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蛇念坊~大山鷹一郎の不思議捜査シリーズ~その4

やっとラストです。ここまでが、これまでのシリーズのクライマックスです。

70 


「先輩!奴らは囮です!」

羽間が血相を変えて所長室に飛び込んできた。

「どういうことだ?」

「あいつら、途中で引き返して会社に戻りました。しかし北西と一文字はいません。どこかで別行動をとったんです。しかしそれがどこで、奴らはどこに行こうとしているのかわかりません!」

大山も意味がわからなかった。人間の足で歩いていける範囲など知れてはいる。

(だがどこなんだ?)

とりあえずしらみつぶしに調べるしかなさそうだ。そうしていると、今度は桝永が飛び込んできた。

「副署長!四角海岸に20隻ほどの漁船やモーターボートらが現れたそうです!」

「なに?どこかの漁協のイベントじゃないのか?」

「違います!ドローンで見たところ、銃が確認されました!」

「な、ん、だ、と!」

「奴ら、それぞれが別々の港から出てきて有明海洋上で合流したようです。突然のことで全く把握できていませんでした。」

全く、何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。とりあえず県警本部に連絡しなければならない。おそらく海上保安庁も動いているだろう。

大山は枡永に連絡させ、対策を考えることにした。その時、かおると小四郎が同時に精神感応してきた。

『タカちゃん、始まった!』

(なにがだ!)

『兄貴、あの復讐ですよ。』

(・・・こういう形でか?)

(あいつら、物流交渉と称して上陸する気よ。行くところは分水山!あそこが決戦地よ!)

分水山は川南市と川北市にまたがる山で、見事に分水嶺が市の境界線となっていた。

(あそこでか!)

『そうみたいだ。奴ら、台風が目の前なのにやってきやがった。台風の、いや龍神の力を吸収する気だ。』

(龍神の力だと?・・・待てよ・・・あれを出す気か?)

『そう、八岐大蛇!』

日本史上において、大ムカデ、鬼と並ぶ最大級の怪物が、八岐大蛇である。古代においては、女子を生贄に差し出して怒りを鎮めたとある。そして八岐大蛇を退治したのが須佐之男命だ。

(まさかあの怪物を現代に復活させようと?)?

大山は考え、そして羽間と枡永に命じた。

「ケン、お前は県警と共同でやってくれ。機動隊の出動要請も必要になるだろう。枡永、お前は川南の岡島と連絡を取り合って、両市の治安維持に当たれ。俺は署長に報告する。」

「わかりました!」

羽間は県警とコンタクトを取りバタバタしていると、耳元に優しい感触を感じた。

(祥子か?)

(ケンちゃん、健を感じるわ)

(え?鈷力健のことか?)

謎の組織行真会として動いていて、事実上仕切っていたのが小宮山祥子の弟である鈷力健だった。後白河院に操られていたこの男は、消滅したはずだった。

(そう。あいつが健を復活させようとしている)

(あいつとは?)

(蛇念坊よ。)

(なんだそいつは?)

祥子は安羅万有から継承された蛇念坊の系譜と、猿田彦の系譜を羽間に伝えた。

(そんな奴がいたのか?するとそいつが沖皇や北西を操っていて、健も復活させようってのか?)

(蛇念坊は蛇骨も関わっている。八蛇教は蛇骨信仰に近い。蛇念坊はもう、8つの龍の力を手に入れたみたい。おそらくそこに後白河院や健も入ってくる。ケンちゃん、止めて。)

(しかし、八岐大蛇を止めたのは確か須佐之男命だろ?どこにいるんだ?)

(もう現れている。それからもう1人ね。ケンちゃんは、止めるだけでいい。)

(何とかやるしかない。祥子、ありがとう!)

だが羽間は、祥子の思考にかすかな迷いがあったことには気がつかなかった。羽間は再び県警との連絡に没頭した。一方で枡永は岡島と連絡を取り、睦海興行の監視に取りかかった。

『枡永さん、沖皇は?』

「一応監視はつけてあります。今のところ動きはありません。」

『わかりました。たぶん奴らは動きます。よろしくです!』

不気味なほどに、沖皇物流に動きはなかった。尊成が商工会議所に来た以外には、社員が動いていただけだ。

だが岡島はかえってそれが奇妙に感じていた。沖皇盛成と北西は義兄弟だ。あの世界で義兄弟になるという意味を、警察官としてよく理解していた。連動しないはずがない。

(絶対に逃がさん。剛の方はどうなんだ?))

岡島は尾加田に連絡をしてみた。

『うおい!こっちはどうもなかばい!』

「すまんな。深井くんにも情報は入ってきていないか?」

『ないなあ。なくて寂しかぞ。』

「パトロールも強化してある。何かあったらすぐにかけつけるから、心配するな。」

『よっしゃ!』

岡島は電話を切って考えた。

(北西と一文字だけがいないってどういうことだ?)

確かに謎だった。睦海興行はずっと監視していたし、沖皇も同じだ。しかも今回川北に向かった車には両者が同乗していたという報告もある。

全く意味がわからない。結局のところ、あの自動車たちは囮だったことになる。

(しかしなぜそうまでしなければならないんだ?)

唯一考えられることは、有明海に突如現れた謎の混成船団だ。銃を持っている以上、逮捕拘束できる。県警も機動隊を揃えるだろうが、それでも釈然としない。

熟考してみたが結論は出なかったので、岡島はひとつ行動に出てみることにした。川南署の副署長に代理を依頼して、川北方面に出かけた。向かう先は、光田が殺害された高辻森だ。そもそもここから始まったのだから、一旦原点に戻ってみてみようと考えたのだ。

刑事としての直観でもあった。台風接近のためか、風が強くなりつつあった。

(しかしなんだってこんな状況で、海から来るんだ?)

現場に憑いた頃には、雨も降りだしていた。

「ここが現場か・・・。」

深い杉の森が広がっていて、小川と道路と巨石がある。大山の説明だと、この岩の手前で降りて歩いてきて、そして森の前で殺害されていたということだった。岡島は傘を差してそのルートを歩いてみた。

岩と木の間に紐を通して、光田を竹馬のように操って歩かせたらしい。それも合点がいかなかった。

(なぜそんな手の込んだことをするんだ?)

身元特定されないためにしては手が込みすぎているし、どこか異常だ。岡島は殺人の現場イメージをしながら調査していると、森の中に何か白いものが見えた。

(なんだ?)

それは人のようだった。森の入口付近に立っている。岡島は近寄ってみた。その人物はワイシャツに黒いパンツという姿で、傘も差さずに森の方を向いて立っていた。

岡島は声をかけてみた。

「すみません。」

しかし反応はなかった。

(おかしいな・・・。)

岡島は念のためにガンホルダーの中に手を入れながら近づいた。

「すみません。川南署の者ですが。ちょっとお話よろしいですか?」

するとその人物はゆっくりと振り向いた。


「川南署の方ですか?ここは川北ですよ。」

岡島はその顔に見覚えがあった。

「あなた・・・SKディストリビューションの市川さんじゃないですか?」

市川に表情はなかった。

「はい。市川です。」

声にも抑揚がなく、まるでAIと会話しているようだ。

「なぜここにいらしているんですか?」

だが反応はない。

「市川さん?」

『邪魔だ!』

市川の無表情な顔から、地の底から響いてくるような声と言うか、音が響いてきたと思うと、ものすごい大気の圧が岡島に向かって当たってきた。岡島は吹き飛ばされ、岩まで転がってぶつかった。

「市川!」

岡島は銃を抜こうとしたのだが、全く動かせなかった。

「ぐ・・・なんだ!」

苦悶する岡島に、市川は無表情のまま近寄ってきた。決して歩いてきているのではない。地上を滑走しているのだ。

「お前は・・・何者だ!」

岡島の前に立った市川は、静かにゆっくりと岡島を見下ろした。そしてまたあの音が聞こえてきた。

『お前たちに理解できるような仕掛けをしてやったのに、無駄だったな。』

「仕掛けだと?・・・お前が?お前が光田を殺ったのか?」

『こいつが殺したがっていたんでな。わしが剣を蘇らせて斬らせた。嬉しそうだったぞ。』

「こ、この外道があああ!」

『ふ・・・たかが35年287日生きてきたくらいで、偉そうに抜かすでないわ。』

「なんだと・・・お前は、人間なのか?」

『人間だよ・・・ちょっと違うがな。面倒だ。お前を殺るなど容易いことだが、何の足しにもならん。あの男を殺ったのは、この男の憎しみを利用したかったからだけよ。この男は、光田のように敵わない相手には憎しみを覚えるのでな。こいつもわしの依代よ。』

「依代?なん・・・ぐわあ!」

岡島は全身に激しい痛みを感じ、銃を落とした。市川はその銃を拾うと岡島の手に戻した。

『くだらぬ。殺す理由もない。お前はそのまま寝ておれ。目が覚めたら楽しい世の中になっておるであろうよ。この銃はその時に自分で始末つけるよう残しておいてやる。』

市川からもう一度激しい力が岡島に襲い掛かり、岡島はぐったりとした。市川は銃を巨石の隙間にある割れ目に押し込んだ。台風が高速で接近してきていたので、周囲には激しい風が吹いていた。市川は激しく鳴く森の中を振り返り、その中に立っている4人を眺めた。

『行くぞ。』

市川に誘われるように、その4人も滑走して森の中に向かって行った。4人は北西三郎と一文字尊久、大倉昭二、それに七城植子だった。


71  


川北にある沖皇物流本社には、沖皇尊成会長と為人社長、盛成副社長、懐常務の会社トップ4人が揃っていた。普段忙しい彼らが集まることは珍しかった。

だがそれには理由があった。会長室には秘書の女性もいた。

「・・・まだ警察がいるのか?」

「はい、まだいらっしゃいます。あの、会長・・・。」

「なんだ?」

「一体何があったのですか?」

「俺も知らんよ。」

「あ・・・失礼いたしました。」

秘書は不用の質問をしたと思い、頭を下げて会長室を出た。

「しかししつこいな。ここに集まれと言ってきたくせに・・・なんだ?」

普段は温厚でイライラしたことがない為人ですら、指示する以外は仏頂面をしていた。

「会長。これはもう業務に支障をきたします。現場に行けないじゃないですか。いくら指示だけしていろと言われても、これじゃあ組織が動きませんよ。」

「為人・・・お前らしくもない。まあ、理由はわかるがな。」

「なんです?」

尊成は立ち上がって窓の外を見た。視線の先には市庁舎があった。

「いつものことだ・・・選挙資金を調達した礼に、石油利権をよこせと言ってやっただけだ。俺が手を回して支払いを遅らせたことに対してな。だがそれにしては警察の動きが速すぎる。刑事になるはずもないんだが・・・民事に警察が関与するか?川北署は何かあるのか?」

「親父・・・今さら何言ってるんだ。」

盛成がウィスキーをあおりながら入ってきた。

「立派な恐喝じゃねえか。今までがうまく行ってただけでさ。だから俺が言っただろ。親父のやり方ではダメだってよ。」

「兄さん、今それを言ってる場合じゃないだろ?」

「懐・・・お前はいい弟だ。だがな、もうちっと頭を使えよ。」

懐はムッとして盛成を睨みつけた。

「頭を使えだって?どういうことなんだよ!」

「やめないか2人とも!」

あきらかにイライラしている為人が一喝した。

「何があっても我々の業務に影響出たら警察を相手取って訴えるだけだ。」

「おーやあ?親父の糞がもう1人いたじゃないか。」

盛成はウィスキーを一気にあおると、ヘラヘラしながら小馬鹿にしたように言った。

「盛成・・・今なんて言った?」

「気に食わなかったか?兄貴はいつもそうだ。親父の言うがまま。俺は悔しかったんだぜ、兄貴。」

「悔しかった?どういうことだ!」

盛成は立ち上がって、為人に近づいた。そして為人の両肩を掴んで言った。

「兄貴なら、自分の思う通りに会社を動かせるって思ってたんだ。なんでやらねえ?それが悔しいって言ってんだよ!」

「盛成!お前!」

尊成は顔を赤くして立ち上がった。

「言っていかんことだぞ!」

「うるせえ!」

盛成は尊成を睨みつけた。

「全部俺たちに任せときゃ良かったんだ!古臭せえやり方で拡大拡大・・・んなことやっていっても、いつか無理が来ることくらい判ってたわ。兄貴、懐、そうだろう!同じ考えだったはずだ。だがお前たちは親父の糞で満足してただろ。なあ、この際だ。親父には引退してもらってよ、俺らで会社回そうじゃねえか!」

為人も懐も何も言い返せなかった。盛成の言っていることは、少なからず自分たちも考えたことがあったからだ。尊成は息子たちを見て、今まで自分ひとりが浮いていたことに気がついた。

確かに古いやり方だとは思っていたのだが、ここまではっきりと言われるとは思ってもいなかった。だが、それをあっさりと認める尊成でもなかった。

「それがお前たちの本意か?だったら終わりだ。今すぐ出て行け!」

盛成はニヤリと笑いながら尊成に近づいた。

「それができると思ってんのか?親父さん。」

「当たり前だ!俺の会社だ!」

盛成はニヤリと笑うと、背広を脱いでサングラスを外した。尊成は次男の顔を見て、異常を感じた。

「お前・・・どうかしたのか?」

「何にも・・・やってないぞ・・・」

「盛成!お前、声がおかしいぞ!」

為人も盛成の変化に気がついた。声が籠り、奇妙に聞こえだしたのだ。

「兄貴・・・親父・・・何も変わってないよ・・・。」

「せ・・・背中が!」

懐が盛成の背中を指差して震え出した。盛成の背中がムクムクと異様に盛り上がってきていたのだ。まるで泡が肉体の中で発生しているようだった。

「それがどうした?この肉体では、わしの力に対抗できぬようじゃでな。」

「わ、わし?・・・お前・・・誰だ!」

尊成は次男の姿をした別の者が現れたと認識した。為人も懐も盛成を囲むように立ったまま動けなかった。盛成の姿は少しずつ変化していた。口は耳元まで裂け、舌は赤く伸びで先端が二股に割れていた。

「ふしゅるるるるる・・・盛成はとうの昔にわしの中におるわ。」

「お前は・・・!」

盛成の目は赤くなり、全身が伸びてまるで蛇だ。

「わしの名は蛇念坊・・・安羅万有の仮の姿よ。すでにわしは漁師や元ヤクザを操っておる。」

蛇念坊が人間を依代として使う場合、市川のように完全に操られる場合がほとんどなのだが、盛成のように基本的に邪悪である場合には反応してこのような姿になってしまう。

「蛇念坊だと?なぜ、盛成に憑いたんだ!」

「ほう・・・忘れておったようじゃのう。わしは前にもお前たちに憑いておったぞ・・・のう、後鳥羽院よ。」

お前は後鳥羽院だと言われた瞬間から、尊成の全身を熱気が貫いた。

「ぐあああ!」

尊成はのたうち回った。だが為人も懐も動けなかった。

「ひょひょひょ・・・お前たちもだ!思い出すがいい!あのいくさのことをな!」


同時に為人も懐も全身を掻きむしって転げまわった。先に起き上がったのは尊成だった。だがその姿は変化していて、髪の毛は抜けて犬歯が伸びてきていた。そして為人と懐も、それぞれ異形に変化していた。

「ひょひょ・・・お前たちは転生ゆえ、かような姿になったか。では、お前たち、誰を恨むのか?」

彼らからは一斉に同じイメージが発せられた。すでに言葉を出すことはできなくなっていたようだ。

「左様。尼将軍こと、北条の政子じゃ。お前たちは存分に怨恨を晴らすがよい・・・わしは、この地で抑えられたものを呼びだそうかのう・・・ひょひょひょ。」

蛇念坊はさらに変化し翼も生えて、口からは空気が歪むほどの瘴気を発散させていた。蛇の姿をした蛇念坊は天を見て、吠えた。

「ケグワアアアア!」

台風接近中ですでに風は強くなっていたのだが、さらに強く吹いた。そして沖皇物流ビルの天井にひびが入った。

「しゃああああああああ!」

蛇念坊の叫びで天井は吹き飛び、大きな穴が開いた。

蛇念坊は尊成、為人、懐を見て不気味に笑った。

「ひょひょひょ・・・さあ、わしに入れ。森に参るぞ。」

3人は次々に蛇念坊の中に吸い込まれてゆき、姿を消した。

「では・・・参るぞ!」

蛇念坊は強風の中を飛び上がり、空中を走って森に向かって行った。


72  


「岡島がいなくなっただあ?どういうことだ?」

『俺にもわからんよ!川南署に訊いたら、副署長に代理を頼んでどっか行ったらしい。』

尾加田からは、何度連絡しても繋がらないということらしかった。それでなくても風速は益々強くなってきていて、警察官の配置すら困難になりつつあったのだ。

「わかった。だが今はちょっとヤバい。お前たちも安全なところに避難しておけよ。」

『ああ、深井くんとこにおるけん!』

大山は電話を切り、かおると精神感応に入った。

(どう思う?)

(たぶん、蛇念坊にやられたのかも。)

(やはりな。今のところは生きているようだが。)

(いよいよね。今小四郎からも連絡あったんだけど、市川くんもいなくなっている。)

(市川もか?あいつもひょっとして・・・)

(そう、蛇念坊の依代になってる。)

大山は自分だけのチャンネルに切り替えて考えた。おそらく決戦は間近だ。だとすれば、こちらも全員揃っている。ならばやることはひとつしかない。

(かおる、今がタイミングじゃないか。)

(やるの?大丈夫?)

(大丈夫だ。準備はできている。)

(じゃあ・・・全員に準備してもらうわね。)

かおるは精神感応を切り、小四郎、麗子、美也希、駒一、羽間の精神にタッチした。だが山高だけは触れることができなかった。どうしたのか考えるより先に、美也希の思考が飛び込んできた。

(嫌!まだ会いたくない!)

鋭い思考が全員の心を貫いた。黙ってはいたのだが、駒一からも迷いの念が伝わってきた。無理もない話では合った。運命と手違いがあったとは言え、駒一は転生前に木曽義高として頼朝の配下に討たれていたし、美也希の転生前である大姫は父を恨みながら死んでいったのだ。全員が危惧していたことではあったのだが、こうなると誰も口を出せない。

(大姫・・・)

駒一の念が、じわじわと伝わってきた。

(太郎?)

(ああ。みんなの前で困るけど、俺はもう・・・たぶんお会いしても大丈夫だと思う。)

(父上と話しても、平気でいられるの?)

