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引きこもりの義妹の相談に乗っていたら、いつの間にかめっちゃ好かれてた件

作者: 墨江夢

「ごめんなさいね。あの子、部屋から出ようとしないのよ」


親父の再婚相手との顔合わせの日、最初に教えられたのは娘の現状だった。


2年前の夏、俺・園部晴人の人生に転機が訪れた。親父が再婚することになったのだ。

母さんと離婚して、早10年。男手ひとつでここまで育ててくれた親父には、感謝しかない。


親父は申し訳なさそうに、「父さん、再婚しても良いかな?」と尋ねてきたけれど、ようやく親父が自分の幸せを見つけられたんだ。もちろん賛成だし、むしろ嬉しいとさえ思っていた。


再婚の話はスムーズに進み、その年の秋には一緒に暮らすことになった。


新しい家族、新しい生活……。不安がないと言えば、嘘になる。しかしそれ以上のワクワクがあったのも、また事実だ。


「いらっしゃい。……いいえ、おかえりなさい」


そんな柔らかな継母の笑みと共に迎え入れられた新しい我が家でーー俺は義妹の静奈と出会った。


年は2つ下の14歳。

顔を合わせたのは一度だけだったし、顔のほとんどがフードで隠れていたけれど、「可愛らしい子だな」ということはわかった。


静奈は中学2年生。

中学校にも慣れ、部活動も中心的存在になり、また高校受験に向けて本格的に進路を考え始める時期。

……本来ならば。


静奈は、引きこもりだった。

精神的なものが要因らしい。彼女はたとえ新しい家族であったとしても、顔を合わせようとしなかった。


「年の近い晴人くんとなら、仲良くできるかもしれないわね」


義母さんから期待されて、張り切ってしまったのだろう。俗に言う、若気の至りというやつだ。


俺は静奈の部屋の前に行き、扉をノックした。


「……………………」


当然中からは、何も返ってこない。


俺は扉に寄りかかると、そのまま座り込んだ。


「俺は毎日この家にいるからな。毎朝ここで起きて、毎晩ここで寝る。だから、急ぐ必要なんてない。話したい時に、話したいことを話してくれ。いつでも、何時間でも聞いてやるからさ」


有言実行と言わんばかりに、俺は扉越しに毎日そんな言葉をかけ続けた。


それから2年。引きこもりだった俺の妹はーー


「おかえりなさい、兄さん!」


……エプロンだけを身に付けて、俺の帰宅を待つようになっていた。





しつこいくらいの俺の声かけが功を奏したのかはわからないけれど、静奈は自室から出られるようになっていた。

俺だけでなく、父さんや義母さんとも普通に会話している。兄として、大変喜ばしいことだ。

喜ばしいのだが……


「静奈、どうしてエプロンしか着ていないんだ?」

「失礼な! きちんと水着も着ています! めっちゃエロいやつ!」

「おかしいな。どうして俺が常識はずれみたいな感じになっているんだろう?」


部屋から出た静奈は、それはまぁズレた方向に成長していた。


裸エプロンで俺の帰りを待つことから始まり、手作りの晩ごはんにはなぜか俺の分だけウナギやらスッポンやらが入っている。

更には「寒いから」と俺のベッドに潜り込んでくる始末。今8月なのに。

中学校で義務教育を受けられていなかったからかな? 静奈には、社会的通念というものが欠如していた。


「いいかい、静奈。水着とは、プールや海で着用するものなんだ。自宅で身に付けて、兄の帰りを待つためのものじゃない。制服を着ろとは言わないけど、家では部屋で着ているような服をきちんと着なさい」

「そんな……兄さんは、私にエプロンと水着まで脱げと言うのですか?」

「お前は部屋でなんて格好をしているんだ!?」


今後静奈の部屋に入る時は、ノックすることにしよう。絶対に。


「家では全裸か裸エプロンだなんて……義母さんは、何も言わないのかよ」

「何も言ってきませんね。なぜならお母さんには、まだバレてないから!」


確かに、両親の前だと普通にスウェットを着ているんだよ。いや、俺の前でもきちんと着ろよ。


今この世で静奈と一番会話ができているのは、間違いなく俺だろう。傲慢に聞こえるかもしれないけれど、それに関しては自信がある。

だからこそ、思う。彼女に「常識」を教えられるのもまた、俺しかいないのだと。


「静奈、そこに座りなさい」

「はーい」

「あぐらをかくな! 正座をしなさい!」


美少女のエプロン×水着×あぐらは、破壊力がありすぎる。思春期男子高校生には、効果抜群だ。


常識を教えるのは大切だけど、その為に頭ごなしに怒ったりはしない。静奈がまた心を閉ざし、再び部屋の中にこもってしまっては、元も子もない。


だから優しく、あくまで諭すように彼女に伝える。


「俺は静奈に、「普通」を押し付ける気はない。あくまで静奈の個性を尊重する。その上で聞いて欲しいんだが……家ではエプロンと水着しか着ない。もしかしたら静奈にとって、それは普通のことなのかもしれない」

