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おまけ召喚 第一部 異界より来たる少年  作者: 草野 瀬津璃
第四幕 忘れ去られた人魚姫
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二十章 霧の徘徊する町 2



 ――どうも嫌な町だね。

 リドは相変わらず居住スペースの箱型の荷台(なのか?)の屋根にいて、あぐらをかいて頬杖をつき、頭の中でぽつりと呟いた。

 天気の悪さがそう思わせるのだろうか。それにしたって妙な感じだ。

 風の精霊達も今日は静かだし、どうも調子が狂う。いつもはざわざわしていてうるさいくらいなのに。流石に寝ている時は静かにしているようだが、元来、風の精霊というのはお喋り好きなのだ。

(ま、他の精霊がどうだか知らねえが……)

 頭の片隅で呟き、気に食わないオーラを出しながら、ランスとサジエとジェシカが地面に棒切れで絵を描いているのを見るともなく眺めていると、表口の方から黒髪の背の高い少年が出てきた。

「ディル!」

 呼びかけると、ディルは辺りをきょろりと見回し、けれど声の主が見つからず、首を傾げた。まるで空耳かとでもいうように、頭を振ってそのまま出て行こうとするので、もう一度呼ぶ。

「こっちだ、こっち!」

 二度目でようやく分かったらしい。

 ディルは眼鏡のレンズ越しに屋根を見上げ、リドに気付くや呆れた顔になった。

「またそんな所にいるのか」

 ついでに呆れた声も加わった。

 リドは屋根から飛び降りた。軽い足取りでディルの方に近付く。

「どっか行くのか?」

「いや。あんまり暇なのでな、その辺のスペースで鍛練(たんれん)でもしようかと」

 言われてみれば確かに、ディルは右手に木剣を持っていた。

「いいねえ、俺も暇してたんだ。手合わせしようぜ」

 リドがにやりと笑うと、ディルも不敵な笑みを浮かべた。

「ではそうしよう。だが風は無しだぞ」

「そっちも魔法は無しな」

 リドも返しながら、ベルトから(さや)の付いたダガーを引き抜いた。鞘付きのままなら平気だろう。

 それぞれ木剣とダガーとを構え、向き直った所で、流衣がとぼとぼと裏口から出てきた。肩を落として溜め息までついている。

 リドとディルは顔を見合わせ、ひとまず武器を下ろす。

「どうした、湿気(しけ)(つら)して」

 リドが声をかけると、レシピ本を取られたという謎の返事が返ってきた。

 話を聞くに、調理道具の使い方やレシピ本の見方をルディーに教えたところ、ルディーが面白がって一人で作ると言い出し、野菜の下準備だけ手伝わせて流衣を調理場から追い出したとのこと。そういう訳で溜め息をついているらしい。

「良いじゃん、面倒な仕事が減ったと思えば」

「僕は楽しかったんだよ」

 恨みがましい顔をする流衣。それから、初めてリドとディルの手元に気付いて、バツの悪そうな顔になった。

「ごめん、もしかして試合中だった?」

「今から始めるところで、まだ始めていないぞ」

 ディルが返すと、あからさまにほっとした顔になる。

「じゃあ邪魔しないから続けてよ」

 流衣はそう言って、ジェシカ達の方に行ってしまう。するとジェシカが流衣の上着の裾を引っ張り、自分の描いた絵を自慢し、それを流衣が褒めた。しかしランスが難癖をつけたので、軽くジェシカと言い合いに発展し、そんな二人を慌てて宥める図へと変貌していった。

 どこに行っても流衣は仲裁役になってしまうらしい。

 するとその騒ぎを聞きつけたのか、オルクスがピンク色の馬車から飛んできて、流衣の肩に止まり、満足げにふんぞり返った。

 一部始終を見てディルは愉快そうにクツクツと笑っていたが、やがて笑いを納め、先程と同じように木剣を構える。リドも気を取り直して構える。

 すうと息を吸い込みながら、ディルと対峙する。見た所、隙は見当たらない。騎士見習いは伊達じゃないらしい。

 向き合っているだけでは時間が過ぎるばかりなので、リドの方から思い切って打ち込んだ。

 カァン!