(たぶん・・・そんな気がする。大姫、転生前の記憶はあるけど、俺は・・・今は信濃駒一だから。)

(あたしは・・・大倉美也希・・・違う・・・光田美也希だね)

(もうさ、生きている間には人間って、お互いに色んな影響を与え合うじゃん。あの時代はそうだったよ。人権なんか微塵もない時代だし、人質として鎌倉に入った以上、俺は覚悟はしていたよ。)

(太郎・・・)

(だからさ、頼朝公だって、今は大山鷹一郎って人になってる。それでいいんじゃないかな。もう・・・)

駒一の思考は少し停止した。

(無理して父上のことは許さなくてもいいとも思う。だけど、そんな大姫のことは許してあげてもいいんじゃない?俺はそう思うよ。)

美也希の思考が大いに揺れていた。全員がわかっていて、見守っていた。

(太郎・・・。)

(うん?)

(最後のね・・・大姫を許すってことがすごく響いたよ。)

(美也希・・・。)

(あたし、たぶん恨みを忘れずにいる大姫が許せなかったような気がする。父上のことは・・・仕方なかった・・・と思う。)

全員に安堵の念が伝わってきた。それは美也希も駒一も感じた。

(みんな・・・ごめんね。大姫も成長していなかったけど、あたしは成長できると思う。だから、みんなであたしを支えてくれる?)

(ミヤッペ!まだそんなこと思ってるの?当たり前じゃないの!この人がダメって言ってもあたしは絶対に支えるからね!)

(おいおい。俺、何も伝えてないぞ。あの・・・北条義時として誓う。わしは大姫殿を、お支え申す!)

(安達盛長、同じく。)

(佐々木盛綱、お支えいたします。)

そして遠くから染み出すように、微かな思考も伝わってきた

(大姫様、おばばもお支えいたしますぞ。)

(え?・・・比企のお叔母様?どこにいらしたんですか?)

(誰にも言わなかったけど・・・今の名前は、小野道子と申します。)

『ラ・クア・クチーナ』の小野道子は、比企尼の転生だったのだ。

(ママ!ママが叔母様だったの?言ってくだされば・・・。)

(政子様、比企もなくなっていたのですよ。そうそう名乗る訳にもいきますまい。)

(・・・そうでした。申し訳なく・・・。)

(構いません。今はこのように幸せですから。)

比企尼の養子である能員は頼朝に外戚して重用され、頼家の乳母父として権勢を誇ったが、危惧した北条時政と政子によって討たれていたとされていた。

この当時の鎌倉は、坂東武者たちによる熾烈な勢力抗争が行われていた時期であり、カオスでもあった。この混乱期が収束し、一定の安定を見せるのは義時の子泰時による御成敗式目発令まで続くのだ。

政子はあらゆる面での調停役でもあり、奔走していた。しかし、我が子頼家の殺害に関しては知らされていなかった。

(御台様のご苦労ご心労を想えば・・・。)

(もう良い。)

大山の、いや頼朝の意思が強く伝わってきた。

(鎌倉は、平和な世、武家が認められる世を造るためであった。だが、あの坂東武者たちの乱暴を止めることは至難。我らはあれから幾度も生まれ変わり、因果を消しながらここに集うた。それは最も大きな困難を共に乗り越え、我らの因果を消すこと。共に戦かおう。そして必ず勝つ。大姫・・・これがわしの心じゃ。)

(父上・・・。)

美也希の意志が伝わってきた。

(ずっと父上のことを恨んでおりました。ですが、それは私の甘さです。私はもう・・・父上を許します。私も戦います。)

(大姫・・・すまぬ。)

(それに、太郎もおります。今世において生涯を全うし、子を作ります。わたしが望んでいたものはそれだけで幸せですから。そのためにも父上、母上・・・共に戦いましょう。)

最後の障害が大姫の決意によって解消され、転生してきた全員の思いはひとつになった。

決戦の時は目の前まで来ていた。


73  


台風の勢力は益々増してきていて、緊急避難指示が発令されていたりした。川北は農業地域なので河川反乱に備えて堰が開かれ、災害レッドゾーンの地域の人々は高台にある避難場所へ大急ぎで移動したり、レッドゾーン以外では雨戸を閉めたりしていた。

テレビではヘルメットを被った現地レポーターが叫び、ネットニュースでも盛んに緊急アラートが動いていた。直撃ではなさそうなのだが、暴風域なので注意は必要だった。

なんでも100年に一回という猛烈で巨大な台風に成長してきているらしかった。

「深井くん、ヤバいっすね。」

「まあな、ここは大丈夫だがな。いざとなったらシェルターになるくらいに浸水対策はしてある。問題は川北たい。あそこはいつも浸かりやすい。」

深井と尾加田は、深井のビルに避難してきていて、昔のツレたちの何名かも来ていた。となるとやることは限られていた。

「色々ヤバいっすよ。北西組ったら、まだ昔の方が昔気質って感じあったんですけどねえ。とんでもなく怖かったけど。あ、それポン。」

「げ!ドラ鳴いた?やべえ。」

昔仲間の久保田や桑本も同席していた。高校時代からやっていた麻雀仲間である。

「むふふふ、満貫確定だって。」

「にしても剛、お前さ、なんでカザフになんか行ってたんだ?」

「桑本、話せば長うなるばい。まあ、おいおい話すわ。でもな、あんなとこにいたら人生観変わるぞ。」

「そうだろうなあ・・・そのカッコ見たらわかるわ。」

「あのな、日本人はボケすぎ。戦って平和を享受するという意味がわかってねえ。カザフに行ってみろ。あいつらは独力で自立してんだ。それだけでも尊敬するんだがよ、一旦仲間だって認めたら、そりゃもう俺ら以上の仲間になっちまう。だから俺はあそこが好きなんだよ。よっしゃ、リーチ!」

「ロン。」

「へ?・・・ちょ、ちょっと待て。ラス東の単騎待ち?ぐわああ!」

「俺らだって戦ってんだよ。経済という戦争でさ。ほい、跳満。」

学生時代を思い出すように麻雀で盛り上がっていた4人だった。

「うん?・・・なんか照明おかしくないっすか?」

「ここは自家発電だから問題ないはず・・・あれ、なんかおかしいな。」

照明が妙に暗くなり始めたのだ。そして点滅するようになってきた。

「もう南ラスなのに!あーもう四暗刻が・・・。」

「久保田、張ったんか?」

「全然。」

「だったらいいじゃ・・・おい!あれ!」

天井に、明るい雲のようなものが発生していた。

「なんだ?」

深井は立ち上がり、他の3人も立った。

「これって・・・火の玉?」

「にしては明るいぞ・・・うわ!」

その明るい雲が急激に大きくなり、4人の頭部付近に広がった。

「なんだこれ!」

「台風の影響で電荷が・・・。」

明るい雲は尾加田を除く3人の全身を包み込み、そして消えた。そして3人も消えていた。

「お・・・おいおいおい!みんなどうしたんだ!」

1人残された尾加田は呆然としていた。


74  


台風が急に速度を上げてきて大変に危険な状況だと、さかんにテレビでレポーターが騒いでいた。山内は病室のテレビでぼうっと見ていると、看護師が飛び込んできた。

「山内さん、点滴替えますね!」

「あの、どうかしたの?」

「台風がものすごい勢いで接近してくるので、補助電源に切り替えるんですよ。少しの間暗くなりますけど、その間何にもできませんから、今のうちに変えておくんです。」

「そうみたいだね。お疲れ様。」

今朝から山内は体調が悪くなってきていた。家族には病名が伝えられているはずなのだが、本人には心臓に問題ある、としか伝えられていなかった。

だが山内にはわかっていた。自分の寿命が近づいてきているのだと。

(まあ、デカ現役のうちに逝っちまうってのもいいもんだ)

長い間多くの犯罪者を扱ってきていて、何人かは刑死もしていた。いつの間にか山内は、達観した人生観を持つようになっていた。最後は堂々と静かに死んでいきたいと願っていて、それが叶う喜びすら感じていた。

妻が昼も来てくれていたのだが、その目は悲しんでいた。先日には子供一家も来てくれた。帰る時に孫娘が泣いていて、まだいると駄々をこねていた。それが堪らなく可愛かった。

彼らと離れるのは寂しかったが、それ以上に達観していた自分が妙におかしかった。そしてもっとおかしかったのが、大山や羽間、さなえ、枡永ら川北署のメンバーたちであり、小野道子たち外部の親しい面々が浮かんできたことだった。本気でまた会いたかったし、指示を飛ばしたかった。

(変なもんだよな。家族と同じくらいに思い出すわ。)

窓の外の風の音は、益々激しくなってきていた。すると、部屋の外で看護士が何やら叫ぶ声がしたのでドアを見ていると、看護師に謝りながら、男が入ってきた。

「よう汐さん!こんな中によく来たなあ!」

「長年の付き合いだ。台風の時くらい話相手がいた方がよかろうと思ってな。」

腐れ縁だとお互いに言っている仲の、汐田鑑定士だった。汐田は愛用の黒いハンチングを脱ぎ、ついていた雨水を軽く払った。

「ほんのちょっとなのに、こんなに濡れたよ。飛ばされやしねえかと心配だったばい。そこに座っていいかい?」

汐田はパイプ椅子を動かして、そこに座った。

「お?そりゃブルーレイ再生機じゃなかね?」

「さすが汐さん、すぐわかるんやな。」

「そりゃそうさ。いやね、山さんが入院している間にケンが再生機入れたんだよ。それで知ってた。最近のデータは最低でもこれじゃないとダメですって食い下がってな。総務がさすがに根負けしてよ、絶対に持ち出さないことを条件で買ったよ。」

「わっはははは。嘘つけってんだ。あいつが観るついでだろ、どうせ。あいつは格闘技マニアだからな。」

「俺もそう思うたばい。」

2人は腹を抱えて笑った。

「ほう・・・相変わらずこんなんが好きなんだなあ。」

汐田はベッド下にある袋を目ざとく見つけて笑った。

「わ!見なさんな!」

「中身は大体わかるって・・・ほーら、『風と共に去りぬ』『卒業』『ローマの休日』『シェルプールの雨傘』・・・昔っから恋愛ものが好きだったもんな、あんた。」

山内はため息をついた。

「敵わんな、汐さんには。そういうあんたはマカロニウェスタンとホラーが好きでさ。よくあんなもん観れるもんだよ。いまだにリー・バン・クリーフとクリストファー・リーが好きなんだろ?」

「どっちも漢だろう。俺に言わせりゃよ、雄が恋愛もの観てどうするんだよって思うぜ。」

「わははは。こういうのも楽しいもんだ。まあ本当に汐さんとは腐れ縁だな。」

「そうだよなあ。だってさ、警察学校卒業したあんたと初めて会ったのは『七人の侍』の時だっただろ。どっちのシーンもあるけんね。」

「映画が趣味ってんで仲良くなってさ。転勤の旅に最後は2人で飲んだよな。そして俺がここに来た時には、まさかのあんたもいてさ。そりゃあ驚いたよ。」

2人がお互いに腐れ縁と言い合うのは、そういう過去があったからだ。しばらく映画と昔話に花が咲き、時刻は夜の7時になっていた。

「あの、すみません。面会時間が終わります。それに台風が来てるんですよ。」

「ああ看護士さん、仕事の打ち合わせなんだ。勘弁してくれないか。先生にもそう言っておいてください。」

看護士はしかめっ面をして、じゃあもう閉めますからねと言って出て行った。

「汐さん、帰らなくて良かったのかい?」

「俺には身内はいねえしな。今日は付き合うつもりで来たけん、大丈夫よ。」

「・・・すまんな、汐さん。たぶんだがな、俺は・・・。」

汐田は右手の掌を山内に差し出し、そして人差し指を突き出した。

「それ以上言わんでよか。俺らはいつも、転勤の最後には飲み明かしただろ。それでよかろ。」

汐田はとっくの昔に判っていたようだ。

「残念だが、酒はなかばってんな。」

山内は汐田の考えは判っていたのだが、これが最後と思いたくなかったのだ。

「・・・そうだよなあ・・・なあ、汐さん。」

「なんだい?」

「頼みがあるんだ。」

「なんや?」

「俺はさ、どうしても叶えたいことがあるんだ。」

「言うてみ。」

「タカとかおるちゃんの結婚に立ち会いたいんだ。ケンとさなえにも立ち会ったからな。だがあいつら、いつまでたっても指輪を買わねえ。かおるのお母さんからも頼まれてたんだが。」

「それで?やればいいやんか。」

大山は汐田から視線をそらして、暴風の窓の外を見た。

「どうやら無理だな。」

「大さん!」

大山は再び汐田を見て、そして右手を差し出した。

「お願いつーのはよ。あいつらの結婚式に、俺もぜひ同席させてくれってことさ。あんたにしか頼めん。もう画像は出してある。俺のお気に入りの奴だ。その顔ならふさわしいと思ってな。」

大山の願いがどういうことか、汐田はすぐに判った。

「・・・言うなって・・・。」

「頼むよ。」

汐田は黙って右手を出し、大山の手を握った。

「すまんな。所長室のロッカーに置いてある。」

「あんた・・・いつから判ってたんだ?」

「そうさな・・・半年前に倒れた時にな、先生の目を読んだのさ。」

「そんなことだろうな。あんたの目を読む力には、ワルどもが震えあがったもんだ。落としの山内って言われてたこと知っとるや?」

「そんなことも言われてたなあ。最近では人情が通用しねえ世の中になっちまったからな。寂しいもんだ。ヤクザもモノホンはいなくなってさ、職業ヤクザばかりだ。色んな意味で、俺は潮時だ。」

2人の老警官は黙ってため息をついた。すると急に部屋が暗くなった。

「補助電源への切り替えだろうな。最近は災害が多い・・・おや?」

大山は辺りを見渡した。

「汐さん、妙な明るさがないか?」

「なんか変だな。照明のじゃない。俺、今瞬きしたんだが全く変わらないんだ、明るさが。」

「なんだ、これは?」

確かに、汐田が言うように目を閉じても開けていても、全く変わらない明るさがあった。そしてその明るさは決して眩しいものではなく、ずっと見ていられるものだった。さらに言えば、見ているだけで心の中の余計なものが削ぎ落されていくようだった。

そして2人には共通の感覚が芽生えつつあった。それは、お互いに若い頃からというだけでなく、遥か前、1000年くらい昔から知っていた仲であるとの認識ができていた。

気がつけば、大山も汐田も立ち上がっていた。

「汐さん、こりゃ・・・え?」

 山内の脳内に、台風並みの情報が飛び込んできた。別の人生を背負うということを、山内は簡単に受け入れていた。そして汐田も同じだった。

「・・・山さん、我々、そういうことだったのか・・・腐れ縁なわけだ。」

「ああ、そうだな。」

2人は顔を見合わせ、ニヤリと笑うと光の中に消えていった。


75  


大山、かおる、羽間、山高、美也希、麗子、小四郎、道子らは互いの精神を交わし合いながら、自然にそれぞれの場所で自由なスタイルで止観を行っていた。彼らはすでに一個の精神体とも言うべき調律を成していた。

そして来るべき時を待っていた。最初に反応したのは小四郎だった。

(合議の方々も参加しているようですね。ありがたい。)

頼朝逝去後、独裁色を強めた二代目将軍頼家を抑えるためにできた、鎌倉将軍府の合議政治集団のことである。

中原広元、中原親能、二階堂行政、三善康信、梶原景時、足立遠元、安達盛長、八田知家、比企能員、北条時政、北条義時、三浦義澄、和田義盛で構成され、やがて北条得宗による執権政治へと移行していく。

(足立遠元、中原広元、中原親能、三善康信はこちらの味方で・・・和田義盛、梶原景時があちらに・・・それに・・・比企能員も、か)

全員の意志が小野道子に集中した。

(構いません。これであの人が成就できると思いますから。)

(ママ、ごめんね。)

(いいのよ、かおるさん。あの時代のことです。ただ、治まればいいだけです。)

比企能員はいわゆる政争で義時に討たれていたし、梶原景時も権勢を御家人から疎まれて滅ぼされていた。合議制の一員とはいえ、鎌倉に恨みを持っていた2人が敵側についたことは仕方ないことではあった。

(しかし、署長や汐田さんまでが・・・)

(だから頼りになってたわけですね。自分も助けられました。)

羽間も大山も、山内と汐田には何度も助けられていた。

(みんな繋がってたんだね。あたしと太郎もそうだし。)

(そうね・・・なんだか、全部のことが今に集中しちゃったみたい。)

(麗子ちゃん、現代は世界中の情勢がすぐにわかっちゃう時代でしょ。それだけ色んな気が集中しやすい状況なの。そんな場所は世界中にあるんだけど、いきなり火山が噴火して島ができるみたいに、この川北に集中したの。それは石油があったからね。大黒天がそこに憑いて、そこから始まったのね。カグツチもアマビコも・・・ついでに古狐もね。)

(失礼ね!)

彼らとは違う意思が飛び込んできた。

(ついでってどういうこと!あたしは永遠に若いって!あのね、この前あなたに食らったのってすごく痛かったんだからね!)

(玉・・・お前入ってくるなよ!)

 羽間の思考は慌てていて、心底迷惑そうだった。

(いいじゃん!本当に政子って嫌な女。だって妖怪のあたしより強いのよ!そんなことある?いくら毘沙門天だからってさ。)

(お黙りなさい!味方するの、しないの?)

