プロローグ クロリス・リヴァーモアの始まり
聖剣祭があと一カ月に迫った、ある夜の話だ。
僕は渦巻く不安を打ち消す為に修練所で一人、模造剣を振っていた。
僕しか居ないだだっ広い空間に、風切り音が響く。何度も、何度も。
それでもなお消えない不安に、僕は剣速を速めていく。更に早く。更に早く。
そんなことを、もうどれ位続けただろう。
修練所の光を呑みこむ入口の闇の中に、ぼんやりと誰かの姿を視認した。
「……姉さん。どうしたんです? こんな夜更けに」
闇に浮かびあがる、寝巻のままでも豪奢なその姿に、僕は模造剣を振るのを止めてそう声をかけた。
「それは、私があなたに対する質問の筈なのだけれど。どうしたの? こんな夜更けに」
輝く金色の髪を揺らしながら、姉はゆっくりとこちらに向かってくる。
僕は無言のまま、近付いてくる姉に背を向けて模造剣を振りなおした。
後ろから、小さなため息が聞こえる。それでも、僕は剣速を緩めない。
「クロリス」
名を呼ばれて、後ろを振り向く。
そこには、僕が持ってきていたもう一本の模造剣を振り上げた姉がいた。
「――――姉さん!?」
振り下ろされた一撃をどうにか受け止める。力任せの、重い一撃だった。
「付き合って上げる。どうせ、眠れそうにないし」
姉は、何処か陰のある笑みを浮かべて、もう一度剣を振り下ろした。