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回復スキルで完治させた超絶美少女が、デレヤンな美女となって生涯を捧げてきたんだが!?

作者: gokazoo
掲載日:2025/12/15

書き上げる度に思う。短編ってなんだっけ?

――唐突だが、俺は異世界に転生した。たぶん。


 と言っても、「トラックに轢かれた!」とか「女神に転生させられた!」みたいなドラマチックな記憶はない。


 ただ、物心ついた時には、魔法も神様の奇跡も存在しない、代わりに医学と科学が異様に発達した世界の知識が、やけに頭の中に詰まっていた。


 その世界での俺は、医者を――この世界風に言うなら「治癒師」を目指していた。


 医大に受かって、国家資格も取って、白衣を着て患者の前に立つところまで行っていた……はずなんだが、そのあたりのエピソードは妙にぼやけている。死因も覚えていない。前世の俺は無理でもしていたのだろうか?


 ともあれ、前世で医学を志していた影響か、今世の俺も気づけば人を治療する医療の道に歩みを進めていた。授かったスキルも前世であれば重宝するであろうラインナップで、まさに天啓だと思った。


 俺の名はクルトス。二十五歳。今は「自称」治癒師。

 「自称」の理由?…人の治療に携わる神官司祭の門をくぐり、1週間もせず破門されたからだ。病の苦しみを抑える薬師として身を投じ、10日もせず叩き出されたでも良い。なんなら、この世界特有の水薬、ポーションを錬成する錬金術士の世界へ足を踏み入れ、3日で追放された…も有りか?


 結論から述べよう。


 この世界の「医療」のレベルは、控えめに言ってクソだ。

 

 病気になれば、治癒師にお布施を払って祈ってもらう。怪我や熱なら、薬屋で効くかどうかも怪しい、粗悪な薬もどきを高値で買う。


 以上。


 診断もなければ、原因を追うという発想もない。


 『病気が完治しないのは徳が足りないから。怪我をするのは悪行があったから。後遺症が残るのは神の御心であり、病死・事故死は神の思し召しである。』


 …前世なら卒倒してる。てか、教会で、薬師組合で、錬金ギルドで、それぞれ同じフレーズを聞いて発狂しかけた。到底許せなくて、青い正義感を携え、真っ向から挑んだ。そのザマはさっき言ったとおりだ。


 だが、俺は折れなかった。


 クソみたいな状況で、俺は前世の知識とスキルを合わせて、治せるものを片っ端から治した。彼らがしていること・言っていること間違いだと指摘するために、尽く治してやった。


 貴族だろうが平民だろうが貧民だろうが、重症だと判断したものから優先的に。対価は、払える範囲で。払えないならツケでもいいし、たまに貰える野菜やら手作りパンやら、そんなもので充分だった。ただ、奴らを見返し、ギャフンと言わせるために。


 まぁ、あの頃の俺は若かった。そんな衝動に駆られて、既得権益に浸っている連中に噛みつけばどうなるか。子どもにだって分かる話だ。


 結果――俺は教会と薬師組合、錬金ギルドから、それはもう、盛大に嫌われた。


 教会は「悪魔の法で信徒を惑わす詐欺師」と書かれたビラを配り、薬師組合と錬金ギルドは薬材・素材の販売を差し止め、三組織の関係者は俺を見る度に露骨に舌打ちをするようになったし、裏で俺の活動を妨害するために職権乱用も辞さないほど精力的だ。


 憲兵隊に拘束された回数なんて数年で既に3桁を超えているし、あわや両手を切り落とされそうになったこともある。あの時は流石に肝が冷えたが、幸い五体満足で今も街々で闇治癒師として活動している。


 今も、俺が治癒師と呼ばれたくなくて広めたDr(ドクター)という敬称を頭に付けて、時折憲兵隊に捕まりながら、医療行為に励んでいる。


 確かに、俺のしたことは三組織にとって、ただただ目障りな活動だったわけだが、その行動で少なくない数の人たちが救われていたのも事実で。目の敵にされる一方で、俺に感謝してくれる人たちも貴賤を問わず増えていた。


 結果として、俺は自身の医療(せいぎ)を貫き通したことで、嫌がらせは受けても、活動を止められることはなくなった。なんやかんやで、俺が助けた貴族や有力者が三組織に圧力をかけ、憲兵隊に追いかけられても間に平民たちが立ち塞がり、貧民たちが逃走を手助けしてくれるようになった。


「感謝する、Dr.クルトス…。貴殿がいなければ、今頃妻と娘は…!」

「効かない祈りより効く治療のほうがいいに決まってるわな、Dr.クルトス」

「ポーションで治らなかった腹が、あんたの薬茶で良くなったんだ。俺はあんたを信じるよ」


 そして、俺は今やこう呼ばれる。

 ――『街医者』Dr.クルトス、と。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そんなある日。いつものように路地裏のボロ宿で往診の準備をしていたところ、勢いよく扉が開いた。


「Dr.クルトスだな!」


「……悪いが先約がいる。診察はそのあ――いてぇっ」


 武骨な男たちが十人ほど雪崩れ込んできて、あれよあれよという間に両腕を縛り上げられた。服装と顔ぶれから察するに、王都憲兵隊。しかも、来ているのは、そこそこ偉く、実力もある実働部隊だ。


「おいおい、また逮捕か――」


「違うんです、Dr.クルトス!」


 その中に、見覚えのある憲兵がいた。前に脚の怪我を診た男だ。


「俺たちも理由は詳しく聞かされてないんですが……上からの命令で、“最優先であなたを陛下のもとへ連れてこい”と」


「……は?」


 陛下?王様?

