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おまけ召喚 第一部 異界より来たる少年  作者: 草野 瀬津璃
第三幕 少年公爵の災難
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十八章 襲撃者 4

*この話中、戦闘表現があります。



 朝日が昇るとすぐ、野営地を片付け、一行は出発した。夜のうちに追っ手が距離を詰めているとも限らないので、警戒した結果だ。

 だが心配は杞憂のようだった。追っ手は完全に撒いたようでそれ以降は魔物以外の襲撃には遭わず、三日をかけてリーネクラウの森を抜けてポロックの町に辿り着いた。

 この町はこぢんまりとした田舎町で、二メートルほどの高さの塀に町を取り囲まれている他は、灰色の石材といい殺風景な所だ。灰色の四角い家並みの中、赤色の屋根の四角い塔がぽこんと真ん中に突き出しているのが特徴といえば特徴か。町に入ると、その塔からちょうど昼時の鐘が鳴り響いていた。

 こぢんまりとしてはいても、ヒノックへ通じる街道があるのでそれなりに人数は多く、街道の通るメインストリートにはばらばらと行き交う人が見受けられる。

 流衣達は町一番の宿にヴィンスを送り届けると、ウィングクロスの支部に向かった。そちらの宿の警護は神官達が担当するから、明朝までは自由にしていて良いとのお達しだった。


 ウィングクロスに宿舎を取り、大きな荷物を部屋に置くと、その足で流衣達はすぐにまた町へと出かける。この町は川魚がおいしいのだとディルが言うので、美味い食堂に連れていってもらうことになったのだ。

 そうしてやって来た〈小鳥屋(ことりや)〉という名の食堂は、昼時が少し過ぎた頃だというのにガヤガヤと騒がしかった。

 一つ断っておくが、名が〈小鳥屋〉だからといって別に小鳥を売っているわけでも、小鳥がいるわけでも、小鳥を食材にしているわけでもない。

「いらっしゃい、三名様ね? えーと、あっちのテーブル空いてるからあっちへどうぞ」

 茶色い髪をポニーテールにした、小鼻に浮いたそばかすが愛嬌のある給仕の少女がはきはきと言って席を指差す。

 そして彼女はすぐさま空の食器が積み重なった盆を持ち、テーブルや椅子の隙間を縫って調理場の方に消えていく。くるくると動き回っていて、目にも爽やかだ。

 流衣達は五人がけの丸テーブルに座り、メニューを広げた。

「僕、これにしよう。ブルーフィッシュの塩焼きセット」

 流衣はすぐにメニューを決めた。久しぶりに焼き魚が食べたかった。ここの食事はおいしいのだが、どこかこってりめで、薄味派の流衣にはちょっと重たいものが多い。だから時間がある時に調味料を探したりして、調理場を借りて自分で作ろうと画策中だ。

 じゃあ俺はこれー、と、リドが魚の唐揚げを選び、ディルは散々悩んで魚のグラタンにした。

 給仕を呼んで注文し、しばらく雑談していると、急にカウンターの方に女性が進み出た。パチパチと拍手が巻き起こる。

 色とりどりの衣装を身に纏った女性はキャラメル色の髪と青い目をしていて、竪琴のような物を抱えている。女性はにこやかに客を見てから、優雅に一礼した。

「こんにちは。わたくし、こちらで歌わせて頂いております、リメラン・スクレドニと申します。この通り、吟遊詩人をしております。宜しければ、皆様方のお食事に彩りを添えたいと思うのですが」

 リメランは艶やかに微笑み、客達はいいぞいいぞと喝采を飛ばす。

「では一曲。歌の名は『風を追い越して』です」

 ポロロン、ポロン、ポロロン……

 竪琴の音が軽快なリズムを響かせ、リメランが女性にしては少し低めの声音で明るく歌いだす。

 昼間にぴったりなアップテンポな曲だ。

 歌の中身は、旅人が馬を駆って風をも追い越し、果てしなく旅を続けていくというものだった。

「いやあ、いいねえリメランの歌は。何度聞いても心が楽しくなる」

「ああそうさ、俺はここ最近、いつも励まされてるよ」

「移動劇団が明日発つんだろ? それじゃあ今日までか、聞けるのは」

 客達がざわざわと話していて、流衣の耳は何となくそれを拾った。

(移動劇団なんてあるのか。じゃああの人はそこの人ってことなのかな)

 運ばれてきた料理を咀嚼しながら、そう思ってリメランを見た。吟遊詩人なんて見たのは初めてで、珍しい。

 しかし初めこそ関心を覚えたものの、だんだん意識が料理に移っていく。

「うわ、おいしいなあ。絶妙な塩加減だ。どうやって焼いてるのかなあ、網かなあ」

 頬をほころばせてつい呟くと、リドの目がキランと光った。

「そんな美味いのか? っと隙あり!」

 フォークが魚をかすめ、魚の肉片を横取りされる。

「あっ、ひどいよリド!」

 流衣も負けじとリドの皿にフォークを伸ばしたが、届く前に皿ごと避けられた。

「俺のはやらん。――お、確かに美味い」

「ずっるー」

 流衣はむくれて恨みをこめてリドを見やる。しかしリドは涼しい顔だ。

 仕方が無いので、ちらりとディルの方に視線を移す。彼はピシッと背筋を伸ばした姿勢で、行儀よく食べているが食べ方は早い。そしてそのまま黙々と咀嚼して、ちらりとこちらを一瞥。

