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5. 最強魔術師達


 屋敷の中をゼノンに案内されながら進んでいく。磨き上げられた廊下の脇には、女神を模した神秘的な絵画や、長い年月を経て深い味わいを醸し出す古風な陶芸品が並んでいる。


 「本当に立派なお家ですね。ここには、ミリアーヌさんとお爺さんの二人で住んでいるんですか?」


 アルトスが率直な疑問を口にすると、ゼノンは立ち止まり、豪快に笑いながら首を振った。


 「まさか、二人で住むにはちと広すぎるのう。少しばかり騒がしいが信を置ける者たちが他にも住んでおる。それこそ、さっきお主が会った二人もそうじゃよ」


 二人?さっき会ったのはド派手なお姉さんだけだったと思うけど......。もしかして、一瞬目の前を通り過ぎたあれも人だったのか?


 そんなことを考えているうちに、ある部屋にたどり着いた。ゼノンが大きな引き戸を開けると、濃密な気配を漂わせた四人の男女が大きな長方形の机を囲いながら話をしていた。


 「ちょっと良いかの?この子はミリアーヌの客人じゃ、ぜひ歓迎してほしい」


 「ミリアーヌの客人?」


 渋い声で答えたのは30代半ばほどに見える男だ。

 無造作ながらも整えられた黒髪、鋭い眼光を宿した緑の瞳には荘厳さが感じられ、口元と顎の髭が色気と知的な風格を添えている。さらに、深緑と黒を基調とした和装が男の存在を一層引き立てる。


 「ミリが......連れてくるなんて......初めて」


 小さい声でそう反応したのは猫耳と尻尾が特徴的な獣族の少女だ。

 淡い銀髪に空色のメッシュが波のように混じり、ふんわりとしたボブカットが彼女の幼さと可愛らしさを強調している。深い海を閉じ込めたブルーの大きな瞳は、どこか遠くを見つめているような儚げな印象を与える。裾が短めの青色の和装で幼さの中に大人らしさを感じさせる。


 「そうねぇ、ミリちゃんのお客様......しかも男の子なんて...ねぇ」


 やや艶っぽく返答したのは聖女の格好をした魅惑的なお姉さんだ。

 流れるような長い銀髪と、優しさと妖艶さが印象的な紫の瞳。穏やかに見えつつも油断したら色んな意味で食べられてしまいそうだ。十字架を冠したベールに、白とゴールドの装飾が施されたボディスーツ風の衣装に身を包む。タイトなせいか、全体的に曲線美が強調され豊かなバストはずっしりと重厚感を醸し出す。


 「おー!お客様だ!であえであえー!ごようだごようだー!」


 よく分からないことを間抜けな声で叫んでいるのは、ゼノンと同じくらいの体躯をした大男だ。

 浅黒い肌に鍛え上げられた彫刻のような肉体、短く刈り込まれた黒髪と太い眉、精悍な漆黒の瞳。纏う雰囲気はどんなものよりも優しさが感じられる。タンクトップに半パン姿は野生児そのものだ。


 「......は、初めまして!アルトス・クレイです」


 アルトスが精一杯の声を振り絞って頭を下げた。


 「アルトス君、楽にするといい。私の名前はゲンブ・サイオンジという。よろしく」


 和装の男に続き、猫耳少女が小さな声で自己紹介する。


 「わたしは、......スミレ・タカナシ」


 「次は私ねぇ。私の名前はレイヒス・エルモンドよぉ、レイお姉さんって呼んでちょうだい」


 色気のある声にうっとりとしていると、余韻をかき消す声で浅黒男が名乗りを上げた。


 「アルトス!よろしく!!おらはダンケン・シュタインよ!ミリアーヌの友達なら、もうおらとも友達よー!」


 「あ、皆さんありがとうございます......よろしくお願いします」


 四人のベクトルの違う人間的濃さに圧倒されていると、ゼノンが声をかける。


 「他にも、庭で出会った負けん気の強いレディはセラフィナ・ルべリス、それから逃げていたのはチョウ・レイ。あと山に出かけておるであろうグスタフ・トロイ君がおる」


 「そ、そんなにいるんですか!?」


 「まぁ、徐々に覚えておくれ。ミリアーヌから聞いているかは分からぬが、この屋敷に住んでいる者は最強と呼んでも過言ではない魔術師達じゃよ......。アルトス少年がここに来た理由と関わりそうだから先に教えちゃう」


 ゼノンはお茶目にウインクをしてそのまま部屋を出ていった。


 (え、僕ひとりにされた......。というかミリアーヌさんはまだ帰ってこないの?.......)