 あの、俺、王族の侍従医になった覚えはないんだが。


 縛られたまま運ばれていく間も、憲兵たちは申し訳なさそうに頭を下げ続けていた。


「いつもの嫌がらせかと思ったんですけど、どうも様子が違って……」


「三組織は、むしろ今回の件、かなり渋い顔をしてるらしいです」


「……ますます嫌な予感しかしないな」


 そうして辿り着いたのは、王城の謁見の間だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 広い。

 無駄に広い。

 床は磨き上げられた大理石。

 天井からは眩しいシャンデリア。

 左右には鎧姿の近衛騎士たちがずらりと並び、その奥には豪奢な衣服を纏った貴族たちが列を成している。そして、最前列には――見覚えのありすぎる顔が揃っていた。


『高熱が一週間続いて誰も治せず重篤状態にあった御息女』を、一週間で全快させた時の伯爵様。

『演習事故で再起不能と言われた御嫡男』の足を、ひと月で完治させた時の侯爵様。

『毒殺未遂で全身麻痺になった御夫人』の身体を、半年かけてほぼ根治させた時の公爵様。


 他にも、数度診察したことのある貴族がちらほら。……そいつら全員が、俺と目が合った瞬間、気まずそうに視線を逸らした。


(ほーん。こいつらが元凶か)


 ひとまず、縄をかけられたまま、笑顔で会釈だけしておく。返ってくるのは、ますます気まずそうにする空気だけだった。


 ほどなくして、謁見の間の奥の扉が開く。


「国王陛下、ご入場!」


 近衛の声とともに、威厳に満ちた中年の男性と、その隣に気品ある女性が入ってきた。二人が玉座に腰を掛けると、場の空気が僅かに引き締まる。


「面を上げよ」


 全員が頭を垂れ、王の声とともに顔を上げる。国王陛下の視線が、縛られたままの俺に向く。


「それで……この者が、卿らの言う“最後の希望”か?」


「はっ、陛下。この者で治せぬのであれば、我が国に打つ手はございません」


 うん、俺だけ置いてきぼりで話が進んでるな。


「ふむ。其方の名は?」


 この体裁で名乗ったら良くない気がした。俺が黙っていると、王はくい、と指を動かした。


「直答を許す。誰か、縄を解け」


 近衛が慌てて縄を解く。逃げる気も暴れる気もないので、素直にその場で膝をつき、頭を垂れた。


「この度は国王陛下にお目にかかれて光栄でございます。名をクルトスと申します。平民ばかり相手にしている“闇治癒師”ですが、患者たちからは“Dr.クルトス”と呼ばれております」


「ほう、自ら“闇治癒師”と名乗るか」


 王の目が細められる。周囲の貴族が一斉にざわついた。


「お、おそれながら陛下、この男は――」


「静まれ」


 王の一言で、ざわめきはぴたりと止まった。


「教会、薬師組合、錬金ギルドに真っ向から逆らい、なお臆することなく余の前でそれを言い放つか。…実に面白いな」


 その言葉に、息を詰めていた何人かの貴族が、ほっと胸を撫で下ろす気配がした。


「では、Dr.クルトスよ。状況を説明しよう」


 そう前置きして、王は事情を語り始めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 この国は長らく、天使族と友好関係を結んでいる。


 天輪と呼ばれる光の輪を頭上に宿し、背に天翼と呼ばれる真っ白な翼を持つ、神に仕える高位の種族。


 その天使族から、とある日、急使がやってきたのだという。


 曰く。

 天使族の上位貴族の娘が、原因不明の病に倒れ、あらゆる治療を試みても症状は悪化するばかり。

 

 しかし、天使族の預言者――“御子様”の神託により、「人族の、とある国の、とある治癒師のもとでのみ、その娘は救われる」と告げられた。


 その“とある国”がここ、アルセディア王国で。


 “とある治癒師”とやらが――どうやら俺、らしい。というよりは、国でまだ治療に関わってない治癒師が俺だけということで、白羽の矢が立ったというわけだ。


「預言を信じたアヤツは、御子様の言葉どおりこの国へとやってきた。娘とともにな」


 王がそう言うと、玉座の背後の空間が、ふと揺らいだ。


「これ以上の説明は不要だ、友よ。あとは私が話そう」


 どこからともなく現れた男に、俺は思わず目を見開いた。


 長身。というか長すぎる。二メートル半はある。頭上の天輪はまばゆく光り、背中の巨大な白い翼は、わずかな動きだけで空気を振るわせる。整った顔立ちなのに、その表情には今にも溢れ出しそうな焦りと苛立ちが滲んでいた。


「我が名はフローゼン。天使族でも一応、それなりの立場にある者だ」


 その“それなり”が全然それなりじゃないのは、王が平然と対等の口調で話していることから察せられる。


「御子様の神託に従い、我は愛娘カトリーナを連れてこの国に来た。だが――」


 フローゼンの天輪の光が、不穏に揺らいだ。


「この国の名だたる聖職者も、薬師も、錬金術士も、皆、娘を救えなかった。…人族の最大限は、我ら天使族の治癒行為に遠く及ばなかった」


 そこまで言うと、空気そのものが重くなる。漏れ出る魔力が、床を軋ませ、空間を震わせていた。


「なぁ、クルトスとやら」


 フローゼンの視線が、鋭く俺を射抜く。


「主は、カトリーナを治せるのか?」


 近衛の誰かが息を呑む音が聞こえた。


 俺は、短く息を吐いた。


「どうでしょう?――わかりませんね」


 謁見の間の空気が、一瞬で凍った。


「なっ……!」

「無礼者が……!」


 貴族たちが一斉にざわめき、何人かは腰を抜かしたような音を立てて尻もちをついた。それほどまでに、フローゼンから放たれる威圧感は尋常ではなかった。


 だが、俺はフローゼンから目を逸らさない。


「もう一度問おう、クルトス」


 フローゼンの声が低く響く。圧力が一段階、濃くなった。


「主は――わからぬと?」


「ええ」


 俺は頷いた。


「まだ患者の顔も見ていない。触れてもいない。その状態で“治せます”なんて言われたら、恐ろしくありませんか?」


 フローゼンの瞳が、かすかに揺れた。


「治せるかどうかは、見て、触れて、確認して、それでもなお、わからないことがある。俺は治癒師を志した身です。生憎、治療する前から治せると言い張るほど、いい加減な人間ではありませんので。」


