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日常→非日常

 朝七時。

 電波時計から流れる鳥のさえずりが、六畳一間に無遠慮に響き渡る。


「……ねむ」


 布団の中でもぞもぞと動いたあと、宮野康生は重たい瞼をこすりながら身体を起こした。


 顔を洗い、制服に着替え、朝食を食べる。

 特別でも不幸でもない、ごく普通の生活。


 学校へ行き、授業を受け、友人と他愛もない話をして、帰る。

 家に着けば宿題を済ませ、ゲームかテレビを少しだけ。

 そして夜十一時には就寝。


 良くも悪くもない、平穏な毎日。


 今日も何も考えず、康生は帰路を歩いていた。


 途中で立ち寄ったコンビニで、彼は小さな違和感を覚える。


 ――いつもの店員がいない。


 日本では珍しい銀髪の若い女性。

 本来なら「綺麗」と形容されるはずなのに、目元の濃すぎるクマがすべてを台無しにしている。死んだ魚のような瞳をした女。


 レジに立っていないことに、なぜか少しだけ胸がざわついた。


 雑誌を買い、商店街で夕飯の買い物を済ませる。

 そして帰ろうとした、その時だった。


 商店街入口にそびえ立つ巨大なパチンコ店。


 ドアが開く。


 爆音が三倍になって外へ溢れ出した。


「あっ」


 思わず声が漏れる。


 そこに立っていたのは――


 戦地から帰還した敗残兵のような女。


 ぼさぼさの銀髪。

 虚ろな瞳。

 魂が半分どこかへ消えた顔。


「コンビニの店員……」


 間違いない。


 彼女は、ふらりと顔を上げた。


 ――目が合う。


 その瞬間。


 康生の日常は終わった。


「お前さん……」


 かすれた声。


 そして次の瞬間、糸の切れた操り人形のように彼女は地面へ倒れ込んだ。


 バタン、という乾いた音だけが響く。


 それが、世界干渉の始まりだった。


第一章 退屈すぎる神様(※自称)


 白。


 ただひたすらに、白。


 空も地面も境界もない。

 刺激も感動も喜びも悲しみもない。


 永遠に続く無色の空間。


「くっそ暇じゃ」


 その中心で、銀髪の女が大きな欠伸をした。


 彼女の名はイザベラ。


 時を司る魔女。


 この『時の空間』で、あらゆる世界の時間軸を監視している存在である。


 本来なら重大な役職だ。

 だが実際は――


「異常、ゼロ。干渉、ゼロ。ズレ、ゼロ。退屈度、百じゃな」


 何も起きない。


 平和すぎる。


 それが彼女にとっては地獄だった。


「何か起きんかのう……」


 その瞬間。


 空間の一部が、ぐにゃりと歪んだ。


「ん?」


 ぽっかりと空いた“穴”。


 時間軸に生じた異常。


「ほう……これはまた派手にやってくれたの」


 ニヤリ、と口角が上がる。


「全く、あっちの神は何をしておるのじゃ……!」


 迷惑そうに頭をかきむしる。


 だがその目は、明らかに楽しそうだった。


「仕方ないのう。仕方なく、じゃぞ? 時の魔女たる私が解決してやるしかあるまい」


 言い訳が多い。


「さあて……仕事じゃああああ!」


 イザベラは箒にまたがり、穴へ飛び込んだ。


「やっふー!」


 次の瞬間。


 そこは夜の日本だった。


 湿った空気。

 無数のビルの灯り。


「時刻、二十一時過ぎ。座標も合っとる。上出来じゃ」


 だが異常の核心はまだ見えない。


「まずは情報収集じゃな。決して遊ぶわけではないぞ? うむ」


 そして――


 数時間後。


 彼女はパチスロ台の前に座っていた。


「これが人間の娯楽か……」


 高速回転するリール。


 揃えば理想郷。


 福沢諭吉の群れ。


「ふむ……面白そうじゃないか」


 カチッ。


 一つ目。


『7』


「よし」


 二つ目。


『7』


 鼓動が早まる。


「あと一つ……!」


 そして――


 止まった。


 7ではない。


「うわあああああああああああああああああああ!」


 魔女、絶叫。


 その後。


 財布はぺしゃんこになり、

 出禁を宣告され、

 彼女は追い出された。


 時を管理する魔女、ギャンブルで時間を溶かす。


 実に皮肉である。


 真っ暗なワンルーム。


 冷蔵庫は空。


 机も床も寂しい。


 カップ麺にお湯を注ぎながら、イザベラは遠い目をした。


「……なぜこうなった」


 世界干渉を調査するはずだった。


 はずだったのだ。


 ズルズルと麺を啜る。


 その時だった。


 ――コンコン。


 ドアを叩く音。


「……?」


 扉の向こうに立っていたのは。


 昼間、目が合った少年。


 宮野康生だった。


 そしてこの出会いこそが、


 二人同時転生という最悪にして最高の事故へと繋がる。


 時の魔女、初の大失態。


 物語はここから、本当に壊れ始める。

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