七章 ウィングクロス 2
テストを受ける為、センリについて受付のある建物を出ると、中庭のような所に案内された。鍛錬場だという。
言われてみれば確かに、煉瓦塀から三メートル程離れた場所に案山子が五つ並んでいる。どれも使い込まれているのか、斬られた跡や叩かれてボロボロになっているものがあった。
「ここで自分の技を披露してもらう。恐らく問題ないと思うが、まずはリド」
名前を呼ばれたリドは頷く。今朝方、鍛冶屋から引き取ってきたばかりの研ぎたてのダガーを二本構える。一度クロスさせ、それを横に振り抜いて走り出す。
そして、案山子の一体に急接近し、斬撃を繰り出した。
ガガン!
木を断ち切る音が鍛錬場に響く。一拍後、三つに分断された案山子が地面にガラガラと転がった。
「あっ、やばっ」
ダガーを鞘に戻したリド、後ろを振り返って顔をしかめた。
「センリさん、悪い、壊しちまった!」
「構わん。どうせ新しいのを作り直すところだった」
センリはあっさりと返し、大きく頷く。
「良い腕だ。問題ない、合格だ」
「やりい!」
グッと拳を握るリド。
傍観していた流衣は、おお~! と歓声を上げて拍手する。
「では次、ルイ・オリベ」
それも束の間、センリの言葉にぎくりと固まる。
「ルイはどうする? やはり魔法を使うか?」
さっきから何気なく気付いていたが、センリは初対面のはずの自分達をすでに呼び捨てにしている。思うにそういう性格なんだろう。
センリの質問に、流衣は小さく頷く。
「はい。それくらいしか取り柄ないですし」
大した取り柄がないからと、女神が魔力を多めにくれたのだ。一般魔法使い三百人分と、むしろそんなにいらないと思う程。
取り柄の無さを思い出してへこんだ流衣を目にしてセンリは僅かに首を傾げる。が、まあ良いか、と割り捨てて言う。
「では始めろ」
「……はい」
流されたのはそれはそれで虚しい。
しかし気にしている場合ではない。
流衣はリドがこちらに戻ってきたのを確認してから、無事な案山子の一本に向き直る。そして、何となく杖のトップを案山子に向けた。
魔法を使おうと思うと、すーっと流れるように杖のトップに魔力が引き出された。
意識しなくても滑らかに魔力が出てきたのに軽く驚き、僅かに目を見張る。
(何だか使いやすいなあ)
杖の効果だろうか?
それならそれでありがたい。
(えーと、威力は低めにしたいから……)
こんな所で、カザエ村を襲った盗賊団のお頭に向けたような威力の魔法を使うわけにはいかない。
そう思い、抑えた声で言葉を呟く。
「ファイアー」
杖のトップの花に似た形の飾りが青く輝いた。
――直後。
真ん中の案山子を中心に爆発が起き、すさまじい爆音が轟いた。爆発は他の二つの案山子も巻き込み、黒煙を上げて吹き飛ばし、爆風を引き起こす。その上、火柱まで立ち昇った。
五メートル程も離れているのに、流衣はあまりの風圧に目を閉じて足を踏ん張った。が、結局、風に負けて尻餅をつく。
風が止むと、案山子三つ分のスペースが黒く焦げて残っていた。
「………!?」
尻餅をついたまま、流衣は呆然と惨状を見つめる。
みるみるうちに顔から血の気が引いていった。
頭の中は真っ白。思考停止。
「なっ、なっ、なっ」
パクパクと口を開閉し、壊れたラジオみたいに声を零す。
「何で!?」
やっと声がはっきりと言いたいことを口にしたのは、「なっ」をプラス十回程呟いた後だった。
「ふーむ、圧巻だな。合格!」
感心した様子で唸ったセンリが結果を高らかに告げたのだが、驚愕に浸る流衣の耳には届かなかった。
『杖を手にしたからですよ』
混乱のあまり座り込んだまま動かない流衣に、オルクスはあっさりと言った。しかし口調に反し、内心は感激の渦が巻き起こっている。
――ああ、やはりルイ坊ちゃんは、素晴らしい魔力の持ち主です! 女神ツィールカ様に頼まれるだけのことはあります。初めこそ弱虫そうで不安になりましたが、優しい方ですし、ええ、やはり素晴らしい!
