プロローグ カラスの始まり
ばぁばが、死んだ。一週間前の話だ。
その前の晩、ばぁばは珍しく夜の散歩に出掛けなかった。今思えば、それが徴候だったのだろう。
「ねぇ、カラス」
呼ばれて、振り向く。ばぁばは、温和な目をこちらに向けて、眠たそうな声で続ける。
「おまえ、希望ってどんなものだと思う?」
「……よく、わかんない」
少し考えて、何も浮かばなかったので、素直にそう言うと、ばぁばはそうかいとからから笑って、更に続けた。
「あたしはね、カラス。希望ってのは、絶望って落とし穴の隣に有るものだと思うんだ」
「……どういうこと?」
「わからないかい? そうかい」
わからないかい、ともう一度言って、ばぁばはまたからからと笑った。
「ねぇ、どういうこと?」
ばぁばに近付いていき、その暖かみのある茶色い瞳を見つめる。いつもなら、こうすれば仕方ないねぇ、と言いながら答えをくれていたから。
でも今度は何も言わなかった。
ばぁばは黙ったまま、私と見つめあい、一際優しく笑ったかと思うと、急に私を抱き寄せた。
「ゎぷ……。ばぁば、苦しいよ」
嬉しさを隠しながら、私はばぁばにそう言った。離さないで欲しいなと思いながら。
「……ぅ、く……」
「ばぁば?」
ばぁばの体が、震えていた。
どうしたのかと呼びかけるも返事はない。ただ強く、抱き締められるだけだった。
――――そのまま、私とばぁばは寝てしまった。ただ私が起きても、ばぁばが起きる事は、なかった。