(・・・仕方ないじゃん、味方するっきゃないもん。)

(はい、ありがとう。)

一同の意志が同時に笑った。毘沙門天と九尾の狐の力関係は歴然なのに、狐はいつも逆らおうとするのがおかしいのだ。

(確かに時代とは言え、彼らを蹴落として北条の執権が確立していったわけだから、恨まれて当然だわな。)

(小四郎さん、それは誰しも同じことよ。一歩間違えたら立場が逆転していたわ。だから恨む方が悪いの。あたしはそう思う。)

 懐かしい思考が入ってきた。

(申し訳ないのですが、私は別方面から参加します。)

(山高さん?どういうこと?鋼剛杵で手伝ってほしいのよ。)

(深くは申せませんが・・・だからこそなのです。一旦この輪から離れます。戦いの時には常に共に。)

山高の意識は精神の輪から離れていった。大山たちは同時に、あの頃に戻っていた。

(安達殿のことだ。心配はいらん。では・・・参る。大姫、無理はするな。)

(父上、わたし、いやわたしたちを甘く見ないで。)

(左様です。)

(うむ。大姫と義高、頼む。政子と小四郎が大将だ・・・俺は前面では戦えん。比企叔母と共に、守りを固める。義時、伊賀と共に戦え。では、行くぞ。)

全員の姿が消えた。川北から、一瞬で分水山の頂上に飛んできていた。そして全員があの頃の姿に変化していた。

そこにいたのは、沖皇親子と失踪した面々だった。沖皇尊成、為人、盛成、懐は、すでに昔の姿になって、全員を凄まじい視線で睨みつけた。

『来おったな、鎌倉の極悪人ども!』

彼らの目の前には、あの時敵対していた者らがいた。後鳥羽院、土御門院、順徳院、仲恭院の姿である。彼らは義時追悼院宣を出した院の面々である。

そして市川誠二、北西三郎、一文字尊久、大倉昭二、七城植子の姿があった。

まず声を上げたのは義時だった。

「後鳥羽の君!なぜゆえにかように悪さをなされる!」

『黙れ義時!朕は鎌倉の悪逆非道を是するがゆえに兵を挙げた。全ては己ら坂東の夷狄どもの悪さゆえ。幾度この世に舞い戻ろうとも、己らを消さずにおくものか!』

後鳥羽院に続いて市川誠二、北西三郎、一文字尊久、大倉昭二、七城植子たちが前に出てきた。まずは市川が口を開いた。

『社長さんよ・・・俺のような才人を生かさず、こき使ってくれたな。俺はずっとお前と光田が邪魔だったんだよ。』

「だから光田を殺したのか、市川!」

『そうさ!』

「市川くん!元に戻って!そんな人じゃないはずよ!」

『麗子・・・馬鹿な女だ。俺の想いを無視しやがって・・・。』

「市川くん・・・?」

『そうだ。俺はお前が好きだった!それを無下にしやがって・・・だから俺は総務が大嫌いだったんだ!』

「無駄だ、麗子・・・。」

小四郎の声で、麗子は覚悟を決めた。

「あいつはもう市川じゃない。芯まで食われてしまっている。悪鬼どもが去ったら、あいつはもう生きていられない。」

「市川くん・・・なんてこと・・・。」

一文字尊久と北西三郎は無能な市長への怒りを口にし、七城植子は若い頃補導した大山への不満を、大倉昭二は蛇念坊への忠誠を誓った。彼らの現世の姿はかすんできていて、彼らの転生前の姿になってきていた。

市川は比企能員、七城植子は梶原景時、北西三郎は佐々木広綱という、鎌倉北条に討たれた御家人たちの姿だった。比企能員がまず吠えた。

『おのれ義時に政子!己らを未来永劫八つ裂きにせねば我らの恨みは晴れぬ!地獄に落ちよ!」

義時の横には新たな武者が姿を現した。

「さてさて未練がましいことよのう。我らをもこの世に生まれさせるほどに勝ちとうござるか?」

『中原広元!うぬの浅知恵が我らを地獄に落としたのよ!地獄の苦しみ、忘れぬ!』

「署長!あなたが中原広元でしたか!」

「これまでの意味がわかったよ、大山。俺も戦う!」

 そしてもうひとつの武者の姿も浮かんできた。


「何が地獄じゃ。わしは義朝公から源家に仕えし者。義平公と共に戦うてきた。地獄なんざ、子守歌にすぎぬわ!」

「汐田さん!あなたが足立遠元様でしたか!」

「ああ、そうみたいや。ひとつ頑張らにゃんな」

そして中原親能、三善康信、八田知家らも姿を現した。

「深井くん!久保田に桑本!お前たちもか!」

「腐れ縁だよな、全く。」

「剛と岡島は?」

「あいつらにはあいつらの役目があるみたいだ・・・おっと、そろそろだぜ。」

目の前にいる9人の姿が変化し始めた。公家や武家の姿が変わり、それぞれが異様になってきていた。猫のようになったり、トカゲのようになったりしていた。全て異なっていたのだが、どれも苦しそうだった。

その様をじっと見ていた政子は、少し前に出て指差した。

「蛇の姿をせし者!いつまで隠れておるつもりじゃ!」

「姉貴、あれがあいつなのか?」

「そうよ!前のいくさも、今回もあいつが全てやったこと!」

指刺された市川は、顔をグニャリと変化させて人間の顔になった。その顔を見て、中原広元が叫んだ。

「土御門公!貴公が本体か!」

変形した顔は、徐々に整ってセクシーな表情になっていった。

『さすがだな、政子。さすが毘沙門天。だが、俺の真の姿を見てみるがいいわ!』

盛成の姿は鵺から杖をついた老人の姿になっていた。

「安羅万有か・・・。」

『そうよ。島に封印されて、蛇念坊と称しておるがのう。毘沙門天ことヴァイシュラヴァナよ。大陸でお前たちと戦ったことがついこの前のことのようじゃ。お前と戦う中で人間どもが逃げ出し、わしは戦いながら人間に隠れてこの地に着いた。だが、お前もまた来ておった・・・猿田彦と共にな。だが猿田彦はこの地のわしとの戦いで尽きてしもうた。もはやわしの敵はおらぬ!お前など、猿田彦がおらぬのであれば塵と同じよ。見よ!』

再び鵺の姿に戻った蛇念坊は蛇の頭をした尾を垂直に上に立てて叫んだ。

『裂!』

蛇は八つに裂け、それぞれが蛇頭になった。蛇は口を大きく開け、そこから激しい光が四方に放たれた。台風の嵐の中で、それはまるで稲光のように感じられた。

『集!』

沖皇親子や北面御家人たち、鎌倉追放御家人たちはそれぞれ浮き上がり、鵺から放たれた光の中に吸い込まれていった。蛇念坊は激しく振動し、黄色い球体となって浮遊し、八本の光の中心に移動した。

『龍!』

蛇念坊の念が放たれ、光に吸収された依代たちは蛇と合体して巨大になった。高さは40mほどにもなり、激しくエネルギーが四方に放射される様は、ほとんど龍に見えた。龍たちは台風のエネルギーを吸収して、さらに激しく反応し始めた。

そして合体した龍たちから恐るべき念が発せられた。

『鎌倉の夷狄ども。己らの所業を恨むがよい!』


76 


尾加田は台風で危険な中、深井のアメ車を引っ張り出してきて暴風雨の中を走らせた。ついさっきまで卓を囲んでいた仲間が一瞬で消えてしまったのだ。

どうしても探したかった。しかし言って当てがあるわけでもない。

「コンチクショー!どーこ行きやがったんだよお!」

悪態をつきながらとにかく適当に車を走らせていると、ますます風が強くなり、まともに走らせることもできなくなってきた。尾加田は仕方なく、高校時代に悪友たちとたむろしていた公園に来た。ここは駐車場も広く、天井もしっかりと作られていたので安全だった。尾加田は車を停めて大きくため息をついた。

「フー!危なかったばい・・・しかしここ、懐かしいわ。」

尾加田は車を降りて、風が吹き込んでこないところまで歩いていった。ゴウゴウと激しい音を立てて、台風は荒れ狂っていた。

(しかしあの雲、一体何だったんだ?ひょっとしてあれがお迎えって奴・・・あー馬鹿馬鹿!勝手に殺してどうするよ!)

尾加田は頭を軽く叩いて、もう一度車に乗り込もうとした。

「わ!なんだ!」

稲光のような激しい光が駐車場内に入ってきたのだ。尾加田は雷と思って耳を塞いだのだが、一向に音がしなかった。

(・・・あれ?)

尾加田は駐車場の入口に歩いていった。暴風雨でよくは見えなかったのだが、棒状の光が地面から発しているように見えたのだ。棒と言うよりは、鞭のように動いていた。

「なんだ?」

尾加田はスマホに自撮り棒を取り付けて、駐車場の外に出して撮影した。幸い防水だったので、影響なく撮れるはずだ。30秒ほど撮影して引っ込め、尾加田は動画をチェックした。

「これは分水山じゃねえのか?・・・お?・・・ななななな、なんだあ?」

山の頂に、8本の光の鞭があるように見えていたのだ。しかもそれはまるで蛇のように動いていた。尾加田は何度も再生して観た。

「これ・・・龍?」

昔観たアニメに登場する龍のように見えた。とにかくダークで気味悪く、恐怖しか伝わってこなかった。

「冗談だろ・・・誰もいなくなるわ、こんなのが出てくるわ。あー、酒飲みてえわ。」

尾加田は座ってため息をついた。こういう時にはウオトカをぐいっとやれば気持ちも落ち着く。カザフにいる時、砂漠の夜によく仲間と飲んだことを思い出した。

「うん?」

右手に何か当たったので見ると、どうやら酒瓶のようだった。持ってみると重い。ちゃんと中身がある。よく見てみると、開封もしていなかった。

「おまけにこれ・・・ゼルノーじゃねえか!なんでこんなところに転がってるんだ?」

カザフスタンでよく飲まれている銘柄のウオトカだった。

尾加田は色んなことを忘れたい欲求に駆られて封を開け、夢中でゴクゴク飲んだ。強い酒が喉を通っていく快感はなんとも言えないものだった。

「カー――――――!うめええええええ!本物じゃねえか!」

尾加田はウオトカで気分が良くなり、そうなると今度はつまみが欲しくなる。調子に乗って、尾加田は羊のジャーキーを思い浮かべた。これは尾加田の好物で、よくカザフでも食べていたものだ。

「そうしたらここにちょこんと転がっているはず・・・げ!マジである!なんてこった!」

もう尾加田は何も迷うことなく、ラムジャーキーの入った袋を開いてガツガツと食べた。

「くああああああ!たまんねえ!」

尾加田は続けてウオトカを飲み、ラムジャーキーと共に流し込んだ。

「最高最高!龍なんざどうでもいいや。」

さすがにウオトカを一気飲みしたので酔いが回ってきた。

「こうなるとだなあ・・・ウイック・・・綺麗なねーちゃんとか・・・。」

(調子に乗るなよな、このアホ。)

「うん?・・・誰・・・うい?」

尾加田は誰かが不服そうにつぶやいたように感じた。深井たちのことも半分以上どうでもよくなってきていた。

(このまま酔って寝てもいいんじゃね・・・うん?)

尾加田は右横に、何かふわっとしたものを感じた。顔を右に向けてみて、尾加田は驚いた。

「ちょ・・・ちょ!ちょ!ちょ!あ、あんた!」

そこにいたのは、カザフのトップ女優だった。尾加田がカザフで憧れていた女性だった。民族衣装を着ていて、尾加田ににっこりと微笑んでいる。

普通ならこんな馬鹿なことがあるわけないと思うのだが、酔っていて腹も満たされていてたので、疑う余地がなくなっていた。

(さあ、行きましょ。)

どこに行くのかという疑問など全く浮かばないまま、尾加田は手を取られてフラフラと立ち上がった。もう何がどうなってもどうでもよくなっていていた尾加田は、何の疑いもなく女優の誘うままに歩を進め、数歩歩いた。

(行きますよ、目を閉じて・・・大丈夫かな。)

尾加田は最後に獣の鳴き声が聞こえたような気がしたのだが、わけがわからず、極楽気分のまま目を閉じた。次の瞬間、尾加田は暴風雨の真っただ中にいた。酔いが一気に醒め、状況の変化に全くついていけなかった。

「うわあー!あ・・・あれ?彼女は・・・ぐわ!」

尾加田は風に飛ばされて、ゴロゴロと転がっていって、何か堅いものにぶつかった。

「痛てええええ!・・・なにがどうなったんだよお。あー、雨が!何でこんなところに・・・あれ?」

尾加田は左手に何かガザガザする感触を感じた。暴風雨の中なのでまともに目を開けていられなかったのだが、なんとか横を見て驚いた。

「え?お前!岡島じゃねえか!おい、岡島、生きてるか!」

そこに倒れていたのは、蛇念坊に眠らされた岡島だった。

「岡島!岡島!起きろって!」

尾加田は岡島を揺すり続けた。もうダメかと思った時、岡島の手が動いた。

「お!生きてたあ!岡島よお!」

「う・・・市川・・・逮捕する!」

「ば、馬鹿!俺だよ、剛だってば!」

市川と思って岡島は銃を尾加田に向け、そして雨が目に入ったので拭って、そして目の間にいたのが尾加田だと気がついた。

「剛?・・・剛!お前、なんでここにいるんだ!」

「知らねえよ!麻雀してたらみんないなくなって、ウオトカ飲んで飯食ってたら、カザフの女優に連れてこられたんだよ!」

「はあ?意味がわからん!そこに車が置いてある。そこまで行くぞ!」

岡島と尾加田は立ち上がり、雨風に倒れそうになりながらようやく車まで辿り着いた。

「はあー!助かった!」

岡島は常備してあるタオルで顔を拭き、尾加田にも一枚渡した。

「マジで意味がわからん。お前から顛末を話せよ。」

「お前だろ、そりゃ。俺はさっき言ったようにだな・・・。」

「麻雀してたらみんないなくなって、ウオトカ飲んで飯食ってたら、カザフのねーちゃんに連れてこられたんだろ?意味がまるでわからんだろ!」

「んあー!えっとだな・・・つまり深井くん、桑本、久保田と麻雀やってたんだわ。そしたら雲みたいなのが出てきて、俺以外いなくなっちまったんだよ。それで探しに来たら・・・飲み食いしてたってこった。」

「ねーちゃんは!」

「それがさあ、カザフの超有名女優なんだわ。民族衣装着てよ。おかしいよな。」

「なんだそりゃ。お前にとっちゃ極楽じゃねえか。」

「そうなんだよ!極楽気分になったと思ったらここにいたんだって!そういうお前はどうなんだよ!」

岡島はため息をついてから語った。

「例の市川って奴にここで会ったんだ。そしたら・・・後は覚えてねえ。」

市川を見かけたことまでは覚えていた。しかしそこからはさっぱり記憶が飛んでいた。

「お前も結構意味がわからんじゃねーかよ。で、これからどうする?」

「この台風だ。下手に動いても危ない。このすぐ先に、確か量販店がある。そこまで行こう。」

2人は車を動かし、近くにあった農機具その他を販売する量販店に着いて、風を避けて車を倉庫横に置いた。

「ここなら安全だ。鉄骨で囲まれてる。あー参った・・・。」

「あ!」

尾加田が大声を上げた。

「なんだよ!びっくりさせんなよ!」

「あれ・・・あれ見ろ!」

尾加田が指さした先に見えたのは、あの龍のような光の鞭のようなものだった。もう一方には別の光体があり、両者の間には激しい稲光が発生していた。

「・・・なんだありゃあ!」

「あれだよ!あれ見てたら、あんなことになったんだ!」

「ありゃなんだ?」

「知るかよ!」

雨風は益々激しくなり、2人は車の中で見るしかなかった。


77  


『皆の者!』

後鳥羽院の声が響いた。

『各々の恨みを晴らす時ぞ!鎌倉を滅せよ!』

一斉に光の龍たちが絡み合い始め、光の壁を作った。

『吸!』


蛇念坊に操られている後鳥羽院も一言で念を練ることができる。激しい風雨は龍の壁にぶつかったが、そのまま吸い込まれていった。龍の壁は激しく動き、震えながらまた巨大になっていった。

『八岐大蛇、出でよ!』

古代において、安羅万有の一族が為したのは八卦と巴蛇を合体させた妖怪の誕生だった。彼らは巴蛇の魂を呼び出して作ったとされる。だが猿田彦ことウルスラグナに破れ、一族の一派は日本に逃れてきた。

一方でウルスラグナらも日本に渡来し、出雲の地において土着した。だが安羅万有の一族も出雲付近に住み着き、台風の時に妖怪を復活させたところ、エネルギーを吸収して巨大な妖獣となってしまった。

その妖獣八岐大蛇と敵対したのが、ウルスラグナの秘術を受けついだ猿田彦たちだった。彼らはそれぞれの魂を日本古来の動物たちと重ね合わせ、念の力と自然界の個の力を合体させた。猿は神聖な獣とされていて、彼らはその素早い動きと自然の力を合わせたことや、地名などから猿田彦と呼ばれるようになっていたようだ。

猿田彦の秘術と安羅万有の妖術の死闘は激しく、猿田彦らは勝利して安羅万有は荒水島に封じられ、八蛇教の秘術のみを継承させるという口実の元、蛇念坊となって魂の転生を繰り返していた。溜まりに溜まった蛇念坊の力は、ほころびかけた結界の隙をついて周囲に影響を及ぼしていった。

その最初が後鳥羽院たちだった。源平の混乱期において、それが行われてきた。だが八岐大蛇の復活までには至らなかった。

蛇念坊は、かおるに向かって激しく念を叩きつけた。

「毘沙門天!滅せよ!」

八岐大蛇から発せられたエネルギーは、八卦によって周囲の気から集められた力を燃焼系に変換したものなので、触れれば瞬時に燃えてしまう。しかし鎌倉転生組による結界は強力であり、特にかおるの作った結界は強かった。

エネルギーを中和していたのだが、外に漏れたものは石ですら燃やしてしまった。だが、そのかおるですら全力で防がなければならないくらいに八岐大蛇の力は強力だった。

「かおる!どうした!」

「タカちゃん!このままでは危うい!」

魂の転生を繰り返してきた蛇念坊の力は、限りなく高次元の力に近いくらいに巨大になっていた。古代からの怨念の塊が、かろうじて憑依できていたのが後鳥羽院らだったのだが、今回は自分から封印を破って出てきているので、その力は毘沙門天の力でさえ危ういものだった。

「どうした毘沙門天!たかが人間に神が負けるのか?それも一興よ。どうだ!」

蛇念坊は勝利を信じて疑わなかった。3000年もの間、蛇念坊はひたすら己の魂が破壊エネルギーで満ち足りることだけを考えて転生を繰り返してきた。荒水島の住人たちは、そのための生贄だった。大倉昭二は代々蛇念坊に仕えてきた一族であり、外部に目を向けた光田季彦は許されない存在だったので、大倉に乗っ取らせた。

「許せない!」

美也希の激しい念が八岐大蛇に向かって放たれ、エネルギーはやや減少した。

「大姫の時も・・・あたしの時にも、お前のせいであたしたちはどれだけ・・・本当のお父さんのことすら忘れさせて憎ませて・・・絶対に許せない!」

「俺も許さない!」

駒一の念も鋭かった。

「後白河院に閃きを与えて父上を葬らせたために、俺は大姫との生活を・・・許すものか!」

後鳥羽院の父、後白河院は頼朝をして稀代の天狗とまで言わしめた策士だった。蛇骨の影響を受けていた後白河院にインスピレーションが起こるように仕向けたのが蛇念坊であり、その後に息子も操っていた。

『ふざけるな!武家こそすべての破壊の主ではないか!それをわしにせいにするなど言語道断!恨むなら、そこの頼朝を恨むがよいわ!』

大山は少しだけ揺らいだ。確かに、平清盛が築いた武家政権を、朝廷に頼らず実力で確立したのが頼朝であり、そのために多くの犠牲を伴ったのも事実であるからだ。

「左様ですかな?」

八岐大蛇のエネルギーを再び弱くする波動が流れてきた。

「わしは公家の出。武家がかように京に抗うのは公家の因よ。まだおわかりになりませぬかな?」

後に大江姓を名乗る中原広元の意志が静かに、しかし鋭く伝わってきた。その広元を支えていたのが、合議制の1人である足立遠元だった。勇猛ではあるが目立つことを好まず、ひたすら源家に仕えてきた武将は、現世でも山内を支える汐田という存在だった。