 沈黙。

 床の軋みが、少しだけ弱まっていく。


「……言い方は気に食わんが」


 フローゼンが息を吐いた。


「治癒師の言葉としては、正しいな」


 王も口元に笑みを浮かべる。


「余もそう思う。では、Dr.クルトスよ。ご令嬢のもとへ案内させよう」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 フローゼンに先導され、長い廊下を進む。

 いくつもの部屋の前を通り過ぎ、最後にたどり着いたのは、豪奢だが落ち着きのある来客用の一室だった。


「我だ。入るぞ」


 フローゼンが一声かけて扉を開ける。

 その背後に、俺もそっと続いた。


 部屋の中は、高級感と清潔さを両立させた造りだった。壁には控えめな装飾の絵画。床には足音を吸い込む厚手の絨毯。


 部屋の端には、天使族と思しきメイドたちが、背筋を伸ばして一列に並び、その視線はベッドの中央へ注がれている。


 天蓋付きのキングサイズベッド。


 そこに――彼女はいた。


 細い肩。病的なほど白い肌。淡い金髪は、枕の上に広がって、光を受けて柔らかく輝いている。顔立ちは、この世界の美の尺度で測るなら紛れもなく“超絶美少女”と呼んで差し支えない。


 だが、その瞳は……空っぽだった。


「お父様」


 掠れた声で、少女は呟く。


「あぁ、カトリーナ。体の具合はどうだ?」


「ケホッ、ケホッ……だ、大丈夫です、お父様」


 全然大丈夫そうではない咳をしながら、努めて笑みを浮かべる。


 口元は笑っている。頬もわずかに上がっている。でも、その瞳は、なにも映していなかった。


(あー……完全に“心が死にかけてる”タイプか)


 前世で読んだ医学書に載っていた、『長期の治療失敗と苦しみによる医療不信』そのものだ。


 おまけに魔力暴走で寝不足、食欲不振。精神が擦り切れていてもおかしくない。


「そちらのお方は?」


 カトリーナがこちらを見る。視線が、俺の顔を通り過ぎて、後ろの壁あたりで止まった。


「この者は、この国で()()の治癒師だ」


「お目にかかれて光栄でございます」


 俺はベッドのそばまで進み、軽く頭を下げる。


「この国で治癒師として働いております、クルトスと申します。皆、Dr.クルトスと呼んでおります。」


 カトリーナは、ほんの少しだけ首を傾げた。


「……Dr.?」


「…優秀な治癒師を呼ぶ時の尊称みたいなものです」


「そう、ですか」


 笑みとも、諦めともつかない表情。


(目が死んでる。これは相当こじらせてるな)


 医者としての本能が、危険信号を鳴らす。


 このまま身体だけ治そうとしても、心、すなわち精神がついてこないタイプだ。


「フローゼン様」


 俺は父親に向き直る。


「診察を開始したいのですが、触診も必要になります。どなたか、同性のご家族か、信頼のおける侍女の方に傍についていただけますか?」


「うむ。この場にいる者たちは皆、我が信頼する侍女たちだ」


 そう言うと、列の端から、一人の女性が一歩前に出た。


 見た感じは三十前後。天輪こそ小さいが、その所作や雰囲気に、長年主の側に仕えてきた信頼感が漂っている。聞けば、侍女長だそうだ。


「では、お願い致します。カトリーナ様、ご不快でしょうが、どうかご容赦ください」


「……はい」


 かすかな返事を確認し、俺は診察を開始した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――結果から言えば、単純な高熱でも、ただの魔力暴走でもなかった。


 魔力の体内循環が、完全にバグっていた。こんな症状、この世界で生まれて初めて見た。前世の感覚で端的に言えば、免疫系が自分自身を攻撃しているような状態。魔法で外側から治そうとして、一時的には改善しても、根本が狂っているせいで、すぐに逆戻りする。


(なるほど。これでは、天使族の回復魔法を以てしても、どうにもならんな。)


 診察で原因を大まかに特定し、スキルで彼女の魔力循環を確認した俺は天使族が手を焼く理由に辿り着いた。天使族は回復魔法という医者泣かせな力を持つが、それはあくまで受ける側が健全に魔法の恩恵を受け取れる状態であって、初めて意味をなすのだろう。彼女のように、享受しても治したい箇所が適切に修復されないようであれば、回復魔法とて痛みを緩和する対処療法にしかならない。


 言うまでもなく、人族の祈りや薬なんて効くわけもない。


 循環そのものを矯正しなければ、この病は完治できない。この世界での()()と呼べる珍しい疾患なのだろう。


 この世界でも多くの患者と疾患に向き合ってきた。そんな俺でも、この奇病を治療できるか見通しがつかなかった。それでも、目の前で苦しんでいる患者を放っておく選択肢は俺の中にはない。


 俺は顔が強張るのをこらえながら、侍女長に尋ねた。


「これまでの治療、詳しい記録はありますか?」


「ございます」


「あとで全部見せてください。……それと」


 俺は、カトリーナの手をそっと握る。


「目安は1ヶ月以上。俺は毎日、あなたの体を少しずつ“マシな方向”に回すことにします」


「……マシな方向、ですか」


「いきなり何でも治そうとすると、たぶん死にます。だから順番に、です」


「……わかりました」


 彼女の瞳は、まだ何も映していなかった。だが、握った手は、微かに震えている。


(…よし。震えてるなら、まだ“怖い”って感情が残ってる。完全に諦めてはいない)


