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三章 風見のリド


 *この話中、流血表現や戦闘表現があります。



 盗賊団レッディエータの名を聞いて、リドは気が落ち着かなかった。

 リドには親や家族の思い出はほとんどなく、故郷の名前すら思い出せない。

 それはリドが八歳の時に起きたある事件が原因だった。

 どこかの家の庭先で遊んでいたら、見知らぬ者にさらわれてしまったのである。そしてその見知らぬ者の手で売られた先が、盗賊団レッディエータだった。

 それから五年間、盗賊団で下働きのように働かせられ、時には盗賊稼業の手伝いまでさせられた。といってもリドはまだ子供であったので、盗品を運ぶという程度ではあったが。

 しかし十一歳になった頃、リドのある力に気付いた親分により、最前線に参加させられるようになった。それが嫌で仕方なかったので、十三歳の時に盗賊団を逃げ出し、このカザエ村まで逃げてきたのである。王国で最も東にある辺境までは探さないだろうと子供ながらに考えたのだ。

 リドがダガー使いとして長けているのも、その頃のことが起因していた。だから本当はダガーなんてものは大嫌いで、すぐにでも捨て去りたかったが、もしものことを考えるとそれも出来なくて今に至っている。

 ヒュウウ

 リドの身を案ずるように、リドの耳元で風が渦を巻く。

「――大丈夫だ」

 台所で包丁を使いながら、囁く程度の声で呟く。

 すると風は収まり、野菜を切るトントンという軽い音だけが台所に響いた。

 風切(ふうせつ)のリド。

 それが、盗賊団にいた頃のリドの呼び名だった。



「ご馳走になります……」

 夕食時、リドの出してくれた料理を前に流衣は身を縮めた。

 パンとサラダとスープという簡素な料理ではあるが、作ってくれたことに申し訳なさが全快だ。

「んな畏まらなくていい。一人分作るのも二人分作るのも変わらねえよ」

 リドはさっぱりと言い切った。

 それなら、と、流衣は「いただきます」と両手を合わせてからパンに手を伸ばす。

「そっちのオウムは何食べるんだ? 悪いけど何にも用意してねえぜ?」

「わては、自分で探すので、必要ありません」

「そうかい、ならいい」

 オルクスの返答に、リドは小さく頷いた。

 流衣は単純に疑問に思ってオルクスの方を向く。

「オルクス、探すっていうけど、実のところ何を食べるの?」

『あまり食事は必要ないのですが、ときどき虫や植物をつまんで食べます』

「虫は分かるけど、植物も?」

『ええ、花なんかは好きですね』

 オルクスにとっての花はおやつのような嗜好品と同じなんだそうだ。

 へえ~と感心する流衣に、リドが聞きたそうな顔をしているので、オルクスの話をそのまま伝える。

「まんま鳥の餌だな」

 あまりに普通の答えだったからか、リドは少しつまらなさそうに言う。

『君の周りの精霊を食べてもいいのですが、神様がたに叱られたくないので食べません』

 オルクスが呟いた不穏な言葉に、流衣はビクリとする。

 精霊を食べるって、響き的に怖い。

「何だ?」

「えと、オルクスが、リドの周りにいる精霊を食べてもいいけど、神様に怒られるのが嫌だから食べないんだ、って」

 それにはリドも目を丸くした。

「精霊?」

 オウムの方を見て、問い返す。

「気付いて、いないのですか? 君は、風の精霊に、好かれて、いるようデス」

「…………」

 リドが言葉を失くした瞬間、風が巻き起こって鋭利な刃となり、オルクスに襲いかかった。

 驚いた流衣であるが、嫌な予感がしたので咄嗟にオルクスを腕で庇う。

「いっ」

 突き出した右腕に痛みが走る。

 肘の近くの腕にざっくりと切り傷が出来、そこから血がポタポタと落ちてテーブルに小さな血溜まりを作った。

 流衣は信じられない気持ちで傷口を凝視しながら、痛みで目の端に涙を浮かべた。

「いたた、痛い痛いっ!」

 今、何が起こったんだ!?

