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四章 水の七



「ねえリド、あのキラキラしてるものは何?」

 カザエ村から見て隣り町に当たるドーリスへの道で、時々地面に落ちている、青く光っている石を見ながら、流衣は訊いてみた。

「キラキラって?」

 ただ普通に歩いているだけなのに、リドは爽やかだ。風の精霊に好かれると雰囲気にも影響されるのだろうか?

 一瞬そんなことに気を取られた流衣であるが、道端を示してみせた。

「ほら、あっちとかそっちとか、青くキラキラしてるじゃないか」

「青くキラキラ?」

 リドは流衣が指さしているものを見て怪訝な顔になる。

「俺には普通の石ころに見えるけど?」

「えっ、そうなの?」

 流衣から見ると、キラキラしていて綺麗だった。

『坊ちゃん、それは天然の魔昌石(ましょうせき)の欠片ですよ』

 物知りなオルクスがさらりと言う。

「魔昌石?」

 魔という響きからして、もしかして怖いものなのかもしれない。

 綺麗だと思ったものが、いきなり不気味に見えてきた。

「魔昌石って、あれか? 魔力のこもった昌石(しょうせき)か? 何、この石がそうなの?」

 魔昌石について名前だけは知っているらしいリドが、地面に座り込んでまじまじと石を見る。

「天然の魔昌石の欠片だって。というか魔昌石って何?」

 その質問にはオルクスが答える。

『自然界にはときどき魔力のたまりやすい所がありましてね、そういう所にある石が魔力を帯びることがあるのです。そしてそういった石は、そこに落ちているもののように硝子質だったり、水晶のように透明です。自然に落ちているものを天然ものというのです』

「天然ってことは、人工のもある?」

『ええ、そうです。人工の物は、魔力の無い普通の昌石に、魔法使いなどが魔力を込めたものです。輝きが青ければ青いほど良質とされます。

 一般的に魔法道具を作るのに使い、他には、戦闘で魔力がなくなり戦えなくなるのを防ぐ為の、魔力の回復用に売られていますね。まあ、魔法使いでしたら、普段から魔力を石に移しておいて、それを持ち歩く傾向が強いのですが』

 坊ちゃんくらい魔力があれば、そんな必要はありませんよ。

 そう付け加え、オルクスは誇らしげに胸を張る。

「俺には青く見えないぜ?」

 石を見るのに飽きたリドが、顔を上げて少し不満そうに言った。

「その石の魔力は、小さすぎて、常人には見えないのデショウ」

 オルクスが片言で言う。

「坊ちゃんは、ソレハ大きな魔力を、持っていらっしゃいマスから、その程度の物も、視認することが、出来るのデス」

「ふーん、ルイってそんなに大きい魔力の持ち主なのか。人って見かけによらねえなあ」

「……オルクスといいリドといい、僕をどういう風に見てるのかすごく気になるよ」

 流衣は小さく溜め息をつく。

『しかし坊ちゃん、その程度の魔昌石でもたくさん集めればお金になりますよ。どうです、拾っていかれては?』

「塵も積もれば山となる、か。うん、分かった、そうするよ」

 流衣は素直にその提案に頷いた。

 今の所持金は大した金額だから心配はいらないが、方法があるなら稼いでおくに越したことはないだろう。



 ドーリスの町は田舎町ではあったが、賑やかな喧騒に包まれた町だった。

 白っぽい色合いの煉瓦造(れんがづく)りの街並みで、いかにも中世ヨーロッパといった感じだ。あちこちに植えられている緑とのコントラストが目に眩しく、穏やかな美しさを(かも)し出している。

 しかしここがヨーロッパとは違うのは、行き交う人々だった。いかにも魔法使いといったローブを身に着けた者、鎧を着ている者、軽装ながら傭兵(ようへい)だと一目で分かる者、その中でも取り分け驚いたのは、動物が二本足で立って歩いていたり、身体のパーツの一部が獣だったりすることだった。

