両目腫れても、厄介ごとは片目じゃ見えない
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
平和な平和なごくごく普通のお家で響き渡る戦乱の悲鳴。
休日でゆっくりと寝たかった康生は、一つの悲鳴により予定よりも二時間以上早い起床と同時に自分の部屋へと走り向かっていた。
ドアをガチャッと開けるとゾンビのような形相のイザベラが、康生のベッドで倒れている。
「ど、どうした!?」
イザベラは犬のようにゴシゴシっと目をこすって、
「目が、目が!!」
両手で目を抑える動作は、犬と言うよりもムスカ様と例えた方が的確だ。
イザベラが手を離すとそこにはぷっくらと腫れた『ものもらい』という病気があったのだ。
「うわっ」
思わずそんな声が出てしまう。
「うわっ、とは何じゃ!?」
「だって、それものもらいじゃん。しかも両目とも。っプ」
「お、お前さん。今、笑いおったな!? い、一体これは何なのじゃ!?」
イザベラは鏡を見ながら両目瞼が腫れている現状に動揺しつつも康生に尋ねる。
ざまぁみろ。と思いを胸の奥にしまいつつ、小馬鹿にするような笑いを含めて康生は答える。
「目を酷使しすぎたんだろ。ゲームとかな。それにお前は不潔だから菌が目の中に入ったんだよ。お前不潔だし!」
「二度言うな! それに不潔ではない。効率的に行動しているのじゃ。私が風呂を一日我慢すればガス代が浮く。つまり家計の事を考えてじゃな」
「はいはい。物は言いようでちゅね~凄い、凄い~!」
「うぬぬ。お、お前さん。私の目がこんなんだと前見せたようなあれが出来ないのじゃぞ!?」
「ふーん。だから? だからどうしたんでちゅか? 自業自得でちゅもんね~。治し方は自分でググレカスってくだちゃいね~。じゃあ、もうひと眠りするから。それと俺が次、目を覚ます時までにそのゲームを俺の部屋から出さなかったらマジで壊すからな」
「お、お前さんもやると思ってこの部屋に置いたのじゃぞ!?」
「――っ」
イザベラの言葉を黙らせる無の視線を送って低レベル試合は強制終了に。
「わ、判りました。即座にどかします」
康生の無の圧力につい敬礼をしてしまうイザベラ。
「よろしい。じゃあもうひと眠りするから」
「永遠と寝ておけ」
扉が閉まる瞬間にボソッと呟いたイザベラだが、ものもらいとは別に頭部にたんこぶが出来る運命を迎え入れる事になるのは数秒後の世界の事であった。
何故、康生が起きて早々自分の部屋に向かったのか。つまりそれは康生が自分の部屋ではない場所で寝た事を意味するのだが。
そして部屋で息をするゲーム機と血眼のイザベラ。
もはや答えと言ってもいいだろう。
話は少し遡る。
イザベラがある日鼻歌交じりで家に帰って来た。その日はバイトと言って出て行ったはずだが、夜の九時を過ぎても帰宅せず、戻って来たのは深夜0時を回った頃だった。
康生の疑問の声に「にゃははは!」と笑ったイザベラが手にしていたのは最新ゲーム機と話題作のゲーム数本。そして膨らんだ財布。
「今日は運気溢れる日じゃった!」
輝かせる瞳はまるでクリスマス翌日の子供。
つまりイザベラは、身を滅ぼしたはずのパチンコ店で今度は勝利を掴んできたのだ。
――それから始まった地獄の日々。
最初こそ一緒に楽しんでいた新型ゲーム機。しかし気付けばゲームを材料にマウントを取られ、部屋を奪われ、康生は追い出されて別室で寝る羽目に。
だが冷戦は短かった。
よく考えればイザベラは居候。立場は圧倒的に康生が上。
その事実に気付いた瞬間、形勢は逆転した。
「ものもらいは、ざまぁねえな!」
クススと笑い、康生は良い夢を確信して眠りに就いた。
「起きろ、起きるのじゃ、お前さん!」
再び暗闇から引きずり出される。
「なにしてんだ?」
「べ、別に!? な、何もしてないぞ?」
額を触られていた気がするが、痕跡はない。
「それより本当に酷い目だな」
「かゆ、痛いのじゃが」
「待っとけよ。前にもらった薬あるから。ほら、目薬」
「かたじけない」
「武士かっ。とりあえず目の酷使禁止。不衛生も禁止。守れなきゃ即退去、おーけ?」
「お」
「おーけ!?」
「お、おーけ!」
二人の小競り合いが一段落した頃。
「そう言えばナロウと出くわしたぞ。私」
「へぇー、――!?」
箸が止まる。
「それ俺の反応な。会ったのか?」
「大金星を挙げた帰りに近かったからな。悟られぬよう横を通った」
「身バレ大丈夫か!?」
「多分な」
「多分って……何してたんだ?」
「あ、これ見ろ」
テレビには地元の暴走族特集。
「こんな感じの男が奴の後ろで倒れておった。力を弄んでおるのじゃろ」
「ヒーロー活動的な? 悪さしないならいいけど……早く消えてくれないかな。二人とも」
「二人?」
「そう、二人!」
嫌味は通じない。
「今は鬱陶しくても相棒になる的なあれじゃよ」
「ならん」
「私を邪険にすると災いが起きるぞ!」
「はいはい」
「ほれ、来た!」
インターホンが鳴る。
「宅急便か?」
「しっかり支度してから行くことを推奨する」
「意味わからん」
玄関を開けた。
「おーす、未来のチャンピオン。元気しとぉや!!」
立っていたのは最も会いたくない男、本堂ナロウ。
「宮野。あそぼ!」
「無理――じゃ」
だが足で玄関をロックされる。
「用事無いの調査済みだぞ」
「こわっ!!?」
「宮野は友だち少ないからな!」
「ひでぇ!」
押し問答の最中、
『うるさいから行ってこい』
気配もなく介入する第三者。
次の瞬間、康生は玄関の外へ弾き出されていた。
――時を止めたのだ。居候のくせに万能すぎる神、イザベラが。
「あいつ、私情で使わないって言ってたのに」
「えっと」
「行くか」
「え」
「行くか!」
「お、おう」
逃げ道は閉ざされた。
こうして康生の休日は、両目を腫らした疫病神と、得体の知れない男・ナロウによって、再び騒動へと巻き込まれていくのだった。