オルクスは動物型の使い魔では三本の指に入る大物であり、ラーザイナ・フィールドを守る三柱のうちの一柱・ツィールカに仕えている、いわば神仕えの魔物だ。だから本来は人間に喚ばれることはなく、人間を主人にすることはない。それでも心酔しているツィールカの頼みなので流衣を主人にすることを認めたのだ。
最初こそ不安であったものの、使い魔らしく主人を守り、ツィールカの頼み通り案内役をしていたのだが、カザエ村での一件以来すっかり流衣を見直したのである。きっと逃げる方を選ぶだろうと逃げるように催促したにも関わらず、初対面の人間を探しに行き、結果、盗賊団を追い払ってしまった。気弱で頼りなさげで泣き虫ではあるが、芯は結構太いのだろうと感じ取った。
加え、流衣の傍らにいると妙にしっくりと馴染むというか、落ち着くのもあって、ますます気に入ってきているオルクスである。町に来た時に流衣に言ったことは世辞ではなく本音だった。
「えっ!」
流衣は杖を取り落とす。不気味なものとでも思ったのか。
『杖というのは、魔力の引き出しをスムーズにさせ、魔力を高める道具です。まさしく魔法使いに最も相応しい武器といえます』
うんうんと頷く流衣。杖を拾うか拾わざるかを悩み、真剣に耳を傾ける。
『そして、その杖は名匠の作った名品中の名品。魔力を三割増し強める作用があるようですね。流石は人間達にもてはやされるだけはあります』
「さ、三割増しって……!」
愕然と杖を見下ろす流衣。
流衣はしばし考え込み、恐る恐る言う。
「ていうことは、一般魔法使い三百人分が、三百九十人分になってるってこと?」
オルクスはしっかり頷いた。
『そうでございます! 計算が早くていらっしゃる! 流石は坊ちゃんです!』
賞賛の言葉を浴びせてから、ただし杖を持っている場合のみです、と付け足す。
「そ、そう……」
流衣は複雑そうに杖を見ていたが、やがて諦めて杖を拾い上げた。
ただでさえいらないくらいに魔力が大きいというのに、三割増し!
まさかの三割増しの事態に、流衣は冷や汗がだらだらと浮かんでくるのを止められない。
しかし、杖は魔法道具屋のフラムが認めた名品の水の七だ、こんな所に捨てていくわけにもいかない。
諦めて杖を拾い上げながら、ますます魔法の威力の加減が難しくなったことを嘆く。
「ルイ、何ぼーっとしてんだよ」
目の前でリドの手の平がひらひらと行き交い、そこでようやく放心から脱却する流衣。
慌てて飛び上がるように立ち上がる。
「あわわわ、ごめんリド、大丈夫だった!? ああああとセンリさん、鍛錬場をこんなにしちゃってすみませ……っ」
「センリさんならとっくに受付に戻ったぞ」
「へ!?」
流衣はぐりんと周りを見回した。
確かに、リド以外に誰もいない。爆音に驚いたのか、窓からわらわらと色んな人達がこっちを伺っているくらいだ。
「そ、そうだよね。こんなにしちゃったら普通落ちるよね……」
流衣ががっかりしていると、リドは呆れたように言う。
「何言ってんだ、お前は。聞いてなかったのか? 合格したぞ」
目をパチクリ。
しばらく意味を反芻し、目を丸くする。
「ええっ!? 何で!?」
「圧巻だなって言ってたから、素直に感心したんじゃねえの?」
リドはけらけらと笑う。
「いやあ、こんなに威力あったとはな。驚いた。すげえよ、お前!」
バシッと背中を叩かれて前につんのめりつつ、どうやら良い方向に取ってくれたらしいと気付く。そのことにあからさまにほっとする。
自分でも威力の大きさに内心引きまくりだというのに、リドときたら引くどころか楽しそうだ。
「ほら、納得したんなら行くぞ。あの人、多分怒らせたら相当怖いぜ?」
いきなり真面目な顔になるリド。流衣も頷く。
「そうだね、僕もそう思う」
そこへセンリが「遅いぞ、小僧ども! とっとと来ないか!」と怒鳴ったのに二人揃って首を竦め、慌てて受付の方に走った。
受付に戻ると、センリがカウンターの中に収まり、書類とトランプくらいの大きさの白いカードを二人の前にずいと突き出した。
「これが登録用の書類だ。あとこっちは登録証明書。ここに名前を書け」
流衣は一瞬戸惑ったものの、不思議なことにこちらの文字で名前を書くことが出来た。読み書きを出来るようにしておいたというツィールカの言葉は本当だったようだ。まさか書けるなんて分かっていても驚きだ。
二人が名前をサインしたことを確認すると、センリは満足げに頷く。
「ギルドの施設を利用する際は、受付でこの登録証明書を提示しろ」