ここからはもうお互いに一切の言葉を発することなく、激しい戦闘が続いた。蛇念坊は八岐大蛇の他にも多くの戦力を持っていた。川北港に来ていた船団の乗員全員が一瞬で消えたのだ。港に待機していた機動隊らは突然のことに驚き、戸惑っていた。

消えた乗員たちは分水山に現れ、それぞれが形状の表現が難しい生物となって、川北市に向かって襲いかかったのだ。乗員たちは蛇念坊が少しずつ増やしていた依代たちの子孫であり、それぞれの環境によって変化が異なっていた。虎のようだったり、猪のようだったり、翼のある猿のようだったり、中には液状になっているものもいた。

「いかん!」

羽間の声が響いた。

「このままでは市民がやられる!」

ここまでの攻撃は想定外だった。妖たちは分水山で戦っている両者の横を過ぎて、下ろうとした。

「グエ!」

奇声を上げて、先頭の集団が消滅した。彼らの前には鎌倉転生組とは別の光体が現れ、その光体からは大量の鼠や虫、蝙蝠たちが出てきて、妖たちを食いつぶしていた。

「雑魚はあたしだけで十分なんだから。」)

玉藻前が、自然界にいる小動物たちを集めていたのだ。力は小さかったが、なにせ量が多い。双方の戦いはまだまだ続いた。


78 


「おい、何か動いてるぞ・・・なにかは判らんが。」

岡島は車の中にある双眼鏡で分水山の光体を見ていた。だが遠すぎて、はっきりとは確認できなかった。

「この台風の中で?んなわけあるかよ。」

「見てみろって。」

岡島から双眼鏡を渡された尾加田は、さっきは確かにポケットにあったはずのラムジャーキーを探していたが、どうしてもみつからずにイライラしていた。玉藻前の幻想だとは全く気がついていなかった。

フロントガラス越しには全く見えなかったので、少しだけ窓を開けて見てみた。

「なんでないんだって・・・あれ?なんだありゃあ。」

双眼鏡で台風の中を見ると言う困難さだったのではっきりは判らなかったが、確かに見たことがない大小のものが激しく動いていた。

「よく判らんわ。それでよ、さっき俺に銃を向けただろ。市川って奴に会ったのか?」

「まあな・・・会ったのは会ったんだが、市川じゃなかったんだ。」

「・・・意味が判らんぞ。」

「俺にも判らんよ。ただ、あいつは・・・そう、人形だった。操り人形だ。」

「何に操られてるんだ?」

「それも判らん。声と言うか、音みたいなのが聞こえてきたんだが、ちゃんと何を言っているのかは判る。老人かな・・・俺のことを若造みたいに言ってやがった。」

「気味悪い老人にそいつが操られてたってのか?本当に意味がわからんことばっかだな、ここ。」

「ここ?前にも何かあったのか?」

「川北で石油が出ただろ?あの時、俺も川北にいたんだよ。」

尾加田は大黒天ことシヴァと山高の戦いの時に、ここに来ていた。

「その時に俺の中央アジア情勢が役立ったみたいでよ。そこから川北署とは仲良くってこと。」

「そうかあ。何でお前みたいな奴が警察の手伝いするんだって思ってたよ。そういうことなんだな。」

台風の勢いは衰えず、時おり駐車場の中にも突風が飛び込んで来ることもあった。

「おおっと!危ねえな。俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「さあな。しばらくはここにいなくちゃならんだろ。さっきから川南に連絡しているんだが、どうにも繋がらん。待つしかなさそ・・・うん?」

車のフロントガラスには強風と雨が叩きつけられていて視界が不良だったのだが、それが徐々にクリアになってきていたのだ。ぼうっと明るくなってきていたのだ。

「おい剛・・・これ、なんだ?」

「またまた訳わからん事態になってきやがったぜ。なんかよ、俺には上映開始の映画みたいに見えるんだが・・・。」

尾加田が表現していたのは的確だった。映画上映の前に照明が落ちて暗くなり、ゆっくりと銀幕が明るくなっていく時に非常に似ていたし、実際にそうなっていた。明るくなり、タイトルが浮かび上がるように、そこには男女老人の姿があった。

男性の方は酒を飲んでいて、女性の方は三毛猫を抱いていた。2人は火鉢を挟んで向かい合っていて、日本の明治あたりの景色のように見えた。

「おい剛・・・俺、おかしくなったんか?爺さんと婆さんの姿が見えるんだが。」

「いいや、俺にも見えてるよ。なんだありゃ?」

「頑固そうな婆さんと飲んべ爺さんだな、ありゃ。」

尾加田と岡島が驚いたのは、自分たちの会話に目の前の意味がわからない2人が反応してきたことだ。

『誰が頑固か!』

『誰が飲んべじゃ!』

尾加田と岡島は驚いてシートから滑り落ちそうになった。

「・・・おい、剛・・・。」

「あいよ、岡島・・・。」

「ありゃ・・・いわゆる幽霊か?」

「ご先祖にしちゃあ生々しいぜ・・・。」

2人は震えながらも、どこか冷静に目の前を見ていた。すると男性が話しかけてきた。

『お前さん方、ちょいとお願いがあるんじゃが・・・。』

「へ?岡島、お前に用があるみたいだぞ。」

「お前もだろ!」

『2人ともじゃ!』

老婦人がイライラしたように大声で言ってきた。

「俺たちに?何がどうした?銃ならあるが・・・。」

『いらぬ!』

老婦人は怒ったようで、睨んできた。丘島は自然に拳銃に手を置いていた。

「わ、馬鹿!そんなもんしまっておけって!」

「そ、そうだな。」

『ちと、お前さん方の身体を貸してもらう。』

飲んでいた男性が盃を持ったまま立ち上がった。

『わしらのこの姿はな、お前さん方に判りやすいようにしておるだけじゃ。お前さん方にしかできぬことなのでなあ。』

「俺らの身体?貸せるか!」

「・・・剛。」

 岡島が尾加田の服を引っ張ってきた。

「なんだよ。」

「市川と同じじゃないのか?」

「え・・・そういうことなんか?それも嫌だ!」

『婆さん、面倒じゃ。やってくれ。』

老婦人も立ち上がって、軽くため息をついた。

『あ奴らと同じ転生ではないので、受け入れられぬことではあるじゃろう。しかしそれも定めじゃ。よいか、お前さん方は友人を助ける定め。受け入れなされ。』

「友人って・・・タカのことか?」

「深井くんや久保田、桑本もだ。」

老婦人は三毛猫を男性の方に向け、手を離した。三毛猫は落下せず、そのまま浮いていた。そして徐々に丸くなり、光る球体へと変化していった。球体はどんどん大きくなり、すっぽりと老人たちを飲み込んでいった。

「なんだよお、これ。」

「剛・・・お前とダチで良かったよ。」

「馬鹿!まだ死ぬと決まったわけじゃ・・・おわ!」

球体はさらに大きくなり、尾加田と岡島をも取り込んでしまった。2人の意識は薄れていき、代わりに別の意識が潜り込んできたように感じた。そして球体はゆっくりと上昇し、台風の中を分水山に向かって飛んでいった。


79 


八岐大蛇と鎌倉の戦いは熾烈を極めていた。承久の変の時には政子の力が圧倒的だったのだが、今は相手が蛇念坊なのだ。鎌倉はやや押されていた。

玉藻前が動員した獣たちも底を尽き始めていた。

「ダメだよ、これじゃ!」

「どうした、玉!」

「だって盛綱さん、あたしが動員できるのって、全部蛇の餌ばっかじゃん。これじゃもたないよ!」

事実、蛇念坊は蛇骨の眷属でもあった。安羅万有は巴蛇と八卦を合体させて八岐大蛇を作った。それは安羅万有自体が蛇骨の影響を受けていたからだ。

獣たちは蛇念坊の依代たちに片端から食われていた。

「かおる!どうだ!」

大山の声が響いたが、かおるは堪えるのに必死で返答もできなかった。新たな八岐大蛇の力は前よりもはるかに強力だったのだ。

「広元さん!姉貴に余裕がないと危ない。どうすればいい?」

「小四郎さん、俺にもわからん。何か一手がないのか?俺も堪えるのでやっとだ!」

あのいくさで中心となった3人が揃って手一杯の状態となっていた。当然ながら、他の合議衆も手一杯だった。

『どうした、鎌倉よ。古のいくさが頼りであったか。愚か者どもめ。わしの1000年の怨を思い知れ!』

このままでは鎌倉は押されて消えてしまい、川北はおろか全世界が蛇念坊の手に落ちることになるだろう。それだけは避けなければならなかった。だがそれには何か強い一手がなければならない。鎌倉の勢いがさらに弱くなっていった。

羽間らがどうにかして市民を守らねばならないと思ったその時、上空に別の光体が現れた。その光体は2個あり、ゆっくりと下降してきた。

「なんだ?」

大山が見上げた時、その光体は一瞬で大きくなり、巨大な人型になった。双方との武者姿であり、弓を構えていた。その姿を見た汐田は、驚いた。

「あれは・・・藤原秀郷様、そして平将門様!どうしてここに?」


藤原秀郷は平将門を討った武将であり、双方が並び立つことなどありえないことだった。だが鎌倉に味方するように、2人は八岐大蛇に向けて矢を番えはじめた。

「そうか・・・。」

「汐田さん、なにかわかりましたか!」

「大さん、藤原秀郷は内心将門に通じておったとも言われている。そして大ムカデ退治逸話の元になった宝剣を持っていた。秀郷は将門を討たせた京を憎んでおったともな。将門はもちろん、新皇を自称されて朝廷に抗った方。どういうわけかはわからんが、我々の手助けをしてくれるようだ!」

秀郷と将門は強弓を引き絞り、徐々に光り始めた矢を八岐大蛇に向け、そして同時に放った。光る弓は命中し、八岐大蛇は悶えて苦しんだ。

「見ろ!」

羽間が叫び、指差した先には、8匹の龍のうち2匹が倒れ初めていた。矢が貫き、エネルギーが失われた2頭の龍は激しく倒れた。暴風の中なので音は雷の音と混じって一般にはわからなかった。そして倒れた龍の中から姿を現したのは、市川誠二と大倉昭二だった。

2人とも雨の中で倒れ、全身傷だらけで、すでに絶命していた。そして将門と秀郷の姿は消えた。

「あれは・・・岡島と剛なのか?そう感じた。」

 深井がつぶやいた。だが、同僚だった麗子と小四郎にとっては普通ではいられなかった。

「市川くん!」

「麗子・・・諦めろ。」

麗子はわずかに市川を信頼していただけに、このような結果になるとは思わなかった。だが悲しんでいる暇はなかった。

「力が少し落ちた!」

かおるが叫び、今では6匹の龍となった光の龍はその光量が少し減ってきていた。

『おのれえ!』

蛇の姿をしていた蛇念坊の姿も変化してきていた。頭から巨大な角が生え、身体には剛毛が生えてきて、手足の長さも太さもいびつだった。

「その姿・・・まさかヒルコか?」

山内のつぶやきが聞こえてきた。ヒルコは日本神話に登場する、イザナギとイザナミの間に生まれた最初の子とされている。


奇形である子であったとも言われている。

「ヒルコ・・・そうか!イザナギとイザナミは異民族同志のことで、政略結婚した男女の間に生まれた子のことだと聞いたことがある。安羅万有が渡来したとき、その子供を依代としたのか!」

大山が描いたイメージが全員に伝わった。

『やかましいわ!わしは怨みを吸うのでな。』

「嘘よ!」

美也希の声が響いた。

「あたしにはわかる。あいつは、ヒルコを食ったのよ!」

幼い結婚相手を失った悲しみを持つ大姫の想いが、美也希に語らせたのだ。

「ヒルコを・・・?なんてことだ!」

異形の魔人と化した蛇念坊は角からバリバリと稲妻を走らせた。稲妻は龍たちに吸い込まれ、龍はまた光り出した。

『川に流されたガキを食ってやったまでよ。異民族同志の子は哀れよの。』

「許せない!」

美也希の姿が大姫の姿に変わり、髪の毛が逆立って蛇念坊に向かって放たれた。さらに駒一も義高の姿に変化して持っていた小太刀を剥げつけ、大姫の髪の毛と共に蛇念坊に飛んでいった。

『猪口才な!』

蛇念坊は角からの稲妻で叩き落とそうとしたのだが、稲妻を突き破って飛んでいき、そして突き刺さった。蛇念坊にとっては意外なことだった。

『グ・・・お前、なぜ・・・。』

「あたしは今、幼くして死んでいった子供たちのことを考えた!あの子たちはまだまだ生きたかった・・・それを!お前のような地獄の鬼たちが食った!あの子たちの想い。あたしが背負う!」

「俺も背負う!共に戦おう!」

「太郎、ありがとう!」

美也希と駒一の激しい念は、鎌倉の力を一層強くした。かおるは制御で精一杯だったのだが、徐々に攻撃の力を増していけた。

「これでやっと戦える。小四郎!麗子ちゃん!攻めて!」

小四郎と麗子の念は、残り6本となった龍の首のひとつに集中して放たれた。最も力が弱い部分に攻撃を加えたため、ひとつが倒れて消えた。倒れた跡には、気を失った七城植子の姿があった。

「う・・・。」

植子にはまだ息があった。すかさずかおるが、植子の周りに結界を張った。

「残るは一文字尊久と北西三郎、それに沖皇親子・・・。」

「蛇念坊も!」

しかし蛇念坊もやすやすと倒されることはなかった。

「弱い者どもはこうなるはずであった。これからが本当の勝負!」


80 


『強!』

蛇念坊の一言が響き、5体となった大蛇は光の首を互いに絡ませ始め、徐々に大きな龍の姿になっていった。そして巨大になった龍からは強烈な光が放たれ始めていた。

「でかくなった!何だこれは?」

羽間の声が聴こえた瞬間、龍から強烈なエネルギーが羽間に向かって放射された。

「うわあ!」

羽間の前に作られていた結界は消滅し、羽間は後方に跳ね飛ばされた。

「ケンちゃん!」

「いかん、かおる!結界を緩めるな!」

大山の声で、かおるは結界を緩めずに済んだ。だが羽間は分水山の頂上から転げ落ちでいた。意識はあるのだが、全身に強いダメージを受けていて立てなかった。

「蛇念坊め!我々を個別に負かすつもりだ!」

汐田の声が響いた。

「しかし羽間がいないと確実に押される!どうすりゃいいんだ!」

「社長!あたしが結界を張ります!」

麗子が素早く羽間の元に移動し、胸元から笹と竜胆を出して羽間の周囲に置いた。

「源氏の紋章を置いておきました。これで少しは守れるはずです。」

「麗子ちゃん、ありがとう。でもこいつの力はすごい!防ぐので手一杯だわ。」

かおるが言ったように、すべては蛇念坊の計算通りだった。弱い者を配置しておき、そこをあえて攻めさせながらメインの力は温存していた。一体となった龍の力は凄まじく、かおるが必死で張り続けている結界ですらほころんでいた。

やはり羽間の意志による結界がなければ辛いのだ。

(ケンちゃん!気がついて!)

再び防戦一方になったかおるを他のものたちも支え続けていたのだが、じりじりと押され始めていた。一方で羽間も立ち上がりたかったのだが、どうしても身体が動かなかった。

(くそ!起きろよ!)

羽間は超人的な努力で起き上がろうとした。しかしどうしても力が入らなかった。もうダメかという思いが脳裏をよぎった時、羽間の中にあの声が響いてきた。

(ケンちゃん、あたしが守る。あの龍の中には健もいるからね。)

(・・・祥子?祥子なのか?鼓力健がいる?後白河院の何かも含んでいるのか?)

(やっとこれで、健も救われる。長い間囚われていたからね。そして・・・わたしもケンちゃんの助けになれる。嬉しい。)

(・・・おい、祥子?おかしいぞ。何をする気だ!)

(ケンちゃん・・・あたし、このために残っていたの。ケンちゃんに与えるために。)

羽間の上に、柔らかな光が差してきた。そして羽間と向かい合うように、あの祥子の姿が浮かんできた。

(祥子・・・)

(ケンちゃん・・・さようなら。大好き・・・)

(なんだって?おい、祥子!どういうことなんだよ!)

(さよなら・・・。)

(やめろ、祥子!)


祥子の全身から柔らかな光が放たれ、羽間の全身をすっぽりと包み込んだ。全く動かせなかった身体が、徐々に動くようになっていった。

「ぬおおおおお!」

羽間はゆっくりと立ち上がった。立ち上がると同時に強力な結界が放たれた。

「ケンちゃん!良かった!」

「ケン、大丈夫か!」

かおると大山の声が響いた。だが羽間は上空を見つめたまま動かなかった。もうそこにはあの小宮山祥子の姿は見なくなっていた。

(祥子・・・このために残っていてくれたのか?・・・馬鹿野郎!)

羽間の目には涙が浮かんで、溢れ出していた。しかしそれは短かった。羽間の中に、ありえない記憶がくっきりと浮かんできていた。

(これは・・・この記憶は・・・なんてことだ・・・こういうことだったのか!)

