プロローグ アレクシア・リヴァーモアの始まり
弟――クロリスと修練所で出会う2時間前、私は父様に呼ばれ、その私室に向かっていた。
多くの調度品で飾られた廊下を通り、私室の扉の前へたどり着く。
「父様。只今参りました」
ノックをして、そう告げる。
「入りなさい」
重々しい、威厳に満ちた声が扉の向こうから返ってきた。
「はい。失礼します」
ゆっくりと扉を開け、一歩前に踏み出し、頭を下げる。
「座りなさい」
促され、父の正面にある臙脂色の椅子に腰を掛ける。
「さて……来てもらった理由だが、お前ももう知っているだろう。一ヶ月後の、聖剣祭の事だ」
――――『聖剣祭』。世界に現存する七本の聖剣の一本、『黄昏』の適格者を見つける為に開かれる、聖都最大の祭り。
そこで聖剣を引き抜く事こそ、我が家の悲願である。
「はい。存じております」
忘れるわけがない。その祭りの為に我が家の人間が何度辛酸を舐めた事か。
「その祭りの後、お前の婚約発表がある」
「…………は?」
一体、誰、と? そもそも、この聖都にリヴァーモア家と肩を並べる名家など……。
「王都のアラゴン家とだ。我がリヴァーモア家と並べても遜色ない、名家だ」
この人は『誰』と結婚しろとは言わなかった。
……『家』と結婚しろ、と?
「話は終わった。もう良いぞ。早く寝て、体を大事にしなさい」
優しく、父は私の身を案じる様な事を言う。
だがそれは、『道具』に何かあってはいけないという想いから零れたに過ぎないのだろう。
「……はい。失礼、します」
真っ白になった頭のまま、私は父の私室を後にした。
窓から見える月が、夜の長さを告げていた。