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主人公属性、最強にして最悪――そして俺は“苦労人”らし

「これで事情は分かってくれたかのう。お前さんよ」


 テーブル越しに座り、湯気の立つ味噌汁を啜りながら満足そうに笑うイザベラ。その顔は、頑なに否定していた相手をついに論破した者の余裕に満ちていた。


 対する康生は、真っ赤に腫れた鼻を擦りながら涙目で唸る。


「うぅ……」


 数十分前、顔面に落下した教科書の衝撃は未だに彼の尊厳と共にヒリヒリしていた。


「で、一応聞くけど、あれがお前の能力なのか?」


「まあそうじゃな。私はあらゆるモノの時間を操れる。生物も無生物も例外なくな。止める、早める、戻す、同時制御も可能。やろうと思えばこの世界全てを操作することも出来るぞ?」


 フンッ、と鼻を鳴らすイザベラ。


 康生は顔を引きつらせながらも、あの教科書の一件を思い出す。


 止まっていた。確実に。

 重力も慣性も無視して。


「時間を操るって……それ、めちゃくちゃ強いじゃん」


「当然じゃ。私は最強なのだ」


 ドヤ顔。


 だが康生は冷静だった。


「その最強が、なんでコンビニでバイトして、パチンコ屋からフラフラ出てきて、空腹で倒れて、俺に治療費払わせてるんだよ」


「う……」


「それ最強じゃなくて最弱の生活力だろ」


「うぐぅ……!」


 痛恨。


 イザベラの肩が目に見えて落ちる。


「いや、最初はな? この世界の経済を学ぼうとしたのじゃ! で、少額投資のつもりが、あの光と音の魔窟が……!」


「ギャンブル依存症じゃん」


「言うなァ!!」


 十五分後。

 デザートで機嫌を直したイザベラは、ようやく本題に戻った。


「ともかくじゃ。私が抱えている問題を解決するには、お前さんの力が必要なのだ」


「俺の? 俺ただの高校生だぞ? 忍術も覇気も使えないし、ゲームもそこまで強くないし、彼女もいないし……」


 言いながら傷が開く。


「いいや、お前さんで間違いない」


 イザベラの碧眼が真剣に光る。


「この世界に時間の歪みが発生した。本来居てはならぬ存在が干渉しておる」


「それって……」


「例えるなら、ワンピースの世界にナルトが来るようなものじゃ」


「例えが雑なのに想像できるのが怖い」


「つまり別世界の“主人公属性”が、この世界に来てしまったのじゃ」


 その言葉に、康生は眉をひそめる。


「主人公属性?」


「人にはな、生まれつき“属性”がある。ヒロイン属性、二番手属性、悪役属性、モブ属性……そして最強にして最悪の“主人公属性”」


 イザベラは指を鳴らす。


「主人公は絶対に負けない。追い詰められても覚醒する。奇跡が起きる。仲間が集まる。敵は悪になる」


 康生の背筋が冷える。


「……それ、どうやって勝つんだよ」


「勝てぬ。正面からはな」


 静かな声だった。


「私が戦えば、私は“悪役ポジション”に固定される。どれだけ力があっても、最後は負ける」


「属性が運命を決めるってことか」


「そうじゃ」


 重い沈黙。


「で、俺は?」


「お前の属性は“苦労人”じゃ」


「最悪じゃん」


「待て。珍しい“付加持ち”じゃ。周囲の属性を揺らす特異点を生む」


「……どういうこと?」


「お前の周囲では、運命が変わりやすい。主人公属性ですら、条件次第で“悪役”や“モブ”に転落させられる」


 康生は固まる。


「つまり俺がいれば、最強の主人公も倒せる?」


「理論上はな」


 理論上。


「でも俺は苦労するんだろ?」


「それは確定事項じゃな」


「クソ仕様かよ!」


 テーブルに突っ伏す康生。


 だが考えてみれば、既に十分苦労している。

 時間を操る魔女に家を占拠され、

 異世界主人公が来て、

 自分は苦労人確定。


「協力したら、俺の“特異点”を教えてやる」


「特異点?」


「人生を変える大きな転機じゃ」


 康生はゆっくり顔を上げる。


 平穏を望む自分。

 だが既に平穏は崩れている。


「……もし成功したら?」


「歪みは修正され、元の世界に戻る」


「お前も?」


「……」


「そこは即答しろよ!」


「ちょっとは情が湧いてもよいじゃろ!」


 甘ったるいウインク。


 康生の視線が死ぬ。


「殺すぞ」


「ひぃ!」


 だがその瞬間――


 部屋の空気が揺れた。


 時計の針が、逆回転する。


 窓の外で止まる風。


 イザベラの表情が凍りつく。


「……来た」


「え?」


「歪みの中心。主人公属性の反応じゃ」


 遠くから、見えないはずの“物語の始まり”の気配が迫る。


「康生」


 真剣な目。


「お前の苦労は、ここからが本番じゃ」


 康生は、深く息を吐いた。


「……俺、モブ希望だったんだけどな」


 だがもう遅い。


 物語は、動き出していた。

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