 全く理解出来ないのだが、傷は本物で、痛みも本物。

「ルイ!」

 理解出来なかったのはリドもらしい。流衣が怪我をしたのを見るや、血相を変えて小屋の奥に飛んでいき、手当て用品の入った道具箱やタオルを持ってきた。

「これで止血を……っ」

 若干焦った様子ながらてきぱきと怪我より上の腕でタオルをきつくしばり、怪我自体も手当てする。

『坊ちゃん、わてを(かば)うなんて何てことを! あれくらい()けられますし、(ふせ)げますっ!』

 オルクスがケーッケーッとオウムみたく鳴いて叫びながら、流衣の頭の中にも言葉を飛ばしてくる。

 頭の中で騒ぎ立てられ、流衣はあまりのうるささに眉をしかめつつ返す。

「そんなこと言われても、庇っちゃったんだから仕方ないじゃないか。大体、あれって何なの?」

「風だ。風の精霊がオルクスに攻撃したんだ」

 流衣の問いに、リドの方が答えた。

 それからリドは怒ったような顔で呟く。

「俺は何にもしてないのに、何でこんな……っ」

 それにはオルクスが答える。

「わてが精霊を食べる、などと言ったノデ、精霊達が、怒ったようでス。敵だと、みなしたのでしょう。まあ、わてだって、仕返しする、つもりでしたガネ」

 たどたどしく言ってから、坊ちゃんに怪我させるとは……とオルクスが黒い目を光らせたので、流衣は慌てて止めに入る。

「駄目だよ仕返しなんて。仲良しが一番。平穏が一番」

 そう言いながら、なだめる為に空いている左手でオルクスの背中を撫でる。オルクスは気持ち良さそうに目を細め、仕方ないですねと呟く。

「坊ちゃんガ、そうおっしゃるナラ」

 流衣はほーっと安堵の息をついた。

 血も止まったので落ち着いたのもある。

 パサッと乾いた羽音がして、オルクスがテーブルに乗せた腕の隣に降り立った。

『我が力、糧とし、癒しの光、ここに(あらわ)れよ』

 オルクスが何かを唱え、怪我が光に包まれた。そして光が消えると、怪我も跡形も無く消える。

「おお、すごいっ。もう痛くないよ、ありがとうオルクス」

『どういたしまして』

 おじぎする仕草で頭を下げるオルクス。

 何してても可愛いなあとそれに感動する流衣。

「その使い魔、魔法も使えるのか」

 目を丸くしてオルクスを見つめるリド。

「イエ、これは魔法ではなく聖法(せいほう)デス。神に仕える者が、身に着ケルことの出来ル、聖なる力です」

 オルクスはさりげなく訂正を入れる。

 リドはふぅんと気の無い返事をし、傷に巻こうと準備していた包帯を元のようにもう一度巻き直す。

 そこでバツの悪い顔になった。

「悪かったよ、風の精霊が勝手なことして」

「いいよ、気にしないで。リドは魔法使いだったんだね、驚いた」

 あわよくば魔法を教えてもらおうかと心の隅で考えながら、流衣は言う。

「俺は魔法使いじゃねえよ。風の精霊には好かれてるし、風も操れるけどな。魔法は使えない」

「え? よく違いが分からないんだけど」

 魔法を使えば魔法使いって〈知識のメモ帳〉が言っていたのだが……。

 困り果てている主人を見かね、オルクスが口を挟む。

「リドのようナ、精霊に好かれる者のコトを、『精霊の子』と、呼ぶノデス。彼らは精霊の祝福を受ケテ術を使うノデあり、魔法で術を、使うわけでは、ないのデス」

 言われてみて、魔法についての解説を思い出す。「魔力と言葉により自然界に宿る精霊に働きかけ、それにより現象を引き起こす」って書かれていたな、確か。

「つまり、魔力も言葉もいらないで、精霊に働きかけられるってこと?」

 思いついたことをそのまま訊いたら、オルクスが喜んだ。

「ソウデス、ソウデス! 流石は坊チャン、やっぱり、思ったヨリ、賢い方ですネ!」

「……思ったよりって」

 そりゃあ見た目は普通で、むしろ地味で、頼りなさげなのは自分が一番理解しているが、口に出されるとこちらは傷つく。

 それに、流衣は頭の回転はそこそこ回る方なのだ。成績は上位ではないし中の上くらいとはいえ、読書家なのが影響してか、言われた言葉を噛み砕いて自分に覚えやすいようにして記憶したりする。だから記憶にも残りやすい。メモ帳の解説だって、そのまま暗誦するのは無理でも、要点だけは覚えている。