 甲高い音がして、木剣がダガーを受け止める。

 普段あんな馬鹿でかい大剣を振るっているだけあり(といってもまともに振るっているのを、未だ見たことがないが)、剣が重い。成る程、ディルは馬鹿力の持ち主らしい。

 そのまま二、三回剣を交え、すぐさま離れる。

 今度はディルが打ち込んできた。

 真正面からの突きをかわす。するとそのまま下段に振り抜かれた。

「っと!」

 上へ飛び上がり、トンボを切って後方へ着地する。

 リドは身軽でスピードはあるが剣の腕は自己流だ。正統な流派でこられると厳しいものがある。

「はああ!」

 気合のこもった声とともにディルが追撃、木剣を上段へ一閃する。

 リドは一閃される寸前にダガーを空へと投げあげ、しゃがんで木剣をかわす。

 そしてそのままディルの後ろへ滑り込み、落ちたきたダガーを左手で掴んでディルの首めがけて真横へ振り抜いた。

 ガン!

 完璧なフェイントだったが、それすらもディルは受け止めた。

 リドは舌を巻いた。バッとディルから距離を取る。

「あれを止めるのかよ。どんな運動神経してんだぁ?」

「馬鹿をいうな、冷や汗ものだ! 剣士との決闘ではあんな攻撃はされん!」

 ディルは焦ったように言い返してきた。

 リドはぺろりと舌を出す。

「だって俺、剣士じゃねーもん。我流だしな」

「我流であれか……」

 ディルは木剣を両手で構えたまま、歯噛みする。

()らなきゃ殺られるとこで生きてたもんでね。端から実戦で育ちゃあこうなるんじゃねえの?」

 リドはこんこんとダガーの鞘の背で右肩を叩きながら、軽く返す。全くの自然体であるが、それなりに警戒はしている。

「――ふ。私とて修行で実戦は積んでいるつもりだ」

 ディルは息を吐き出すように笑い、また剣を構えてリドへと突っ込んできた。

「突撃型なら槍の方が良いんじゃねえ?」

 今度は避けることはせず、真正面から受け止める。

 ギリギリと剣の押し合いをしながら、リドはそう問う。

「魔法があるから槍でなくともフォロー出来るのだ」

 ディルも木剣を押しながら言い、そこで誰かが合図でもしたかのように二人は離れる。

 そして、木のぶつかる甲高い音を立てながら、連続で打ち合う。

 初めは軽い訓練程度のつもりだったのに、だんだん白熱してきた。

 素早い剣撃の応酬に、横で絵を描いていた流衣達もいつの間にか息を詰めて見守ってしまっているくらいだ。

 ランスとサジエは拳を握り、「いけ」「そこだ」と応援し始める。ジェシカまでも「カッコイイ」と目を輝かせている。

 やがて勝負がついた。

 ディルが右へと腕を振り切り、リドのダガーを弾き飛ばした。


  *  *  *


「あーあ、負けちまった」

 肩の高さへ両手を上げて、リドが残念そうに言った。

 流衣はランス達とともに盛大に拍手する。手合わせのはずなのに、熱のこもる戦いっぷりだった。

「これって、ディルさんの方が強いってこと?」

 軽く興奮気味に両手を身体の前で握り、サジエが好奇心たっぷりに問う。

 リドは弾き飛ばされたダガーを拾い上げ、土を払い、ベルトへ差す。

「さてねえ、実戦だったらどうかな。元々俺は二刀使いだし、風もあるしぃ?」

 口の端を僅かに持ち上げ、リドは好戦的にディルを振り返る。ディルも負けじと言い返す。

「私とて魔法がある」

「でも大剣相手じゃ、俺みたいな短剣の方が有利だぜ?」

「……近づけなければ意味がなかろう」

 一瞬言葉に詰まってから、ディルは短く息をついてそう言った。不利なのは十分理解しているのだろう。

「あはは、でもどっちにしろ、僕だったらどっちが相手でも瞬殺だろうね」

 全くもって敵わない自信ならある。そんなちょっと情けない気分で、流衣は半笑いする。

 一秒もったら奇跡なんじゃないかと思う。本気で。心の底から。

「君は後方支援型だろう?」

「そーそー、どう見たって前線タイプじゃねえって」

 真面目にディルが返し、それに頷いてリドも軽く、でも真面目に言った。

 いや、そこで真面目に返されても返す言葉がないのだが……。

 軽く笑い流して欲しかった流衣からすれば、ますます苦笑いになってしまう。

「それに俺らがルイに剣向けることはまずねえし、安心しろって」

 右手をひらひらさせてリドは軽ーく言う。