「ね、ねえリド、ああいう動物っぽい人とか、一部動物な人って、そういう種族なんだよね?」

 彼らに聞こえないようにヒソヒソとリドに問いかける流衣。

 その横を、威圧感たっぷりに、衣服を身に着けた熊が二足歩行して通り過ぎていくので、どぎまぎした。

「まんま動物みたいなのが獣人(じゅうじん)で、一部が動物なのが亜人(あじん)だよ。獣人は世界中あちこちに散らばってるけど、亜人は寒さに弱いんで大体が南にいるな。どっちも身体能力は高いが、亜人は動物の姿に化けられるって特徴がある」

 リドは飄々と返しつつ、珍しいなあこんな所に亜人がいるの、と、物珍しげに呟いた。

「すごいなあ。こんな色んな種族が共存してるんだ。よく争いになったりしないね」

「一昔前までは戦争もあったみたいだけどな、今はすっかり落ち着いてるよ」

 見た通り、と、リドはにやりとする。

 それは良かった。

 流衣は平和な時代にここに来たことに安堵する。

「あのさ、まず両替したいんだけど、どこに行けば良いのかな?」

「え? お前、金持ってんのか?」

「女神様に貰ったんだ。金貨もある」

 小さい声で流衣が言うと、リドはぎょっと目を見開く。

「はっ!? そりゃまずいだろ。お前みたいな、いかにも怪しいが服着て歩いてますって感じのが大金持ってたら、怪しまれるぞ?」

「そこまで言う?」

 流衣は肩を落とす。

 ああなるほど、そういう風に見られてるんだ、僕。

 自分でも怪しいのは分かっているけれど、それはそれである。

「両替は後だ。まず、その身なりをどうにかしよう。見栄え整えりゃ、やっこさんも疑いはしねえよ」

「分かったよ」

 そう頷きながら、第一印象って大事なんだなあとつくづく思う流衣だった。



 そういうわけで、流衣は古着屋に連れて行かれた。

 新品を仕立てている余裕がないから、らしい。金があるのなら、本当は体格に合うものを仕立屋で作った方が良いのだが、今の格好だと怪しすぎるからと説明された。

 ……そこまで怪しいのか、これ。

 流衣の世界では普通の学生服である、真っ黒い学ランを見下ろす流衣。

「ほら、俺も適当に探してやっから、お前も探せ」

 所狭しと服の並んだ店内に尻込みしていたら、リドに背中を押された。あまりに圧巻だったから目を奪われていたのだ。

「探せって言われてもなあ」

 ここでの服装というのが今一分からない。

 うーんと唸りながら、服の海の中を歩き回る。適当に一着引っ張り出すが、どう見て   も自分の体格に合っていない気がした。

「いらっしゃいませ。お客さん、お困りみたいですね、私の方で選びましょうか?」

 うんうん唸っていたら、救いの手が現れた。店員の女性である。二十代前半くらいで、人の良さそうな顔をしていた。

「お願いします。ええとその、旅しても大丈夫そうで、今の僕みたいに怪しくないやつで……」

 店員はクスッと笑い、お任せ下さいと言って服をあちこち探し回る。

 流衣もまた適当に探していたら、ふと目に付く服があった。

 引っ張り出してみると、マントだった。最初はくすんだ青色かと思ったが、光の角度によっては灰色にも見える。手触りも滑らかで柔らかく、その上軽い。

 何となく気に入って、そのマントをためつすがめつ眺めていると、さっきの店員がまあと声を上げた。

「お客さん、なかなかの目利(めき)きでいらっしゃいますのね」

 心から感心したように言う店員。

「え?」

 流衣がきょとんとしていると、店を一周してきたリドも後ろからマントを覗き込んだ。

「へえ、ほんとだ。なかなか良いマントじゃん」

「ええ、何て言ったって、羽竜(ウィングドラゴン)の羽で織ったマントですもの。こんな上質なのが埋もれてたなんて、私ったら今まで気付かなかったわ」

