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温度の違うふたつの優しさ

翌日の朝。

白川澪は、いつものように教室の隅で静かにノートを広げていた。


勉強しているわけでもない。

ただ、何かに集中しているふりをすれば、

誰にも話しかけられずに済むからだ。


窓から差し込む日差しが、澪の髪を淡く照らす。

少しだけ暖かい。

少しだけ落ち着く。


そんなとき。


「白川さん、おはよう」


不意に柔らかい声が落ちてきた。


澪はびくっとして顔を上げる。

そこには佐久間遥斗が、いつもの静かな表情で立っていた。


「……お、おはよう……」


澪の声は少し震えた。

男子と話すのは苦手だ。

誰に対しても壁を作ってしまう。


だが、遥斗は気にした様子もなく、

机の端に軽く寄りかかった。


「昨日、掃除の片付けしてたよね?

あれ、すごいと思った」


澪は思わず目を丸くした。


「え……? あ、うん……

ただ、散らかってると気になって……」


「気になるからって、みんながやるわけじゃないよ。

やれる人って、そういないと思う」


その言葉は、

責めるでも、重ねるでもなく、

ただ事実を優しく認めてくれるだけ。


澪の胸がふわっと温かくなる。


(……こんなふうに言われたの、いつぶりだろ……)


誰にも気づかれずにしていた行動を、

“見ていた”というだけで涙が出そうになるほど嬉しい。


遥斗は続けた。


「それに、白川さんって……いつも気を使ってる感じするけど、

実はけっこう頑張ってるでしょ?」


澪は慌てて首を横に振る。


「ち、ちがうよ! 頑張ってるってほどじゃ……

私、ただ……迷惑かけたくなくて……」


その言葉を聞いた瞬間、

遥斗は目を細めて、小さく微笑んだ。


「迷惑なんてかかってないよ。

むしろ、助けられてる人のほうが多いと思う」


澪は息を飲んだ。


迷惑をかけまいと必死で気配を消して生きているのに、

「助けられてる」と言われたのは初めてだった。


胸がじんと熱を帯びる。


“軽い”優しさ。

押し付けでも“過剰な心配”でもない。

ただそばにいてくれるような、

澪が久しく忘れていた“温度”。


澪は、気づけば自然に笑っていた。


「……ありがとう。そう言ってもらえたの、初めて……かも」


遥斗は「そっか」と優しく頷く。


(……この人と話してると……息がしやすい……)


心の奥で、そんな言葉が生まれていた。


放課後。


澪が校門を出た瞬間、

前方にひとりの影が立っているのが見えた。


神谷空──邻居哥哥。


「澪、今日遅かったじゃん。ずっと待ってたよ」


その声は穏やかだ。

けれど、その“穏やかさ”は澪の胸にズン、と重く落ちる。


「ご、ごめん……ちょっと片付けしてて……」


空はすぐに近づき、澪の肩をのぞきこむ。


「本当に大丈夫? 学校で嫌なことない?

澪は無理しちゃう子だから、俺が見てないと心配で」


言葉は優しい。

しかし、その“優しさ”が澪を締めつける。


(……なんでだろ……

優しいのに……苦しい……)


澪は胸がぎゅっと縮むのを感じた。


空は続ける。


「何かあったら、全部俺に言っていいから。

澪のことなら、俺が一番よく分かるからね?」


その言い方は、

まるで澪の“生き方”にまで手を伸ばそうとするかのようだった。


対して、遥斗の言葉は──

「困ったら言ってね」

それだけ。


押し付けない。

束縛しない。

距離を守る優しさ。


澪はふと、今日の遥斗の笑顔を思い出した。


なんでだろう。

同じ「優しさ」なのに、

こんなにも温度が違う。


ひとつは、そっと触れる風のようで。

もうひとつは、肌に貼りつくように重たい。


空と歩く帰り道、

澪の胸はどこか苦しく、

ほんの少しだけ、足取りが重かった。


そしてその“重さ”こそが──

未来に続く深い影の、最初のかけらだった。

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