1-2 三人目と刀と喧嘩と
――何なんだ。この無愛想な男は。
心の中でそう悪態を吐いて、俺は眼を閉じて寝ようとする目の前の無愛想な男に眼を向けた。
高い鼻に、意思の強そうな眉、豊かで癖のある黒髪が特徴の、男前と呼んでも差し支えのない容姿。ただ、眼を閉じていても残る目付きの悪さで台無しになっていたが。
全身黒一色の服は、趣味なのか。だとしたら、決して良い趣味とは言えないが。
それに、この男には明らかに荷物が少ない。旅行バッグを持っているわけでもなく、持ち物と思われるものは、壁に立てかけられた禍々しい形状をした刀だけだ。
……俺、何でこんな奴の描写やってんだろ。馬鹿馬鹿しい。
さて、これからでも移れる場所を探そうかな、と周囲に目を向けると、一人の少女と目が合った。
艶やかな黒髪に、真っ赤な唇。白い肌にはシミ一つ見当たらず、柳眉の下の瞳は、大きな輝きを放っていた。
まさに美少女。……あぁ、まさに、美少女だ。
しかしどうする。声を掛けるか? しかし、俺の前に居るのは黙っていても陰険さ溢れているような男だぞ? コイツが居ると、怖がられてしまうのではないか?
そんな俺の逡巡を軽く乗り越えるように、美少女はどんどん俺に近寄ってくる。
そして……俺の(正確には俺たちの)、席の前で、立ち止った。
……もう、これは運命だ。確実に、これは運命なんだ。
考えてもみろ、心の中で美人局の可能性を思案する心配性の俺。
良いか、美人局ってのはな、もっと男好きのする顔をした、いわば尻軽がする事だろうが。この娘にそんな雰囲気有るか。ねぇよ。こんな清純派始めて見るもん。ってか、こんな美少女の心がそんなに汚れている訳がない。汚れているなら……そんな世界粛清してやる。あぁ、こんな事をしている場合じゃない。彼女が座りたがっているじゃないか。早くどうにかしてやらないと。とはいっても、俺の隣は荷台と足元に置ききれなかった荷物で占領されているし、空いている場所と言えば……コイツの隣しかないか。
さて、それじゃ、無駄に足の長いこの無愛想野郎を起こして、さっさと席に座らせてあげましょうかね。
―――――――――――――――――
「いやー今日は暑いよね。まだそんな季節じゃないっていうのにさ」
会話に掴みに、と気温の事を話題にする。
その時に、無愛想男にさも「ワンパターン」だなとでも言うように鼻で笑われたが、無視だ。無視。俺の情熱は、その程度では揺るがないのだ。
「俺、クルト・ハルティヒ。よろしく、えーっと……」
「……カラス」
「そう、カラスちゃんか! 可愛い名前だ」
今まで無愛想男を相手にしてきたからか、この程度の応答でも嬉しく感じてしまう。
「……カラスって、あの鳥のか?」
おい! 無愛想男! 何でここで口を出すんだよ。お前はさっさと寝てろよって……あれ? 寝てる。今の誰? 俺の聞き違い?
「……知ってるの?」
カラスちゃんも聞いたって事は、聞き違いじゃないよな。じゃあ、一体……。
「うむ。私が昔居た国では、何百羽、何千羽と居た。しかしもう、絶滅してしまったらしいがな」
……えっと、今、壁側の刀から声が聞こえたんですが。まさか、ね。
「知ってる。世界中に居たらしいね」
…………カラスさん? そこに有るのは、刀ですよ? そんな所から、まさか声が……。
「そうだな。これも人の業というヤツか。悲しいものだ」
「――ってやっぱりお前かい!!」
――――――――――――――――
「全く、若いのだからもっと適応力を持て。この世界じゃ、たかが剣がしゃべる事くらい当たり前に起こり得るぞ」
穏やかながらも厳しい老人のような声で、カグラと名乗った刀はそんな事を言った。
「いやいやいや! 聞いた事ねぇから! ってか、カラスちゃんは何でそんなに受け入れられてるの? え? もしかして見たこと有るの?」
訊くと、カラスちゃんはかわいらしく首を横に振り、口を開いて。
「でも、喋るほうが、格好良いよ?」
無邪気にそう言い放ったのであった。
「そら見ろ小僧。この娘は簡単に受け入れているではないか。全く、男だというのにこれでは……」
「何で俺がダメみたいな感じになってんだよ。持ち主が持ち主なら武器も武器か!?」
「――俺が何だって?」
「起きてたのかよ!? ええい睨むな怖いんだよこの野郎!」
鋭い眼差しから目を背けて、俺はもう一度刀に目をやった。
別段、変わったところは見受けられない。高価そうな空色の宝玉が付いている以外は、切れ味が良さそうなだけで普通の刀だ。
「何だ? 小僧?」
「小僧じゃない。クルトだ。クルト・ハルティヒ。自己紹介聞いてただろ」
今日でもう何度目になるか。俺は三度名乗った。
「うむ。そういえばそうだったな。自己紹介、か。……おい、テンカ!」
「……何だ?」
刀が聞き慣れない単語を叫ぶと、無愛想な男が声を返した。
「この小僧が名乗っているのに、お前だけ名乗らないのは失礼であろう。名乗りなさい」
うん、お前のも十分失礼なんだけどね。
「…………ハルキ・テンカ」
「あ?」
「ハルキ・テンカ。俺の名前だ」
「ずいぶん素直じゃないか。さっきとは大違いだな」
「ふん。お前こそ、愛想の良い仮面が剥がれちまってるぞ」
相性が悪いのか互いに嫌味が飛び交いあう。
「…………みにくい」
「そうだな。こんな争いは、したくはないものだな」
隣でカラスちゃんと刀が何か言っているが、もう関係ない。俺は拳を握りしめる。
「やるか? 上等だ。泣いて後悔するんじゃねぇぞ」
俺の拳を見て、テンカは不敵に笑う。
「そりゃこっちのセリフだ」
無駄に背の高いテンカの顔を睨む。
「いくぞ――!」
「さっさと来やがれ――!」
互いに拳を振り上げ、俺たちは周りの目も気にせず殴り合いを開始した。