それはあまりにも強烈であり、なおかつ絶対的だった。体中に漲る力があり、羽間の肉体をも変化させていた。

「先輩、かおるさん・・・小宮山祥子が力をくれました。」

「小宮山祥子?あの行真会のか?」

「ええ・・・そして消えました。俺に力を与えてくれて、やっと・・・。」

「ケンちゃん・・・。」

「そしてこの力を・・・ぐわあ!」

羽間は龍と蛇念坊を見つめ、怒りの咆哮をあげた。

「ぐわああああああああああああああああああ!」

大気ですら破壊されるかと思うほどに協力は波動が流れ、龍と蛇念坊は少し後退した。

『その力!・・・お前は?』

羽間のシャツはビリビリに裂けていて、血管が全身に浮き出ていた。元々筋肉質だった身体は、さらに大きくなっていた。背も伸び、その表情は荒々しく、破壊的な力を周囲に巻き散らしていた。変身した羽間は龍と蛇念坊を睨み、そして歩き出した。


龍から放たれるエネルギーは羽間に激しくぶつかり、周囲は炎で包まれたのだが、羽間は一歩も止まることはなかった。髪の毛は逆立っていて、顔面は蛇念坊を睨みつけていた。

「ケン・・・お前・・・。」

 大山のイメージは瞬時に全員に伝達された。そしてそのイメージは驚愕でもあり、納得でもあった。

「この姿・・・そうだったのか?」

「タカちゃん、そうかも。となると、あたしたちは全力でケンちゃんを支えるしかない!」

「おう!」

「わかった!」

「了解です!」

「うん!」

「おっけー。」

「おう!」

「よっしゃ!」

「てめえらいいな!」

「おう!」

皆の声が響いてきた。かおるは攻撃の力を全て防御に回し、全員も同じことをした。羽間に攻撃を任せたのだ。いや、必然的にそうするしかないのだ。

なぜなら、羽間こそその役目を持っていたからだ。


81 


山高は、眩い光の中にいた。目を閉じていて、止観をしているようだったがその意味はなかった。なぜなら、目を閉じていてさえ光は『見えていた』からだ。

つまり、肉体のセンサーである視覚が意味をなさない世界にいたからだ。山高は金杵麿による鏡遷しの術でできた金杵麿の世界で修行を行っていたのだが、それも終わって、この世界に来ていた。金杵麿は、あの修行の部屋をそのまま山高のために残しておいたのだ。

そしてここにまた訪れていた山高は、息子の深層意識にアクセスして裏衆としての知識と奥義を伝えていた。山高の裏衆としての力は、大黒天との戦いにおいて消耗してしまっていたので、息子に伝えていた。だが本来であれば、山高がこの世を去った後で自然に伝授されるはずであった。

ではなぜそうしなかったのだろうか。山高は伝えるものを全て伝えると、満足してこの部屋を見渡した。あのわずかな時間で、しかしここでは数か月もいたような感覚があった。時間と言う概念が通用しない世界なのだ。高次元と現次元との境界としか言えない場所だった。

裏衆は代々継承された力に、高次元の力が加わった時にのみ明神となる。猿田彦の系譜は役小角の系統として残り、このような力を出すことができていた。

「ここは・・・本当にすごいところなんだな・・・。」

ここでずっと修行をしていたかったのだが、山高には定めがあった。ゆえに、ここに戻ってくることはない。しかし、ここからでなければできないことでもあった。

山高はスッと立ち上がり、右手を見た。そこには鋼で作られた鋼剛杵が鋭く尖って、光っていた。山高は鋼剛杵を、胸の前に突き出した両腕で握り、ゆっくりと頭上に持っていった。これまでの人生が浮かんできた。

人間として大黒天に魅せられ、裏衆としての運命を知り、そして今ではもうひとつの運命も受け入れていた。人間としての人生はこれで終わる。

(全てのことは必然だったのだ。)

悔いは一片たりともなかった。そして目を閉じ、叫んだ。

「我、鋼とならん!」

そして山高は鋼剛杵と共に消え、鋼剛杵と一体となって暴風雨の中に現れた。

「おい、あれは何だ?」

山内が最初に気がついた。羽間が何かに目覚めたように変化して歩いて行くのと同時に、その光は羽間の上に現れたのだ。その光は徐々に形を変え、静かに羽間の右腕に降りてきた。


「あれは・・・そうか、あれがケンの武器・・・。」

大山のつぶやきと同時に、羽間は自然に鋼剛杵を自らのものとして受け止め、5つ首となった龍の前に立った。

『お前は・・・誰だ?』

『・・・消えろ。』

大巨人となった羽間の口から、別人の声が出てきた。

「始まったな・・・ケンの戦い・・・いや・・・。」

「そうね。そういうことだったって、今が今まで気がつかなかった。だとすれば、あたしたちにできることは決まってくるわね。」

「そうだな。よし、みんないいか!」

全員の意志が伝わってきた。そして今まで龍の攻撃にのみ対抗していた鎌倉勢が、一斉に蛇念坊めがけて力を集中させていった。

『ぐ・・・貴様らあ・・・!』

だが蛇念坊は全く動けなかった。鎌倉転生組は全力で抑えにかかっていたからだ。

「ケン急げ!長くは持たん!」

大山の声に巨大化した羽間はチラと見て、そして再び龍に向かい合った。羽間は右手に握った光の剣を持ち上げ、目を閉じた。

「・・・我が定め、終わらせる!」

羽間の肉体が変化し始めた。さらに大きくなり、身長も伸びた。

髪の毛は逆立ち、さらにカバーするように光が被さって、まるで金色に染め上げたようになっていた。肉体を薄いピンク色のバリアーで覆ったように見え、そのオーラに持ち上げられているかのように浮き上がっていった。

暴風雨の中でも微動だにせず、少しずつ上昇していった羽間は、やがて止まった。

『ギャアアアアアアア!』

龍の声が聴こえたように思え、5体は一斉に羽間に襲いかかった。エネルギーが羽間にぶつかり、オーラに中和されて消えていった。羽間は鋼剛杵を上段に構え、咆哮した。

「うがああああああああああああああああああ!」

鋼剛杵が一閃して、2つの龍が切断され、倒れた。倒れた龍は消滅し、そこには一文字尊久と北西三郎が横たわっていた。

「あたしが!」

玉藻前が獣たちに命じて、2人を麓まで運んでいった。

「お前・・・まさか・・・スサなのか?」

八岐大蛇を退治したのは須佐之男命であると言われてきていた。神話の世界であるので、その根拠がどうなっているのかは定かではない。だが、それが何であったのかはわからなかったが、現にこの場所に立っているのは1人の人間だった。

「我が民の恨み、ここで晴らす!」

羽間は剣を脇に構え、屈み姿勢になった。

「ケン・・・お前はスサだったのか?」

 すると、大山の声が聞こえてきた。

「署長、そうでもあり、そうでもないです。あれは確かに古代からの遺伝子を持つ、かおると同じような裏衆と同じ血統です。だけど、それだけではない。さらに複雑になってきています。」

「ちょっと待って・・・なに?・・・えええ?」

「どうした、かおる!」

「あの鋼剛杵・・・あれから感じるの。」

「何がだ!」

「まさか・・・嘘!」

蛇念坊を抑え込んでいたかおるの力が弱まった。

『ぐおおおおおお!』

蛇念坊は力が弱まった隙を逃さず、全身から瘴気を発散させた。鎌倉転生組は蛇念坊から引きはがされた。そして鋼剛杵は巨大な剣に姿を変えた。

「ぐ・・・かおる!」

「あれ・・・あれは・・・山高さん!」

「なんだと・・・どういうことだ?」

「判らない!判らないけど、あの鋼剛杵は山高さんなのよ!」

確かに意味が判らなかった。だがそれを考える暇はなかった。蛇念坊が復活して攻撃してきたからだ。

鎌倉転生組は再び防御のみとなった。だが、羽間は止まらなかった。屈み姿勢のまま、羽間は龍に突っ込んでいって、剣を振り回した。


まず残る3体の龍を真っ2つに切断し、さらに真上に飛びあがって、龍の中央から一気に剣を地面まで振り下ろしていった。龍は全て倒れ、倒れた先には沖皇尊成、為人、懐の姿があった。玉藻前が彼らを救出している間に、今度は蛇念坊と羽間が向かい合った。

ヒルコの姿をしていた蛇念坊は、羽間に向かって激しい瘴気をぶつけてきたのだが、羽間は剣を前に突き出して防ぎ、全て中和して消滅させた。そしてそれだけではなく、剣の光を強い炎に変えて横に薙いだ。

剣の炎は蛇念坊にぶつかり、いくら消そうとしても消えない炎に蛇念坊はのたうち回って苦しんだ。不思議な炎だった。

『貴様あ!』

蛇念坊の姿は再び変化し、みるみるうちに巨大化していった。全身が赤く燃えていて、何かが発酵したような強烈な臭気を発していた。後にゴリアテ、クンバーカルナ、長人、日本においてはダイダラボッチ、または酒呑童子と言われていた妖怪の姿になっていた。

破壊神の象徴として世界各地に伝わる巨人の姿だった。かおるは剣に変化した山高の姿を見て動揺していたが、蛇念坊の最終形態を確信して叫んだ。

「蛇念坊がやっと真の姿になったわ。これからが勝負よ!」


82  


安羅万有の語源は、中東付近で未だに信仰されているゾロアスター教における悪神アンラ・マンユである。善神アフラ・マズダとの戦いに敗れ、復活する時には爬虫類などの姿となるとされている。神という概念を用いた原型宗教とも言われている。

そのイメージ自体はキリスト教やイスラム教に受け継がれていったのだが、存在自体は衰退してインド方面へと進み、中国まで伝わっていった。

アフラ・マズダは火の神であり、負けたアフラ・マズダは火に焼かれて朽ちていったとも言われている。

古代における善と悪のシャーマンの力は凄まじく、敗れた悪のシャーマンたちは自らの呪いを変化させ、徐々に広がっていった。

本来は思念エネルギーに地球のエネルギーが加わってできた怪物は、様々な動物のエキスを吸収しながら実体化していき、やがて人間の姿になっていった。

今、分水山の頂上に現れたのはまさにその姿だった。

暴風雨の中に立つ蛇念坊の姿は、周囲の闇に紛れて周囲からは見えなかった。

だが振り落ちる雨はたちまち蒸発し、強い風でさえも消えることはなかった。

「グゴオオオオオオオオオ!」

鋼剛杵と山高が変化した剣で薙ぎ払われた蛇念坊は、すでに実体化する術をなくしていた。

アンラ・マンユの炎に焼かれている姿で苦しむしかなかった。

金剛杵を鍛えた鋼剛杵に自らの生命を入れて剣となった山高は、今やアフラ・マズダの手の中にあった。

羽間こそアフラ・マズダの化身となる血統だった。

太陽神とも呼ばれており、世界中に化身がいる。

だがそれが発動するには、対抗すべき悪神が現れる必要があった。

日本においては、それが須佐之男命となった。

太陽神天照大神の系統であり、荒ぶる神として知られる須佐之男命はクシナダの愛に触れて改心し、八岐大蛇を退治したとされている。

小宮山祥子の魂こそがクシナダだった。

荒ぶる神須佐之男命として覚醒した羽間は、山高の魂を宿した宝剣を手に持ち、蛇念坊を見上げた。

それを見ていたかおるは、魂に響く音を聞いた。

羽間から発せられていた波動を受け取ったのだ。

それはすぐに力となり、激しくかおるの全身を揺さぶった。

(これは・・・なに?なにをすればいいの?)

何かをしなければならないという使命感が急激に膨張してきていた。

かおるは額に思念を集中させ、それが何か探ろうとした。

そして閃いた。

(そういうことなの?それがこの戦いの決着?)

多少の迷いはあったが、かおるは決断した。


「みんな聞いて!」

鎌倉転生組は全員がかおるの声かけに反応した。

「承久の変の時にも蛇念坊に上皇様たちは操られていた。そして今回は、上皇様方の無念の気持ちを操り、あいつは復活した。この因果は、ここでケリをつけないといけない。また未来で復活して、不幸の連鎖は続く。なぜ私たちが、今ここにいるのか。それは私たちも含めて因果を消し去らなければならないからなのよ!気が交差してできる特異点がここにあるから、これまでも多くの妖が復活してきた。今ここでやらなければ、今度はどこでどう復活していくのかわからない。私たちが揃って転生するかどうかもわからない。だから、今しかないの!今私たちの力をひとつにしなければならない。ケンちゃんが・・・須佐之男命様が復活したと言うことは、それは絶対なの。私たちの仲間、安達盛長の魂も剣となってそこにいる。私たちも・・・そうならなければならない。みんなの魂を、あいつにぶつけるの!そうしなければならない!お願い!力を貸して!」

かおるの熱意はすぐさま全員に伝わった。

少しの間を開けて、まず反応したのは小四郎だった。

「姉貴、さすがだ。政子の演説以上だったぜ。俺は乗った。幸せな家庭を麗子と作ろうと思っていたんだが、それが運命なら従うまでよ。麗子・・・ごめんな。」

「小四郎さん。もういいの。あたしはもう救われている。あたしも乗るわ。」

麗子に続いて、美也希と太郎も反応した。

「あたしも・・・いいよ。太郎と結ばれたもん。もう大姫も終わり。ね、太郎、いいでしょ?」

「もちろんだ。俺も救われているから。」

山内、汐田、深井、久保田、桑本、小野道子も同意の念を送ってきた。

「さて、俺も最後のひと働きだ。最後に大暴れできるとは痛快だわ。なあ汐さん。」

「山さん、俺もついてくからな。」

「となれば、お館様の副署長もだな。」

「署長、汐さん、もちろんです。」

深井も賛同した。

「タカ、お前と戦えて嬉しいよ。またあの頃のように暴れるばい!」

全員の意志を確認したかおるは涙した。

鎌倉の転生は確実にこれで終わる。

もう2度と会うことはない。

転生した魂が消えた後、生きていられるかどうかもわからない。

それでもいいと言ってくれた。

ならばやるしかない。

「あの~・・・。」

玉藻前が珍しく殊勝に話しかけてきた。

「あたしは鎌倉じゃないから失礼するけど、ごめんね。」

「狐さん、もういいよ。ずっとケンちゃんを助けてくれてありがとうね。」

「・・・気持ち悪い・・・さいなら!」

玉藻前はくるりと回転すると、九尾の狐の姿に戻って消えていった。

かおるは小四郎に思念を向けた。

「小四郎!あんたがリードして!魂の声に従って!それでわかるはず!」

「おっし!」

小四郎は目を閉じて魂の声に耳を傾けた。

魂はそのレベルに応じた生命体に宿り、覚醒していく。

だが本質は変わらない。

小四郎の魂はゆっくりと動き始め、そして奥底にある小さな光がぐんぐんと表層に上がってきていた。

共に戦い、武家の世を確立したあの戦いのことを思い出していた。

多くの問題があり、一歩間違えたら北条ではなく他の武家が執権になっていたかもしれない。

そんな中、多くの食い違いから朝廷との関係が悪化し、そして後鳥羽上皇らが挙兵し、鎌倉は勝利した。

少なくともその時だけは、坂東の武士がひとつになった。

その感覚を思い出していると、魂の奥底にある赤い光が徐々に大きくなってきた。

その光は真っすぐに直線となってぐんぐん上昇していき、全員の中心にそびえたつイメージとなった。

イメージは実体化し、分水山に立った。

かおるはそれを確認し、そして右掌を額に、左掌をみぞおちに当てて、目を閉じた。

そして真言を唱えた。

「おん ばさら うんけん!」

赤い光の柱は、かおると合体し、かおるは赤い柱に吸い込まれていった。

そして他の面々も吸い込まれていき、鎌倉はひとつになった。

赤い柱は、羽間へと移動してユキ、そして羽間の上に立った。

羽間は赤い光の柱を見上げ、そして手を伸ばした。

赤い柱は羽間に吸い込まれてゆき、吸収されるたびに羽間の姿も大きくなっていった。

羽間と柱が完全に一体化した時、羽間の姿は真っ赤に染まった巨人となっていて、全身から炎のような気が溢れ出していた。

「ぐえええ!」


巨大化した蛇念坊は、同じくらいの高さになった羽間を見て少し引いた。

赤い巨人の周囲には怒りに燃えた多くの人の顔、動物の顔が浮かんでいた。

蛇念坊によって非業の死を迎えなければならなかった生物の怒りが現れてきていた。

赤い巨人は右腕を上に突き上げた。

その腕は変化し、赤く燃える剣の形になっていった。

蛇念坊はこの瞬間に己の運命を悟った。

その口から、言葉が漏れ出してきていて、そしてそれが蛇念坊にとって最後の言葉となった。

「猿田彦・・・。」

赤い巨人の剣が一閃し、蛇念坊は文字通り真っ2つに切断された。

「がああああああ!」

猿田彦と化した羽間が咆哮すると、分断された蛇念坊の身体に稲光が落ちて激しく光った後に、蛇念坊は消滅した。

台風はますます激しさを増していて、その姿を誰も見ることはなかったが、地球を周回する衛星のひとつのみがその光を捉えていた。

だがその後の調査でも何の光だったのかはついに判明せず、不明のまま処理された。

赤い巨人は静かに大地を見下ろし、そして再び上空を見上げて剣を掲げた。

そこに雷が落ち、激しくスパークした。

そして光が消えた時、赤い巨人もまた消えていた。

そしてこの場所から離れた車の中では、岡島と尾加田が精魂尽き果てて倒れていた。


83  

 

山高は念を込めた瞬間から、鋼剛杵と一体になっていた・

猿田彦の力と一体化したのだ。

そしてそこから記憶はなくなっていた。

山高梅良としての自我も記憶もなく、金剛力士の性を継ぐ裏衆としての記憶もないまま、静かに漂っていた。

かつて自分が山高梅良だったというきっかけもないまま、魂と肉体の中間にいた。

記憶としてあるのは、宝刀となった自分が須佐之男命の手に握られ、蛇念坊にぶつかっていったことだけはかすかにあった。

記憶がまだあると言うことは、日本式で言えば三途の川に足を踏み入れた状態である。

渡り切れば記憶は消えてしまう。

そんな状態になっていた。

ただ、山高は非常に幸せな波の中にいた。

死というものは、それまでの様々なことを捨てて一切が無になるという一面が強調されがちだが、ある意味解放でもある。

生きると言うことは苦痛でもあるので、そこから一気に解放させられているのだ。

ただただ幸せなベッドに横たわっているような感覚だった。

自分がどこにいるのか、どこに行こうとしているのかなど全く考えもしていなかった。

ゆらゆらとかすかに揺れながら漂っている状態がどれだけ続いたことだろう。

すでに時間という概念がなくなってもいたので、全くわからなかった。

だが、何か違う感覚が少しずつ感じられるようになってきていた。

山高だった存在は、何となく、ジワリと何かを感じ始めていた。

刺激というほどでもなく、単に色が徐々に変化していっているような、そんな感じでの何かだ。

それは山高の幸せな状態を少しずつ揺り動かすような、そんな感覚だった。

(なんだろう)

山高だったものは、かすかにそう思った。

穏やかな凪の水面に、小さな泡が浮かんですぐ消えたような、その程度の思いだった。

しかしその思いはなぜか消えなかった。

ずっとかすかに残っているのだ。

それは非常に不愉快でもあった。

(静かにしていてくれないか・・・)

この何とも言えない安らかで穏やかな状態を邪魔して欲しくなかった。

だがその小さな思いは、次の刺激でさらに大きくなってしまった。

刺激はもはやかすかではなく、まるで心臓の鼓動のように響き始めていた。

そうなると安らかでいられない。

(静かにしてくれ!)

