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ヒロイン、押しかける(不法)

 曇った顔に、怒りが混ざる。


 土日が好きではない学生は少ないだろう。


 康生も例外ではない。


 平日の生活も嫌いではない。

 朝起きて学校へ行き、特別でも退屈でもない日常を過ごす。


 それはそれで平和だ。


 だが。


 好きな時間に起きて、好きなことを好きなだけ出来る休日。


 あれは別格だ。


 ――その休日を妨害する存在が、部屋に居た。


「……なんで、居るの?」


 テレビを見ながら横目で問う。


 押し入れに布団を敷き、昼ドラを観ながらスナック菓子を食べる銀髪女。


「何って、ここで暮らすのじゃが?」


「え、何で!?」


 光速で振り向く康生。


「昨日助けてもらったじゃろ? 恩返しじゃ」


 にしっと満足げに笑う。


 鶴の恩返しは布を織るはずだ。

 押しかけ同棲ではない。


「なら出て行ってくれるのが最大の恩返しなんだけど」


 勇気を振り絞る。


 だが。


「無理じゃ。私にも都合がある」


 恩人の家に不法侵入している側とは思えぬ堂々さ。


 康生のこめかみに青筋が浮かぶ。


 昨日は最悪だった。


 救急車。

 付き添い強制。

 そして――請求。


 財布に金が入っていたのが不幸だった。

 流されて支払った。


 帰路。


 点滴中だったはずの銀髪が追ってきた。


 逃げた。


 本気で逃げた。


 だが曲がり角の先に、常に居た。


 ホラーだった。


 そして家に逃げ込み、一夜。


 結果、今。


「俺は救急車呼んだだけだ!」


「でも同乗したでしょ?」


「それはその場に俺しか居なかったからで……! っていうかこれ不法侵入だよね!?」


「この国は細かいのう。しかし世の男は美女と同居すると幸福らしいぞ? お前さん年頃じゃろ? 私は価値ある美女じゃし、ウィンウィン――」


「やめろ」


 空気が凍る。


 イザベラが咳払い。


「……まあよい。理由を話そう」


「押し入れの荷造り済みの荷物は?」


「ゴホン!」


 勢いよく戸を閉める。


 正座。


「私はイザベラ」


「宮野康生です」


「知っとる」


「俺も知ってる。目元真っ黒コンビニ店員」


「今バイトの話はやめろ。傷が疼く」


 沈黙。


 そしてイザベラは真顔になる。


「私はこの世界の住人ではない」


「お帰りください」


「待て!」


 即、廊下の扉を開ける康生。


 深々と礼。


 だがイザベラは動かない。


「漫画やアニメ、あるじゃろう? 転生とか異世界とか」


「胡散臭い宗教勧誘やめろ」


「違う! お前さんが主人公で、私がヒロインなのじゃ!」


「お帰りください」


「待てぇ!」


 声を二段階下げる。


「……証明してやろう」


「じゃあ能力見せて」


 どうせ出来ない。


 そう思って言った。


「いいじゃろう」


 胸を叩く。


 部屋を見回し、分厚い教科書を手に取る。


「いくぞ――止まれ」


 ぽい、と康生の頭上へ投げる。


「うわっ!」


 目を閉じる。


 だが。


 衝撃は来ない。


「……え?」


 恐る恐る目を開く。


 教科書は空中で静止していた。


 微動だにせず。


 重力を無視して。


「どうじゃ」


 イザベラが誇らしげに腕を組む。


「私は全世界の時間を管理する――時の魔女じゃ」


 康生は聞いていなかった。


 教科書の下に手を差し込み、糸が無いか確認。

 横から覗く。

 ジャンプして見る。


「……おい」


 イザベラの瞳から光が消える。


「戻れ」


 直後。


 時間が再開する。


 ドゴッ。


「いってぇぇぇ!」


 教科書、顔面直撃。


 康生は鼻を押さえて悶絶した。


 イザベラは満足げに頷く。


「信じたか?」


「……」


 涙目の康生がゆっくり顔を上げる。


「……帰ってください」


「なんでじゃ!?」


 だが。


 その瞬間。


 壁の時計がカチ、カチ、と異様な音を立てる。


 秒針が逆回転。


 イザベラの表情が固まる。


「……来たか」


「何が?」


 次の瞬間。


 部屋の空間が歪む。


 黒い裂け目が、天井に走った。


「説明は後じゃ、主人公」


 イザベラが笑う。


「これが“本番”じゃ」


 康生の休日は、完全に終わった。

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