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鎖空  作者: 高橋と喪服
13/14

2-1 この世で一番最低な男

――――そう、私が自分の死を確信した時。


「……へ?」


 間抜けにもそんな声を漏らしながら、私は……空へと、舞い上がった。


どんどん上へ。今まで自分が居たところを見やると、あの癪に障る男が、ナイフを持った狸面を蹴り飛ばしていた。


恐らく、というよりきっと、アイツが私を救ってくれたのだろう。


死の淵より救われるという、恋心を抱いてもおかしくない状況なのだが、どうして、アイツに対しては怒りしか浮かんでこないのだろう。

全く、人の心というのは不思議だ。


「姉さん!」


 上昇も終わり、そろそろ自由落下に入るといった頃、私は、安心と不安を入り混じらせたクロリスの声を聞いた。


 想像以上の速さで予想落下地点まで辿り着いたクロリスは、私を受け止めようとしているのか、大きく手を広げる。


 鳥面は当然現れたクロリスに、一瞬ぎこちない動きを見せるも、瞬時にそれを抑え、今現在最も厄介であろうあの癪に障る男の元へ向かっていった。


「――姉さん、大丈夫?」


 衝撃を全て自分に回したのか、顔を痛みに歪ませながらも、クロリスは優しい笑顔でそう私を気遣った。


「えぇ。あなたは?」


 しかし、クロリスにその気遣いを指摘しても、決して認めようとしないので、私は敢えて礼を言わず、クロリスの頭を撫でる。


「大丈夫。気にする程のものじゃないよ。それより、姉さん。一体何が――」


「せーんぱーい! 置いてくなんて酷いですよー!?」


 クロリスの声を遮って、甘ったるい声を響かせながら、小柄な女の子がこちらに走ってやってきた。


「こんな可愛い女の子置いて行ったら置き引きされちゃいますよ……って、お姉さん。お久しぶりです。イベントのキャストに選ばれるなんて、やっぱりお姉さんは凄いんですね!」


 コロコロと表情を変えていきながら、小柄な女の子は私の手を握り、そのままブンブンと振り回す。


「さっすが先輩のお姉さんって感じです! 都市を挙げてファンクラブが出来るのも肯けますよ!」


「に、ニーナさん、ですよね? そろそろ止めて貰えると、ありがたいのですけれど」


 あの男の所為で剥がれてしまった猫を再び被り、私はニーナさんに手を離すよう要望する。


「――す、すいません。私、つい興奮しちゃって」


 ニーナさんはそう言うと、心底申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

 前に会ったときは気づかなかったが、どうやら、感情表現がとても豊かな子らしい。


「いえ、気にしないで。もう平気だから。それより、イベントって?」


「え? あ、あの、アレって何かのイベントじゃないんですか?」


 指差された方向を見ると、そこには、仮面を被った二人の人物と互角以上の戦闘を繰り広げる、あの腹立たしい男の姿が。

 しかしその姿は、男の人間性を補ってあまり有る程、素晴らしいものだった。


 二対一という不利な状況であるにも関わらず、一歩も退かず、逆に圧すほどの腕前に、相手を近付かせない体捌き。

 そのどれをとっても、一級品だった。


「ほら、今日って、列車の来る日ですし、何かのイベントなのかな……って、お姉さん?」


「……え? な、何かしら?」


 ゆさゆさと漸く私は、ニーナさんに話しかけられている事に気が付いた。


「どうしたんです? まるで恋する乙女のような瞳で――まさか、あの中に好きな人が居るんですか!? そうなんですね!?」


 ニーナさんは急に目を爛々と輝かせると、饒舌に語り始める・


「でも、今までそんな浮いた噂のなかったお姉さんが……いや、分かりました。つまり、こういう事ですね? あそこの三人はこの都市の人間ではなく、他都市の旅芸人。急に出会った今までにないタイプの男に、お姉さんは他の人とは感じた事のない雰囲気を感じ、恋心を抱く。しかし、お姉さんは聖都を代表する貴族の子女。その恋はただ眺める事しかできない哀しいものだった……って感じですね!? 大体合ってますよね!?」


「いえ、全然違――」


「えぇい皆まで言うなぁ! 分かってます。分かってますって。あの長身の男の人でしょう? 目付は悪いですが、確かに男前です。それに、強いときた。お姉さんの気持ちは分かります」


「だから、違います」


 大体、あの男に惚れる等、絶対にあり得ない。絶対にだ。

 そもそも、人間の精神構造上恋愛感情を抱くのは仕方がないとして、あの、この世の罵詈雑言を使い果たしてもまだ足りない程の男に、愛情を持つのはおかしいのだ。


「本当ですか――って、終わっちゃいましたけど、お姉さんは出なくても大丈夫だったんですか?」


 見れば、仮面の二人は撤退を開始しており、もうその姿が小さくなる程までに、遠ざかっていた。


「あれ? あの背の高い人、こっちに来ますよ?」


「え?」


 確かに、男はゆっくりとこちらに近付いてきていた。


「お姉さん、どうします? 告白かもしれませんよ?」


 そんな訳がない。

 あの男の性格上、そしてあの男の表情からして、そんな事があるわけがなかった。


――悪い目付を更に歪ませ、肩を揺らしながらこちらに歩いてくるその姿は、不機嫌を隠そうともしていなかった。


「おい、女」


 私のすぐ目の前で立ち止まった男は、その夜を思わせる黒い瞳で真っ直ぐに私の目を見つめる。


「……女?」


 男の随分な物言いに、私は男以上の不機嫌を言葉に込める。

 人を性別で呼ぶだなんて、失礼にも程があるんじゃなかろうか。


「私には、アレクシアって名前があるんだけど」


「それがどうした。お前の事など訊いていない」


 後ろで、ニーナさんが、うわ、と呟くのが聞こえる。

 確かに、そう言われても仕方がない声色だった。


「……それじゃ、何よ? 私に何の用?」


 男の鋭い眼差しを睨み返し、私はそう問う。

 

 男は無言のまま、その場に佇み、そして――


 急に、拳を振り上げた。


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