「申し訳ありませン! つい本音ガッ。ケーッ!」

 慌てたせいか、オルクスはオウムっぽい鳴き声を上げて騒いだ。

 それを見たリドは爆笑している。

「お前ら面白いなあ!」

 他人事だと思って。

 流衣は小さく溜め息をつきながら、オルクスは自分のことをどんな風に見ているのだろうと邪推する。あんまり酷い見方をされていないといいのだが。

 しかしまあ、これでさっきまでの微妙な緊張感が無くなった。そう思えば、まあ良いか、という気持ちになる。

 さっきの血溜まりを雑巾で手早く片付けると、夕食を再開した。



 夕食後、せめて片付けくらいは手伝おうと流衣は皿洗いを買って出た。

 小さく鼻歌を歌いながら(たらい)の水に浸けた皿を布で汚れを拭くように洗い、乾いた布で拭いて横に重ねていく。

 最後の一枚を手にしたところで、いきなり鐘の音がカンカンと響き始め、驚いて落としてしまう。

「ああー……っ」

 水場に皿の破片が散乱し、呆然とそれらを見る。

 しかしどうにも嫌な予感がしたので、それは放置してテーブルの置いてあった部屋に顔を出す。

「あの音、何?」

 すると、部屋には武器を手にして、今にも家を出て行こうとするリドの姿があった。

「緊急の警鐘(けいしょう)だ! お前はここにいろよ、やばそうだったら裏口から逃げるんだ、いいな!」

 それだけ言い捨てると、リドは丸太小屋を出て行ってしまった。



 家に残された流衣はというと、オルクスに問いかける。

「一体どうしたんだろう」

 何故か動悸が激しい。

 嫌な予感がした。

 この世界に来る前みたいに、背筋がぞくぞくとする。嫌な兆候だ。

『何か問題が起きたんでしょう。警鐘ということは賊が出たか魔物の襲撃かどちらかでしょうが』

 オルクスは冷静に判断する。

(賊……)

 流衣はそれを聞いて、村長が盗賊団について話していたのを思い出す。

『しかしまあ、ここにいれば大丈夫でしょう。ここは村から離れていますし、何かあれば森に逃げればよろしい。それにわてもついておりますから……、って坊ちゃん、言ってる側からどこに行くんです?』

 小屋の出入り口に向かっていく流衣に、オルクスが不審げに声をかける。

『ああ、鍵をかけるのですね? 用心に越したことはありませんものね!』

「違うよ、オルクス。僕も様子を見に行くんだ」

『はっ? おっ、お待ち下さい! 坊ちゃんが行ってどうするんです? ここは村人に任せ、身を隠すのが先決かと!』

「どういう事態かの確認くらいしなきゃ、そっちの方が危ないよ」

 情報は早く手に入れないと命取りになる。

 しかし確かにオルクスの言う通り、用心に越したことはない。流衣は〈知識のメモ帳〉をシャツの胸ポケットに、財布をズボンのポケットに押し込んでから外に出た。もし何かあって戻れなかった時の最低限の処置だ。

 外に出ると、薪の一つを武器代わりに拾いあげ、村の方へと走った。

 嫌な予感がする。

 ……これもきっと当たるんだろうな。



 鳴り響く緊急の警鐘に、村へと駆けつけたリドは呆然と立ち尽くした。

 村が赤々と燃えていた。

 それほど多い方ではない家の幾つかが燃え上がり、悲鳴と怒号に包まれている。

 道端には村の男が何人か血を流して倒れており、母親とその子供が厳つい顔をした男達に引きずられるように連れ去られようとしているところだった。

 盗賊団の名前を聞いた時に感じた不吉な予感は的中した。盗賊だ。

 リドはためらいなく賊に走り寄り、腰に提げた二本のダガーを鞘から引き抜いて一閃した。

 賊はうめき声を上げることなく地面に倒れ伏し、母子は泣きながら礼を言い、リドの方に駆けてくる。

「森に逃げろ! 急げ!」

 母子を森へと誘導し、リドは更に村の奥へと走り出す。

(村長、村長はどこだ?)