 俺は心の中で頷き、自分のスキルを静かに起動した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《1日目》


 診察:

 体内循環が完全な機能不全に陥っている。天使族特有の膨大な魔力が仇となり、身体の至る所で魔力暴走を引き起こしている。副次的に、42度を超える高熱、異常な発汗、頻発する意識昏眠、咳と喀血、関節中心に全身で耐え難いほどの疼痛も確認している。食事も水分補給もままならず、メイドたちの甲斐甲斐しい介護と回復魔法の行使で辛うじて抑え込んでいる。人間なら、既に死んでいてもおかしくない。


 方針:

 体内での自助作用、生命維持機能が壊滅している為、これを最低限取り戻すことから開始する。


 治療内容:

 変わらず回復魔法で疼痛緩和を継続。生命維持に必要な栄養と水分を摂取できるように、消化器系を補助する薬茶を日に5回飲ませ、胴体を中心にスキルでの治療を試みていく。並行して、30分毎にカトリーナの全身に魔力を薄く通し、暴走箇所を鎮静していく。


 状態:体温は診察当初44度前後。2日ほど経ってから、42度まで下がってきている。喀血の頻度も気持ち少なくなってきた印象。意識昏眠も減ってきた気がする。食事は流動食すら受け付けない状態だが、薬茶がようやく喉を通り始めた。この調子なら水分も取れるようになりそうだ。ただ、疼痛は変わらず継続して回復魔法でケアが必須。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「……」

 メイドたち「…どう表現すればよいかわかりませんが、汗の質が変わってません?」

 フローゼン「……本当に何をしているのだ?」


 コメント:

 幸いなことに、天使族も人族と身体構造が大きく変わらないことが判明した。もし、違っていれば、より難しい治療になっていただろう。しかし、予断を許さない状況にあることに変わりない。急変に備えて、30分おきの診察と魔力暴走の治療を行っていく。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《5日目》


 診察:

 体内循環は未だ回復傾向にすらない。魔力暴走も鎮まる気配はない。一方で、治療していた消化器系周りの経過は良好だ。治療当初は水分すら受け付けなかったが、今や吐き戻すこともしばしばあっても、流動食までなら介助して摂取できるようになった。喀血もなくなり、意識が飛んでしまう事もだいぶ減ってきた。疼痛は残念ながら、変わらず絶え間ない回復魔法でケアが必要。


 方針:

 体内の自助作用に働きかけつつ、手足の魔力循環の矯正治療を進めていく


 治療内容:

 回復魔法による疼痛ケアは継続。薬茶も継続。加えて、経口による栄養・水分補給を開始し、痛み止めも処方。これに合わせて、消化器周りのスキルによる治療は最低限まで引き下げる。また、魔力循環の矯正治療を末端から進めていく


 状態:

 体温は治療が進むにつれ、42度を下回るようになった。流動食を受け付けるようになった頃から、喀血も治まってはいる。ただ、咳は続いているため、呼吸器系にも注意を向ける必要がある。意識混濁は見られるが、昏眠まで陥ることはだいぶ減った。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「…ゴホ」

 メイドたち「もうお口からお召し上がりいただくことも、叶わないと考えておりました……」

 フローゼン「あの状態から…信じられん……」


 コメント:未だに危険領域にいることは変わりないが、快方への一歩目を踏み出せたと思われる。30分毎の治療の甲斐あって、原因療法の目処がついた。次の治療が終われば、容態が安定するかもしれない。そしたら、一息つけるだろう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《10日目》


 診察:

 末端から手足までの魔力循環の治療を行ったおかげで、中心部以外で魔力暴走が起こることはなくなった。合わせて熱も下がっており、意識が昏眠することはなくなった。経口摂取も順調で流動食とはいえ、食事量も増えてきている。疼痛については、身体中至るところに数人がかりで回復魔法を行使していたが、現在は一人か二人で間に合うようになってきた。ただ、喀血がなくなったとはいえ、咳が良くなる気配がない。


 方針:

 呼吸器系の治療と胴体の魔力循環治療を進めていく


 治療内容:

 薬茶の服用は終了。消化器系への治療も終了。今後は経口による食事・水分補給から消化器系の状態判断を行う。追加で、スキルでの治療は呼吸器系に移行し、容態安定まで1時間毎に適宜診察と治療を行う。また、中心部の魔力循環も影響が少ない箇所から逐次行う。なお、疼痛ケアは痛み止めの効果もあり、回復魔法を控えるようにしていく。


 状態:

 体温は更に落ち着きを見せ、呼吸器系の治療が完遂した頃には、40度を上回ることがなくなった。意識混濁も少なくなっており、メイドやフローゼン様の問いかけにも反応している。食事についても、スプーンを口に入れていたところから、差し出せば食す事ができるところまで回復しており、咀嚼もゆっくりだが問題なくできる。咳は呼吸器系の治療が成功し、完全に止まった。そして、消化器系と呼吸器系の回復により、睡眠が取れる様になったことも大きい。ただ、胴体の魔力循環については、治療しても芳しくない。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「…目を瞑るのが怖くありません」

 メイドたち「ここ最近で一番穏やかな寝顔でした……」

 フローゼン「こんなに静かに眠っている娘を見るのは久しい……」


 コメント:

 呼吸器の治療は問題なく完了し、残すは魔力循環の治療と発熱、疼痛のみとなった。発熱と疼痛については、循環を矯正すれば自然と治まるだろう。問題は、魔力循環の治療だ。手足の時とは違って、頑強というか粘着質というか、一部一部に手を加えていく治療を受け付けてくれない。…これは、覚悟しなければならないかもしれない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《15日目》


 診察:局所治療の効果は薄く、未だに中心部での魔力暴走は収まる気配がない。循環の矯正箇所は頭打ち。残された箇所は、どこから手を付けても一日経つと元に戻ってしまう。


 方針:

