無敗の弟子と全敗の師匠
「あれれー、おかしいぞぉー?」
コナン君もびっくりのお金の溶け方に、とうとうイザベラは自我を崩壊させた。
「あれ、おかしいな。視界がぼやけるぞ」
グスンッと鼻を啜る。
おかしい。おかしい。おかしい!
「なんでだろう、涙が止まらないや!」
青春アニメの女の子が、想いを寄せる相手に振られた時。
きっと彼女たちは頑張って笑い、涙を手で拭うだろう。
イザベラも気持ちはそれだった。
しかし――
美しさはない。
あるのは穢れと、淀んだ瞳から零れる邪気溢れる涙だけである。
彼女の大切な人――諭吉さんが、どこかへ行ってしまった。
正確には自らの手で銀玉に変えて、後で諭吉に戻す予定だったのだが。
イザベラの実力不足。
彼は既に亡き者となり、同時にイザベラの財布もぺしゃんこになっていた。
「また負けてしまった」
ガクガクブルブルと、携帯のバイブレーションのように震えながら席を立つ。
普段ならそのまま帰る。
だが今日は違った。
一番弟子の様子でも見に行こうと、クヨムの席へ向かったのだが――
「――え」
そこには衝撃の光景が広がっていた。
絶対にパチンコ店では見られない景色。
思わずイザベラの鼻水が垂れる。
ガサガサと人混みをかき分けて中央へ進むと、そこには弟子であるクヨムが黙々とパチンコ台とバトルしていた。
誰もが口に出せない圧倒的な戦い。
神速で増えていく銀玉は、まだ始まって間もないのにクヨムの足元を覆っている。
考えるまでもなく、数十倍の勝ち。
ゴクリ、とイザベラは息を呑む。
クヨムの運の強さに軽く引いていたのだ。
最初にクヨムと出会った日。
軽い気持ちで入ったパチンコ店で、二人は圧倒的勝利を収めた。
あの日もイザベラは鼻水を垂らしていたが、ビギナーズラックという言葉で納得した。
しかし――
それ以降。
クヨムと来るたび、彼は勝つ。
クヨムは無敗の男。
イザベラは全敗の女。
異名をつけると、天と地の差が生まれてしまう。
弟子の成長を喜ぶのが師匠。
頭では理解している。
だが現実のイザベラは、親指をハムスターのようにかじりながら嫉妬の炎で弟子を睨むだけだった。
己の器の小ささには気づいていない。
数時間後。
クヨムは自分で区切りをつけたのか、打つのをやめた。
周囲の野次馬に驚いている様子だったが、状況を理解するとある行動を取った。
「なにしとんじゃ、我!?」
思わず、にわか関西弁が飛び出るイザベラ。
なんとクヨムは――
銀玉を野次馬たちに配り始めたのだ。
理由は、
「こんなに持てないから」
という謎理論。
もちろん人々は笑顔で受け取る。
聖人だの神だのと持ち上げられる始末。
「じゅ、じゅるり!」
愚かな行為よ。
ギャンブルの世界を知らぬ小僧め。
そう鼻で笑うイザベラだったが――
内心は違う。
(欲しい! 欲しい! 欲しいのじゃ!!)
喉から手が出るほど欲しかった。
だが。
師弟関係というものがある。
弟子の稼ぎを野次馬と同じようにもらうのは違う。
そして何より――
時の魔女としてのプライド。
散らばった金を拾うような真似はしたくない。
(なお過去の自分の行動には気づいていない)
ヨダレを拭くと、クヨムがこちらに気づいた。
「いやー今日も何とか勝てました!」
「師匠はどうでした?」
「え、え?」
「もちろん大勝ですよね?」
純粋な瞳。
悪意ゼロ。
だからこそ残酷。
メンタルの弱いイザベラは泣きそうになるのをこらえ、ぺしゃんこの財布を背中に隠した。
「当たり前じゃろ」
「ま、まあ今日は新台の様子見じゃ」
「銀玉は全部くれてやったわい」
背後では野次馬のひそひそ声。
冷たい視線。
だがそれくらいではもう傷つかない。
一方クヨムは尊敬の目。
それが一番刺さる。
「さすがです師匠!」
「自分は少し稼ぎが欲しいので残しました!」
「これが師匠との差ですね!」
こうして――
一人は尊敬を深め、
一人は心を失い、
二人は店を後にした。
そしてイザベラの中で燃えていた
師弟ブーム
それはこの日、静かに終わりを迎えた。
※
「覚悟はできてるな?」
「はい」
夜。
生ぬるい空気に包まれた街。
今日は決戦の日。
ナロウは情報網から、今夜暴走族の集会があることを知っていた。
因縁があるのはナロウではない。
クヨムだ。
この世界に来てすぐ、暴走族にボコボコにされた。
ナロウからすれば、それは許せない。
友達だから。
そしてクヨムも変わろうとしている。
その最初の壁が――
トラウマ。
つまり暴走族だ。
それを越えれば神との件にも集中できる。
銀髪の謎の存在も気になる。
考えることは山ほどある。
「まあ、この力もあるし」
「なんとかなるだろ」
「いや、するしかないか」
「何か言った?」
「いや、なんでもない!」
ナロウは確信していた。
クヨムには何かある。
自覚のない力が。
直感だが、確信していた。
そして――
時間が来た。
爆音。
住宅街に響くエンジン音。
やがて暴走族は廃公園に集結する。
数は四十ほど。
ナロウでも少し背筋が冷える。
だが恐怖はすぐ消えた。
一方クヨムは固まっていた。
「大丈夫だよ」
ナロウが背中を叩く。
「んじゃ行くか!」
「う、うん!」
二人が姿を現す。
鋭い視線が突き刺さる。
「んだテメェ!?」
バッド、メリケン。
完全に戦闘態勢。
その時。
「ぼ、僕は……」
声を出したのはクヨムだった。
「前に君たちにボコボコにされた」
「だから……仕返しに来た!」
震えながらも拳を握る。
ナロウは少し笑った。
嬉しかったのだ。
すでに逃げ道はない。
「な、ナロウさん!?」
「大丈夫」
「後は任せろ」
ナロウは自分にも課題を課していた。
それは力の制御。
転生時に得たチート能力。
だが制御できない。
だから実戦が必要だった。
「あんまり人間には使いたくないけど」
「仕方ないか」
「オイ! 何ぶつくさ言ってんだ!!」
暴走族の一人がバットを振り上げる。
そして――
ナロウの頭上に叩きつけた。