 途中で出くわした賊を軒並みダガーの餌食にしながら、オルドフを探して村を走り回る。

 あの人は、ボロス爺さんと同じくリドを村に受け入れてくれた恩人だ。賊に殺させるわけにはいかない。

 そうしてようやく念願の人を見つけた時、オルドフは山賊然とした大男に、大男の身の丈はある大きさの大剣を振り下ろされんとしているところだった。

「やめろ――っ!」

 リドは風を足に纏って瞬発力を上げ、一気に距離を詰める。

 そして、ギリギリのところで大剣を受け止めた。

 激しい剣撃の音が場に鳴り響く。

「オルドフさん、今の内に逃げて下さい!」

 刃を受け止めたまま、じりじりと力比べをしつつ、オルドフに叫ぶ。

「し、しかしっ」

 ためらう素振りを見せるオルドフに、余裕がないので怒鳴りつけるように言うリド。

「いいから! ここは任せて、行ってくれ!」

 懇願に近い叫び。

 それに押され、オルドフは老体に鞭を打って走り出す。そして、その先で他の村人に連れられ、森の方に逃げていった。

 オルドフが無事逃げたことを視界の隅で確認すると、リドは渾身の力で剣を弾き返し、後ろへと飛び退ってまたダガーを構えた。

 大男は愉快げに鼻を鳴らす。

「ふん、やるじゃねえかクソガキ」

 リドは黙ったまま大男を睨みつける。

 大男は筋骨隆々とした中年の男で、黒い髪はぼさぼさ、角ばった顔立ちは無精ひげが目立っていた。その頭に白いバンダナを巻き、返り血を浴びてところどころ黒くなった深紅のシャツと黒いズボンを身に着けている。暗い茶色の目は鋭く、猛禽類を思わせた。

 リドの周囲を、仲間の盗賊達が囲む。逃げ場を封じたのだ。

 ここで、仲間の内の一人があっと声を上げる。

「てめえ、リドじゃねえか! こんな所にいやがったのか!」

 すると大男の顔つきがすっと冷たいものに変わる。

「ああ? あーあー、あの、風切のリドなんて呼ばれてた小僧じゃねえか。確か四年前に逃げ出した臆病者」

「お前らのところで働かせられんのに嫌気がさしたんだ! 俺は臆病者じゃねえ!」

 リドは大声で男の言葉を切り捨て、ちゃきりとダガーを構え直す。

「俺はもう、あの頃みたいなガキじゃない。この村を、てめえらの良いようにはさせねえ!」

 大きく啖呵を切ると、足に風を纏わせ、地面を蹴る。

「!」

 大男は一瞬リドの姿を見失った。

 リドは風を使って瞬発力を上げ、大男のすぐ後ろに回りこんだのだ。そのまま勢いをつけて大男の頭に蹴りを叩き込む。

 男は避けることも出来ず、蹴られた衝撃で吹っ飛んだ。そのまま民家の脇に置いてあった木箱にどおと音を立てて突っ込む。

「お頭!」

 手下の一人が悲鳴じみた声で叫ぶが、大男はすぐに身を起こし、頭を振る。

「――ふん、確かにちったあやるようになったか」

 そして、にやりと、薄ら寒い笑みを口にたたえた。

「だがまあ、俺よりは下だ」

 起き上がった大男は、大剣を構える。その剣の刀身に、ボオと紅蓮の炎が絡みついた。

「な……っ!」

 リドは剣の炎を見て、息を呑む。

 こいつ、魔法使いだったのか?

 こき使われるか殴られた思い出しかない盗賊団レッディエータの頭が魔法使いだったとは初めて知った。

 だが、こちらとて風の〈精霊の子〉。負ける気はしない。

 リドはすぐさま身を落ち着けると、ダガーを構え、刃に風を巻きつけた。これにより刃の切れ味がぐっと上がるのだ。

「はああっ!」

 そして、裂ぱくの気合とともに、大男へと斬りかかる。

 ガギィン!

