1-3 宿敵の過去
「へぇ、じゃあここにいる皆、聖都に行くってことか」
車掌さんの一喝に猛省(意外な事にテンカもうなだれていた)している俺を、カラスちゃんが慰めて(残念ながらエロい意味じゃなく)くれてから少しして、カグラも加えて世間話している中で他の二人(正確には二人と一本)の目的地を聞いた俺は、驚きと嬉しさからそう言った。
「という事は、小僧、お前もか?」
うなだれたまま寝てしまったアホ(テンカ)に代わってその目的地などを答えていたカグラが、アホ譲りの失礼さを滲ませる。
「小僧じゃねぇクルトだ。いい加減覚えろ」
まさか自分の名を名乗るのが常套句になるとは、この列車に乗る前には考えもしなかったが、仕方ない。全部アホどもが悪いんだ。
「それは捨て置け。些細な事だ」
「捨て置けねぇよ。名前だぞ。生まれて最初に貰う親からのプレゼントだぞ」
「ふむ、それは正論だな。では、クルト。お前も聖都に行くのか?」
どうやら、持ち主よりは常識(存在が常識を超えている事に目を瞑れば)を弁えているようだ。ちょっと感動。
「あぁ、聖都の学園に編入する予定なんだ」
「……学園?」
「うん。――もしかして、カラスちゃんも?」
そう訊くと、カラスちゃんは可愛らしくコクンと頷く。……本当に可愛い。
「『聖グリゲウス学園』って、知ってる? そこの試験を受ける事になってるの」
――――グリゲウス。かつて『果てより出でる者』を地平の彼方に追いやり、現在世界の中心に在る技術『響奏術』を編み出した伝説の大聖人。
その名を冠する学園は、確か……。
「名門中の名門校じゃないか」
世界で最も教育機関が発達している聖都の中でも、特に、学力、家系共に優れた人間が通う、まさに世界一の名門校。それが、聖グリゲウス校だ。
「そうなの?」
「そうなのって……知らなかったの?」
カラスちゃんはまたしても可愛らしく頷く。……付き合ってくれねぇかなぁ。
「……クルトは」
「ん?」
「クルトは、一緒に行ってくれないの?」
決めた。俺この娘と結婚する。可愛すぎる。その上目遣いは世界を狙えるよ。いや、マジで。少なくとも俺は死ねる。君の為なら、死ねる。
「……クルト?」
――あぁ、何故だ。何故だ姉貴! 姉貴さえ他の学校に行ってくれたら、今頃俺は……いや、無理か。姉貴は天才だから、アソコに行けたんだしな。
「多分、無理かな。ごめんね」
悔しさとやるせなさを感じながら、俺は頭を下げた。
「ううん。クルトは悪くないよ。これはただの私の我がまま。悪いのは私だよ」
聖都は確か、宗教が盛んだったな。よし生活が安定したらカラス教を立ちあげよう。この可愛らしさは、正に神のソレだ。誰も文句なんて言わないだろう。
「ねぇ、カグラ。テンカは、聖都に何を学びに行くの?」
胸に熱い決意を燃やしていると、カラスちゃんが天使の美声を奏でた。
「そうだな。カグラ、今まで俺たちの事ばかりだったが、お前達は聖都に何をしに行くんだ?」
といっても、テンカの事なんぞカラスちゃんに比べたら心底どうでも良いのだが、カラスちゃんの手前、仕方なく訊いてやる。全く、本当にどうでも良いのだが。
「さて、な。テンカの目的など、私は知らんよ」
「でも、一緒に来たんだろ? ちょっとは察しが付くんじゃないか?」
カラスちゃんがとても興味深そうな表情をしていたので、本当に仕方なく、そう訊く。本当、興味なんてものは微塵もありはしないのだが。
「アイツのやる事は、いつも突然だからな。私にもよく解らない。……ただ」
「ただ?」
……この応答は条件反射であって、決して、決して、アホに興味があった訳では断じてない。断じてだ。
えぇ、このアホ。寝てるふりして起きてるんじゃないだろうな。この会話聞いて「あれコイツ、俺に興味あるんじゃ」みたいな思春期の男子みたいな勘違いしてんじゃねぇだろうな。だったら、許さんぞ!
「ただ、悲しそうな顔を、していた。帝都を出る前まで、な」
「――帝都? コイツ、帝都の出だったのか?」
「何だ、知らなかったのか」
知らなかったのかって。帝都は、十年前に……。
「崩壊、した筈だろ。帝都は、『七月の月事件』で」
十年前まで、帝都は貴族第一の、階級社会だった。頂点に立つ貴族が全てを制し、全てを支配する。
そんな体制に、不満を抱く人間が居ない訳がない。それまで何度も起こったクーデター。それを何度も防いでいた軍隊は、もう限界だったのだろう。
十年前の七月、幾度にも渡ったクーデターが遂に成功し、革命は完成した。
……筈だった。
幾度にも渡る革命派と軍の衝突は、貴族だけでなくその下の平民。如いては社会全体にまで及び、クーデターの成功と同時に、秩序は完全に崩壊した。
それでも、最初の頃は革命派がどうにか納めていたらしい。しかし、力というものはより大きな力に呑まれるのは当然な訳で。
暴走した民は、革命派を呑みこみ、完全に帝都は崩壊した。
現在では、犯罪が横行する無法地帯になっているらしい。
「そんな……俺は『アルマ自治区』の出だと」
帝都崩壊の後、そこから脱した人々の手で造られた街。そのリーダーを冠するそこは、帝都の代わりに列車が止まる重要な自治区。
テンカはそこの出だと思っていた。
確かに、言葉に帝都訛りはあった。だがそれは、親が帝都の人間だからだと思っていた。
しかし、違っていた。テンカは……。
「俺、コイツに悪い事言ったな。常識ないとか……十年前ってことは、コイツもまだ小さかっただろうに、教育とか、そういうの受ける余裕もなかっただろうに」
「気にするな、クルト。コイツももう割り切っている。過去なんて、そんなものだ」
慰めてくれているのだろう。
先ほどからは考えられない、穏やかな声でカグラは言った。
「お前が気に病む事でもないさ。……ホラ、お前も寝ろ。聖都に着いたら起こしてやる」
「でも……」
「さっさと目を瞑れ。寝れば、ある程度落ちつけるさ」
優しい、しかし有無を言わさぬ口調に圧され、俺は眼を瞑った。
……眠れる訳が、ないのだが。