 恥ずかしそうに頬に手を当てる店員。

「羽竜?」

 流衣はリドに視線を向ける。

「ウロコの代わりに羽が生えてるドラゴンのことだよ。結構大人しいんで飼育してるとこもあるけど、その羽で織った布は貴族連中が買い占めるからあんまり出回ってないんだ」

 そうなのか、と、流衣はますます感心してマントを見た。

「羽竜の羽で織った布はすごいんですよ~。軽くて、丈夫で、暖かくて。しかも炎と氷の攻撃にも強いですし、洗っても乾きやすいんです! 極上の一品ですよ!!」

 店員は拳を握って力説した。

 衣服類に目がない人だったらしい。

 やや気圧されつつ、おずおずと尋ねる。

「それじゃあ、これも結構値がするのか。良いなあと思ったんだけどな……」

 貴族なんてお金持ちが買うような物を、自分が買えるわけがない。ちょっと残念に思いながら、マントを見下ろす。

「何をおっしゃるんです! このマントの存在に今迄気付いていなかったんですよ、私っ。これは私の持論なんですけど、服などの物は持ち主を選ぶんです。きっと服があなたを選んだんですわ。

 ――分かりました、それなら他の服も見栄えのする物を幾つか選んでみます。それで、占めて銀貨二枚でいかがです!?」

 口を挟む暇すらなくまくしたてられ、流衣は目をパチパチする。

「おお、そりゃあ随分安く出たな。良いんじゃないか、それで。お前、金あるんだろ?」

「ええと、まああるけど……」

 確か、切り詰めれば銀貨三枚で生活出来るんじゃなかったっけ、と流衣は思った。随分安くしてくれて、しかも他の服もつけてくれた上で銀貨二枚もするなんて、流石は貴族御用達の素材ってことか。

「じゃあ、買います」

 流衣が頷くと、店員は目を輝かせ、他の服を探しに古着の海に突撃していった。

 正直、かなり気に入っていたので買わない手はないと思ったのだ。



 店員が揃えてくれたのは、青灰色のマントに合うように、白に近い灰色の上着と黒いズボンだった。あとは黒に近い茶の皮製ベストを合わせてくれた。

 学ランの時ほどではないが、全体的に黒めの色合いだ。しかし、マントの色合いが柔らかいので暗い印象にはならない。店員の見立ても素晴らしい。

「まあ、ぴったり! マントだってあつらえたみたいだわ!」

 店員は手を叩いて喜び、自分の合わせた服を見てご満悦な様子だ。

 確かに、マントはちょうど膝丈までの高さで、足に絡み付いて転ぶこともなさそうだ。

 しかも、面白いことに白いスニーカーがぴったりと服装に溶け込んでいる。これなら靴を買う必要はない。

 流衣は店員に礼を言って代金を支払い、古着屋を出る。

 学ランを下取りしようかと店員に問われたが断った。数少ない、自分の世界の品だ。大切に持っておこうと思う。

 あとは鞄と武器か。流衣は少し考えながら、リドに声をかける。

「リドもいる物あったら一緒に買おうよ。どうせ一緒に旅するんだし、お金もあるし」

 リドはちょっと片眉を上げ、流衣の頭を軽く叩く。

「そういうことを往来で軽々しく言うんじゃねえよ。怖そうな奴らに目ぇつけられっぞ」

「うっ、ごめん……」

 頭を手で押さえ、流衣はうなだれる。

 確かにリドの言う通りだ。幾ら町の活気で浮ついているとはいえ、考え無しだった。

「ま、でも、好意はありがたく頂戴するよ。昨日の件で、ダガーが刃こぼれしてっから、鍛冶屋(かじや)()ぎに出さなきゃいけねえんだよな」

 腰に提げている二本のダガーを見て言うリド。

「それって時間かかるよね? じゃあそっちから片付けてこよう。鍛冶屋かあ、初めて見るなあ」

 楽しみだ。えへへと流衣は笑う。

 そうしてわくわくしていたので、静かに肩にとまっているオルクスがリドに黒光りする目を向けているのには気付かなかった。



 こっえー、このオウム!