その思いは大きくなり、そしてついには自分がかつて山高梅良であり、天台裏衆でもあり、鋼剛杵と一体化したという事実が一気に押し寄せてきて、安らかな状態がなくなった。

現世での感情が蘇り、苦痛が押し寄せてきた。

思考ではなく、言葉が出てきてしまった。

「うるさいなあ・・・頼むよ・・・。」

誰に言うでもなく呟いたのだが、ちゃんと答えが返ってきた。

「山高、目覚めよ。」

その声を聴き、山高は目を開いた。

間違いなく、金杵麿大和の声だったからだ。

「金杵麿さん?どこにいるんですか!」

「わたしはここだ。」

山高は身を起こして、声がした方を見た。

そこに、あのボロボロの服を着た老人が立っていた。

「金杵麿さん・・・また会えましたね。」

金杵麿は少し笑みを浮かべた。

「会えた・・・ははは、それは違うなあ。」

「どういうことです?」

「金杵麿の身体はここにはおらん。これは、金杵麿の姿を借りておるまで。その方が、お前には伝わりやすいだろうから。」

「で、あなたは?」

「わたしは猿田彦として知られている者。元々の名はアフラ・マズダ。ブッダの言葉では大日如来と呼ばれておる。」

「大日如来様?なんということ・・・。」

大日如来、イスラム教のアッラー、キリスト教のエホバは基本的に同じ存在である。

それは生命のみならず、森羅万象を構成する根源たる意志力のこと。

この宇宙誕生の根源は、この存在があったからこそである。

「構わん。今はお前たちに合わせて語っているが、わたしに近づこうとするお前たちはまだまだだ。それはお前たち自身が未完成であると思い込んでいるからだ。しかし今はそのようなことは良い。わたしは猿田彦という存在で知られているが、そもそもそのようなものではない。この世界の調和を保つために、どのような姿にもなる。お前たちの言葉で言えば、恒星系並みの大きさになることもある。今回はアンラ・マンユが復活したのであのような姿になっただけのこと。だが、そのためにはお前の存在が必要だった。」

「私が必要だった・・・とは?」

「巨大生物が消滅したのは、破壊根源蛇骨がいたからだ。大陸移動もそうだ。その都度わたしはそれなりの姿で調和を保ってきた。蛇骨の代理のひとつがアンラ・マンユ。わたしはその調和役を担っている。奴は人間の姿になることを選んだ。だからわたしもそうなる必要があった。なぜなら、この宇宙は陰陽がかすかな差で陽の世界となっているからだ。わたしは奴と同じレベルにいなければならず、最終的には巨大なサイズにならねばならないので人間の身体と力が必要だった。わたしの依代となるべく選んだのが猿田彦として知られる人間だった。その系譜上にいるのが金杵麿だ。金杵麿は常に感性を働かせているので、力を与えて然るべき人間を選んだ。それがお前だった。力の根源たる金剛杵を持つ金剛力士であるお前は、最適だった。そして安達盛長の転生でもある。鎌倉を憎む上皇らの恨みをアンラ・マンユは利用した。ならば、わたしも彼らに縁がある存在である方がよりやりやすい。そういうことだ。もちろんだが、裏衆にも私は関わっている。これで理解できたであろう。」

山高は全てのことが繋がっていることに驚いた。

森羅万象とは、そのようなこととも言えるのだ。

「ではどうして、私をこのまま黄泉へと行かせていただけないのでしょうか。それも何かの理由がありましょうや。」

山高の問いに、アフラ・マズダは背後に映像を展開した。

「今ここに、鎌倉転生たちがいる。彼らもまた、お前と同じような場所にいる。だが彼らはこれから元の世界に戻らねばならない。それも必然なのだ。しかしお前には彼らを導く役目がある。」

「彼らを導く・・・?」

「そうだ。彼らの中には、なぜ猿田彦とお前が合体したのか理解できていない。このままでは元の世界に戻ることはできない。アンラ・マンユによって歪められた世界を正すのは、お前の役目だ。」

アフラ・マズダが展開する映像の中には、やはり漂っているかつての仲間たちの姿があった。

一見眠っているようだが、この映像の中では常に彼らの姿は「ブレて」いた。

姿が明確ではないのだ。

「ではこれが、彼らが迷っているということなのでしょうか?」

「そうだ。彼らは元の世界に戻らねばならない。そして歪んだ世界をも。彼らを救い、この世界を救うのがお前の役目だ。」

「それは・・・是非と申し上げたいのですが、なぜ私なのですか?」

「それは、お前が安達盛長の転生だからだ。安達は頼朝死後まで鎌倉を守り続けた。それが安達の定めであり、おまえの定めなのだ。」

「しかし、鎌倉が正義ではありますまい。平家や源家にしても決して悪ではない。なぜ鎌倉のみをお救いなさるのですか。」

「それがこの世界だからだ。鏡遷しの術は知っておろう。同じように無数に同じような世界があるが、微妙に意味が違っている。この世界では鎌倉が院に勝っているからこそ、時間軸に沿った世界が構築されているだけだ。だから彼らが救われぬと、この世界全てが変わらざるを得ない。それはわたしが望むことではない。」

確かに、わずかな砂でさえ数が少なければ同じ世界ではなくなる。

アフラ・マズダはそれを阻止しようとしているのか。

そしてアンラ・マンユによってこの世界は歪められていると、アフラ・マズダは言っている。

と言うことは、すでにこの世界は変わっているのだろうか。

「この世界はすでに変わっていると?」

「歪んではいるが、まだ変わってはいない。お前と須佐之男命が、わたしの力を得てアンラ・マンユを滅しているからな。お前とわたしがいるこの空間は、アンラ・マンユを滅した直後の一瞬のみに存在している。この時間の点からお前と私で歪みを正す。それが定めだ。」

 山高はようやくその意味がわかった。

自分と大山たちとの因果関係はなくなる。

考えてみれば玉藻前やカグツチ、亀の前、大黒天、阿修羅らがこの世の、特定の場所にのみ現れてきたこと自体が歪んでいるのだ。

因果が消えてしまうことは寂しいことなのだろう。

だがいずれ魂はこのような場所に来ることも定めなのだ。

山高は決めた。

「承知いたしました。」

「うむ。だがいずれお前たちは無数にある同じような場所に来る。そこで再会するだろう。それだけは尽力への褒美となる。よくやったな。」

山高は魂そのものが揺さぶられるような感動を覚えた。

人生という者はこのように壮大で素晴らしい世界の一部なのだとわかったからだ。

「では、やりましょう。彼らに会えば、よろしいのですね。」

「そうだ。では、行こう。」

アフラ・マズダは右手を上げ、山高は姿を消した。

 

84  

 

「あれ・・・ここ、どこだ?」

 羽間はあまりにいきなりの景色変化についていけなかった。

 記憶にあるのは、祥子が助けてくれて力が漲ってきたところまでだった。

「ついさっきまで八岐大蛇と戦っていたはず、だよな、俺たち・・・。」

画像を何のフレームもなくいきなり変わったようなので、何がなにやらわからなかった。

立っていたところは草原で、山と森も見えた。

辺りを見渡していると、少し離れたところに煙が見えた。

「なんだ?」

羽間は煙が上がっている方向に歩いていった。

空気がきれいで気持ち良かった。

しばらく歩くと茂みと森があり、そこを歩いていくと急に視界が開けた。

(こりゃあ・・・どういうこった?)

そこに見えたのは、教科書で見たことがある古代の家が点在する集落だった。

現代人から見ても生活レベルは高くはないように見える。

村の男たちは全員刺青をしていて、髪を無造作に束ねていた。

主に狩猟を行っているらしく、あちこちに毛皮があって干されていた。

熊、猪、狼などの皮があった。

子供たちは元気に走り回っていて、女たちは料理や皮で服を造ったり、糸を編んでいたりしていた。

だが誰も羽間に気がつかないようだった。

羽間は歩を進めようとしたのだが、数歩進んだところで目に見えない壁にぶつかって止まった。

「なんだ、これ・・・ガラスでもないな。」

どうやら、目の前に広がっている風景と、羽間がいる空間は透明な壁で仕切られているように感じた。

だがなぜ、そうなっているのだろうかと考えていると、村の中央付近にある皮で作られたテントから1人の男が出てきた。

他の者と比べると明らかに体格が違っていて大きかった。

手には大きな岩を削って作ったとみられる石斧を持っていて、それだけでも相当に重そうだったのだが、男はまるでビジネスマンがカバンを持つように軽々と持っていた。

長い顎鬚を生やしていて、まるでジムで鍛えたような筋肉だった。

髪は額で止めていて、肩甲骨付近まで伸びていた。


周囲の者たちは一斉に頭を下げたり、座ったりしていて、明らかに統率者だと思わせる存在のようだった。

男はなにやら村の者たちに言い、民はそれを聴いて頭を下げて散っていった。

そして男は何かに気がついたように顔を上げ、まっすぐに羽間を見た。

(え・・・あいつからは、俺が見えるのか?)

羽間が驚いたのは、男が真っすぐに近づいてきたからだ。

後ろに下がろうとしたのだが、足が固まってしまったようで動けなかった。

「くそ!なんだこれ!」

その間にも男はどんどん近づいてきていて、羽間と2mほどのところで止まった。

羽間が反射的に身構えたのに対し、男はニヤリと笑った。

男は何も言わなかったのだが、話しているように『意志』が伝わってきた。

(お前は俺なんだな。)

「はあ?こいつ何言って・・・話してない!口が動いてない!なんでや!」

(お前は俺だ)

「そ、そういうお前は誰なんだよ!」

(俺はクマソタケルのナムチ。お前は俺だ)

「クマソタケル?なんだそりゃ。俺がお前だと?どういうことや!なんで俺が見えるんだ!」

(俺は大蛇と戦った。8匹の大蛇だ。だからお前は俺だ。)

「意味がわからん!」

(お前は俺の血を継ぐ者。そしてお前は俺を呼ぶんだ。)

この瞬間、ナムチと名乗る大男のイメージが伝わってきた。

小宮山祥子が羽間に何かしらのことをした瞬間から記憶がなかったのだが、祥子がどういう存在なのかもわかった。

(そうだ。俺の妻の血が濃い者がその女だ。)

羽間が初めて気がついたのだが、ナムチの後ろに1人の女性が立っていた。

華奢で美しく、しかし精悍な顔つきの女性だった。

そしてその顔は紛れもなく小宮山祥子そのものだった。

(これが妻のナミだ。ナミ、ここに来い。)

ナミはナムチの横に立ち、羽間を優しく見た。

ナミからも意志が伝わってきた。

(あなたは再び戦う定め。わたしの力で目覚める。そしてわたしの兄の名で呼ばれる。)

「お前の兄貴?ますますわからん。」

(兄の名はスサ。いつしかこの人の実績と兄の行動が混ざってしまっているようです。ですからあなたは、ナムチの血を継ぐクマソタケルの化身、須佐之男命です。)

「・・・そういうことなのか?」

(そうです。さあ、これでよろしいでしょう。あなたはもう何も知らなくていい。)

2人の姿は少しずつ霞んできていた。

「おい!待て!まだ話し足りない!」

だがナムチとナミは振り向いて村に歩きだしていた。

「おーい!待てえ!」

叫んでみたものの、もう透明だった壁は白くなってきていて、羽間の意志もぼやけ初めていた。

俺はどこに行くんだ・・・と思った時、全く瞬間的に場面が変わり、景色も変わった。

羽間は馬の前に立っていて、毛並みのいい逞しい馬の毛を撫でていた。

「あれ・・・なんだここは・・・馬?」

そして馬を撫でている自分の腕には、着たことがないはずの和服の袖が見えた。

さらに頭にも何か被っている。

「なんだこれ・・・今度はなんだ!」

だが自分の意志とは別に、羽間は軽々と馬に跨って走り出した。

何かわからなかったが、何かしらの使命があるように感じていた。

気持ちいい草原を走らせていると、やがて1人の武者が草原に寝ていた。

その顔を確認したとき、羽間の心は踊った。

「せんぱーい!」

それは大山だった。


85 


大山は波の音で目が覚めた。

風が鼻をくすぐり、華やかで甘い香りが気持ち良かった。

竜胆の花の香だ。

見渡すと、そこは草原だった。

上半身を起こしてみると、眼下には海が広がっていた。

「ここは・・・?」

大山自身にはこういう景色の中で寝ていた記憶はない。

しかしどこか懐かしい。

大山は起き上がって周囲を見てみた。

全く知識として知らないはずなのに、懐かしさだけがこみ上げてくる。

大山は気の向くままに歩き出した。

歩き出すと同時に、何かいつもと違う感触を感じた。

足元を見ると、見慣れないものを履いていた。

「草履だあ?え、どういう・・・あ、あれ?この格好って・・・。」

見えたのは袴だった。

腕には袖も見えている。

「こりゃ、どういう・・・。」

すると、遠くから馬で駆けてくる音も聞こえてきた。

音の方向を見ると、見慣れた顔の『坂東武者』が馬に乗っていた。

「せんぱーい!」

羽間だった。

しかし、もう明らかなのだが、古い時代の武士の姿をしていた。

「ケン!お前、どうしたんだ!」

羽間は大山の横で馬を止めて、降りて片膝をついて頭を下げた。

「おいおい!ケン、どうし・・・。」

「俺も知りませんよ!勝手に身体が動くんですから!」

考えてみたら、確かにさきほども自分の意志で動いてはいたのだが、もう1人の意志が同時にあったようにも思えていた。

羽間は頭を上げて、立ち上がり、膝をはたいて土と草を落とした。

「俺、気がついたらこいつに乗っていたんですよ。この格好で。そしてそうしてもこっちに行かなきゃならない気がして走ってきたら、先輩がいたってことです。」

「どうなってるんだ?確か蛇念坊と戦っていたことは覚えているんだが。」

「ああそれそれ。俺、途中から記憶ないんですよ。あいつに吹っ飛ばされて、祥子が見えてきて別れて・・・俺が須佐之男命で・・・そこまでしか。」

そこで羽間は、なぜ自分がここにいるのかという理由を思い出していた。

「えー、あの・・・なんかおかしいな。普通に喋れない・・・と・・・と・・・殿!」

「なんだお前急に・・・いかがした!・・・あれ。」

「伊豆の姫がお呼びでございます。」

もう羽間は普通に喋ることができず、勝手に口が動いて聞いたこともない言葉が自分から出てきているのだ。

そしてそれは大山も同じだった。

「伊豆が?・・・あ!」

大山は伊豆の姫こと、白水かおると会う約束をしていたところだった。

笹竜胆の紋章を作って渡すつもりでいたのだ。

「いかん!そ、それはいかん!」

もはや盛綱となりきっていた羽間は狼狽える大山、いや頼朝を見て腹を抱えて笑った。

「わっはははは。早うなされ。韮山に急がぬと、素っ首落とされますぞ。」

「わ、笑うな!笑えることではないわ!」

伊豆の姫の恐ろしさは頼朝が一番わかっていた。

頼朝は大急ぎで繋いでいた馬にまたがり、韮山をめざした。

館が見えると、頼朝は軽く身震いした。

嬉しさもあるが、この館の主にも姫にも軽い恐怖があった。

身なりを整えた頼朝は、館の横にある離れに向かった。

そこが姫の住まいだったし、そこへの出入りは自由だった。

「・・・遅れてすまぬ・・・おるのか?」

頼朝は我が家のように熟知している庵の中に入った。

「待っていたわよ。」

中から、かおるの声がした。

大山が進んで行くと、質素な服に簡単に髪を束ねただけの女性がいた。

かおるだった。

「すまぬ姫、寝ておった。」

「もうすっかり頼朝様ね。ここは記憶の世界のようね。わたしもここに来て驚いた。それじゃあ、元に戻って。」

かおるが言うと、一気に大山の意思が復活してきた。

「いやあ驚いた。ここは前に見ていた景色なんだな。」

以前に、かおるに垣間見せられた頼朝の記憶の風景だった。

その時にはまだ大山は覚醒していなかった。

「じゃあここは、かおるの?」

「ううん、違う。ここはあたしの世界じゃない。本当の過去の世界に、わたしたちの魂だけが移動した・・・としか言えないわね。」

「となると、ここには誰が案内したんだ?」

「それを探したいんだけど、あたしもここから動けないの。どうやら、過去の世界に縛られているみたい。こうやって会話できているんだけど、世界としては過去での会話を行っているのよ。」

「そうか・・・だからかおるがさっきみたいに話しかけるとそれはそれで話せるということなのか。」

「過去では確か、政子が頼朝さん、この頃は三郎さんって呼んでいたわね。浮気しないように見張っていたと。」

「え・・・お、お前そりゃあ・・・。」

「だって頼朝さんって、本当にエッチだったでしょ?亀の前なんか可愛いもんで。あの頃はそれが普通なんだけどね。」

このように通常会話をしながらも、どこか微妙に違いがあることに大山は気がついた。

「だが、さっきから思っているんだけど、この屋敷・・・ちょっと違わないか?ここは北条の別邸ではない。ここはむしろ・・・そう、鎌倉の政子の庵じゃないのか?」

「そうなの。どうも過去の事実がごちゃ混ぜになっているのかもしれない。」

かおるがそう言った瞬間、それまで全く動けなかったのが一気に動かせるようになった。

「あら・・・動ける。変ね、まるであたしたちが、気がつくのを待っていたみたい・・・え?そういうことなの?」

「つまり、ここは誰かが作った世界なのか?」

「そうみたい・・・ちょっと出てみる?」

かおると大山は、庵から外に出てみた。

「な・・・なんだ!」

大山は思わず声を上げた。

この庵は、竹林に囲まれた場所にあったはずなのだが、目の前に見えるのは大勢の武者たちが座っている風景だった。

「これは・・・あの景色!」

「俺は記憶がないぞ。」

「それはそうよ。だってこの時、頼朝さんは亡くなっていたんだもん。これはね、政子が御家人たちに激を飛ばしている景色よ。」

後鳥羽上皇らが執権義時追討院宣を出して、鎌倉御家人たちが動揺して鎌倉に集まった時の場面だった。

いつの間にかかおるの姿は尼僧になっていて、大山は外に出ることができなかった。

そして政子のあの演説がなされた。

「皆心を一にして奉るべし。()れ最期の詞なり。故右大将軍朝敵を征罰し、関東を草創してより以降、官位と云ひ俸禄と云ひ、其の恩 既に山岳よりも高く、溟渤よりも深し。報謝の志浅からんや。而るに今逆臣の讒に依りて、非義の綸旨を下さる。名を惜しむの族は、早く秀康・胤義等を討ち取り、三代将軍の遺跡を全うすべし。但し院中に参らんと欲する者は、只今申し切る可し者り。」

