながら、俺は腰を曲げてうつむくクルトを見降ろした。
「どうした、クルト。列車酔いでもしたか?」
「いや、そういう訳ではないさ。心配してくれて、ありがとな」
「……大丈夫か? お前本当におかしいぞ。俺に礼を言うなんて」
ちょっとした衝撃を受けながら、俺はクルトの肩を掴んで顔を上げさせた。
確かに、少し青白い。もともと色白だからか、更に目立つ。
「時間が開いたら病院行っとけよ。じゃ、俺はそろそろ行くから」
後ろ手を振ってカラス、クルト両名に別れを告げると、目的の方向へ歩き出す。
「待て、テンカ」
一歩踏み出そうとした時、クルトに小さいながらも強い口調で呼び止められ、俺は顔は向けずとも足を止める。
「……何だ?」
「何処に行く?」
「何でそんなこと言わなきゃならない?」
無言。
しばし周りの喧噪のみが耳に入り、その後、
「悪いか?」
そう、まるで開き直ったかのような透き通った声色で、クルトは声を発した。
「友達の目的地を知りたがって、悪いか?」
「………………友達?」
耳慣れない、というより、一生聞くとは思わなかった言葉。
それをコイツの口から聞くという天災的事態に、俺は耳を疑いながら後ろを振り向いた。
「そう、友達。悪いか?」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。
少し顔を赤くして語るクルトは、嘘を言っているように見えない。
「俺なんかが、友達?」
「友達。あと、自分の事『何か』なんて言うなよ」
「……俺に友達は要らない」
俺は伸ばしかけた手を切り落とし、もう一度、クルトから背を向ける。
コイツが与えようとしている薬は、恐らく、俺にとっては毒にしかならないだろうから。
「せめて、目的地だけでも教えてくれ」
無駄に天真爛漫なコイツにしては珍しい、静かな声。
それに心を囚われて、俺はもう一度立ち止まる。
「……中央グリゲウス教会。一週間は、そこに留まるつもりだ」
流石に宿屋までは教えないが、これで十分だろう。
「じゃあ……三日後、三日後の午後一時、迎えに行く」
「何の迎えだ?」
「お前、これからしばらくは聖都に居るつもりだろう」
「他に行くところもないしな」
「それなら、住民票が必要な筈だ。三人で、それを取りに行こう」
「……三人って、私も、良いの?」
戸惑った様なカラスの声が聞こえる。
どうも、自分が数に入れられるとは思っていなかったらしい。
「当たり前だろ。一緒に行こう」
「……うん」
喜色の籠ったカラスの声が響く。
聞いている方まで嬉しくなるような、幸せそうな声色だった。
「三日後、な。気が向いたら行くさ」
「あぁ、出来れば来てくれ。言いたい事もある」
言いたい事、それが何か気になりはしたが、それよりもこの温かい雰囲気に耐えられず、俺はその場を脱した。