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日常の裏で動くもの

 不思議な目覚めをした気がする。


 窓を開け、汗をダラダラとかきながら起きるのが日課の康生だが、今日は違った。

 涼しい朝を迎えている。


 外は三十度を超える日が続いているというのに、最近は妙に涼しい風が部屋に入ってくることが多い。

 理由は考えたことがないが、改めて考えると不思議な話だ。


 目を覚ました康生は、床に転がる大きなゴミ――ではなくイザベラを見下ろす。


 そして憎しみを込めて踏みつけた。


「うぅ……」


 犬のように唸って苦しそうな顔を浮かべる瞬間だけは、康生にとって小さな幸福だ。

 しかし足を離せばすぐ、口からヨダレを垂らしながら腹をボリボリ掻く姿。


 まさにゴミ――いや、堕落した廃人だ。


 唾を吐きかけたい衝動を必死に抑えながら、康生は今日も学生としての仕事をこなすため学校へ向かった。


 そして玄関を開けた瞬間――


 今日もまた、うだつの上がらない出来事に遭遇する。


「おはよう、宮野!」


 隣の住人が、同じタイミングで外に出てきたのだ。


 康生はため息をギリギリで飲み込み、作り笑いを浮かべる。


「おはよう、ナロウ。……あれ、また?」


 最近、ナロウの家には妙な変化があった。


 毎日ではないが、時々こういう日がある。


 ナロウの歩いた後には、靴跡に水滴が残る。

 そして玄関の奥をよく見ると、水たまりができているのだ。


 最初に気付いた日はもっとおかしかった。


 ナロウの家の窓が**全壊**していたのだ。


 問い詰めても、


「いやぁ、ちょっちゅね!」


 と、具志堅用高レベルで会話が成立しない説明で逃げられた。


(絶対、何か起きてるな……)


 直感ではない。

 康生の現状を考えれば、嫌な予感がするのは当然だった。


 なので少しだけ聞いてみることにした。


「前から気になってたんだけどさ。お前の家、なんで定期的にびしょ濡れなの?」


「え!?」


「だって、あれ見れば分かるだろ」


 指さした先には、玄関の下から覗く小さな水たまり。


 それを見た瞬間、ナロウは明らかにバツの悪そうな顔をした。


「何お前。家で巨大かき氷でも作ってんの?」


 冗談半分だったが、


「びゃ、びゃあ!?」


 ナロウは妙な声を上げた。


「そ、そうなんだよ! これから夏だし、色々学ぼうと思って!」


「その特技は人を集めないと思うぞ」


「いや、俺まだ宮野以外とまともに話せないんだよ。皆キラキラしてるし」


「喧嘩売ってんの? 売ってんな!」


 ――とはいえ、康生の指摘は半分当たっている。


 主人公という属性は、人を引き寄せる引力を持つ。


 モブ同然だったナロウが、その引力に振り回されるのも仕方ない。


 だが、


『宮野の前だと落ち着く』


 と面と向かって言われると、康生の心の奥で何かがグツグツ煮えたぎる。


「冗談だよ! と、とにかく行こう!」


「はい……」


 ナロウは話題を終わらせ、二人は学校へ向かった。


 だが康生には分かっている。


 全壊した窓。

 周囲の気温に影響する力。

 そして謎の水。


 イザベラも言っていた。


 **異世界の存在が干渉している可能性が高い**と。


 ナロウは間違いなく異物だ。


 ナロウが現れたからイザベラが来たのか。

 イザベラが来たからナロウと出会ったのか。


 どちらにせよ――


 異世界の負の連鎖は続いている。


 そして、それは確実に康生の平穏な日常を破壊する。


 そのため康生は勉強した。


 異世界転生漫画。

 ラノベ。


 大量に読んだ。


 活用できるかは別として。


 ナロウの部屋の扉が閉まる。


 そして少し遅れて――


 中から顔を出す人物。


 **クヨム。**


 だが康生は、まだその存在に気付いていない。


 ※


 上位カースト。


 学生たちが憧れる言葉だ。


 学生は無力で、そして無邪気だ。


 明るく人気のある者は太陽のように扱われ、

 力のない者は影で生きる。


 そして今、学校には新たなスターがいる。


 本堂ナロウ。


 数日でクラスの人気者となり、

 数週間で学年でも有名になった男。


 女子に囲まれるナロウ。


 その光景を、死んだ魚のような目で見つめる男が一人。


 宮野康生だ。


「俺は知っている」


 ポツリと呟く。


「これは、転生俺TUEEE系主人公特有のハーレムだ」


 康生は夜な夜な研究した。


 そして結論に至った。


 **ナロウにはハーレム属性がある。**


 特に思うことはない――


 と言えば嘘だ。


 大嘘だ。


(正直……)


(めちゃくちゃ羨ましい!!!!)


 康生は心の中で叫ぶ。


 自分にも同棲相手はいる。


 だがその中身は、


 ギャンブル廃人。

 ゲーム廃人。

 自覚のない精神異常者。


 見た目だけは美人だが、

 それをすべて打ち消すほどに酷い女。


 そんな相手と同棲している自分に対し、


 ナロウは女子に囲まれている。


(早く日常を取り戻さないと……)


 嫉妬で自我崩壊する前に。


 康生は密かに決意を固めた。


 ※


「くしゅん!」


 小さなくしゃみ『だけ』は可愛いイザベラの起床は――


 昼の二時。


「んぅ……」


 ぼさぼさ頭のまま鏡の前に立つ。


 目の下には巨大なクマ。

 顔は皮脂でテカテカ。


 だが今日は機嫌がいい。


 理由は簡単。


 **昨日が給料日だったからだ。**


「気分がいい……風呂入って、かますかのう」


 本来、今日は風呂の日ではない。


 『せめてこの日だけは入ってくれ』と康生が土下座して作った

 **イザベラ風呂デー**ではないのだ。


 だが今日は気分がいい。


 シャワーを浴びたイザベラ。


 部屋の隅の埃だった女は、見た目だけなら女神のような美女に変わる。


「さあて、打ちに行くかのう」


 その言葉の意味に、本人は気付いていない。


 コンビニATMへ直行。


 迷いなく**全額引き出し**。


「にゃはは。帰りには倍、いや三倍かのう?」


 完全に勝つ気でいる。


 イザベラは商店街のパチンコ店へ向かった。


 ちなみに彼女は既に**三店舗出禁**である。


 店員にマークされ、私服警備員が近くをうろつくのも日常茶飯事。


 だがイザベラは気付かない。


 開始早々、全力スロットル。


 福沢諭吉が次々と銀玉へ変わっていく。


 果たして――


 店を出る頃、銀玉は再び福沢諭吉へ戻れるのか。


 それはイザベラ次第である。


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