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最初の騒音

昼休みの教室は、いつもよりざわざわしていた。

誰かの笑い声、誰かの呼びかけ、誰かの文房具が落ちる音。

そのひとつひとつが、澪には遠い世界の出来事のように感じられる。


白川澪は、窓際の席で静かにお弁当の蓋を開けた。

卵焼きと少しの野菜、白いご飯。

他の子たちの華やかなお弁当とは対照的だが、澪は特に気にしない。


ただ、周りの空気のざわつきが、

今日はやけに強く胸に引っかかった。


ふと、目の前を村上美桜が通り過ぎる。

その横で佐野梓と江藤莉奈が何かを囁いていた。


「ねぇねぇ、見た? さっきの廊下の白川さん」


「うん、なんか佐久間くんと話してなかった?」


「マジで? あの子、急に男と仲良くなりにくる系?」


ひそひそ声は小さかった。

けれど澪の席は近く、言葉はすべて届いた。


澪の手がとまり、

卵焼きの端が箸から落ちそうになる。


(……違う。別に仲良くなろうとしたわけじゃ……)


その思いは口に出せない。

ただ、静かにうつむく。


「てか白川さんって、なんか“いい子”って感じでさ。

男子の前だけで喋るの、ちょっとウケるよね」


その言葉に、澪の胸の奥がチクリと痛んだ。


言いたいことはあった。

でも──


(私が変な行動してたのかも)


まずそう思ってしまう。


澪が下を向いていると、

コン、と机に何かが当たる音がした。


顔を上げると、美桜が教科書を戻しながら、わざとらしくため息をついていた。


「通りづらかったんだけど。

通るとき、気づいてどいてくれればいいのに」


澪は慌てて立ち上がり、机を引いた。


「ご、ごめんなさい……気づかなくて……」


「まあいいけど。ほんと気が利かないよね」


その一言が、

澪の胸を深く抉った。


怒りでも反発でもなく、

ただ、申し訳なさがじわっと込み上げる。


(私……ちゃんと周りを見てなかったんだ……)


本当は、美桜がわざと澪の机の横を選んで通ったのに。

澪はそれすら自分のせいにしてしまう。


そのとき。


「白川さん、それ……無理にどかなくてよかったんだよ?」


優しい声がした。

佐久間遥斗だった。


澪は驚き、少しだけ肩をすくめた。


「え……で、でも……私が邪魔してたから……」


「邪魔じゃないよ。普通に座ってただけ。

気にしすぎ」


遥斗は自然に言う。

怒っているわけでもなく、責めてもいない。


ただ澪の“自分を責める癖”をやわらかく否定してくれる。


その温度が、胸の奥にじんわり広がる。


(……救われる、ってこういう感じなんだ……)


久しく忘れていた感覚だった。


しかし、その様子を

少し離れた場所から見ていた女子たちの視線は険しい。


「なにあれ、佐久間くん、優しすぎじゃない?」

「白川さんってほんと“男ウケ”だけはいいよね」


その陰口は澪の耳に届かなかったが、

空気が冷えていくのはわかった。


澪は小さく俯いた。


(……やっぱり私のせいだ。

きっと、余計なことしちゃったんだ……)


遥斗が何か言おうとした瞬間、

チャイムが鳴り、昼休みが終わる。


澪は慌てて席に戻り、

胸の奥のモヤモヤを抱えたまま、授業の準備を始めた。


放学後。

校門を出ると、夕暮れの光の下にひとりの影が立っていた。


神谷空だ。


「澪。今日も遅かったね。大丈夫?」


笑顔なのに、澪の胸はなぜか強く締めつけられる。


「う、うん……ちょっと教室で片付けを……」


空は一歩近づき、

澪の顔を覗き込んだ。


「疲れてる顔してるよ。

……なんかあった?」


その声は優しい。

でも澪は胸の奥がざわっと波立つのを感じた。


(……どうしてだろう。

優しいのに、息がしづらい……)


空の前では、

自分の“弱さ”や“不安”を言ってはいけない気がした。


だから澪は、曖昧に笑うしかできなかった。


「大丈夫。

私の……気のせいだと思うから」


空の影が夕陽に伸び、澪の足元に重く重なっていった。


それは──

誰にも気づかれないまま、澪の世界に入り込み始めた“最初の騒音”だった。

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