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時の魔女、地上に堕ちる

 ――少し遡る。


 時の歪みを察知し、時の魔女イザベラは日本へ降り立った。


 本来ならば即座に原因を特定し、修正し、帰還するはずだった。


 だが。


「……力が、使えぬじゃと?」


 この世界に来た瞬間、彼女は重大な制限を受けていた。

 原因不明の干渉。時間魔術がまともに発動しない。


 調査不能。


 帰還不能。


 そして――


「ま、まあ? まずは世界を知ることも必要じゃよな? うむ」


 こうして彼女は、息抜きという名の観光を始めた。


 結果。


 ドハマりした。


 真っ白な空間しか知らなかった彼女にとって、日本の夜景は宝石箱だった。

 コンビニ、スマホ、漫画、動画、カラオケ、ファストフード。


 すべてが新鮮。

 すべてが刺激的。


 そして出会ってしまう。


 ――ギャンブルという名の天国と地獄に。


「運だけで金が増えるじゃと? 人間、天才では?」


 まず彼女は学んだ。


 この世界では“お金”が最強である、と。


 生活するため、そして遊ぶため。

 イザベラはコンビニでアルバイトを始めた。


 最初は順調だった。


 しかし。


 いくら稼いでも、出費が止まらない。


 なぜなら。


「新商品じゃと……?」


 誘惑が多すぎた。


 そんなある日、同僚が何気なく言った。


『パチンコってさ、当たれば一瞬で給料分稼げるよ』


 その一言が、魔女の運命を決めた。


 ――ビギナーズラック。


 初戦、大勝。


 脳が焼ける。


「……これは、才能じゃな」


 違う。


 だが止まらない。


 以後、

 稼ぐ → 打つ → 溶ける → 取り返す → さらに溶ける。


 黄金ループ完成。


 気付けば生活は荒れ、

 食事はカップ麺と廃棄弁当、

 睡眠は三時間。


 鏡の中には、かつて絹糸のようだった銀髪はボロ雑巾のように乱れ、

 目元には深海のようなクマ。


「……さあ、バイトじゃ」


 彼女の頭から“使命”という単語は、ほぼ消えていた。


 こうして魔女は、見事なパチンカスへと進化したのである。


 その日。


 一か月の給料、全投入。


 一時間で、蒸発。


「……は?」


 画面は無情。


 残高、ゼロ。


 努力が、一瞬で消えた。


 何かが、音を立てて割れた。


 ブツブツと後悔を繰り返しながら、

 充血した目で天井を睨む。


「神など……おらん……」


 店を出た瞬間。


 視界が揺れた。


 足元が消える。


 糸が、切れた。


 倒れ込む寸前。


 視界の端に一人の少年。


 ――覚えている。


 コンビニに来る、あの学生。


 そして。


 埃をかぶっていた使命が、脳裏に蘇る。


(あやつが――鍵じゃ)


「お前さん……」


 そこで意識は闇に落ちた。


第三章 巻き込まれ体質、発動


 はあ。


 ため息が一つ。


 そして二つ、三つ。


 緑色の椅子が並ぶ待合室の中央で、宮野康生は天井を見上げていた。


(なぜ俺がここに……)


 数十分前。


 パチンコ店から出てきたコンビニ店員が、目の前で倒れた。


 反射的に救急車を呼んだ。


 それだけのはずだった。


 それなのに。


『身元不明なので、付き添いお願いします』


 気付けば救急車の中。


 そして今、病院の待合室。


 平穏が好きな康生にとって、これは最悪のイレギュラーだった。


「ここでお待ちください」


 そう言われ、拘束。


 逃げるタイミングも失った。


 そして。


 扉が開く。


 看護師が現れる。


「お待たせしました」


 康生は立ち上がる。


 役目は終わり。帰れる。


 そう思った瞬間。


 看護師は、にこりと微笑んだ。


「彼女、保険証も身分証も所持していませんでした。ご家族……ですよね?」


「は?」


 人生で最も長い一秒。


 そして続く、追撃。


「それと――」


 看護師はカルテを見ながら、首を傾げる。


「どうして“年齢が一致しない”のでしょう?」


「……え?」


「身体年齢は二十代前半。しかし検査結果上の生体反応は――」


 そこで言葉が止まる。


 康生の背後で。


 ピシリ、と。


 何かが歪む音がした。


 時計が、一瞬だけ逆回転する。


 そして病室の奥から、かすれた声。


「ようやく……見つけたぞ」


 点滴を引きちぎり、

 銀髪の魔女がゆっくりと笑った。


「お前さん――二度目じゃな?」


 その瞬間。


 世界が、巻き戻った。

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