ゲーミング魔女と、もう一人の異世界人
最近イザベラの姿を家で目撃する回数が減ってきた。
「イザベラが居ないと静かだな」
部屋のベッドに腰を下ろした康生は、ふぅーっと息を吐きながら静寂を味わった。
耳を澄ましても雑音一つ聞こえない環境に、思わず感動すら覚えてしまう。
目の前にあるゲーム機は、以前イザベラがパチンコで勝利した時に買ってきた戦利品だ。
ゲーム機一つで小さな問題は幾つも起こったが、何だかんだゲーム好きという唯一一致した趣味のおかげで、二人で一つの画面を眺めながら朝まで盛り上がった日もあった。
……とはいえ、それも昔の話だ。
最近のイザベラはどうだ。
水商売のお嬢のように夜な夜な家を出て行き、帰ってきても反抗期の娘の如く康生の横を素通りして部屋へ直行。会話すらまともに交わさない日が増えている。
静かなのは間違いなく康生の理想だ。
正直、この状態がずっと続けばいいとすら思っている。
何度も述べているが、康生の望みはモブ同然の日常だ。
一刻も早く関わってしまった異物をどこかへ消し去りたいと願っている。
確かに長い時間を共に過ごす中で、イザベラの事を色々知ることは出来た。最初に出会った頃とは印象だって違う。
例えば――
あいつは極度の面倒くさがり屋だ。
風呂は二、三日に一度。
髪が汗でテカっても気にしない図太い神経の持ち主。
歯は磨くが、一日外出しないなら顔を洗わないこともある。
ゲームにハマればまさに暴言厨。
翌日学校の康生など知ったことかと、夜な夜な叫び散らす。
揉めた回数、三十二回。
近隣からの苦情、四回。
パチンコに行けば、ぺちゃんこの財布で帰ってくる確率は九十二パーセント。
そして康生のミスを、これでもかというほど『w』を付けて笑うことを生きがいにしている。
以上が、イザベラと知り合って分かったことだ。
なぁ? クズの極みだろ?
これほどの存在、世界のどこを探しても恐らく見つからないだろう。
彼女とは、例え永遠に近い時間を共に過ごしたとしても――恋しいと思う事など絶対に無い。
そう断言できる。
……はずなのに。
そんなことを考えていると、ブルッと身体に悪寒が走った。
「あいつ、一体……」
静寂を味わっているはずなのに、イザベラの顔が脳裏に浮かぶ。
それは、ここ最近の彼女の行動に不安を感じているからだ。
「嵐の前の静けさ、じゃなければいいけど」
康生は、何も起きないことを祈るしかなかった。
※
「にゃははは!」
「にゃはははは!」
「にゃっはっはっはっはっは!」
高笑いする彼女に、気品など欠片も無い。
その姿は、数週間前まで“時を管理する気高き魔女”だった人物とは思えない。
むしろ酒屋の前で出来上がっているおっさんに近い。
とても残念なビフォーアフターである。
真夜中の街を歩くイザベラは、この世界に来てから上位に入るほど上機嫌だった。
「とうとう買ってしまったのう。にゃは、にゃははは!」
イザベラはこの数週間、本当に頑張った。
まずアルバイト。
コンビニで働き、シフトも増やした。
それだけではない。
日給制のバイトを探し、コンビニの後に働いた日もある。
もちろん――ギャンブルも頑張った。
その結果。
彼女は念願の**デスクトップパソコン**を手に入れたのだ。
最新、そしてゲーミング。
ゲーマー誰もが憧れる高額パソコン。
その値段――**三十万円超え。**
「これで出来るぞ。にゃはは。あいつも喜ぶじゃろう!」
つい最近、イザベラは最新ゲーム機を購入した。
もちろん積みゲーは山ほどある。
それでも次から次へと目移りしてしまうのは、この世界の娯楽が未だに新鮮だからだ。
魔女としての使命を覚えているのかは、もはや不明である。
そんな彼女が何故パソコンゲームに手を出したのか。
きっかけは数週間前の深夜だった。
ひとりでFPSをプレイしていた時のこと。
FPSの撃ち合いはコンマ一秒を争う世界。
同じゲーム機でも初期型だったり回線が遅かったりすれば、実力で勝っていても負けることがある。
そして――
偶然の勝利によって飛んでくる、煽りメッセージ。
気づけばイザベラは、FPSのドロドロした世界にどっぷり染まっていた。
勝利への執着。
まず手を出したのは回線だった。
康生が学校に行っている間に、新しいプロバイダーと契約。
ルーターを買い替え、支払いはバレないように誤魔化している。
次に必要なのはラグの解消。
そこで辿り着いたのが――PC。
最強の回線。
そして最強のスペック。
優位に立てば、世界を取れる日も遠くない。
そんな確信を抱いている。
こうしてイザベラは、努力に努力を重ねて念願のパソコンを手に入れたのだ。
「帰ったらあいつにも自慢してやろう。にゃはは!」
※
時は少し遡る。
ナロウとクヨムが出会った日のこと。
「えっと、そのー」
「まあいいから入れって。こんな場所まで来て捕まりたくないだろ?」
未だ震えながら警戒しているクヨムを何とか説得し、ナロウの家に上げる。
ナロウ自身もこの世界に詳しいわけではないが、人並みの生活はしている。
風呂に入れ、衣服を貸した。
そして冷蔵庫から取り出したアイスココアをコップに注いで差し出す。
「あ、ありがとう」
時間の経過と共に、クヨムの頭も整理されてきたようだ。
ようやく会話が成立しそうだった。
「で、なんであそこに?」
ナロウも平静を装ってはいるが、内心はかなり動揺している。
もしかしたら、あの白髪の女の関係者かもしれない。
「それは……」
クヨムは視線を落とした。
何か言えない事情があるのか。
ナロウは警戒を強める。
だが妙だ。
悪意を感じない。
むしろ――どこか似た境遇の匂いすらする。
「言えないのか。悪いけど、ならこれ以上助ける訳にはいかない」
「ま、待ってくれ! 今一人になったら俺は多分死ぬ!」
「どういう事だ?」
クヨムは下唇を噛みしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「今から話す事を信じてくれるか?」
「大体のことなら」
「笑わないでくれ」
「ああ」
クヨムは息を吸い込む。
「俺は――別世界の人間なんだ」
「……!?」
ナロウの思考が止まる。
「元の世界で俺は金持ちだった。欲しいものは全部手に入った。退屈だったんだ……だから魔術を試した。転移魔術を」
そして目を覚ましたら――
あの場所だった。
「本当に情けないよ……」
クヨムは体育座りで身体を縮こませた。
しかしナロウの頭の中は、別の衝撃で満たされていた。
まさか。
同じ境遇の人間がいるなんて。
「待て、クヨム。お前の世界の名前は?」
「バルティーヌ」
「――」
「え」
「やっぱりか」
二人の声が重なる。
ありえないはずの一致。
「な、なんで知ってるんだ!?」
立ち上がったクヨムは震えていた。
ナロウは静かに答える。
「それはな」
そして――
「**俺も同じ世界の出身だからだ**」
衝撃の事実。
二人はしばらく言葉を失ったまま、互いの顔を見つめ続けていた。




