テンプレート王子と苦労人、そして消えた時の魔女
太陽の下、街は今日も活気に満ちていた。
石畳を踏みしめる靴音。
商人の威勢のいい呼び声。
子どもたちの笑い声。
まるで名画のような風景。
誰かが額縁に入れて飾りたくなるような、完璧な“平和”。
だがその中を、一人だけ曇天のような顔をした男が歩いている。
世界が花なら、彼は雑草だった。
誰の目にも止まらず、踏まれ、刈られ、代わりはいくらでもいる存在。
特別な力もなければ、誰かを惹きつける魅力もない。
努力は報われず、笑顔は作り物。
世界は輝いているのに、自分だけが灰色だった。
だから――決めた。
もういい、と。
強く拳を握る。
視界の端を走る馬車。
次の瞬間、彼は道の真ん中へ飛び出した。
馬が前足を上げ、ヒヒーンと悲鳴をあげる。
衝撃。
地面。
悲鳴。
世界がゆっくりと凍っていく。
腕も、足も、声も。
最後に耳が沈黙した。
そして彼の人生は、そこで終わった。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは見たことのない世界だった。
夜でも明かりが街を照らし、奇妙な衣服を着た人々が行き交う。
鼻をくすぐる酒の匂い。
賑やかな笑い声。
「ここが……新しい世界か」
彼は理解する。
死んだ。
そして――当選したのだ。
転生。
神の恩恵。
新たな肉体。
新たな人生。
しかも、ただの転生ではない。
指一本でチンピラを吹き飛ばせる力。
歩くだけで美女が振り向く容姿。
どこまでも続く成功フラグ。
冴えない男は、ヒーローになった。
彼は決意する。
過去の自分を捨てると。
新しい名を持ち、新しい人生を歩むと。
※
通学路には色々ある。
花。
電柱の染み。
欠けたコンクリート。
小石を蹴りながら、康生は考えていた。
今朝出会った男――ナロウ。
スター性。
圧倒的オーラ。
境界線を感じる存在。
「今回はマジで別世界の存在だろうけど。ははは」
乾いた笑い。
風が吹き、真顔に戻る。
「いや、深く考えなくていい。俺は普通だ。関わらなきゃ問題ない」
“苦労人属性”の単語が脳裏をよぎる。
ぶんぶんと頭を振る。
学校到着。
教室のざわめきが、日常を思い出させる。
チャイム。
担任が口を開く。
「初めまして。今日からお世話になります。本堂ナロウです」
ガタン。
「奴だ! 奴だ!」
震える康生。
唯一の空席。
隣。
「あなた、朝の!」
「き、来た!!!」
テンプレート、完成。
握手。
爽やかすぎる笑顔。
まぶしい。
そこからは怒涛だった。
学校案内イベント。
教科書共有イベント。
体育で無双イベント。
女子ハーレム展開。
テンプレート王子。
それが康生の中でのあだ名だった。
ただ一つ気になること。
女子に囲まれたときの、どこかぎこちない会話。
あれは――演技ではなく、本物の不慣れ。
帰り道。
隣にナロウ。
「俺さ、元々違う国に住んでて――」
馬車。
神。
恩恵。
全部、答え合わせ。
康生の内心はムンクの叫び。
「何で学校だとあんなだったの?」
「チヤホヤ慣れてなくてさ。俺なんて埃みたいな存在だったから」
(今ディスられた?)
「宮野は話しやすい」
(埃枠確定?)
「この後遊びに行かない?」
「無理です。じゃ!」
秒速拒否。
世界最速。
テンプレート回避成功。
「巻き込まれてたまるか……!」
帰宅。
ドアを開ける。
「にゃはっはっは!」
テレビの音。
ベッドの上。
ポテトチップス。
寝転がる女。
イザベラ。
「あ、帰り~。ジュース取って」
主をパシる居候。
康生のこめかみがピクつく。
ゆっくりと振り向くイザベラ。
そこに居たのは――般若。
数秒の沈黙。
「……説明しろ」
「ち、違うのじゃ! 消えたわけではない! 一時的に時の狭間に避難しただけで――」
言い訳。
ポテチの粉。
リモコン。
主婦ポーズ。
そして。
「テンプレート王子、来たじゃろ?」
ピタリと動きが止まる康生。
「やっぱりな。主人公属性じゃ。しかも“転生型テンプレ強化版”」
「バージョン違いみたいに言うな」
「これは厄介じゃぞ。しかもあやつ、まだ主人公に慣れておらん」
「どういう意味だ」
「心がまだ“雑草”のままなのじゃ」
イザベラは真顔になる。
「主人公属性は強い。だが心が未熟なほど暴走しやすい」
康生の背中に冷たいものが走る。
「つまり?」
「お前さん、確実に巻き込まれる」
「嫌だ」
「苦労人属性は特異点を生む。あやつの運命を歪める可能性があるのは、お前だけじゃ」
「もっと嫌だ」
イザベラがニヤリと笑う。
「物語、始まったのう」
康生は天井を見上げる。
テンプレート王子。
消えない時の魔女。
苦労人属性。
平穏は、音を立てて崩れていく。
その夜。
時の魔女が消えたという噂は、完全なデマだった。
なぜなら彼女は――
ちゃっかり冷蔵庫のプリンを食べながら、
「明日から忙しくなるぞ~」
と、のんきに宣言していたのだから。