言いながら、カードの方を流衣達の前に戻す。流衣は受け取って、カードを見た。
――汝、ルイ・オリベを我がウィングクロスの一員と認め、ここにその証明を成さん。
カードには横に三行、このような文が記され、右下にはウィングクロスのシンボルが刻み込まれていた。
「このシンボルの部分のみ、特殊なインクが使われている。だから偽造は出来ん。よってこれを持っていれば、お前達の身分は我がギルドにより保証される」
センリは抑揚のない声で話す。
「ただし、もし犯罪行為などをした場合は、一応ギルドから派遣した職員が調査して、その後、登録を剥奪される。冤罪やスケープゴートから旅人を守るのも我らギルドの職務だ。この場合において登録を消されると、再登録は出来ない」
そこまで言って、小さく息をつく。
「何も犯罪を起こすと決めてかかっているわけではないから、気を悪くしないでくれ。このことについては説明する義務があるだけだ」
「分かってますよ」
「はい」
リドと流衣が答えると、うむ、と頷くセンリ。
「では次の説明に移る。カードの裏を見ろ」
言われた通り、カードをめくる。
すると、カードの左上にEランクと書かれていた。
「ギルド内の仕事を受ける場合、このランクに左右されてくる。登録当初はEから始まる。
Eランクは、いわばギルドのお試し期間だな。
Eランクと書かれたクエストを三件クリアすれば、Dランクに上がれる。次はDのランクの仕事を十回こなすと、Cランクに上がれる。Bランクまではそうやって上がれるが、Aランクへ上がるには、Bランクの仕事を十回と昇格試験を受けなくてはいけない。現時点ではA+、S、S+、SSまでのランクがある」
流衣はこくこくと頷く。
それを微笑ましげに見やってから、センリは更に続ける。
「ランクに応じて報酬は上がるが、その分、危険度も増すから注意してくれ。それから、自分のランクより上の仕事を受けることは出来ない。言いかえると、自分のランクとそれ以下のみだけ引き受けることが出来る。
ただし、BランクはDランクまで、Aランク以上はCランクまで下の仕事しか受けられない。D、Eランクの者の昇格を邪魔することになるからな。
ランクについては以上だ。こっちにも書いてあるから、読み返すといい」
センリはてきぱきと説明してから、小冊子を流衣達に差し出す。
「クエストについては、受ける場合はクエストボードから自分のランクに合ったものを選んで、受付で契約してくれ。やむを得ずクエストを中止する場合や、期日に間に合わなかった場合、報酬の減額もしくは罰則金の支払いが発生する。クエストの結果はギルドの信用に関わるからな、理解してくれよ。それから依頼主に対しても出来るだけ礼儀正しく接して欲しい」
何故かセンリはリドを見ながら言う。
「それって俺が礼儀知らずだって言いたいんすかね?」
少し不満げにリドは口を尖らせた。
対し、センリはにやりと口の端を上げる。
「そっちの小僧は素直そうだから平気だろうが、お前は我が強そうだ。くれぐれも依頼主と喧嘩などしてくれるなよ」
「よっぽど腹立つことされなきゃ喧嘩なんてしませんよ」
飄々と肩をすくめてみせるリド。言外に、約束できないと告げている。
「依頼主との間でごたついた場合は、ギルドに相談しろ。こちらで仲介するから」
「分かりましたよ」
仕方なさそうに頷くリド。
一方で、流衣はそういうこともするんだなあと感心する。
「おおよその説明はそんなところだ。あとは施設だが、その小冊子に載ってるから自分で確認してくれ」
さっき差し出した小冊子を示して、センリは言う。
言われた通りに開いてみると、施設案内が載っていた。
「最後に、ウィングクロスは余程の辺境や田舎町でない限り、世界中どこの町にも大抵一つの支部がある。その特性を生かし、このギルドでは銀行と郵便物預かりシステムがある。この二つは一般人も利用可能だ」
銀行と郵便についての説明は、朝、リドが説明してくれたことと同じだった。
「……そういうわけだが、お前達はどうする? 利用するのならついでに登録を済ませてしまおうと思うが?」
「お願いします」
リドが言い、センリは了解したと頷く。
「手続きには時間がかかる。明日、ここに来い。それまでには完了させておく」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
頷くリドと、頭をぺこりと下げる流衣。
センリはにやりと笑う。
「では健闘を祈る。新米ギルド団員達」
力強い言葉をうけ、流衣は素直に礼を言った。