 軽く叩いた程度だというのに、地獄に落とすぞこの野郎、とばかりの刺々しい視線をオルクスに向けられ、リドは内心冷や汗を浮かべていた。勿論、微塵(みじん)も顔には出さないが。

 一方の流衣は無邪気なもので、町に来てから浮かれているので全く気付いていない。

 目に映る何もかもが珍しいらしく、きょろきょろしているので、はぐれないように気をつけなければならなかった。

 小柄な体格といい、頼りなげな見た目といい、はぐれたら不良君達に目をつけられるのは確実。

 そうして鍛冶屋を探して通りを歩いていると、ふいに流衣がぎょっとしたように足を止めた。

 何にそんなに驚いたのかは、前を見てすぐに気付く。

「あー、ありゃあミニゲスだな」

 黒いゴーレムが三つ、箱を担いでひょこひょこと通りを横切っていく。丸みを帯びた四角いブロックに、適当に落書きしたような目と口があり、ちょうど流衣の膝丈くらいの高さをしている。そこに短い足と身の丈くらいの腕が生えている。一見すると可愛らしいが、よくよく見ると腕が長いからバランスが悪く、どことなく気持ち悪い。しかし世の女性達には「ぶさ可愛い」と褒めそやされている。

「ミニゲス……? 魔物か何か?」

 あ。あれ、顔が逆さまだ。

 流衣が最後尾のミニゲスを見つめて呟く。

「ゴーレムだよ。ああいう黒い粘土に魔力を混ぜて作り出した擬似生命体(ぎじせいめいたい)。つっても製作者の言う事しかきかねえし、単純な命令しか守れないけどな。でも、力が強いってんで、運搬に使われてんだ」

 商店のある町ならよく見かけられる光景だ。

「ちなみに、あれより四倍くらいでかくなると、ビクゲスって呼ぶ」

「そ、そうなんだ……」

 目を丸くしてミニゲスが去るのを見送る流衣。

 結構、衝撃的だったようだ。

「っと、そんな話してる間に着いたぞ」

 鍛冶屋の看板を示すと、流衣はハッとした顔で頷いた。



 鍛冶屋での用事はすんなり終わった。

 武器屋と工房を兼ねているらしく、店の方で弟子のような人にダガーを預け、代理武器を借りただけで終わった。代金は前払いで、銅貨四十枚だった。研ぐだけであるから、そんなに値もしないのだという。

 流衣は魔力が高く、魔法も一つだけとはいえ扱えるし、何より力も運動能力も自慢できるものはないので、ここはあらがわず魔法使いでいくことになった。魔法使いの武器である杖や魔法道具関連は武器屋では扱っていないので、魔法道具屋を探すことになった。

 鍛冶屋で小銭がなくなったので、先に両替商で金貨を銀貨九枚と銅貨百枚に崩し、また通りに出る。

「この辺が魔法道具屋の多い界隈(かいわい)だな」

 両替商の店から歩くこと五分ほど。リドが通りの一部をざっと見回して言った。

 リド自身は〈精霊の子〉であるが魔法使いではないので、魔法道具屋を利用することは滅多にないらしい。使っても、よく効く傷薬や風邪薬を買いにくる程度だとか。

「で、どこにする?」

 見た所、五軒の店が他の店の間にちょこちょこと建っている。

「どこって言ってもなあ」

 どれが良いかなんて分かりっこないので、手近な所を覗くことにした。

「ひとまず、ここに入ってみようよ」

 そう言い、流衣は一番近い場所にある魔法道具屋の扉を開けた。

 瞬間、中を見て足を止めた。

 その魔法道具屋の商品が並ぶ棚に、黒い(よど)んだ空気が絡み付いているように感じたのだ。

 急に吐き気を覚え、流衣は逃げるように道具屋を出る。扉を閉めて通りに戻ると、すっと気分が治った。

(何だ、今の……)

 口元を手で押さえ、訳の分からない現象に混乱する。

「いきなりどうしたんだ? 失礼にも程があるだろ」

 不快な表情を露にしてすぐに店を出るというのは、余りにも不躾(ぶしつけ)だ。

 あまり礼儀とかをとやかく言う性質ではないリドだけれど、あまりにあからさまなので流石に注意する。

「なんか、入ったら気持ち悪くなったんだよ……。リドは平気?」

 しかし逆に心配そうに問われ、リドは困惑する。

「平気だけど。一体どうしたんだ?」

 それで、澱んだ空気のようなもののことを挙げ、吐き気がしたことを伝えると、リドは不思議そうな顔になる。

「俺には普通の小奇麗な店に見えたけどな」

「そっか……」

 流衣は少しうつむいた。

 自分がおかしいのだろうか?