 剣撃の音が高らかに鳴り響く。

 あとは風と炎のせめぎあいである。

 巻き起こった風は熱風となり、周囲で拳を握って戦いを見守る盗賊達に吹き付ける。

 二人は一度離れ、また刃を結び、激しい攻撃を押収する。

 端から見ると大男に斬りかかっては弾き飛ばされる子供のように見え、いいように遊ばれているようにも見えた。

 何度目かの剣撃の音が場に響き、そこで大男が急に不敵な笑みを浮かべた。

「――()ぜろ!」

 その声とともに、剣に巻きついた炎が一気に膨れ上がり、爆音が轟いた。



 今まで外れたことのない嫌な予感は今回も的中した。

 森の方へと逃げてくる村人達と出くわし、簡単に事情を聞く。

 盗賊の襲撃があり、避難中らしい。それで村人達の何人かが怪我をしているらしい。

 村人達の恐怖と不安を嗅ぎ取って、流衣もまた恐怖を覚えながら、去ろうとする村長に慌てて尋ねる。

「リドが村に向かったんですが、ご存知ないですか?」

 すると、村に残って盗賊団を引き止めてくれているという返事が返った。

 そう言うなり、村長は村人達を連れて森へと行ってしまう。素性の知れない旅人の安否より自分達を優先するのは当然だ。

『坊ちゃん、わて達も村人達と逃げましょう!』

 オルクスがそう急かす。

「う、うん、分かってるけど……」

 そう返しながら、流衣は迷っていた。自分が駆けつけたところで助けになるどころか邪魔にしかならない。それは分かっている。

 でも、彼の手助けになりそうな村人達は逃げてしまったのだ。

 村人達が逃げた方向を見つめながら悩んでいると、村の方で爆音が起こった。

「………っ」

 流衣は唇をぐっと引き結んだ。

 ともすれば震えだす足を叱咤して、村の方に行く覚悟を決める。

『ぼ、坊ちゃん!?』

 オルクスの制止を無視して村へと走りだす流衣。

 怖い。

 怪我をするのも、暴力を見るのも。

 言葉の暴力ですら恐ろしく感じるから、この先にあるだろうものを見るのは怖かった。

 でも考えてみて欲しい。

 あのさばさばとした少年は、そこへ迷わず突っ込んでいったのだ。

「ううっ、もう、どうにでもなれ!」

 それでもやっぱり流衣は流衣なので、悲壮な顔で目尻に涙を浮かべ、必死で手足を動かして走るのだった。



 いきなり剣が爆発するとは予想外だった。

 爆発の衝撃で吹き飛ばされ、背中を地面に打ちつけたリドは激しく咳き込んだ。直前で風でもってガードしたからまだマシだが、それをしていなかったら真っ黒い焼死体が一つ出来上がっていたことだろう。

「ちっ、運の良いガキだ」

 大男は悪態をつき、忌々しそうにリドを見下ろす。

 しかし打ち付けた衝撃で動けないと気付くと、口元を意地悪くひん曲げた。

「だが、その運もここまでみてえだな」

 まるで恐怖を誘うようにゆっくりとリドへ近づいていき、

「蹴りの分だ」

 と言って、腹に蹴りを入れた。

「ぐっ」

 リドは苦鳴を漏らす。

 それに反応した風の精霊達は、すぐさまリドの周りに渦をなし、鋭い刃となって大男を急襲する。

 流石にそれには対応しきれず、大男の腕や足に細かい裂傷が出来た。

「っつうっ、この、ふざけやがって!」

 頭に血が昇った大男は、大剣を振りかざす。

「死にやがれっ、クソガキ!」

 そうして思い切り振り下ろそうとした刹那、しかしいきなり飛んできた薪が額を直撃し、思い切り空振った。

 一瞬、星が見えた気がしたのを頭を振って追い散らし、勇気ある闖入者を睨みつける大男。

 そこには、青い顔をしている子羊が一匹、震えながら立っていた。



 その子羊こと折部流衣は、どう見ても悪役にしか見えない怖いおじさんを必死で睨み返した。

「あああ、あの、やめろ! というかあの、やめて下さいというか。ええと、すみませんーっ!」

 どもりながらも制止しようとして、結局謝ってしまう流衣。

 謝るなら最初から口を出すなという話である。

『坊ちゃん、頑張って!』

 健気な使い魔は、そんな主人を応援する。

「てめ……、逃げろっつったろ……が」

 あちこち傷だらけのリドが、地面に伏したまま、呻くように言う。

 それを目にしたら、頭が真っ白になった。

「リド!」

 急いで駆けつけたかったが、すぐ側に大男がいるので出来ない。

 リドは動けない様子だが取り立てて大きな怪我はしていないようだ。それをざっと確認し、ひとまず安堵する流衣。

「あん? なんだあ、お嬢ちゃん。いけねえなあ、こんな所にいちゃあ」

 大男が愉快げに口元を歪める。

 それにつられ、手下の盗賊達も下卑た笑いを漏らした。

 これには流石の流衣もむっとした。

「僕はお嬢ちゃんじゃなくて、男だ!」

 思わず言い返すと、ますます楽しげな顔をする大男。

「お嬢ちゃんみたいなお坊ちゃんが何の用だ?」

 更にむかっとするが、流衣は質問に口ごもる。一応探しにきたのだが、探してどうするかは考えていなかった。ここは助けて逃げることに目的を変更しよう。

(考えろ、考えろ。どうすればリドを助けられる?)

