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プロローグ クルト・ハルティヒの始まり
「それじゃ、あっちに着いたら手紙書くから」
「本当に、大丈夫なの? 洗濯はちゃんと毎日するのよ? 料理も、危なそうな食材はすぐに捨てるのよ? 本当に、一人でちゃんと生活できる?」
もう何度目か。過保護な姉が、垂れた目を心配そうに細めて聞き飽きた言葉を言う。
「大丈夫だよ、姉ちゃん。家事の方は一通り出来るし、金に関しては貯金もある。稼ぐ術もある。心配する事は何もないよ」
俺もそれに言い飽きた言葉を返し、今度こそ家を後にしようと扉に手を掛けた。
「……クルト!」
姉が俺の名を呼ぶ。どこか諦めの籠った、悲痛な声で。
「これ、持って行きなさい」
黙って振り返った俺の手に、固く冷たい何かを握らせ、姉は俺の頭を撫でた。
「良い? 辛かったらいつでも帰ってきて良いのよ。お姉ちゃんは、いつでもクルトの味方だからね」
目にたっぷりと涙を湛え、しかしそれを感じさせない気丈な笑みで、姉はほほ笑んだ。
「……手紙、絶対書くから」
それしか言えず、後ろ髪引かれながらも、俺は家を飛び出した。
手に握ったままの冷たいプレゼントは、温かみを帯びていた。