「そうだな。剣を使わない相手には決闘は挑まぬから安心しろ」

 ディルもうんうんと頷き、微妙にずれた言葉を付け足した。

「う、うん。ありがとう?」

 礼を言うところだろうかと首を傾げつつ、一応言っておく。

「なあなあ、もう決闘しないのか?」

 ランスがうずうずした調子に訊く。

「決闘ではないぞ、手合わせだ。どうするリド、私は構わぬぞ」

 精悍な顔で爽やかに言うディルを、リドは暑苦しげに眉をひそめて見る。

「ディルみてえな体力馬鹿と一緒にすんなよ。俺は一回戦だけで十分だ。はあ、やっぱちっとなまってるな」

 そう言って、リドがぐるぐると肩を回したりしていると、ますますディルの笑顔が素晴らしい輝きを放った。

「それなら私とともに修行をするか! 遠距離走、腕立て伏せ百回、腹筋百回、背筋百回で、あとは……」

 嬉々として修行メニューを並べ立て始めるディル。リドの顔が引きつった。

「……何でそんなのを毎日して、脳ミソまで筋肉にならねえんだよ?」

「ふむ、勉学も(おこた)らぬこそ騎士の務めだ!」

「お前は一体騎士を何だと思ってんだ!」

 何事につけて「騎士の務め」を持ち出してくるディルに、リドはたまらず突っ込んだ。

「むっ、何とは奇異なことを。騎士たるためには限りの無い体力を持つことが必要なのだぞ。また、民衆の誰しもに認められる為には公正さと寛容さと礼節が求められ、その為には勉学も欠かせぬし、兵法を学ぶことも必要であって……」

 ディルはしかつめらしく、ああだこうだと説明を始める。止める隙が見つからないくらいの熱弁っぷりだ。普段の、どちらかといえば口下手に思える端的な口調とは程遠い。話し方は相変わらず固いけれども。

 延々と続く話を聞きながら、流衣はだんだん眠くなってきた。

 隣にいるランス達も微妙な顔をしていて、今にもここから逃げ出したいように見える。

「あーディルさん? 悪いんだけど、そこら辺でやめてくれる?」

 訊いたことを物凄く後悔した顔で、リドは無理矢理言葉を割り込ませる。

「む、残念だな。もっと聞きたければいつでも言ってくれたまえ」

 ディルはにっこりと笑った。爽やかな笑みのはずなのに、どことなく暑苦しい。

 流衣達は乾いた笑みを浮かべ、曖昧に頷く。

「ん……?」

 急にディルの姿が白く霞んで見え、流衣が疲れ目だろうかとずれたことを思った刹那(せつな)、瞬く間に視界が白い霧で覆われた。

「霧……?」

「朝でもないのに、何だいきなり」

 リドが怪訝に呟いた声と、ディルの不思議そうな声が霧の向こうから聞こえた。

 霧はあっと言う間に濃くなり、一寸先にいる人影すら見えなくなる。


 ――霧が出てきたら建物の中に逃げるのよ。


 魔法道具屋の老婆の声が、急に頭によぎった。

「霧だ! 建物の中に逃げなきゃ!」

 サジエが一足先に気付いて焦った声で叫んだ。流衣は咄嗟(とっさ)に、側にいるだろうジェシカの手を掴む。

「ジェシカ、中へ入ろう」

「うん……」

 ジェシカの不安げな声が下の方から返る。

 流衣は記憶を頼りに、劇団の調理場のある裏口へ向かう。が、三歩もいかないうちに、息を呑むような音がして、ジェシカの動きが止まった。

「ジェシカ? どうしたの?」

 流衣がジェシカの手を軽く引っ張るがビクともしない。

 それどころか硬直して後ろの方を見ているのに気付く。

 何だろうと思って、流衣もそちらに目を向ける。しかし見えるのはせいぜいジェシカの頭くらいで、それより向こうは霧のせいで見えない。

「ジェシカ……?」

 どうしたんだろう。早く建物の中に入りたいのに動かないのに焦れ、流衣は少し腰をかがめてもう一度ジェシカの名を呼ぶ。

「キャアッ」

 ジェシカがいきなり引きつった悲鳴を上げて腰にしがみついてきた。突然のタックルにたたらを踏み、怪訝な顔になる。

 一体どうしたっていうのか。流衣はさっぱりな状況にお手上げの状態で、ジェシカの方を見ていた顔を何気なく上げる。

「!」

 流衣は腰を抜かしそうになった。

 すぐ目の前の空中に、白い仮面が浮かんでいた。右側が笑顔、左側が目を閉じていて、左側の目蓋の下に涙の雫が青くペイントされた仮面だ。加え、真ん中に鼻の凹凸(おうとつ)も含めた黒いラインが引かれている。

