ひとりで食べる昼ごはん
昼休みのチャイムが鳴り、
教室が一気に賑やかになる。
机をくっつけて輪を作るグループ、
廊下へ飛び出していく男子たち、
お弁当を見せ合う女子たち。
その中で、白川澪はひっそりと席を立った。
今日こそ、少しは誰かと近くで食べてみよう──
そんな淡い期待を抱きながら。
しかし。
「ここ座っていい?」
「え、あ……ごめん、もう人来るから」
「白川さん、その席取ってあるよー」
「……ごめん、別のとこ行って?」
澪が声をかけようとした机は、
どれも“取ってある”と言われた。
実際には誰も来なかった。
それでも澪は笑顔で頭を下げ、
「うん、ごめんね……私が早く動きすぎちゃった……」
と、いつも通り自分を責めた。
そして気づけば、
また教室の一番後ろの棚の横で、ひとりでお弁当を広げていた。
(……どうしてだろう。
前はこんなこと、なかったのに……)
胸が少しだけ痛い。
けれど澪は、
“誰のせい”にもできなかった。
(私が変だから……
みんなの輪に入れないのは、私が悪いから……)
そう思い込むことでしか、心を守れない。
お弁当を開け、
黙々と食べていると、
近くを通り過ぎた女子たちの声が聞こえた。
「ほら、今日も後ろでひとりだよ」
「ほんと……話しかけにくいオーラ出してるよね」
「佐久間くんと話してる時だけ元気になるの、ウケるんだけど」
澪の箸が止まった。
(ちがう……ちがうよ……
そんなつもりで話してないのに……)
そう思っても、
声にする勇気はない。
女子たちは澪を一瞥し、
見なかったふりをして去っていった。
“無視”。
それが、彼女たちの次の段階だった。
澪の胸は締めつけられ、
呼吸が浅くなっていく。
(……学校って、どうしてこんなに……怖いんだろう)
初めて、そんな言葉が浮かんだ。
午後の授業前。
澪が廊下で水を飲んでいると、
佐久間遥斗が近づいてきた。
「白川さん……今日お昼、ひとりだった?」
澪は慌てて笑顔を作る。
「ううん、大丈夫。
私、ひとりでも平気だから……」
「平気に見えなかったよ」
澪の指が微かに震えた。
「……見てたの?」
遥斗はうなずく。
「教室の後ろで食べてたでしょ。
声、かけようとしたんだけど……
白川さん、ずっと下向いてたから」
澪の胸がぎゅっと締まる。
(見られてた……
ひとりでいるところ、見せちゃった……)
恥ずかしいわけじゃない。
ただ、迷惑をかけてしまった気がして、胸が痛い。
「ごめんね……
私が変だから……」
「違うよ」
遥斗は即座に言った。
「変なんかじゃない。
むしろ……みんなのほうがおかしい」
澪の目が揺れた。
そんなふうに言われたのは、
生まれて初めてだった。
でも──
(ダメだよ……
そんなこと言ったら、遥斗くんが……巻き込まれちゃう)
澪は首を振る。
「……お願い、気にしないで。
私は本当に、大丈夫だから……」
遥斗の表情が暗くなる。
“本当は大丈夫じゃない”
ということに、気づかないわけがない。
でも、これ以上追い詰めたら、
澪が壊れてしまうような気がして。
それ以上、何も言えなかった。
放課後。
澪が下駄箱で靴を履き替えていると、
視線を感じた。
振り向くと──
影のように神谷空が立っていた。
「今日も……ひとりで食べてたね、澪」
その声は静かで優しいのに、
足元に冷たい影が落ちるようだった。
「えっ……な、なんで知って……」
「見てたんだよ。ずっと」
澪の心臓が跳ねる。
空は歩み寄り、澪の肩に手が触れそうな距離で立つ。
「澪はね。
誰かと一緒じゃなくても平気なふりをするけど……
本当は寂しい子なんだよ」
その声は甘く、
同時に逃げ道を奪うようだった。
澪は無理に笑った。
「ひとりでも……私は大丈夫だよ……」
空はじっと澪の顔を覗き込み、
ゆっくり微笑んだ。
「……そう言うところが、心配なんだよ」
その笑顔は、優しいのに重たい。
まるで澪の世界をそっと閉じるような、
そんな温度だった。
今日もまた──
澪はひとつ、深呼吸をすることを忘れた。
そして、孤独は徐々に“当たり前”になっていく。