 そこでさっきの爆音を思い出した。

 ――そうだ! 点火の術だ!

「……一応、助けに、かなあ」

 大男の問いに返しながら、魔力を練っていく。

 右腕が青く光った。

(さっきみたいに、ロケットのイメージで)

 そうすれば初歩の術でも――。

 大男がそれに気付いた瞬間、流衣は叫んだ。

 ――攻撃出来る!

「ファイアー!!」

 腹に力を込めて思いきり叫ぶ。

 すると、大男を基点とし、大爆発が起こった。



 爆発により大男がブスブスと煙を上げて倒れた後の変化はすさまじかった。

 頭が負けたと見るや、手下達は魔法使いがいるということに恐れをなし、それこそ蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのである。

 リドは地面に仰向けになったままそんな盗賊団を見送って、あいつらもこの男に押さえつけられていただけなのかもしれないと頭の隅で考えていた。全員がそうではないだろうが、何人かくらいはいるのではないだろうか。

 あんな、炎の術を使うような奴だ。あれがなくても凶暴で恐れられていたのだから、手下達の恐怖もひとしおだろう。

「は、はははははっ」

 リドは声を立てて笑った。

 あちこち痛いは、肋骨はみしみし悲鳴を上げてるは、格好悪いことこの上ない。

 一人で片を付けるつもりだったのに、よりによって、見るからに臆病そうな少年に助けられるなんて。

 笑い出したら止まらなくなり、無理矢理身を起こしながらそれでも笑い、肋骨が痛んで呻きながら、やっぱり笑っていた。

 今までの呪縛から解き放たれたような、清清しい気分だった。

 これでもう、俺は盗賊なんかじゃない!

 盗賊団の為ではなく、村の為に戦ったんだ。

 その自信が、リドの気持ちを大きく解き放していた。

 しかし、そこでいきなり流衣が倒れこむように座り込んだので、リドはぎょっとして笑うのをやめた。

「どうした、どっか怪我してるのか?」

「……怖かった」

 流衣は今頃になって震えがやって来たらしく、ガタガタと震えながら顔色を悪くしている。声すらも震えていて、心底怖かったのだと推察できた。

「お前……、あれだけすげえ魔法を使っといて、怖いのか?」

 流衣自体はそんなに怖い目に遭っていないように見え、リドは不思議に思った。

「怖いよ……。ここに来るまでに、し、死体とかあって。それに、君は倒れてたし、あと少しで死ぬかもしれなかった」

 両手を地面について、カタカタと小刻みに震えながら、流衣は静かに泣いていた。雫が地面に落ちて沁みこんでいく。

「あんな、ちょっと強く念じただけで爆発なんて起こした……。怖くてたまらないよ。ここはこういう場所なんだ……」

 耐え切れなくなったのか、流衣は固く目を閉じて、嗚咽混じりに泣き出した。

「坊ちゃん……」

 肩のオルクスはそれ以上何も言えず、無言のまま頬へと身を寄せた。

 異国の雰囲気をした小さな少年がオウムの姿の使い魔と寄り添い、悲鳴を上げるように泣いている様を、リドもまた言葉を失くして見守る。かける言葉が何も思いつかず、もしかけられたとしても白々しくなるだろう為に口にも出来ず。

