暴走する願望、動き出す粛清者
「ようやくこの世界にも慣れて来たな」
静かな部屋で、本堂 ナロウは独りごちた。
元いた世界の神によって転生させられた彼は、今や別人のような人生を歩んでいる。
「本当に、人生が変わったな」
かつての彼は、教室の風景の一部だった。
いてもいなくても変わらない存在。
だが今は違う。
力を持ち、容姿に恵まれ、自然と人が集まる。
注目され、賞賛され、中心に立つ。
今日から通い始めた学校も、元の世界に存在していた場所に似ている。
だが立場は百八十度違う。
戸惑いはある。だが、それ以上に高揚があった。
そして何より――
隣人の同級生、宮野康生。
彼だけは、妙に話しやすい。
(宮野と、ちゃんと仲良くなりたいな)
密かな目標。
だが、ナロウの胸に渦巻く感情はそれだけではない。
この世界は――平和すぎる。
魔王もいない。
魔物もいない。
世界滅亡の危機もない。
もしそんな脅威があれば、自分は間違いなく英雄になれる。
それだけの力を持っている。
だが、その舞台がない。
宝くじに当たった人間が、金を使う場を求めるように。
無力だった男が、力を得たとき。
それを――証明したくなる。
うずうずする。
使いたい。
見せたい。
認められたい。
「宮野にも断られたし……少し歩くか」
夜道。
点滅する街灯。
人気のない曲がり角。
そして、複数の気配。
力が教えてくれる。
悪意。
恐怖。
暴力。
地面を蹴る。
曲がり角の先。
大柄な男たちが一人の中年男性を囲っている。
「金出せよ」
「や、やめてくれ!」
ナロウは壁に背を預け、小さくため息をついた。
(……小さいな)
本当は、もっと大きな脅威を期待していた。
魔王級。
世界級。
だが、現実はチンピラ。
それでも――
「はぁ、やれやれ」
目配せで被害者を逃がし、多対一の構図を作る。
次の瞬間。
光速。
拳が唸る。
骨が軋む音。
ハイエナたちは地面に沈んだ。
「消化不良だけど、まあいいか」
軽く手を払う。
そのとき。
「何でこんな時間に人が!?」
鼻歌。
近づく足音。
ナロウは一瞬で最悪を想定する。
倒れた男たち。
平和な世界。
悲鳴。
だが――逃げるという選択肢を、彼自身が許さなかった。
曲がり角。
そして、遭遇。
「え」
視界に入ったのは、銀髪。
白銀のように輝く髪。
整った顔立ち。
上機嫌な微笑。
だが。
倒れた不良たちと、ナロウを一瞥したその一瞬。
氷。
冷徹。
殺意すら孕んだ視線。
たった一秒。
だが永遠。
身体が動かない。
呼吸を忘れる。
世界から置き去りにされた感覚。
「はぁ……はぁ……!」
我に返ったときには、心臓が暴れていた。
銀髪の女は、もういない。
だが確かに残った。
恐怖。
そして。
「……面白くなってきた」
直感が告げる。
この世界は、ただ平和なだけではない。
異物がいる。
自分以外にも。
運命が囁く。
自分がここに来た理由。
偶然ではない。
この世界を救うために選ばれたのだと。
胸が躍る。
英雄譚の幕開けに。
※
真夜中。
ビルの屋上。
老人が一人、世界を見下ろしていた。
背中にびっしりと浮かぶ冷や汗。
震える手に握られた二枚の紙。
己の過ち。
なぜ、あの転生システムが起動してしまったのか。
なぜ、世界越えなどという禁忌が発生したのか。
「見つけたぞ……」
血走った目。
「まずはお前から消させてもらうぞ、ナロウ」
老人は息を吐く。
未来の安泰な老後。
静かな余生。
それを守るために。
最後の力を振り絞る。
主人公が“物語の始まり”を確信したその夜。
同時に。
物語を終わらせようとする者もまた、動き出していた。