 中心部の魔力循環治療を進めていく。


 治療内容:

 疼痛ケアを欠かさず、診察で様子見。魔力循環への局所治療も継続するが、複数箇所の同時治療も視野に入れていく


 状態:

 今までの治療が功を奏し、魔力循環以外の経過はすこぶる順調と言える。熱は38度台まで下がり、疼痛も痛み止めの処方で間に合うようになった。初期症状がぶり返すこともなく、フローゼン様やメイドたちとも楽しそうに会話できるところまで回復している。

 一方で、中心部――心臓周りと胸郭内の魔力循環は、手を入れれば入れるほど、抵抗が強くなっている感覚がある。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「…気怠い感じはありますが、苦しくありません」

 メイドたち「カトリーナ様と笑って話せる日がまた来るなんて……」

 フローゼン「……あと、もう少しなのだな」


 コメント:

 少なくとも重篤状態は脱した。だが、何をきっかけに逆戻りするか、その可能性を否めない。これ以上、今のマージンを取った治療法を続けても、この循環バグを根治することは叶わないだろう。リスクは高いが、中心部を一挙に治療するしかないかもしれない…



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《20日目》


 診察:

 中心部の魔力循環は、相変わらず彼女の体内に歪に巣食ったままだ。他の箇所、臓器に問題はない。睡眠と食事を取れるおかげで、体力も回復しつつある。


 方針:

 内科的な局所治療を打ち切り、“オペ”で根本治療を行う。


 治療内容:

 スキルによる治療で魔力循環を一挙に矯正する。胸部に巣食う頑強な循環の大本から、外的アプローチで組み替えていく。これには、壮絶な痛みと低くない死亡リスクが伴う事が予想される。本人とフローゼン様には、麻酔導入とリスクの説明を行い、同意を取ってから“オペ”に臨むこととする。


 状態:

 魔力循環の治療に進展はなかったが、患者の体力は“オペ”に耐えうるまでに回復している。出会った時よりも笑顔も増え、問診への応答だけでなく軽く話をするようにはなった。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「…Dr.クルトス。あなた様になら、この身、委ねます」

 メイドたち「……Dr.クルトス、何卒……」

 フローゼン「どうか、娘をよろしく頼む…」


 コメント:

 体内の中心、心臓周りの魔力循環の乱れが根源だが、患者の体力と痛みに配慮してゆっくりと最低限の矯正を行っても回復には至らなかった。もうこれ以上は、アプローチを変える他に手立てはない。本人とフローゼン様にオペのインフォームドコンセントを行うと、存外あっさりと了承された。父娘共々、手を震わせていたが、俺へ向ける目に迷いはなかった。…この信頼には、何としても結果で応えなければならない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《21日目》


 手技:「体内魔力循環組換矯正術」開始。


 主治医:Dr.クルトス

 サポート:天使族侍女一名(回復魔法要員)、侍女長(手技サポート)



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《24日目》


 診察:

 オペは無事終了した。何度も危うい場面はあったが、本人の強い意思が垣間見えるかのように幾度も持ち直し、体内循環は大本から末端に至るまで、正常に組み直せた。


 方針:

 術後経過を観察する


 治療内容:

 現状、バイタルチェックのみ


 状態:

 オペは成功し、スキルで確認する限り、体内に異常はない。ただ、麻酔も抜けているはずだが、意識が回復してこない。目覚めを待つばかりだ。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「……」

 メイドたち「……カトリーナ様……」

 フローゼン「……カトリーナ……」


 コメント:

 最善は尽くした。意識を取り戻さない彼女を見ていると、オペの成否に不安が過ぎるが、俺よりも周りが今もっとも不安を感じているはずだ。大丈夫、スキルでのチェックも異常は出ていない。ただ、起きてくれるのを待つだけだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《25日目》


 朝一の診察で向かう途中、扉の前はいつになく騒がしかった。メイドたちが慌てて行ったり来たりし、フローゼンの声が中から聞こえる。


「あぁ、カトリーナ。このまま目を覚まさないかと思っていた…!体の調子はどうだ?どこか痛むか?」


「お父様。…大丈夫です。生まれて初めてです。こんなにも気持ちの良い目覚めは。」


 ノックして入ると、ベッドの上で、カトリーナ様が上体を起こしていた。背中には枕が当てられ、侍女が支えているが、その顔にはもう、病の影は微塵もない。


 その瞳が、俺をしっかりと捉えた。


「……Dr.クルトス」


 その声には、もう掠れも虚無もなかった。


 俺は歩み寄り、いつものように診察を行う。


「お目覚めの気分はいかがですか?」


 結果、全くの問題なし。この場で完治と告げても良いぐらいだった。


「ふふ、控えめに言って最高です」


 カトリーナが、小さく笑った。さっきまで泣き腫らしていたらしいフローゼン様が、そっと目元を拭う。


 診察:

 自然覚醒。意識清明。体温36.8度。魔力循環含め、すべて異常なし。


 方針:

 数日は念の為、経過観察。日常生活レベルの動作からリハビリも開始。


 治療内容:

 経過観察のみ。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「Dr.クルトス。…ありがとうございます」

 メイドたち「この日をどんなに待ちわびたことでしょう…!」

 フローゼン「……ありがとう。心から、そう言わせてくれ」


 コメント:

 オペは成功し、カトリーナ様も覚醒した。早ければ、明日にもリハビリを開始できそうだ。俺も数日経過観察を終えれば、お役御免だろう。何はともあれ、よ……



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《?日目》


 俺は目を開けると知らない天井――いや、天蓋か、これ。上体を起こし、大層なベッドに寝かしつけられた事を悟った。


 ガシャン


 音の鳴った方へ目を向ける。口を押さえ、お盆を落としているメイドが見えた。


「フ…」


「…ふ?」


「フローゼン様!カトリーナ様!!Dr.クルトスがお、お目覚めになられましたー!!!」



 ――《27日目》


 どうやら、医療日誌を書いている最中に気を失っていたらしい。昼の診察に来ない俺の様子を見に来たメイドの一人がぶっ倒れている俺を発見したらしい。言われてみれば、カトリーナ様の治療に入ってから、マトモに就寝した記憶がない。


