消えていく持ち物
翌日の三時間目。
数学の時間になると、白川澪は筆箱を開いた。
しかし──
「……え?」
いつも右側に入れているシャープペンが、ない。
代わりに、見覚えのない折れた鉛筆が一本入っている。
澪は慌てて筆箱の中を探った。
消しゴムも──ない。
昨日まで確かにあった。
一昨日も。
その前も。
(どうしよう……
どこに落としたんだろう……)
胸がざわざわと騒ぎ始める。
そのとき、前の席から美桜がふっと振り返った。
「白川さん、どうしたの? 書くものないの?」
澪は小さく首を振った。
「あ、ううん……ちょっと……見つからなくて……」
梓がわざとらしく笑う。
「また? 最近よくなくすよね〜。
机の整理できてないんじゃない?」
莉奈も続けて言う。
「この前もプリント落としてたよね。
ちゃんとしてないと、物ってなくなるよ?」
澪の胸がズキッと痛む。
(そっか……
私がだらしないから……
だから、なくなっちゃったんだ……)
本当は机の中もきれいに整えている。
落とした記憶もない。
でも澪は自分を疑う。
「……ごめんなさい。気をつけるね……」
謝る必要などないのに、
口が勝手にそう動いてしまう。
美桜は一瞬だけ、
澪の筆箱をじっと見つめた。
その目線には、
──何かを“確認する”ような意味があった。
澪は気づかない。
ただ、心が冷たくなるのを感じるだけ。
休み時間。
澪は机の下、ロッカー、廊下、
思いつく場所を全部探した。
だが、シャープペンは見つからない。
代わりに──
澪が机を離れたわずかな時間、
数学のノートが床に落ちていた。
汚れた靴跡が、端に薄くついている。
(……どうして……?)
澪の指が震えた。
まさか、誰かがわざと──
そんなこと思ってはいけない。
「私が落としたんだよね……
ちゃんと気をつけなきゃ……」
自分に言い聞かせるように呟いた。
しかしそこへ、
じっと澪を見つめる視線があった。
佐久間遥斗。
彼は澪の手から落ちたノートを取り上げ、
靴跡を見つめた。
「白川さん。
これ……本当に自分で落としたの?」
澪は強張った笑みで答える。
「う、うん……私、よく物落とすから……
自分のせいだと思う……」
遥斗は“No”と言いかけたが、
その言葉を飲み込むように唇を閉じた。
“違う”
“絶対に違う”
そう確信している目だった。
しかし、澪が怯えるように笑うのを見て、
強く言えなかった。
遥斗は静かに、
しかし確かに言った。
「……白川さん。
人のせいではなくてもいいけど、
自分のせいにしすぎるのは……よくないよ」
澪は一瞬、目が揺れた。
胸の奥に刺さっていた棘に、
誰かがそっと触れた気がした。
(……でも……
自分のせいにしたほうが楽なんだよ……)
言いたかったけれど、
言えなかった。
放課後。
下校の準備をしようとしたとき、
澪はまた気づく。
──今度は、教科書が一冊消えていた。
「……え……?」
探しても探しても見つからない。
美桜たちは、
遠くから澪の慌てる様子を見て笑っている。
「またなくしてる」
「ほんとドジ」
「管理できない子って大変だね」
澪の指が震える。
(……どうして……どうして……
私……そんなにダメなんだろ……)
胸が締めつけられる。
涙がにじみそうだった。
でも、泣けない。
“泣いたら迷惑だから”。
そう思った瞬間だった。
夕暮れの昏い光の中から、
影が伸びた。
「澪」
神谷空がいた。
穏やかな笑顔。
しかし澪の心は冷たく震える。
「今日もまた……探し物?」
言葉はやさしいのに、
その声は逃げ道を塞ぐように聞こえた。
澪は震える声で笑う。
「う、うん……
私、ほんとに……だらしなくて……」
空は澪の髪に触れそうなほど近くまで顔を寄せ、
「……澪が悪いんじゃないよ」
と囁いた。
そのやさしさは、
なぜか
誰よりも冷たく感じた。
“消えていくもの”は、
文具だけではなかった。
澪の気力。
澪の自尊心。
澪の声。
すべてが
静かに
確実に
消え始めていた。