 が、よくよく見れば仮面が浮かんでいるのではなく、黒いドレスを着た女の人がこちらをよく見ようと顔を突き出しているだけだった。不思議なことに、この濃霧(のうむ)の中でもドレスの黒はよく見える。ごてごてとしたゴシック調のドレスだ。――まるで喪服みたいな。

 そこまで気付いて、ふと疑問を覚える。こんな女の人がいつからそこにいたのだろう。こんな人が近付けば、嫌でも気付きそうなものだが……。

「あの……?」

 しかも何だか不躾にじろじろ見てきて、その上ジェシカへと紫色のマニキュアの塗られた青白い右手を伸ばすので、ちょっと不気味になって問う。

「ジェシカに何か?」

 流衣の問いに、女の人の手がぴたりと止まった。

 彼女は小首を傾げる仕草をした。ひっつめに結い上げられた金茶色の髪が揺れる。

「あなた、私が見えるの?」

「――え」

 くぐもった声がそう問いて、訊かれた内容に遅れて気付き、流衣は背中の毛穴がバッと開いて冷や汗が吹き出た。

 その問いかけってまさか、もしかしていやもしかしなくてもそっち系ですか。

 めまぐるしい勢いで頭が結論を叩き出す。

「あ、あのっ、成仏して下さい!」

 流衣は裏返った声で一方的にそう叫び、女の人に背を向け、脱兎(だっと)(ごと)く逃げ出した。勿論、ジェシカを腕に抱えて。もうなりふり構ってはいられない。幽霊なんてそんなまさか。怖すぎる!

 恐怖の余り、ほとんど当てずっぽうで調理場の裏口へと走ったのだが、どういうわけか幾ら走っても辿り着かない。

(え? あれ?)

 しかもおかしなことに、近くに木や茂みもあったはずなのに、何にもぶつからない。

「ルー兄ぃ」

 ジェシカも異常事態に気付いたようで、泣きそうな声を出して首にしがみついてくる。

「ぐえっ」

 その衝撃で、流衣は思わずうめき声を出した。

 子供の力とはいえがっちり首をホールドされ、ひたすら走っているのもあって酸欠で目の前がクラクラしてきた。

 しかし立ち止まる勇気はなかった。後ろからヒタヒタとついてくる足音がしていて、きっと止まったら捕まるのだと思った。

 捕まる? 捕まってどうなるのだ?

 そこで今までの人生で聞いてきた怪談が走馬灯のように頭を横切り、流衣はますます恐ろしくなって足を速めた。必死だった。死に物狂いとはこういうことなんだろうと頭のどこかで冷静に呟く自分がいて、そんなことを考えている暇があったらもっと早く走れよこの足! とそんな自分に腹を立てる。

 どれくらいそうしていたのか、突然横から腕を掴まれ、どこかへ引きずり込まれた。

 流衣とジェシカは揃って悲鳴を上げた。


 *  *  *


 どこからか霧が湧いてきたかと思えば、消えるのもいきなりだった。

 サジエが建物の中へ入ろうと言っていたのを覚えてはいるが、呆気にとられていたので中へ入るどころではなかった。

「?」

 きょろりとディルは周囲を見回す。

 ランスとサジエは調理場に逃げ込んでいて、戸口から外を覗いており、リドもまた唖然とした顔で事態を把握出来ていない様子だった。

「――あれ? ジェシカは?」

 調理場内を見てから、ランスが声を漏らした。

「ルイもいねえぞ」

 リドの声に、ほんとだ、と呟くサジエ。

 どうしたの~? というルディーの能天気な声が場違いに響く。

「あの数秒でどこへ?」

 まるで狐につままれたようだ。

 ディルは答えを求めてその場にいる人達を順に見る。

 やがて事態を聞いたルディーが昼に聞いていた話を披露して、場に何ともいえない沈黙が下りた。


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