「…言い訳は、それで十分ですか?」


「い、いや、言い訳というか事実というか…」


 それはそうと、何故かむくれ気味のカトリーナ様に仁王立ちされ、ベッドから降りることも許されず、俺は弁明を述べさせられていた。


 救いを求めて、彼女の後ろに立つフローゼン様や周りにいるメイドたちに目を向けるが、返ってくるのは見事なジト目の一斉射撃だった。


「クルトス様。治療が成功し、喜びに浸っていた矢先に、功労者であるあなたが倒れていると聞かされた私たちの…胸中、わかりますか?」


 カトリーナのつり上がっていた目が、じわりと垂れ下がり、今にも零れそうな涙を湛える。


「うっ…。それにつきましては、何の弁解の余地もございません。」


 医者の不養生とはこの事である。皆さんに心配をかけてしまって申し訳ない気持ちで一杯になる。項垂れる俺にカトリーナ様がコクリと頷いて、とんでもない一言を突きつけた。


「というわけで、本日は一日、安静です。」


「え?いや、診察が――」


「……はい?」


にっこりと、満面の笑み。


「いえ、ご厚意に甘んじます。」


こ、怖ぇ…。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――《30日目》


 最初の診察から、ちょうど一ヶ月。


 ベッドから動くことを許されてから、二日。俺が意識失っている間も含めて、カトリーナ様の体調に異変はなく、今この時の診察でも異常はない。フローゼン様もいるし、もう告げても良いだろう。


「カトリーナ様」


「はい」


「フローゼン様」


「……うむ」


 俺は深く息を吸い、吐いた。


「この診察を以て、病は完治したと判断いたします。カトリーナ様、ご快復おめでとうございます」


 一瞬、静寂。


 次の瞬間、カトリーナの眼から、ぽろりと涙が零れた。


「……ありがとうございます」


 それは、今までのどんな礼よりも重い一言だった。


 診察:

 異常なし。健康そのもの。


 方針:

 特記事項なし。


 治療内容:

 特記事項なし。


 本人・周囲の反応:

 カトリーナ「ありがとうございます」

 メイドたち「一同、感謝の念に絶えません」

 フローゼン「感謝する。……貴殿を信じて良かった」


 コメント:

 完治と見てよいだろう。循環が狂った理由はわからないが、再発の兆しも見受けられない。この世界に生まれて、最大の難病治療だったが、成功して良かった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その日の夕刻。王城の大広間では、急な話だったのに、それでも盛大な祝宴が開かれた。


 アルセディア王国と天使族の友好の証が守られたこと。不可解な奇病を打ち破り、天使族の令嬢を救ったことへの感謝。そして――『街医者』Dr.クルトスへの、国を挙げての礼。


 「カトリーナご令嬢の完治と、アルセディアと天使族の絆に、祝杯を!」


 国王陛下の掛け声とともに、杯が一斉に掲げられる。王妃殿下はカトリーナの手を握り、何度も何度も「よかったわね」と言いながら涙ぐんでいた。


 フローゼン様はというと、さっきから俺の肩を掴んでは、


「礼は、いくらでもする。地位でも、財でも、天界の加護でも――望むものは何でも言え」


 と、赤ら顔でもう十回は同じ事を繰り返して言っている。


「とりあえず、今は、カトリーナ様の無事をお祝いさせてください」


 俺はその度笑って、回答を迫られないようにやんわりとはぐらかす。


 周りを見渡すと、メイドたちはメイドたちで、周囲に迷惑にならない範囲で号泣しているし、カトリーナはカトリーナで、果実水をちびちびやりながら、やたらこっちを見てくる。


(……まぁ、これはこれで、ありがたいことなんだけど)


 ふと、広間の隅にいる三組織――教会、薬師組合、錬金ギルドのお偉い面々と目が合った。全員、笑顔だが、目が笑っていない。


(……うん。碌なこと考えてないな、あれ。)


 その上、フローゼン様は「天界に診療所を作るのはどうだ」などと言い出し、国王陛下は国王陛下で「侍従医として迎えたい」などと真顔で提案してくる。


(ダメだ。うかうかしていたら、三組織の睨みと、天使族の感謝と、王族の厚意で俺がもたない)


 祝宴は夜更けまで続いた。俺は、杯をほどほどにしながら、ずっと王城からの脱出を考えていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――その夜更け。


 王城の廊下は、静まり返っていた。酔いつぶれた貴族たちは部屋に運ばれ、近衛たちの足音だけが遠くで響いている。


 俺は、借りていた客間に戻り、最低限の荷物をまとめた。往診道具一式と、薬材少々。あとは、ボロい上着。


(加護…。侍従医…。その能力や立場でしか得られないものもあるだろう。でも、それを受け取ったら最後、俺はその能力に、その肩書に、彼らの期待に、“縛られる”。)


 俺は、医者を志したオリジンを思い返す。


「――よし」


 小さく呟き、部屋の鍵をそっと机の上に置く。


 廊下で関係者に絡まれるのは面倒なので、途中までは窓から降りて庭を突っ切ることにした。ただ、さすがに城壁は越えられない。ここから先は、おとなしく正面から行くしかない。