「普通なわけないじゃないですか。兄さんって、もしかしてバカ?」


この野郎……っ。


「普通じゃないなら、どうしてこんなことするんだ? わけがわからない」

「「どうしてこんなことをするのか」、ね。教えてあげても良いけど……」


そこまで言ったところで、静奈はニッと葉を見せて笑う。


「わけがわかったら、教えてあげても良いですよ」

「……?」


理由がわかったら、教えてもらう必要がなくなるじゃないか。


家族になって2年が経つけれど、俺は未だに義妹のことを理解できないでいた。





「おかえりなさい、兄さん!」


この日もいつもと変わらず、静奈は俺の帰りを待ってくれていた。……エプロンと水着姿で。


「チッチッチッ。それは違いますよ、兄さん。今日の私は、昨日の私とは違うのです」

「違う? いつもみたいに、ちゃんと服を着ていないじゃないか」

「はーあ。女の子の違いがわからないなんて、だから兄さんはモテないんですよ。実はですね……今日の私は、水着を変えたんです!」

「わかるわけないだろ!」


水着はエプロンによって完全に隠されており、言われなければ裸エプロンだと誤認するくらいだ。水着の変化なんて、わかるわけがない。


「まったく。バカやってないで、早く中に入らせろ。こっちはテスト前で忙しいんだよ」


言いながら、俺は靴を脱ぐ。

自室へ向かおうとした時、カバンから1枚の紙が落ちた。


「兄さん、何か落ちましたよ」

「ん? ……って、待て。それを拾うな」


静止する間もなく、静奈は落ちた紙を拾う。それは……俺宛てのラブレターだった。


「……何……これ?」

「……生徒会新聞だよ」

「そんなわけないじゃないですか。学校に行っていない私でも、違うことくらいわかりますよ。……これ、ラブレターですよね」


いくら常識のない静奈でも、流石に誤魔化せなかったか。俺は観念して、これがラブレターだと認めた。


「兄さん、何でラブレターなんて受け取ったんですか?」

「そんなの、渡した張本人に聞いてくれ」

「茶化さないで下さい」

「……」


俺は静奈の目を見る。

この目を、俺は知っている。この目は……静奈が真面目な話をしている時の目だ。


過去に彼女が俺の前でこの目をしたのは、たったの一度だけ。自身が不登校になった理由を、俺に打ち明けた時だけだ。


ラブレターの話が、不登校になった原因と同じくらい重要な話だとでも言うのだろうか?


義妹が真面目な話をしている時は、俺も真面目に答える。自室に閉じこもる彼女と向き合おうと思った時から、俺はそう決めている。

俺は諦めて、ラブレターを受け取った経緯を話すことにした。


「前に一緒に、文化祭の実行委員をやった子でな。俺の真面目なところに、惹かれてくれたんだってよ。そんな大層な人間じゃないのにな」

「……どんな子なんですか?」

「大人しい子だよ。校則や常識をきちんと守る、立派な子だ」

「……好きなんですか?」


「好きなのか?」。そう尋ねられて、俺は答えに詰まった。


「……わからない。ただ、嫌いではないと思う」


だからこそ、付き合ってみるのも悪くない。互いを知っていって、そして芽生える恋心もあるだろう。そんな風に思っていた。


「……嫌いです」


か細い声で、しかしはっきりと、静奈はそう言った。


「嫌いって……お前は彼女に会ったことないだろう?」

「違います! 兄さんなんて嫌いだと言ったんです!」


静奈の言葉に、俺は心の底からショックを受けた。

誰よりも、静奈の心を掴んでいる。そう信じていたからこそ、ダメージも大きかった。


「兄さんなんて嫌いです! 女の子に告白されてモテたと勘違いするし、女子の制服姿をいやらしい目で見ているし!」

「いや、見てねーよ」

「そのくせ私の裸エプロンには何の感想も口にしないし! いっつも怒ってばっかり! こんなに頑張ってるのに!」


頑張っている? 静奈は何を言っているんだ?


「兄さんには、たくさん友達がいる。男の子も女の子も、仲良い子が沢山いる。だけど、私には兄さんしかいない。兄さんしかいないんですよ。だから……「兄さんにとっての1番」だけは、誰にも譲らないでよ」

「……」


静奈の言いたいことが、なんとなくわかったように感じた。

静奈は俺のことが嫌いだと言っていたけれど、それってーー


「お前、もしかして俺のことーー」

「好きです。兄さんのことが、誰よりも好きです」


裸エプロンで俺を出迎えたり、夜這いを仕掛けたり。

「どうしてこんなことをするのか?」と尋ねても、静奈にはぐらかされてきた。

「わけがわかったら、教えてあげる」。そのわけがようやくわかった気がする。


そしてもう一つ、わかったことがある。

俺にとっての一番は、やっぱりこの義妹なんだということだ。


「……お前への気持ちが、恋心なのかはわからない。ただ、なんだ? 少なくともこれからは、お前のことを一番に考えるよ」

「今はそれで良いです。兄さんの気持ちが私のそれより大きくなるように、もっと頑張りますから!」


「ニシシシ」と愛らしい笑みを浮かべる静奈に、俺はドキッとなる。もちろんそんなこと、口が裂けても言わないけど。


「それじゃあ、夜ご飯の支度をしますね」


そう言ってキッチンへ向かう義妹に、俺はひと言告げるのだった。


「おい静奈、せめて水着くらいは着てくれ」

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