 その後、他三軒の店も出入り口で気持ち悪くなり、これは変だと思った。他の店ではこんな風にならないのに、何故か魔法道具屋だけで気分が悪くなる。

 駄目もとで残った一軒にも挑む。

 他の店よりは小ぢんまりとした、悪く言えばボロッちい店だ。看板に「魔法道具屋ビスケット」と書かれていた。

「ここなら大丈夫だ」

 中に入っても気持ち悪くならない。流衣はほっと息をつく。

「そりゃ良かった」

 リドも安心したように返す。

「いらっしゃい」

 灰色の髪をした初老の男が、店のカウンターで顔を上げる。堅物そうな顔立ちの中に琥珀(こはく)色の目がギラリと光った。白いシャツと茶色の布製ベスト、黒いズボンを着込んだ男は、いかにも気難しい職人といった感じだ。男は丸眼鏡のブリッジを節くれだった指で押し上げ、じろじろと客を見やる。

 そんな男の向こうには、三人の職人が仕事に没頭していた。カチカチと道具を扱う音が、静かな店内に響く。男が二人、女が一人。全員が二十代という歳から見て、初老の男の弟子か、もしくは従業員なのだろう。

「こんな寂れた店に、子供が何の用だ?」

 初老の男は客相手だというのにぞんざいな口調で問うた。

 男の眼光に怯みつつ、流衣は武器を探しているという話をする。男はそれに答えようと口を開きかけたが、それを遮って明るい声が店に響いた。

「お兄ちゃん、武器を探してるの? どんなの?」

 店の勝手口の方から、焦げ茶の髪をお下げにした女の子がひょこりと顔を出した。目は男と同じ琥珀色で、人懐こく笑っている。

「これ、エレナ」

 男が短く制すが、エレナは構わず流衣達の方に駆けてくる。エレナは十歳かそこらのようで、流衣の胸ぐらいの身長しかないから、自然と見上げる形になる。

「杖を探してるんだ」

 流衣はエレナに目線を合わせるように腰をかがめ、そう返す。

 するとエレナはにこっと笑い、こっちだよ、と流衣の手を引っ張った。

 そして、店の奥、木枠に何本かの杖が突っ込まれている場所に案内すると、また人懐こい笑顔を浮かべる。

「これだよ。この中から自分に合うのを探して」

「分かった。ありがとう」

「どういたしまして!」

 エレナははきはきと返し、パッと男の方に戻っていく。そしてお腹が空いたと男にオヤツの交渉をしにいった。

 それを微笑ましく見てから、流衣は杖の入った木枠に向き直る。

『坊ちゃん、その中の物を手にとって、合う物を選ぶのです。合うかどうかは本人にしか分かりません』

 オルクスがそうアドバイスをくれ、流衣は頷いて杖を手に取っていく。

 十数本の杖を手にするが、あんまりしっくりとこない。

 合うのが無いということなのかと、少し残念になりながらふと店の隅に立てかけられている一本の杖を見る。人気がない商品なのか、埃かぶり、灰色の柄のあちこちに黒いシミが出来ている。