 夜番の近衛には、軽く頭を下げた。


「急患がいるようでして。城下の患者の様子を見てきたいのですが」


「この時間にか?」


「病は時間を選ばないんですよ」


 もっともらしいことを言うと、彼は困った顔で笑い、通行を許可してくれた。彼もまた俺が治した患者の一人だ。俺がどういう人間なのかわかっていたのだろう。


 城下の大通りを早足で進んでいく。


 正門前で、憲兵隊の一団と出くわし、隊長と目が合う。


「……お前の事だ。今日辺りにでも抜け出すと思っていた。Dr.クルトス」


「よくご存知で。…捕まえて王城に連れ戻しますか?」


 隊長は悪い顔をして笑った。


「まさか…!今晩も我々は抜け目なく巡回していたが、怪しい人影はなかったと報告するだけだ。」


「…助かります。次、憲兵隊のどなたかが受診された際は吹っかけてやろうと思ってましたが、止めときます。」


 憲兵隊は皆バツが悪そうに顔を背ける。


「…許せ。職務には忠実でありたいだけだ」


 隊長は苦笑いしながら、門兵に合図を送る。


「門を開けろ。――彼を通せ」


 重い扉が開く。夜風がひやりと頬を撫でた。


 振り返れば、アルセディア王国の城が、静かにそびえ立っている。あのどこかの窓の向こうで、たぶんまだ、カトリーナ様はぐっすり眠っているだろう。


「お大事に、カトリーナ様」


 小さくそう呟いて、俺は王都の外へと歩き出した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――それから、数ヶ月後。


 場所はアルセディア王国の隣国、都市連合国家バルメリア。

 この国も王国と変わらないレベルで酷かった。怪我人や病人は、教会か薬屋か、よくわからない呪術師のところに行くのが相場だった。


「はい、次。…昨日より咳、減ってますね。薬はちゃんと飲みましたか?」


「飲んだだよ、Dr.クルトス。あの苦げぇやつ……」


「よし。じゃあ、今日からは量を減らします。代わりに、外に出て日を浴びてください。あと、栄養があるものをたべること。いいですね?」


「わかっただ!」


 バルメリアの下町にある、ちょっと大きめの長屋の一室。そこを一時的な診療所兼寝床にして、俺は相変わらず“街医者”をしていた。


 アルセディアを出てから、噂と紹介に流されるまま、ちょっとした町や村を転々としながら患者を診て、気づけばここまで来ていた、というわけだ。


「……ふぅ」


 最後の患者を見送り、俺は背もたれのない椅子にどさっと腰を下ろす。


(今日はこれで終わり、だな。あとは薬の在庫整理して、明日の往診予定を……)


 そう思って立ち上がろうとしたところで――外が、急に暗くなった。


「……ん?」


 昼下がりの陽光が、影に呑まれたみたいに一瞬で弱まる。続いて、窓から差し込む光が、妙な色に変わった。白いような、金色のような、目に刺さるような眩しさ。


 次の瞬間。


 ドン、と空気が震えた。


 建物全体がびくりと揺れ、棚に置いていた瓶がカタカタ鳴る。


「お、おいおい……まさか、どこかで爆発でも――」


 嫌な予感しかしない。俺は診療道具だけ掴んで外に飛び出した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 外は、ちょっとしたパニックだった。


 空の一角に、巨大な光の柱が立っている。光はやがて細くなり、一点に収束して――ゆっくりと地上に降りてきた。


 その真下。市場の広場ど真ん中で、バルメリア市民が口をあけて突っ立っている。


(……あー)


 もう、この時点で嫌な予感しかしない。


 光の輪郭が人影を形作り、やがて――翼が、見えた。


 純白の翼。頭上の光の輪。天使族だ。


(…………)


 いや、一応言っておこう。天使族が人間の国に姿を現すこと自体、結構珍しい。しかも、こんな派手な演出付きでやることなんて、もっと珍しい。


 もっとも。


 その“天使”が、まっすぐ、こちらに向かって歩いてくることは――ものすごく、嫌な予感しかしない。


 近づいてくるにつれ、その姿がはっきりしてくる。


 淡い金髪は、前よりも少しだけ伸びて、光を受けてさらさらと揺れている。体つきも、病に蝕まれていた頃とは違い、健康的な肉付きをしている。顔立ちは、そのまま“美少女”から“美女”に進化中、というところか。


