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鎖空  作者: 高橋と喪服
11/14

1-6 太陽と夜

 その男は、どこまでいっても真っ黒だった。

 豊かな癖毛も、広い背中を包む外套も、長い足を覆う衣服も、その存在を構成する何もかもが、黒で統一されていた。


そして……何より、私のその印象を決定的なものにしたのは、振り向いた際に見せたその瞳だった。


月のない夜を思わせる、暗く深い暗色。

この世の全てを呑み込んでしまうような、闇の色。


そんな瞳を悪い目付で歪ませながら、男は、ゆっくりと私と正対した。






――――――――――――――――――






「……ここの者か?」


 一瞬戸惑った様な表情を隠すように顔の険を強め、男は口を開く。

 その声は、憤怒の様な、悲哀の様な、とにかく感情を判別しづらい声色だった。


「いいえ、違うわ」


 鋭い眼差しを投げかける昏い瞳を直視して、私は男の問いに返答した。


「そうか……」


 特段残念な表情もせず、男はそう言った。

 昏い瞳は、私を捉えて離さない。


「……他に、何か? あまり見つめられると、良い気分はしないのですが」


 見られるのには慣れているが、こうも長い時間見つめられるのは初めてだった。

 こういうものは、目が合ったら逸らすか微笑むのが礼儀の筈だが、この男は違う。

 頬笑みも、逸らしもせず、ずっと、私の瞳を見つめ続ける。


 まるで珍品を見るかの様なその眼差しが癪に障り、私はつい自分の辛辣な部分を曝け出してしまう。


「――そうか。それは悪かった。気に障ったのなら謝る。済まなかった」


 男は静かに、頭を下げた。

 意外なまでに素直な男の態度に、私はつい拍子抜けしてしまう。


 あんなに睨みつける様な眼差しを送ってきた相手が、こんなに素直に謝るとは、思えなかったからだ。


「もう一つ聞きたい事が有るんだが、良いか?」


 男に対する疑念を深めていく中、私は男の次の言葉を聞いて、疑念を深めるどころか放心してしまう事になる。


 その言葉は――――――――






――――――――――――――――――――――――






 左右対称、華美になり過ぎない程度にあしらわれた装飾、権力を示すのではなく、全てを受け入れる為の巨大さを持った白く美しい建築物の前にたどり着いた俺は、静かに呟いた。


「ここが……教会」


「うむ。そのようだ。ここだけ、空気が違う。この都市はどこもそうだったが……空気が美しい。――美し過ぎるといっても良い程に、な」


 思わず口から漏れた言葉に、カグラがそう応える。


「俺も同意見だ。……なぁ、カグラ、俺はここに入っても良いのだろうか?」


 あまりに神々しい雰囲気に、俺はつい物怖じしてしまう。

 ここの全てが、俺を拒んでいる……そんな風に思えて仕方がないのだ。


「テンカ、神とは全てを救うものだ。特に、ここで信仰されている神は、悪人すらも救う、真摯に願い、求め、贖罪の意を示せばな」


「そういうものなんだろうか……。俺なんかを救う神が居て、良いのか?」


「……テンカ、クルトも言っていたが、自分をそのように言うのは止めろ。お前はお前が思っている以上に、価値のある人間だ」


「本当に……?」


 そのような事を言われても、信じられる訳がない。

 俺はカグラにそのような事を言われるほど、胸を張れる事はしていないのだ。


「本当さ。私は嘘は吐かない。今までも、これからも。――さぁ、進め、テンカ。お前は、この一歩を踏み出す価値のある男だ」


「………………あぁ」


 応え、俺は教会への歩みを進めた。






――――――――――――――――――






 教会の中は、外から見るよりもずっと広かった。人もまばらで、更にその印象を強める。

 そして、何より特筆すべき点は、外観の何十倍も美しい内装だ。その美麗さは、見る者を掴んで離さないだろう。


 その中で、特に目を引くものがあった。


 中央に設置された祭礼台の奥。位置からして、この教会で最も重要なものであろう、聖人像だ。


 構図は、聖人が天に手を伸ばし、何か届かないものに手を伸ばそうとしているかのような。そんな、様々な受け取り方が出来るものだった。


 俺には……彼が、太陽を求めているのではないだろうかと思えた。


 太陽に近付き過ぎた英雄は、翼を焼かれて地に堕とされる……。

 しかし、彼は聖人であるが故に、太陽に近付く事すらも出来はしない。


 だから、求めるのだ。

 必死に手を伸ばして、誰かの為に、自分の為に。必死に、必死に。


 そうして、聖人像を眺めて、どれ位経ったのだろう。


 俺が背を向ける、出入り口の扉が、音を立てて開いた。


 しかし、何時まで経っても中に入ってこようとしない。


 俺は何があったのか確かめる為に後ろを振り向いて……太陽を、見つけた。


 外に立ったままなので、陽光を思い切り浴びて輝く、黄金の絹のような髪に、青空を思わせる瞳。白い肌はカップに注がれたミルクの様で、通った鼻筋は剣の様。人よりも背の高い方だという自負のある俺の肩にまで届くであろう長身に、長い手足。


 真実、太陽の様な女が、そこに、何処か唖然とした表情で立っていた。


「……ここの者か?」


 何時の間にか、そんな言葉が口を出た。

 彼女が浮世離れした美しさを持っていたからであろうか。


「いいえ、違うわ」


「そうか……」


 別段、気になっていた訳でもなかったので、俺は適当にそう答えた。


 それにしても……この女は、果たして人間だろうか?

 何処か、この教会と似た雰囲気を感じさせる。

 俺が彼女に教会の人間かと尋ねたのも、そういったところが関係しているのかもしれない。


「……他に、何か? あまり見つめられると、良い気分はしないのですが」


 女は怪訝そうな表情をする。

 その表情ですらも美しいのだが……どうしてか、俺には受け入れがたいものがあった。


「――そうか。それは悪かった。気に障ったのなら謝る。済まなかった」


 取り敢えず、そう謝っておく。

 背中に走る悪寒を、どうにか抑えながら。


 しかし、女は何も言わない。


 ただ俺を、疑惑の眼差しで見つめるだけだ。

 その空色の瞳が、俺には眩し過ぎた。

 何物にも染まらない青空と俺の間には、相容れないものがある。


「もう一つ聞きたい事が有るんだが、良いか?」


 もう、耐え切れなかった。


「――――お前は、何だ?」


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