 何となく心惹かれてそちらを見ていると、初老の男が抑揚の無い声で口を出した。

「そいつはな、もう十年近くここに置いてるんだがさっぱり買い手のつかない品なんだよ。手放しても戻ってくるもんだから、諦めてそこに置いてるんだ」

 やめておけと言わんばかりに男が言う。

「うひょー、きったねえ杖だな!」

 魔法道具屋の店内を物珍しげに物色していたリドが、ぼろっちい杖に目をやり、いっそ感心した様子で言った。

 確かに汚い。この薄汚れた感じが、無情にもぼろい店内にマッチしている程。

 でも何となく気になる流衣は、杖の前に近づいてみた。フッと息を吹きかけて埃を払う。杖のトップは渦を巻く形状で、童話で魔女が持っているものにそっくりだ。

 手に取ってみると、軽くもなく重くもなく丁度良い重さで、しっくりと手に馴染んだ。何となく、これだ、と思った。

 瞬間。

 杖が鮮やかな白い光を放ち、瞬きの後、姿を変えた。

「………! ……!?」

 声もなく仰天し、青みがかった銀色の光沢を放つ、トップが花のような形状に変わった杖を凝視する。

 店内にいた店員達もそれを目撃し、驚いた顔でそれを見た。

「なっ、えっ? なんっ」

「落ち着けよ、ルイ」

 あわあわと混乱する流衣に、リドが冷静に突っ込む。

 しかし落ち着いていられるわけがない。

 流衣は初老の男に向き直ると、若干泣きそうになりながら謝り倒す。

「す、すみませんすみませんすみません! 触っただけなのに、なんか壊しちゃったみたいで! ほんとすみませんっ!!」

 わざとじゃないんですー! と必死で弁解する流衣。

 しかし男は特に怒るでもなく、むしろ唖然とした様子で杖を食い入るように見ている。

「まさか、こりゃあ。(みず)(なな)か?」

「はっ?」

 思わず聞き返した流衣であるが、よく聞く前に、男の後ろにいる三人の職人が席を立って飛びつくように杖を覗き込んだ。

「すごい! これがあの有名な、水シリーズの七番なんですか?」

「綺麗~」

「流石は名匠ヴェルダの作なだけはある」

 何だか興奮した様子で口々に言い合っているのだが、流衣にはさっぱり意味が分からない。

 流衣が全く知らないことに気付いたのか、初老の男が解説をしてくれる。

「これはな、魔法武器職人として名を馳せたヴェルダの作品なんだ。持ち主によって形を変える、水シリーズというものの七番目だ。七はヴェルダの晩年の名作と云われていたのにも関わらず、彼の死後、行方不明になっていたのだが……」

 男はそこで言葉を切り、我が子でも見るように杖を柔らかい目で見る。

「まさかワシの店にあったとはな。意外や意外。ははははは」

 本気で意外すぎて、だんだん冷や汗を浮かべだす男。名作と知らず手放しては戻ってきていたことになるからだ。

「全く、その形状ならば資料で見たことがあるんだが、あんなボロイなりをしてるのではさっぱりだ。よってワシの目が曇ってたわけじゃないぞ、うむ」

 冷静さを装いながら、必死に言い訳する男。職人達はそんな男に生ぬるい視線を送っている。

 男はその視線を咳払いで追い散らし、気を取り直して流衣に向き合う。

「ふーむ。今まであれだけ手放しても戻ってきたのは、使い手を捜していたからなのかもしれんな。お主がここに来たのも、運命を司るレシアンテ様のお導きなんじゃろう」

「はあ」

 レシアンテ? と思いつつ、流衣は曖昧に返事する。

「すげーじゃん、お前」

 リドに肩を軽く小突かれるが、何がすごいのか分からないのでどうとも言えない。

「――よし。ここは銀貨一枚でどうじゃ?」

 男の申し出に、職人達からブーイングが起こる。

「そりゃねーよ親方! ここはタダで譲り渡すのがサーガの王道じゃねえか!」

「ケチねえ」

「かっこわるー」

「ええい、うるさいわ! こっちもこれで飯食っとるんじゃ、タダで譲れるわけなかろう!」

 男が顔を赤くして、職人達に怒鳴り散らす。そこへ、無邪気な声がトドメを刺す。

「そうそう。何てったってうちは他の店に売り上げ取られて貧乏だもんね! 生活費と職人さん達に給料払うので精一杯だから、今日が私の誕生日でもお祝い出来ないんだもん」

 エレナが肩をすくめて言った言葉に、男は情けない顔になる。

「エレナ……、もしかして怒っておるのか?」

「別にぃー、だって仕方ないじゃない」

 少し拗ねたように口を尖らせ、エレナはそっぽを向く。もしかしなくても不服に思っているのは間違いない。

(こういう年頃の子にとって、誕生日ってすっごく大きいんだよなあ)

 自分も小さい頃はそうであったから、流衣はエレナの気持ちがよく分かった。

 苦笑して、財布から銀貨を取り出す。

「あの、ちゃんとお支払いしますから。あんまり揉めないで下さい」

 男は一瞬バツの悪そうな顔をしたが、それでもしっかりと代金を受け取った。



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