決して亡き頼朝の恩顧を忘れるな、讒言をした逆臣を討ち、院側につきたければ勝手にせよ、という内容である。

頼朝没後、不安定な将軍や院の態度に悶々としていた御家人たちはこれで心が決まった。

御家人たちは一斉に立ち上がって、鬨の声を上げた。

その中にあれこれと指図している武将たちの姿があった。

彼らを見て、大山もかおるも叫んだ。

「署長!汐田さん!小四郎!」

「久保田!桑本!深井くん!」

彼らも大山とかおるに気がつき、記憶の中とは違った内容で話しかけてきた。

「姉貴!兄貴も!」

「おお!おまえらいたのか!」

「署長!ありがとうございます!汐さんも!小四郎も!」

「いやあ驚いたよ。気がついたらここにいた。どうなってんだこれ?」

かおるはこの世界についての説明を行った。

「・・・なるほどなあ。しかし誰がここに?」

「まだわかりません。」

一方で大山は館を出ることができなかったが、深井たちと会話できていた。

「懐かしい!深井くん、元気だった?久保田に桑本も!」

「本当になあ。まさかこんな出会いだったとはな。しかし剛と岡島はいないな。」

「たぶんだけど、彼らは転生組ではないんでしょう。あの世界でのダチで。」

するとそこに、羽間と道子もやってきた。

道子は尼僧の姿だった。

「ママ!会いたかった!」

「かおるちゃん!まあ立派になって。」

「これ、記憶の世界でしょ。あたしはあたしじゃん。」

 すると小四郎の横から、1人の女性が話しかけてきた。

「かおるさん!」

「麗子ちゃん!」

大山が外に出れないでいると、奥から2人の若者が歩いてきた。

大山が振り返ると、それは美也希と駒一だった。

2人ともあの時の格好で、手を繋いでいた。

「大山さん・・・ここでは父上なのよね。あたしたちもここから出れないの。」

「そうだよな。経験していないしな。」

「でもさ、こうやって太郎と手を繋いているとさあ、あたしたちやっぱり運命だったんだなって思うよ。」

「俺もそう思います。」

「そうか・・・頼朝さんも、そう言われたかっただろうなあ。」

かおるは誰か1人いないことに気がついた。

「タカちゃん・・・山高さんがいない・・・。」

「そう言えば・・・安達盛長はこの前に亡くなっていたんだっけ?だったらこの屋敷に・・・君たち、見かけたか?」

「いや・・・あたしたちだけだったよ。」

大山はかおるに話しかけようとして館から足を踏み出そうとした。

それまではできなかったのだが、この時には外に出ることができた。

「あれ、出れるぞ・・・うわ!」

大山が館から出たと同時に、景色は一変していた。

多くの御家人たちの姿は消え、そこは大山たちにとって見慣れた景色が広がっていた。

「ここは、川北市庁舎じゃないか!駐車場だ!」

確かに、山高が大黒天と戦った場所であり、あのパーカーが走っていった場所、石油が出た場所だった。

今では石油採掘のために駐車場は移転していたが、その前の状態だった。

「先輩、なんでここに?それに元に戻ってますよ、俺たち。」

先ほどまでの昔の格好ではなく、現代の服を全員が着ていた。

「どうなっているんだこれ・・・。」

「タカちゃん、黙って!」

「・・・どうした?」

「聞こえるの。」

「なにがだ?」

「ちょっと待って・・・これ・・・山高さんの声?・・・。」

確かに、少しずつではあるが、何かが聞こえてきていた。

「なにこの声。」

「なにかしら・・・。」

「麗子ちゃん、怖い!」

「大丈夫・・・だと思うけど・・・。」

周囲から聞こえてくる音は次第にはっきりと音声となってきて、やがて明確に理解できるようになっていた。

「皆さん・・・。」


85  


「山高さん!どこにいるんですか!」

大山の声が市庁舎駐車場に響いた。

「出てきてください!お話しなくちゃならないことだらけなんですよ!」

「皆さん・・・刑事さん・・・山高です。私は今・・・どこにいるのか、私にもよくわかりません。」

大山とかおる、羽間、山内、汐田、小野道子は揃って顔を見合わせた。

「どういうことなんですか!」

「ああ少しだけ・・・お待ちください・・・これではどうかな?」

駐車場の中央部、現在は石油発掘中の現場の上に、山高の姿が現れた。

久しぶりに見る山高の姿だった。


大山とかおるは駆け寄ろうとしたのだが、動けなかった。

「山高さん!どうしちゃったの?あたし、山高さんが剣になった気がしてたのよ!」

「かおるさん、それは正しい。私は猿田彦様系統で、役小角の流れを組む金杵麿大和という方と出会い、修行して金剛杵を鍛え、鋼剛杵を作りあげました。そして鋼剛杵は私の肉体を吸収して剣となり、須佐之男命となった羽間さんと合体して、猿田彦を召喚できたのです。勝ちましたでしょう?」

全員が山高を凝視していた。

言っている意味がよく理解できなかったのだ。

「山高さん。俺は実は覚えていないんです。小宮山祥子が俺に力を貸してくれたところまでしか・・・それからどうなったんです?」

羽間の問いに、山高は少し笑みを浮かべた。

「羽間さん、あの祥子さんとは普通の関係だと思われましたか?」

「え?どういうことです?」

「なぜ祥子さんは、お亡くなりになられてしばらくこの世におられたと思いますか?」

「・・・わかりました。」

「ケン、どういうことだ?」

「では、これを見てください。」

山高は左上の宙を指差した。

そこには、筋骨隆々の大男が古代の格好で戦っている風景が浮かび、その後に傷ついた男を介抱している女性の姿が映し出された。

その女性の顔を見て、かおるが叫んだ。

「小宮山祥子!どうしてあの子が?」

「かおるさん、古代において、猿田彦の系統はここに受けつがれました。正確には妻のナミに。男はクマソタケルです。クマソの長で、ヤマトのナミと結ばれました。小宮山祥子はナミの血を最も強く継ぐ女性で、羽間さんはクマソタケルの血を色濃く継いだ人です。その2人がこの時間に、この地に同時に現れました。その意味がおかかりでしょう。」

「クマソタケル?ヤマトタケルでは?」

「汐田さん、全ては当時の権力者によって都合いいように書き換えられたものが歴史です。事実と異なることが書かれていますし、それは全世界共通のこと。」

「・・・そういうことか・・・。」

山内が唸るように言った。

「全ては定めなのだな。」

「そうです。全ては定め・・・しかしそれは荒水島の結界がほころんで、この世に強く影響を与えた時からなのです。そこから変わりました。」

「え?・・・ちょっと待って!それじゃ、あたしが原因なの?」

山高は美也希を優しく見た。

「光田美也希さん、確か初対面でしたね。私は山高梅良と申します。あなたが原因ではありません。あなたも、結界のほころびで定めが決まった存在なのです。あなたのお父さん、光田季彦さんはその最初の犠牲者です。それは承久の乱で、上皇方に最初に討たれた伊賀光季の転生だからです。そこから全てが始まりました。玉藻前が現れ、亀の前が転生し、カグツチ、阿修羅、大黒天が復活していきました。そしてとうとう八岐大蛇まで復活してしまったのです。そうなると、蛇念坊も復活していきますから、猿田彦も現わさざるを得なかったのです。その前には後鳥羽院、順徳院、土御門院、仲恭院も復活し、鎌倉殿も。鎌倉殿と反目した方々も復活し、それで八岐大蛇が完成しました。全ては必然でした。」

山高の説明は、全ての者が納得する内容だった。

大山が山高に感謝しようと言いかけた時、信じられないことに気がついた。

山高の姿が徐々に『薄くなって』きているのだ。

昔の幽霊のイメージだった。

いくらここが記憶の場だとしても、他の全員は明確な姿なのだ。

逆に恐怖だった。

「山高さん!それは・・・どうされたのです?」

「刑事さん・・・こうお呼びしていた頃が懐かしい。あれは大黒天のことで、私がテレビに出演していた時でしたね。大山さんが見つけて声をかけてくださって。そして来てみたら、同じ裏衆がいたじゃないですか。私はそこでもう必然だと実感しました。でもその記憶もなくなります。」

「山高さん!」

「私だけではありません。皆さんもそうなのです。玉藻前が現れる前、荒水島で結界が敗れた時から、全てが改められます。」

全員に動揺が走った。

「そ、それはつまり・・・。」

「はい、私と皆さんは現在の関係性として出会うこともなくなります。美也希さんと駒一さん、小四郎さんと麗子さんも同じです。全てはそこから改められます。変わってしまった自称が全て、あの時点から改められて元に戻ります。皆さんは転生したことに気がつかないまま、静かに生涯を送ることでしょう。」

「嫌!」

美也希が叫んだ。

「太郎と一緒になれないならこのままでいい!転生なんかどうでもいい!あたしは太郎と一緒になるの!絶対に嫌!」

「ミヤッペ・・・。」

「麗子ちゃんだってそうでしょ!小四郎さんもそうでしょ?みんな知らなくなるなんて嫌!絶対嫌!あたしは残る!」

「俺たちも・・・だな。」

深井たちも頷いた。

皆、思いは同じだった。

単に転生しただけではなく、共に戦った仲間なのだ。

簡単に忘れることはできるはずもなかった。

山高は彼らを静かに見つめ、そしてまた少し笑った。

「ご安心なさい。あなたたちは再び出会うことになります。ただし、同じだが、違う世界で。」

「山高さん!意味がわかりません!」

「大山さん、私が今どこにいると思いますか?」

「え・・・?」

「皆さんも同様です。川北市庁舎にいると思いますか?」

全員が足元や周囲を見た。

しかし判らなかった。

「ここは、私と金杵麿が、鏡遷しの術で作り出した世界。私は一足先に私だけの世界におりますが、皆さんが来ると同時に私も移れます。」

そして山高からイメージが全員に伝達された。

羽間は深くため息をついた。

「・・・そういうことだったんですか。」

「はい、そうです。ですから、何も変わりません。変わるのは、変わってしまった世界を戻すだけです。」

すでに全員が、得心がいった表情をしていた。

意味がようやく理解できたのだ。

「山高さん、ごめんなさい。あたし、太郎と別れるなんて我慢できなかった。我慢しなくていいんだね。」

「そうですよ。そしてその思いが強ければ強いだけ、あなたたちが出会う機会は増していきます。いずれにしても、同じことなのです。」

麗子は美也希の肩を抱きしめた。

そして美也希の手は駒一の手を握っていた。

かおるも、大山の腕にもたれかかっていた。

「さて、それでは、私がこの姿をしているのも辛くなりました。時間の一点とは言え、ここにいてはならないのです。ですから私の世界に戻ります。またいつか、お会いいたしましょう!」

山高が言うと、全員の姿も、この景色も消えた。


86 


平成23年、東日本大震災が発生。

未曾有の大災害となった。

地質学的な問題からではあったのだが、この大エネルギーは世界中に影響を及ぼした。

その一つのポイントが、日本海に浮かぶ小島である荒水島だった。

この島においては、日本において様々な人種が混入してきた頃からの秘密があった。

それが日本においては安羅万有と呼ばれていたアンラ・マンユと、猿田彦と呼ばれているアフラ・マズダの戦いの結果だった。

大陸の巴蛇に妖術を組み込んでできた八岐大蛇を撃退したのは、アフラ・マズダの力を得たクマソタケルであり、敗れた安羅万有は自らの魂を荒水島に封印された。

その魂は代々子孫や代理人に引き継がれていき、多少の影響を日本に及ぼしながらも細々と存続し続けていた。

世の中の気が乱れる時のみ、結界がゆるんで少しだけ世の中に蛇念坊の気が漏れ出し、それによって操られたのが鎌倉将軍府誕生の時代だった。

それ以外はずっとこの島に封印されつづけていた。

しかしこのエネルギーは大地の根底にあったずれが引き起こしたもので、ずれによるバランスの崩壊は結界に大きな影響を及ぼした。

バランス崩壊は大地の気を動かしていて、大震災以前より各地に影響を及ぼしていた。

安羅万有の魂を継ぐ者たちは八蛇教の僧侶蛇念坊を名乗っていたのだが、彼らは荒水島の住人の、その中でも限られた一部にのみ影響を与えて操ることができていたのだが、この気の乱れで内なるエネルギーが外部に漏れだしてしまった。

一旦外部世界を知ってしまった蛇念坊の力は増大してゆき、最も影響を及ぼしていたのが荒水島と、気が激しく交差していた川北市だった。

まず蛇念坊は島民の大倉を操り、光田季彦の会社を支配させた。

さらに後鳥羽上皇らが転生していた沖皇一家の怨念を利用し、同じく川北市周辺に転生していた鎌倉殿を探し出して数々の仕掛けを行った。

妖怪玉藻前をまず呼出し、ついで頼朝の愛人だった亀の前を呼出し、カグツチと大黒天を呼出して揺さぶった。

これで力をつけていった蛇念坊はついに後白河院と阿修羅を召喚することに成功し、しばらくの沈黙を経て、ついに最初の獲物である市川誠二を完全に乗っ取り、鎌倉転生組を引き付けるために荒水島を出て川北市に来ていた光田を殺害させた。

そして沖皇一族を操り、中でも最も不安定だった盛成を呼出して島を出ることに成功した蛇念坊は、つぎつぎに自分の依代たちを作っていった。

蛇念坊の長年蓄積された怨念はすでに妖怪化していて、多くの動物霊を吸収して誕生した鵺、ヒルコを始め幼くして死んでいった幼子たちを食っていった姿、そして本来のシャーマンの化身であるダイダラボッチなどの形態を表していた。

だが蛇念坊単独の魂が伝承されていったのに対し、アフラ・マズダの末裔は技術を伝承していった。

アフラ・マズダは火を扱い、ゼウス同様に稲妻を操る術を持っていた。

その稲妻の文字である申が転じて猿となり、やがて猿田彦と呼ばれるようになった。

猿田彦の伝承者たちはいつか蛇念坊が復活することを念頭において、考えられる全ての事柄を代々伝承していった。

そして気の乱れに準じてアンラ・マンユが復活すると判った時、探したのはクマソタケルの血を色濃く持つ子孫と、稲妻となるために必要な金剛杵を操る人間だった。

それが羽間賢信であり、山高梅良だった。

依代たちで成立させた八岐大蛇と対決したのは、源頼朝や政子ら鎌倉転生だった。

猿田彦の流れを組む役小角の継承系のひとり、金杵麿大和はずっと該当者を探していて、ようやく山高と出会った。

山高を鏡遷しの術で作った空間で修行させた金杵麿は全てを告げ、山高は受け入れて金剛杵に自らの魂を移して鋼剛杵となった、

羽間がクマソタケルとなるキーマンが、羽間の血を分けた妹でもあった小宮山祥子だった。

祥子は羽間に恋しており、数年前に他界していたが魂となって羽間の傍にいた。

祥子に力を与えられた羽間はクマソタケルに変化し、鋼剛杵の力を得て巨大化し、ついに八岐大蛇と蛇念坊を滅した。

だが、彼らにはまだ役割が残っていた。

歪んでしまった時空を可能な限り元に戻さねばならなかった。


87 


平成13年、荒水島。

光田季彦は島にある自分の水産加工工場で指示を出していた。

この島は現実的には存在しないことになっている特別区だった。

だが現実に島民はいて、ちゃんと生活をしている。

島民の住所は隠岐群島荒水特別区である。

特別区なので地図には掲載されていないのだが、この辺りを通過する住民や船舶には常識なのだが、この島の管区には絶対に近づかないというのが暗黙の了解となっていた。

得体の知れない幽霊や、時おり巨大な影が見えると言った噂が絶えなかった。

だが島民にとってみれば却ってその方が平和だった。

「おい、大倉!」

「なんですか、社長。」

「ちょっと相談があるんだ。」

「なんですか?」

2人は社長室に入った。

「実はな、俺はこの会社を辞めようと思うんだ。」

「え?ど、どういうことです?」

「前から知り合いの若造がな、会社を興したいと言ってきているんだ。俺らの魚を物流したいそうでな。ぜひ手伝ってほしいと言われてな。色々考えたんだが、このままではできんのや。」

「だからって会社を辞めるなんて・・・そもそもですよ。誰がこの会社をやっていくんです?」

「お前だよ。」

「え?嘘でしょ?」

「お前意外に誰がやるんや。」

「で、でも社長!今すごい勢いで沖皇物流が伸びてきてるじゃないですか。俺じゃ太刀打ち無理ですよ!」

「大丈夫だ。あそこの会長は高年齢だし、長男と次男は何にもできんポンコツだ。次男だけが厄介だが、いずれ警察がどうかしてくれる。そのくらいのネタを仕入れての話だ。」

「社長ぉ~~~~~。」

「いいな、これから少しずつ引継ぎをやってくけん。頼むぞ。」

光田は戸惑ってばかりの大倉の肩を叩いて、家に戻った。

「パパ!おかえり!」

1人娘の美也希が全力で走りながら出迎えてくれた。

「おお美也希!いつも可愛いなあ。」

「あなた、大倉さんには話したの?」

「ああ。戸惑ってはいたけど、しょうがねえわ。ああ、冴。転校の準備はできているのか?」

「うん、もうすぐね。どのみち幼稚園からだし、美也希には問題ないわね。あたしもね、若気の至りとはいえ、本土でお水やっていたでしょ?ここから離れると、ちょっとホッとする気がする。」

「そうか、そう言ってくれると助かる。ありがとう・・・しかしなあ・・・決めたのは決めたんだが、いざこの島を離れるとなると・・・寂しいもんだ。」

「そうねえ。自営一筋だったパパが、どうして務めになるって決めたのかわからなかったけど、あの白水小四郎さんなら大丈夫だって思えたから。今以上の手取りになるんだし。あたしは良かったと思ってるよ。」

「そうだな・・・それに、なんとなくなんだが、ここを離れた方がいい気がずっとしていたんだ。あの山の奥から、何て言えばいいのかなあ・・・悪いものを感じ出したんだ。ここ10年くらい前から特にな。」

「ねえねえパパ!わるものってなあに?食べられるの?」

光田と冴は大笑いした。

「食べられないよ。でも離れた方がいいものなんだ。美也希も今度からお友だちがたくさんできるぞ。いいねえ。」

「お友だち!遊びたい!」

光田は美也希の頭を撫で、目の前に広がる海を見ていた。


※        ※


平成27年、川北市。

「先輩!」

「なんだ!」

「休みましょう!アイスコーヒー飲んでいきましょ!」

「馬鹿。まだ見回り終わってなかろうが。」

「だって暑すぎますって!熱中症的に問題ありっす。」

「・・・しょうがなかなあ。じゃあ、もうちょい行ったら道子ママのとこで休もう。」

「よっしゃ!」

基本的に根性論者の2人だったのだが、今年の夏はちょっと酷かった。

労働条件が警察にも適用されつつあって、以前のように根性で乗り切るなどできなくなってきていた。

別名脳内マッチョと呼ばれていた体育会系の羽間はついついつぶやいてしまう。

(なんて軟弱になったんだよ・・・)

