全裸転移者、暴走族に敗北する
バチバチ、バチバチと激しい雷が鳴り響く。まるで空そのものが裂けたかのような轟音だった。
呼び寄せられるように灰色の雲が世界を覆い、直後、豪雨が地面を叩きつける。
そして――それは現れた。
天高くではない。むしろ地面とほぼ同じ高さ。
空間がぐにゃりと歪み、渦を巻くように裂け目が生まれる。
やがてそれは、何事もなかったかのように消えた。
その穴から現れた男は、ゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした意識の中で、徐々に思考が覚醒していく。そして次の瞬間、ある重大な事実に気付いた。
「え……は、裸!?」
真っ白な煙の中から現れたその男は、さながらターミネーターの登場シーンのような豪華な演出で出現した。
しかし映画のように上手くはいかなかったらしい。
なにしろ男は――衣服を一切纏っていなかったのだから。
自分の状況を理解した男は、羞恥で顔を真っ赤に染める。
その時だった。
「んだ、テメェ!?」
刺々しい声が飛んできた。
男が背後を振り向くと、視界いっぱいに広がるのは――一目でガラの悪さが分かる連中だった。
リーゼントヘアー。
着崩した学生服。
ボンタンや特攻服。
そして背中には金色の刺繍で堂々と書かれている。
**『夜露死苦』**
その人数は、もはや「集まり」ではなく**軍団**と言って差し支えない。
男の知識に、彼らの存在は無かった。
だが――本能が叫んだ。
――死ぬ。
額に汗が浮かぶ。
男は苦笑いを浮かべ、なんとかこの緊迫した状況をやり過ごそうとする。
だが現実は、そんなに甘くはなかった。
「ぶっ殺せ!!!!」
言葉通り、男の身に何が起きたのかは語るまでもないだろう。
男が現れた場所――そこは地元を騒がせる暴走族の集会場だった。
もちろん、男はそんなこと知る由もなかった。
※
どれほどの時間が経っただろうか。
男は地面に転がりながら、ぼんやりと夜空を見上げていた。
全てを失った。
……いや、そもそもこの世界では何も持っていなかったのだから、失ったとは言えないのかもしれない。
しいて言うならば。
**ボコボコにされた身体と、心の一部を失った。**
見たことのない景色。
鬼の形相の怖い兄ちゃんたち。
生暖かい風。
全身を走る痛み。
男は満月に吠える狼のように、天を仰いで涙を流した。
「こんなはずじゃなかった……こんなはずじゃなかったんだ!」
男が世界を恨むような目で睨みつけるのも無理はない。
なにしろ男は、つい先日まで**別の世界にいた**のだから。
その世界で男は裕福な生活を送っていた。
両親は金持ち。
家は迷うほど大きい。
庭は視界に収まらないほど広大。
その庭を駆け回る愛犬とは、よく遊んだものだ。
宝石のように大切にされ、甘やかされて育った人生。
そんな男がある日、興味を持ったものがあった。
**禁断の魔術。**
もっとも、それは半ばオカルトのような代物だった。
書庫の奥深くに眠っていた古い本。
それを頼りに、何日もかけてパズルのように術式を組み上げていく。
そして――
それは完成してしまった。
偶然も偶然。
奇跡のように条件が噛み合っただけ。
だがその結果、男が発動させた魔術は。
**異世界転移の魔術だった。**
そして現在。
男は目を覚ますと**全裸で異世界に転移していた。**
ターミネーターのような登場だったが、男は甘やかされて育った人間だ。
屈強な肉体も。
不屈の精神も。
敵を分析する知恵もない。
その結果――
運悪く遭遇した暴走族に、ボコボコにされた。
この世界の第一印象は最悪だった。
自分のせいというより、もはや**運命が悪い**としか思えない。
「この世界は……弱肉強食なのか」
男がいた世界も、似た側面はあった。
魔王や英雄が存在する世界。
危険な事件も起きる。
だが――
男の家は金持ちだった。
だから危険とは無縁だったのだ。
しかし今は違う。
何も持たない。
常識も通じない。
親の権力もない。
そんな弱肉強食の世界に投げ出された男の脳裏には、どす黒い絶望しか浮かばなかった。
「あの」
「え」
背後から声がした。
男はビクッと肩を震わせた。
冷たい汗が一気に噴き出す。
ほんの数分前に植え付けられたトラウマが蘇ったのだ。
恐る恐る振り返る。
そこには――
きょとんとした顔の男が立っていた。
「ど、どうした、あんた!」
男は慌てて近寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、何も持ってないんだ!」
「うん、見れば分かるよ」
「力もないし、この世界のことも何も知らない! 頼む、見逃してくれ!」
ブルブル震える男。
まるで捨てられた子犬のようだった。
全身には打撲痕。
擦り傷。
切り傷。
そして目元には漫画のような綺麗な青あざ。
「何があったか今は聞かないけどさ」
男は頬をポリポリ掻いた。
「俺が見逃したら、あんた多分このまま牢屋行きだけどいいのか?」
「牢屋!?」
「だって全裸で外にいるんだぞ」
当然の指摘だった。
男は文字通り何も持たず転移してきた。
つまり――全裸である。
現在の状況。
**全裸で正座して泣いている男。**
こんな姿を放置したら、確実に朝のニュースになる。
「お、お前は俺を殴らないのか!? 蹴らないのか!?」
「なんでそんなことするんだよ!」
男は驚いたように言う。
「とにかく、今は混乱してるみたいだな。俺は怪しい者じゃない」
そして手を差し出した。
「信じてくれるなら、俺の家に来い。ここでその格好じゃ落ち着いて話も出来ない」
男は迷った。
ついさっき、大勢にボコボコにされたばかりだ。
何が正解か分からない。
だが――
一人でいるのは、確実に死に繋がる。
だから男は、その手を掴んだ。
「俺の名前は**本堂ナロウ**。あんたは?」
「お、俺は……クヨム」
二人は手を握り、名前を交わした。
それが。
**クヨムとナロウの出会いだった。**