 そして、なにより。


 あの、虚無に満ちた瞳が――今は、光を発して、まっすぐに俺を見据えていた。


「……見つけました」


 天使族の少女――いや、もう少女と言っていい年頃か怪しい、美貌の天使は、そう言って微笑んだ。


「お久しぶりです、Dr.クルトス」


「…………」


 …カトリーナ様のご登場である。


 てか、敢えて触れなかったんだけど、成長し過ぎじゃない?この子、俺より頭一つ分、背が高いんだけど…。


 俺は見上げて、彼女と向き合っていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「こ、この方は……?」


「天使様……?」


 周囲の人々がざわつく中、俺は一歩前に出た。


「……ご無沙汰しております、カトリーナ様。お加減は?」


「ええ。お陰様で変わらず絶好調です」


 カトリーナ様は胸に手を当て、少し誇らしげに言う。


「“Dr.クルトス”の診断の通り、再発の兆候もありません。食欲も睡眠も良好。今世に生まれたことに日々感謝して、私を必要とする人たちの為に精進しております」


「それは何よりです。それじゃあ、よかった、ということで――」


 カトリーナ様が、すっと俺の手首を掴んだ。


「一つだけ、良くないことがあります」


「……え?」


 俺が聞き返すより早く、その手にぐい、と力が込められる。


 見た目は麗しき美女でも、中身は天使族。つんのめりそうになったところを、逆に引き寄せられて、あっさり距離を詰められた。


「Dr.クルトス」


 真正面から見つめられると、もう逃げ場も言い訳もない。


「あなたは――お痩せになられた」


「うーん、まぁ…いつもこんなもんですよ」


「違います。前より、2.8kg減っています」


「何その具体的な数字!?こわっ!」


 素が思わず出てしまう。


「“健康”というものをご存じですか?私が治療を受けている時、あなたはあれほど私に栄養を摂れ、水分を摂れ、睡眠をとれ、と言っていたのに」


「い、いや、それは患者だからであって」


「では、治癒師なら健康を損ねてもいい、と?」


「…………」


 つ、強い。何を言っても叩き潰される未来しか視えねぇ。


 カトリーナ様は一歩近づく。影がかかって、俺の視界が大半彼女に奪われる。


「あなたは、私の恩人です。命を救われました。…その方が、不健康な顔をして、疲弊して、倒れそうなまま診療を続けている。その事実が――」


 一拍。


「私には許せません」


 静かに、でも強い声だった。


「ですので、私はあなたを迎えに来ました」


 そう言って、彼女は俺に抱きつく。


 あ、すごい…。柔らかい…。包まれるような優しい温もり…。これが正しく天使の抱擁というものか…。


 って、違う違う!?


「ちょ、ちょっとカトリーナ様!?い、一体何を!?」


「ハグですよ?こうしないと危険ですし?」


「何をするつもり!?」


 バルメリアの市民が、完全に固まりながら見ている。


「Dr.クルトス!」


「天使様に抱かれている!?」


「しょうがねぇ、あの人はいつかあーなると思ってた」


 勝手なことを言うな。


「カトリーナ様、本当に何を――」


「天界に来てもらいます」


「天界!!?」


「あなたを健康にし、ちゃんと食事を取らせ、眠らせ、休息できる環境に移します。ついでにお伝えすると、御子様があなたを正式に“専属治癒師”として迎えたいそうです」


「聞いてない!!」


「言えば逃げると思いました」


「ちくしょう!正しいから何も言えねぇ!!」


 俺の抵抗を軽々といなしながら、カトリーナ様はふわりと翼を広げる。


「どうせなら、もう一つ」


 彼女の声に振り向くと、真っ直ぐな瞳が俺を射抜いた。


「私、あなたの寿命が来る前に言おうと思っていたのですが――」


「待って、わからないけど、聞きたくない!」


「必要になったら、あなたを若返らせて寿命も延ばせます。私、早々に未亡人にはなりたくないので。」


「あーーーー!天使って倫理観無いの!?俺の意思は!?ねぇ!!?」


「あなたはいつも患者の意思を尊重します。――では、あなたが“患者”の場合、誰があなたの意思を汲み取ってくれるのですか?」


「…………」


 この天使、マジ強い。


 ドロっと甘くて。


 ほんのり重くて。


 けど、そんな彼女に思われることに悪くないと思ってしまっている俺がいる。


「では、行きましょう。Dr.クルトス。あなたは、私が治療します」


「その言い方は、反則だろ……!」


 抵抗の余地など与えず、カトリーナ様は俺を抱えたまま――天へ。


 眩しい光が降り注ぎ、体が浮き上がる。


「おい!!誰か!!仕事が!往診の予定が!!俺の自由が!!!」


「大丈夫です。関係者には、後で天使族から丁寧に説明しておきます」


「誘拐の後始末を公然とするな!!」


 市民たちが手を振り、憲兵たちも見上げて敬礼し、子どもたちが叫ぶ。


「Dr.クルトスー!天界でもがんばれー!」


「戻ってきたら、また診てもらうねー!」


「無理だ。諦めろ、あれは戻ってこない!」


 やかましい。


 そして俺は、そのまま光と共に天空へ吸い込まれていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 天へと昇る光の中で、俺はようやく観念した。


(……ああ、もう。どこまで本気なんだ、この子は)


 腕の中のカトリーナ様を見ると、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。その笑みは、病に伏していた頃のものとは違う。


 生気があって、温かくて、そして――俺にだけ向けられた、決意めいた笑顔だった。


「Dr.クルトス」


 耳元で囁かれる声が、やけに優しい。


「あなたがどれほど逃げても、私は必ず見つけます。だって――私は、あなたに命を救われたのですから」


「……その義理で生涯ついてこられても困るんだが」


「義理ではありませんよ」


 カトリーナ様の瞳が、ふわりと細められる。


「私は、あなたを心から尊敬していて……。そして、それ以上に――大切に思っています」


「……っ」


 直球を、真正面から投げ込んでくるな、この天使は。


「だから、私は捧げると決めたのです。あなたがどこへ行っても、何歳になっても、――私の生涯を、すべて」


「そ、そんな壮大な宣言をさらっとするな!!心臓に悪い!!」


「なら、心臓も治して差し上げます。ずっと」


「意味が違ぇ……!」


 光がさらに強まり、視界が真っ白に包まれる。


 あぁ、これは本当に天界に連れていかれるやつだ。俺の自由は、今日をもって終わりだ。治療道具を持つ手も、往診に出る足も、もう俺の自由意思だけでは動かせなくなるだろう。


 でも――


(……まぁ、悪くないか)


 心のどこかで、そう思ってしまった自分がいた。


 こうして俺は。


 “スキルで完治させた超絶美少女”だった天使に。


 そして、“デレて病み気味な美女”へ進化した彼女に。


 ――生涯を捧げられる形で、連行されていった。


 俺の治癒師人生はまだ続く。だが、今は“俺自身の健康”から治療されるらしい。


(…いや、やっぱりそれは勘弁してほしいんだけどな!!!)


 空の向こうへ消える直前、カトリーナはなぜかご機嫌に呟いた。


「不束者ですが、よろしくお願いします。クルトス様。――生涯ずっと、あなたをお慕いしております」


 その声だけが、やけに心に響いた。



他短編・連載小説も投稿してます。良ければそちらも御覧ください。



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感想、ご指摘あればください。力になります。

引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
ちょうど良い長さで読みやすく、内容も面白かったです 天界編とか続きも色々膨らませそうで楽しい話でした
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