 ただただ流衣が泣き止むのを待ちながら、とある決意を胸に覚えた。



「まさか一緒に来るなんて思わなかった」

 柔らかい朝の日差しの差し込む道を、リドと並んで歩きながら、流衣はまだそのことが信じられなくて意外そうに言った。

「お前それ何度目だよ」

 リドが苦笑気味に返す。

 でもやっぱり信じられない。

 リドの怪我は、オルクスに頼んで治してもらった。他にも村人達の怪我も治してもらったのだが、死者を八人も出して村は沈んだ空気に包まれていた。

 それでも村長には感謝された。あの盗賊団は男は皆殺しにするのが普通だったようで、流衣の魔法とリドの剣技のお陰でむしろずっと生き残ることが出来たからだ。

 ちなみに余談であるが、あの盗賊の頭は魔法使いではなかったらしい。魔法効果を付与した剣を使っていただけなんだとか。それでも脅威には変わりはないが。

 そんなことを白状させられた頭は、王国の辺境警備隊に引き連れられて村を去っていった。今までの罪状が罪状なので、極刑になるのは間違いないらしい。今後、逃走した仲間の炙り出しに精を出すと、辺境警備隊の役人は豪語して帰った。そうなると良いと流衣は思った。

「今回の件で、俺は正式に村人って認められたんだ」

 リドは清清しく笑った。

「帰る場所が出来た。ありがとう。感謝してるんだぜ、これでも」

「僕は大したことしてないと思うんだけどなあ。頑張ったのはリドでしょ?」

 そこで礼を言われるのが流衣には心底不思議だ。

「それでついてくるなんてのも、何だか悪い気がするしなあ」

 正直、現地人と行動できるのは助かるのだが、恩に着せて引っ張り出したみたいで心苦しい。

「それだけなわけねえじゃん。今回のことで思った」

「え?」

「お前、野放しにしてると死ぬ」

「うっ」

 痛いところを突かれ、流衣は怯んだ。

 確かに、その辺を歩いてるだけで野垂れ死ぬ自信はある。

「そんなこと、使い魔のわてが、させませんヨ!」

 オルクスが肩から叫んだ。

「……ま、他にも理由はあるんだけどな」

 そう呟いたリドだが、そのことについては深く触れない。

 実の所、怖いと言って泣いていた流衣を見て、あまりの心の脆さに放っといたら壊れるんじゃないかと不安になったのだ。あとの残りは、そんなことで泣く流衣だから、今後どうなるのかついていって見届けたくなった、という理由だ。

(教えてくれる気はなさそうだなあ)

 横へと視線を投げたリドを見てそう踏んだ流衣は、理由を聞き出すことは諦めた。

 どっちにしろ、一緒に旅をするというのは大歓迎である。

「分かったよ、もう聞かない。これからよろしく、リド!」

 流衣が笑顔で右手を差し出すと、リドは目を丸くして流衣の手を見る。ひどく驚いた顔で右手を見つめていたが、やがて唇を笑みの形にし、しっかりと握り返してくれた。

「こっちこそよろしく!」

 そうして握手を交わしてから、ふいにリドが言いにくそうに言う。

 流衣は、リドが昔「風切のリド」と呼ばれていた話を聞いて、首を傾げた。

「風切?」

「そ。俺はその呼び名が嫌いでさ、何か別の呼び名を考えて欲しいんだわ」

「うーん、そうだなあ」

 流衣は首を僅かに傾げ、考えてみる。

 風切というのは、リドが風を扱うことからついた名なのだろう。ということは、風にまつわる名前が良いわけだ。

「あ、そうだ。風見鶏のリド、なんてどう?」

「……だっせー」

 しかし思いついた名前は、あっさり切り捨てられた。

 聞いた俺が間違ってた、みたいな目をされたので、流衣はそこからひねって答える。

「じゃあ、風見(かざみ)のリド。“風で切る”んじゃなくて、“風を見る”から。平和っぽくて良いと思わない?」

「なんか、適当にでっちあげたみたいな気がするが……。風を見る、か。うん、良い感じがするな」

 リドはぶつぶつと何度も、風見、風見、と呟いて、しばらくして大きく頷く。

「決まり! 俺は今日から『風見のリド』だ。よろしくな、親友!」

 ばしんと肩を叩かれて、流衣は反動でよろめきながら目を丸くする。

「し、親友って……」

 まだ会って一日しか経っていないのに、親友なのか。

「なんだよ、戦闘を共にして、同じ竈の飯食ったんだから、十分親友だろ!」

 流衣の困惑をお構い無しに、リドは陽気に笑っている。

「それって戦友じゃないかなあ。でもまあいっか」

 流衣は声を上げて笑った。

 異世界二日目、親友が一人出来た瞬間だった。



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