 「やれやれ、あの方はきまぐれだな」


 和装の男、ゲンブ・サイオンジが孤独を抱えるアルトス少年に視線を向ける。


 「おほん、君はミリアーヌの紹介でここに来たということで合っているかな?」


 「はい!ミリアーヌさんにここでなら魔力のない僕でも、魔術を使えるようになるかもしれないと」


 「なるほどね、あの子もまた無責任なことを言ったものだ。まあ、確かに使えるようになる方法はあるにはある」


 どんな魔術書を読んでも手掛かりすら得られなかったアルトスに一筋の光明が差す。


 「本当ですか!......ついに僕にも魔術が......」


 自分の両手に視線を落としながら感慨深げにしているとスミレが声をかけた。

 

 「あのさ......。君は......魔術を使えるようになって......何がしたいの?」


 真剣な眼差しでアルトスを見つめる。空気を読めそうにないダンケン以外の二人もアルトスに鋭い視線を向けていた。


 応えるように、アルトスは自分の強い想いを言葉に乗せる。


 「僕は今まで、魔力がない、魔術が使えないというだけで、数え切れないほどの理不尽や暴力を受けてきました。けれど、そんな僕だからこそ、確信したんです。魔術という圧倒的な力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。弱い存在を守るためにあるべきなんだと」


 震える拳を握りしめ、アルトスは顔を上げ曇りなき眼で正面を見据えた。


 「だから僕は、魔術を手にしたい。いつかあの伝説の勇者のように、どんな絶望も跳ね除けて、大切な人を守り抜ける自分になるために!」

 

 スミレの蒼い瞳がアルトスの瞳を覗き込む。少しの静寂の後、スミレはゲンブをちらりと見て頷いた。


 「よし!アルトス君、きみに魔術を教えよう!」


 「やったわねぇ、アルトスちゃん。合格だそうよぉ」


 「合格!合格!なんか知らないけど合格よー!!」


 「合格?ど、どういうことですか!?」


 アルトスが目を白黒させていると、レイヒスが言葉を継ぐ。


 「スミレはねぇ、嘘や悪意を見抜くのがとっても得意なの。だから、アルトスちゃんに魔術を使えるようになる方法を教えてもいいかを試してたのぉ」


 「そう、だったんですか......」


 「まぁ、ミリちゃんが連れてきた時点で私は信じていたけどもねぇ。それにこんなに可愛いし。」


 聖女の格好をしているのに、全くそう見えない、妖しい瞳をしたレイヒスが頬に片手を当てながらうっとり微笑んだ。


 アルトスは鼻の下を伸ばして見惚れてしまう。いかんいかんと首を振り真剣な表情を作る。その様子をスミレがジト目で見た。


 「やっぱだめかも......、これには......チョウと同じ変態の気配を感じる。......きっと、いやらしいことに......魔術使う」


 剣呑な雰囲気を漂わせていると、部屋を出ていったはずのゼノンが不意に声をかける。


 「ほっほっほ。若者らしい良い反応じゃないか。......それにしても儂に憧れてくれるなんて嬉しいのう」


 威圧されていたアルトスにゼノンの声は届かなかった。


 「何はともあれ、アルトス君。これから先、頑張ってのう」


 「は、はい!」


 「それでは、魔術を使う方法を伝授しよう。庭に出たまえ」


 ゲンブの後をついてくるように全員が庭に出た。


 「これより、アルトス君に魔術の使い方を伝授する!」


 このとき、希望に満ちたアルトス少年はミリアーヌの言葉を忘れていた。「死なないで」という言葉を。地獄の火蓋がついに切って落とされる。

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