汗だくになりながら、大山鷹一郎と羽間賢信は川北署ほぼ専門のイタリアンレストラン『ラ・クア・クチーナ』に入った。

「ママ!アイスコーヒー2つね!」

「あらケンちゃん。毎度毎度、鬼のタカちゃんに鍛えられてんのねえ。」

2人はエアコンが効いた部屋に入り、ソファに座った。

羽間は冷水をピッチャーごと持ってきて、ガブガブとたてつづけに3杯飲んだ。

「くああああああ!生き返る!」

大山は、この分厚い筋肉を落としたら少しは暑さに強くなるだろうにと思いながら、新聞を開いた。

「ん?おい、あの天原剛助が逮捕されてるぞ。川南だ。岡島、やりやがったな。」

「天原剛助って、あのエロ詐欺男でしょ?川南にいたのか。捕まえたかったなあ。」

「あいつは本当に悪党だもんな。斑鳩ルイも喜んでるだろ。」

「・・・え?先輩、堀田歯科が倒産ですって。色々やっちゃってたもんなあ。」

「あいつもか。水増しやり放題だったらしいだろ。そりゃもう当然だろ。」

さすがに仕事中はこんな会話ばかりだ。

平和な川北だけに、ここで犯罪を犯すのはあまりおらず、大抵は繁華街がある川南でやらかす。

そういう意味では時間を持て余し気味だった。

「はい。アイスコーヒーね。本当に暑いわねえ。今年・・・あ!」

「どうしたの、ママ?」

「タカちゃん!手紙来てたんよ!忘れてた!」

「誰から?」

「・・・ほら、これ!カザフスタンからよ。」

「カザフスタン?・・・あ!尾加田剛!」

「そうよ!、ほら、これ。」

大山は道子宛に届いた手紙を読んだ。

「・・・あっはははは。あいつ、振られたらしい。傷心でって書いてある。あいつは仕事ならいくらでも立ち上がるけど、女にはからっきしだもんな。あっはははは。」

「誰すか?」

「俺の同級生でな、自称和製インディ・ジョーンズだ。カザフスタンで色々事業展開している。ほら、川南の岡島の同級生でさ。昔は悪さしてたもんだ。」

「人ごとじゃないでしょ。タカちゃん、そろそろじゃないの?」

「え、俺?」

「そうよ!いつまで、かおるちゃん待たせるつもり?」

「そうっすよ!かおるさん、行き遅れちゃいますよ。」

「うるさい!お前には関係ない!」

「・・・ったく、自分のことは全然ですもんね、先輩。」

「そういうお前は、あの小宮山祥子はどうなったんだ。入れ込んでたやろ。」

「ああ・・・ありゃダメっす。彼氏が忘れられないそうで。はあ~あ・・・。」

「そっかあ。そういやこの間、あのミニオンがお前のこと話してたぞ。おじさんたちのアイドルやめて、お前にしようかな、とか。」

「ちょ!冗談じゃねえっすよ!先輩じゃないですか。全くもう・・・あ、思い出しましたよ、先輩。小四郎くんが会社立ち上げてからえらく順調だそうじゃないですか。それで、この間にちょっと会社見に行ったんですよ。そしたら郊外にえらくでかい本社を建設するって言うてました。すごいじゃないですか。これで万年赤字財政が一気に解消するかもしれないですよ。」

「この前に小四郎と会ったんだが、総務の光田がえらく切れ者でな。しかも自営を辞めて小四郎にとことん尽くしてる。羨ましいよ、本当に。なあ羽間。」

「お、俺、ちゃんとやってるじゃないっすか!」

「へええ・・・すーぐ休もうとするくせに。」

「ちゃんとします、はい!でも確かに羨ましい。総務課の伊加麗子といい関係なんでしょ。あんな別嬪さんと。」

「あいつ、ああいうのが好みなんだよなあ。まあ、見栄えはいいな。」

「失礼な!タカちゃん、言葉使い悪いよ。その光田さんの娘さんがこの前来てくれたんだけど、素直でいい娘さんだねえ。もう来年から高校生だってさ。可愛いし。あたしの娘にしたいくらいだよ。」

「へえ、名前は?」

「美也希ちゃん。光田美也希。友達からはミヤッペって呼ばれてるんだってさ。」

「1人で来たのかい?」

「それがさあ、彼氏と一緒だったんだよ。」

「カー!最近の若いのは早いな。」

「えと、何だっけ・・・SSSとかいうスマホで知り合ったとか?」

「ママ・・・それたぶん、SNSだよ。」

他愛もない話をしていると、大山のスマホが鳴った。

「おっと署長だ・・・はい、大山・・・え?失踪?・・・はい・・・はい・・・良橋亀子・・・あの資産家の。わかりました、すぐ向かいます!」

大山はスマホを切って、羽間の肩を叩いた。

「久々の事件だ。行くぞ!」

「はいっ!ママ、後で払いに来るから!」

「へいへい、わかっておりますよ。行ってらっしゃい。」

慌ただしく店を出ていった2人を見送って、道子はつぶやいた。

「ま・・・刑事に結婚は遠きものなり、ってか。」


※        ※


平成27年、川北市某所。

白水かおるは、川北署長山内と食事をしていた。

山内はかおるを気に入っていて、よく食事に誘っていた。

愛人ではないと公言していたし、大山の彼女であることもよく知られていたので単なる飯友だった。

だが内心ではまんざらでもなかったのだが。

川北市内のフレンチレストランはホテルの中にあって、農業地域でもある川北の食材をふんだんに使った、何気にミシュラン☆一つの名店だった。

かおるはスタンドカラーリボンのコーヒーカラーシャツを着ていたのだが、長くてつやのあるロングヘア―と相まって、愛人としか見えなかった。

Gサイズのボディは、この辺りではまず見ない抜群のスタイルだった。

個室だったので、誰からも見られない。

「どうだい、今日のコースは。」

「とっても美味しかったです。お料理もいいんですけど、このワインが最高。」

「ここにはソムリエもいるし、今日のコースに合わせてくれたんだろう。」

「あーお腹いっぱい。」

かおるはデザートのザッハトルテを平らげた。

「署長、いつもありがとうございます。」

「構わんよ。たまに女房が焼き餅焼いてるよ。わははは。」

「頼みますよ。あたし、署長の愛人にはなりたくないですもん。」

「まあ俺はそれでも・・・。」

「え?」

「ああ、俺もそうだよ、うん。」

食後のコーヒーを飲みながら、山内はかおるに訊きたかったことを切り出した。

「タカとのことはどうなっているんだ?」

「そうですねえ・・・まあ、あたしも悪いんですけどね。なかなか切り出せなくて。だって鎌倉に母親がいて、あたしはなぜかここで個人事務所を開いちゃってるでしょ?その状態で刑事さんにハッキリさせろって言えると思います?おまけにあの人、副署長候補なんでしょ。ちょっとねえ。」

「そうだな・・・まあこれはその、俺の単なる独り言と思って聴いてくれ。」

「なんです?」

「どうやら俺のここに、悪いのができてるらしい。」

「は・・・?え、それって・・・。」

「独り言だ。反応せんでいい。つまりそういうことだ。それでだな・・・。」

山内は軽く咳をしてから続けた。

「俺の夢は、君たちの仲人をすることだ。夢をかなえてほしいな・・・という勝手な独り言だ。」

かおるはコーヒーを置いて、口元を少し横にずらして、上目使いで山内を見た。

「ねえ、署長さん?」

「ん?」

「あたしの記憶が正しければですけどね・・・なんか前にもこんなことありましたよね。」

「え?」

「確かあの時は、非公式に事件依頼でしたね。まがりなりにも警察が、民間の個人探偵に頼るなんて・・・って思ったけど、その時にもお腹に何か悪いものがどうとか。」

「そ・・・そんなことあった・・・っけ?」

「ほーら、いつも同じ手を使ってるでしょ。多かれ少なかれ、何かあるんですもん。あたしはゴルゴ13じゃありませんからね。」

「いや別に狙撃しろと言っているわけじゃ・・・。」

「ほら白状した。簡単すぎますよ、署長さん。」

山内が悪い訳ではない。

かおるが天才的に上手いのだ。

どこからそんなネタを持ってくるのか、毎回信じられない内容ばかりだった。

状況に応じて実に様々な表情、態度、アクセント、香水などで相手を翻弄する。

こういうタイプなので、言い寄ってくる男どもはことごとく尻尾を下げて引き返すばかりだった。

だが山内も老獪なので、振り回されるふりをしながらも、根底では相手をコントロールしているのが常だった。

そんな2人だった。

「・・・参った。降参だ。だがそのつもりではいる。覚えておいていてくれ。」

「考えておきます。」

かおるも内心、大山に対してはいい加減にはっきりしろよって思ってはいた。

署内ではえらく頼りにされてはいるのだが、自分のことになるとどうにも歯切れが悪いのが大山だったからだ。

かおるは川北市唯一の繁華街を眺め、大山のことを想った。

おそらく、山内の病気は本当のことだから。

そういうことも直観でわかるようになったのは、あの天台裏衆の修行からだった。

だがいまだに裏衆として動くべき相手は出てきていなかった。

とは言うものの、かおるには裏衆を継承していく定めもあった。

そしておそらく、大山との間に生まれた子が裏衆となるはずだから。


※        ※


令和元年、川南市某ホテル。

大山鷹一郎と白水かおるの結婚披露宴が行われていた。

大山家と白水家、川北署一同、SKディストリビューション一同、川北市役所一同らに加えて、紹介されて急接近してきた光田季彦と冴、美也希親子、小野道子、岡島啓介、尾加田剛らの姿もあった。

前年に定年を迎えていた汐田も来ていた。

前年に署内の大進さなえと結婚していた羽間は夫婦で参加していた。

仲人は山内夫妻で、花束贈呈は小四郎と麗子の間にできた男女双子が務めた。

山内夫人は大柄な山内と並ぶと余計に小さく見えた。

狐顔だが、魅力ある女性だった。

酒豪でもある大山には次々にビールを注ぎに来客が訪れ、根が真面目な大山はそれを統べて干していた。

「ちょっとタカちゃん!全部飲まなくていいんだから!」

「し、しかし・・・あ、ども!」

 こんなやりとりと山内は眩しそうに見つめていた。

 美也希も挨拶にやってきていた。

「かおるさん、綺麗!あたしもいつか着たいなー。」

「駒一くんとはうまくいってるの?」

「うん!」

「じゃあ、あたしたちがその時に立ち合いできればいいね。」

「えへへ。お願いしまーす。」

「まあまあ、かおるちゃん・・・ますます綺麗になっちゃって。あたし、娘が嫁入りするような気分だよ。」

「ママ!ありがとう!」

大山にはそれこそひっきりなしに名士たちも来ていた。

なにせ、つい先日副署長に就任したばかりであり、まもなく署長になる予定だったからだ。

3回目のお色直しが終わって、大山と腕を組んで登場してきたかおるに、どよめきが起こった。

尾加田のルートで購入した、カザフスタンのウェディングドレスだったからだ。

派手な顔立ちのかおるには、本当にピッタリだった。


どよめきに続いて笑い声も起こっていた。

大山の顔がガチガチに緊張していたからだ。

あちこちから称賛の声が聴こえてきて、キャンドルサービスのたびに拍手が起こっていた。

同級生席に来た時には、大変だった。

酔っぱらった尾加田が、『かおるちゃんを返せー!』と叫んでしまい、岡島らに文字通り取り押さえられていた。

もっとも、それも大爆笑だったのだが。

全てが終わって壇上に上がった2人に盛大な拍手が起こり、山内が締めた。

「大山家、白水家におかれましては、まことにおめでとうございます。先日発表させていただきました通り、大山くんは川北署の副署長に就任いたしました。将来は川北市の安全を彼に守っていただきますので、皆さま、よろしくお願いいたします。」

拍手の後、山内は一呼吸おいて続けた。

「私は今、心からの喜びを感じています。大山くんが入署してきた時には全く判りませんでしたが、日を追うごとに彼の優秀さが周りにも浸透して参りました。そして伴侶が、私どもにもご協力いただいている白水かおるさんということで、私は人智の及ばない縁を感じざるを得ないのであります。前世はきっと、何かのことで繋がっていたのではないかとさえ感じています。そしてきっと・・・。」

山内は静まり返っている式場を見渡してから続けた。

「きっと、皆さんもそうではないかと思っております。付き合っている間に、この人たちはちょっと他の方とは違うと言う何かを感じたことはおありじゃないでしょうか。親しいと言うには足りない何かです。きっと皆さんも同じ経験があると思います。世の中には、我々の考えなど及びもしない力が存在していて、私たちはその縁で産まれ、引き合い、人生を紡いでいく、そんな気がしています。」

この式場の中で、そのことを理解していたのは天台裏衆でもあるかおるだけだった。

だがそのかおるでさえ、さらに深いつながりがあるとは考えもしなかった。

「こういうこともありました。私は子供の頃から、家には大黒天の像がありました。たまたまテレビを見ておりましたところ、大黒天研究会というものがあると知りました。その縁で、山高さんという方とお付き合いさせていただき、様々なことを教わりました。彼が申すには、世の中にはたったひとつの真実しかないのだそうです。それは、あらゆる生物は魂を持っておりますが、根っこは繋がっているそうです。個々の存在は必要だから表向き別れてはいるけれど、根っこはひとつなのだと。今日この式場で、私はそのことを強く・・・強く感じました。いや、もっと前から感じていたのかもしれません。」

山内は一呼吸置いて、今度は大山とかおるを見た。

「大山くん、かおるさん、君たちの縁は我々よりもさらに強い。その縁の強さで、これからも川北を守っていってほしい。そして子供を私たちに見せてください。今現在大山くんは副署長に昇格し、私を補佐していただいています。だがまだまだ未熟です。皆さん、彼らをしっかりと見守ってあげてください。私からの・・・いやきっと、皆さんからのお願いです。幸せになってください。そしてしっかりと川北を守れ!頼むぞ、大山!」

「は、はいっ!」

大山はいつの間にか直立不動していた。

かおるは大山の目から落ちてくる涙をそっと拭いた。

会場の一角から拍手が起こった。

羽間だった。

その拍手はすぐに式場全体に広がっていった。


88


大山は川北署の署長室に座っていた。

結婚式から2年後になっていた。

署長の机には大山とかおる、子供の写真と、先代署長山内の写真が置いてあった。

子供が生まれてまもなく、山内は入院してそのまま帰らぬ人となっていた。

病室の山内に子供を見せることができていて良かったと、大山は思っていた。

もう起き上がれなくなっていた山内だったが、子供の頭を撫でてくれて、にっこり笑って涙してくれていた。

そして間もなく他界し、大山が署長に就任したのだ。

すでに署内では抜群の信頼度を持っていた大山ではあったのだが、それでも心中では不安ばかりだった。

「署長!熊代商事の川北営業所で火災発生です!」

新主任となった羽間が飛び込んできた。

「事件か?」

「まだわかりませんが、今から茂天と確認してきます。」

「わかった。頼むぞ。あそこは確か、山田ヘンリー隆一が会長だったな。」

「はい。前から目をつけていましたからね、署長は。なんか匂うって。」

「カンだよ。で、お前に署長って呼ばれるのはしんどい。俺とお前の時には先輩でいいよ。」

「了解です!では行ってきます、先輩!」

羽間は飛び出していった。

大山は、かつて山内の部屋に自分がいることにいまだに慣れなかった。

できれば今すぐにでも現場に飛んで行きたかった。

だがもうそういう立場ではなくなっていた。

そこに、秘書からコールがあった。

「はい、どうした?」

『署長、緑川工業の秘書様がお見えです。』

「ああ、お通してくれ。」

やがてノックがあり、見事なプロポーションの女性が入ってきた。

「小百合さん、お久しぶりです。」

以前に大山が担当した事件の会社の秘書だった。

「お久しぶりですね、署長。」

「まだ慣れません。どうぞお座りください。」

小百合は用意してきた書類を大山に見せた。

「ご依頼の地下資源開発ロボットの見積もりです。林田化学の長岡興三さんとの共同開発です。」

「ありがとうございます。ここの地下には何か資源があるんだとえらく言われていますのでね、調査が必要なんですよ。で、これはどのくらいまで探れるんですか?」

「研究では地下100mくらいまでは大まかにわかるはずです。」

「いやあ助かります。このコストなら十分です。」

「良かったです。」

それからしばらく他愛もない世間話をしていたが、小百合は次の用事があるとのことで失礼すると言った。

「助かります。ありがとうございます。」

「いえいえ。では・・・。」

部屋を出る前に、小百合は大山を振り向いて口を開いた。

「あの、前から思っていたんですけど。」

「なんでしょう?」

「署長さんとはあの事件の前からどこかでお会いしていませんでしたか?」

「・・・いえ、たぶんあれが初めてだと思いますよ。」

「では私の勘違いですね。失礼いたしました。」

小百合は川北署を出て駐車場に向かった。

車に乗った小百合は、軽くため息をついた。

「やっぱりあいつも覚えてなさそうね。まだあたしの出る番じゃないのかな。ま、いっか。」

小百合は車を走らせた。

すると入れ違いに、隣の車から2人の老人たちが降りてきた。

「上大和さん、見たや?」

「木佐貫さん、あの影は狐だったばい。」

「ばってん、あの人は人間ばい。狐が化けたとだろか?」

「どうなんやろ・・・よくわからん。調べろちゅうてもなあ。一度あの人ば子九村にお迎えせにゃならんかな。ひょっとしたらひょっとするばい。」

「そうやなあ。」

2人は子九村警察署長の上大和多伊三と、郷土史家の木佐貫田十郎だった。

村の宝である九尾の狐像が紛失したので、事件の相談をしに来ていたのだ。

どこか遠くで、狐の鳴き声がしたような気がしていた。


挿絵製作中條真行 画像生成AIにて


あとがき


中條真行です。

この本で、大山鷹一郎シリーズは完結します。

そもそも大山が源頼朝、白水かおるが政子の転生でしから、それは最初から決めていました。

なぜ頼朝なのかという声もありましたが、答えは簡単であの時代で最も業を背負っていた人物だからです。

彼らの扱いは後世において悪く言われたりもしました。

義経の判官贔屓があっただけに。

ですが、私は彼らの鎮魂をしたくてしょうがなかったのです。

結果として、こういう展開になりました。

初作の「ここのを」以降、非常に楽しく書けたなと思っています。

しかし何度も校正していく中で、結婚披露宴での山内の演説をどうしても入れたいと思うようになりました。

これが俗にいう「運命」というものかもしれませんが、それを具体的に書いていたのかもなと思ってきたのです。

私自身、前世体験をしてきていますから、余計にそう思うのです。

彼らが何かで登場することは、ひょっとしたらあるかもしれませんが、ここで完了です。

長い間愛読していただき、本当にありがとうございました。


                                令和5年

                                中條真行


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