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2. 新たな景色


 女の子を見送った後、少女の着ている服を見て気づいた。


 しなやかな曲線を包み込んでいるその衣服。見覚えのある濃紺のブレザーにはアレキサンドラ学園の紋章ーー黄金の糸で刺繍された、獅子を模した堂々とした意匠。ブレザーの内側には、糊の利いた純白のワイシャツがぴしりと着こなされ、その首元には深紅のネクタイがきっちりと締め付けられていた。


 そして、腰から下には、ブレザーと同じ濃紺を基調に、深紅と白のラインが交差するクラシカルなチェック柄のプリーツスカート。膝上まで伸びた生地が、春風とともに軽やかに揺れる。 


 「……君、その制服……」


 「うん。アレキサンドラ学園の制服なんだ。昨日届いたばかりなんだけど、少しサイズが合っていないのかしら。なんだか、あちらこちらが窮屈で……」


 彼女はそう言って、困ったようにおっとりと微笑んだ。確かに、彼女の大人びた身体つきに対して、その制服は悲鳴を上げているようにも見える。特に豊かな胸元を包む布地は、彼女が呼吸を整えるたびに、ボタンが弾け飛ばないか不安になるほどの緊張感を孕んでいた。


 自分と同じ学園。それも、このネクタイの色は僕と同じ高等部の一年生だ。


 「同じ学園だったんだ......」


 あまりに神々しい救出と、浮世離れした美貌。てっきり遠い世界の住人か、あるいは上位クラスの特待生だと思い込んでいた。けれど、彼女は僕と同じ学び舎に向かう、同じ学年の女子生徒だったのだ。


 「ふふ、すごい偶然だね」


 彼女はほんわかとした笑みを浮かべる。


 「それにしても、魔術も無しで川に飛び込むなんて。アルトス君は……とってもお馬鹿さんなのかな?」


 彼女はいたずらっぽく目を細めた。その言葉に、僕は自分の無鉄砲さを突きつけられた気がして、急激に顔が熱くなる。


 「それは......、実は僕魔術が全く使えなくて。でも何もしないのも嫌で......。きっと勇者なら迷わず助けに行くと思って飛び込んだんだ」


 「......そうなのね。確かにおじい様なら何がなんでも助けにいったと思う。さっきはお馬鹿さんかって言ったけど、すごいと思う。そういう人、嫌いじゃないよ」


 ミリアーヌは微笑みながらアルトスのことを褒めた。アルトスは照れくさそうにしながらも感謝を伝えた。


 「あ、ありがとう?......というか、おじい様って?」


 「あ、いや。勇者様はきっと、お爺さんくらいの年齢だろうなぁって思って、変なこと言っちゃった。あはは」


 「お爺さんくらいの年齢って、勇者は千年も前の人だよ。お爺さんどころの騒ぎじゃないよ」


 「あ、あはは。そ、そうだねぇ」


 ミリアーヌは急にソワソワとした様子で、視線を泳がせながら長い黄金の髪の先を指でくるくると弄り始めた。


 なんだか、不思議な子だなぁ。 さっきみたいに魔術を軽々使ったと思えば、急に子供みたいな反応をするんだから。


 「そ、それより。急がないと遅刻しちゃう!」 


 「そうだ!僕の鞄どこっ!」


 「向こう岸のあそこだよ」


 「うわっ、あんな遠くに……! 取りに戻ってたら、絶対遅刻だ……」


 石橋を渡って戻る時間を計算し、僕は目の前が真っ暗になった。だが、僕の隣でミリアーヌが「ふふっ」と楽しげに喉を鳴らす。


 「大丈夫!」


 彼女が対岸へ向けて軽く指先を振ると、透明な風の塊が僕の鞄をふわりと包み込んだ。鞄はまるで重力を失ったかのように浮き上がり、見えない糸に引かれるようにして、川の上を滑るようにこちらへと飛んでくる。


 「おわっ、すごい……!」


 「はい、お届けもの」


 手元まで戻ってきた鞄をキャッチする。本当に、彼女の魔術はすごい。あれだけ離れたところのものをここまで運ぶなんて魔力操作も尋常ではないのだろう。


 「……ありがとう。君がいなかったら、どう考えても遅刻してたよ」


 「どういたしまして。さあ、今度こそ急ごう? このままだと、わたしの初登校日が反省文だけで終わっちゃう」


 (いや、反省文だけで1日終わるわけないでしょ。てか、初登校日ってことはミリアーヌさんは転校生か?)


 そんなことを考えているとミリアーヌの声で呼び戻される。


 「アルトス君、急いで!」


 彼女はいたずらっぽくウインクをしてみせると、大人びた長い脚をしなやかに動かし、軽やかな足取りで駆け出した。


 「あ、待ってよミリアーヌさん!」


 春の陽光を浴びて黄金色に輝く彼女の背中を追いかけて、僕は坂道を駆け上がる。なぜかは分からないが視線の先が今までとは全く違う景色に輝いて見えるのは、きっと気のせいじゃないはずだ。


 そう、気のせいではなかった。駆け上がる彼女の、ふわりと舞い上がったスカートの奥——そこに、(まばゆ)いばかりの純白の輝きを見てしまった。


 「ミリアーヌさん、スカート!」


 反射的に叫んだ僕の言葉に、ミリアーヌはピタリと足を止めた。 彼女は自分と僕の位置関係を一瞬で把握すると、その白い肌を耳の付け根まで真っ赤に染め上げた。


 「……アルトス君の、えっちーーーーっ!!」


 一陣の風が吹き、アルトスは宙を舞った。


 「ぶぉわああぁっ!?」


 視界が激しく回転し、青空が遠ざかっていく。 り、りふじんな……。勇者は、こんな理不尽なんかに負けない。


 (……でも、まあ。今だけは負けるのも、悪くないかな……)


 網膜に焼き付いた「純白」の残像を大切に抱きしめながら、僕の意識は真っ暗な空の彼方へと吸い込まれていった。

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