「言っとくが、私のはやらぬぞ」

「見ただけだよ」

 先に断られた。まだ何も言ってないのに。

 ますます膨れ面になりつつ、これ以上食べられないうちにと、自分の分を急いでかきこむ。

 おいしいな~。ブルーフィッシュかあ。干物でも売ってないかな。

 干し肉があるのだから干し魚だってあるはずだと思う。

 食事はおいしいし、BGMには素敵な歌がついてきて、何だか色々と得したような気分になる。

 ――カラン。

 店の扉についた鈴が乾いた音をたてた。新しい客の来訪を告げたその音を境に、店内の陽気な空気は重いものへと一変した。

 黒いローブ姿の者が三人いて、フードを目深に被っている。体格的に見て恐らく男だろう。一番背の低い老人らしき者は杖を持ち、背の高い者は手ぶら、もう一人は背中に弓矢を背負っている。三人は、首から同じ形のネックレスをかけている。文字のような形の不思議な記号だ。

 何故か店内が静まり返り、息をするのにも緊張を覚えるような張り詰めた空気に、流衣は居心地の悪さを覚えて何となく肩を強張らせる。どうしたのかと不安を込めてリドを見ると、リドもまた他の客同様、眉を寄せて厳しい表情をしていた。ディルの方は苦々しい顔だ。

「ネルソフよ……」

 誰かが不安そうに口にした言葉が、流衣の耳に届く。

「闇魔法使いがどうしてこんな所に……」

 不安と嫌悪と恐れを含んだ言葉が客達の間でさわさわと交わされる。

 そんな中、給仕の少女が意を決した様子で前に進み出てきた。

「いらっしゃい、三名様で良いかしら?」

 例え気に食わない相手だろうと客は客。何か問題を起こされたわけでもないので、こうした応対をせねばならない。

「ああ」

 三人の中で一番背の低い男がしわがれた声で返事をする。どうやら老人のようだ。

 給仕は開いているテーブルに男達を案内し、すぐさま逃げるように踵を返す。

 居心地の悪い空気の中、今までいた客が、一人、また一人と徐々に店を後にする。

「……ネルソフって?」

 流衣はこそこそとディルに問う。

 ディルは男達の方を気にしながら、囁くような小さな声で答えた。

「闇属性の魔法を使う魔法使いの裏ギルドのことだ」

「そうなんだ、ありがと」

 流衣もまた声をひそめて返す。

 オルクスが説明してくれていたから、それで十分伝わった。

 ちらりとネルソフの男達の方を見ると、まるでそこだけに影が落ちているかのような暗い空気を漂わせている。

 ふと、先程の老人の足元の影に目がいった。気のせいか揺らいで見えた。それどころか蛇みたいなものがのたくっている。

 不気味な光景にゾッとして、慌てて目を反らす。あれが闇の魔法なのかもしれない。

 食事を終えると、リドがすっと立ち上がる。

「出るぞ」

 流衣とディルに反論はなく、頷いて立ち上がり、代金をテーブルに置いて店を出た。



 今しがた出て行った少年達を一瞥し、老人はフンと鼻を鳴らした。

「――気付いたか?」

 一番のっぽの男に前振りもなく問う。メニューを見ていた男は何をだと問い返す。

「さっきの(わっぱ)、ワシの“影”に気付いとったわ」

「それはまた目の良い子ですね」

 軽薄な響きをもった声で、もう一人の男が言う。言葉使いは丁寧なのに、軽い感じしか覚えない。中肉中背のどこにでもいそうな男だが、雰囲気は得体の知れないものだ。

 のっぽがウヒヒと愉悦に目を細める。

「そりゃ面白い。爺さん、狩るんなら俺に行かせてくれよ」

 三人の中で、こののっぽの男が一番厄介だった。場も弁えずにそんなことを言い出すのっぽに、自然、老人と丁寧口調の男は眉をひそめる。

「左様なことをこのような場で言うでない。それに、ワシは面白いと言っただけでどうこうする気などはない。今は仕事中であるしな」

「そうですよ、グドナー。我々には遊んでいる暇はありません。誰かさんの術の悪さに、標的に逃げられたのですからね」

 丁寧口調の男が嫌味っぽく言い、グドナーと呼ばれたのっぽは顔を醜悪に歪ませる。そして嫌味を返す。

「はん、木から落ちてのびてた奴に言われたくねえや」

「何ですって……?」

 丁寧口調の男の目が氷のように冷たくなる。

 静かに臨戦態勢に入った二人を、老人が止める。

「どうやらさっきワシの言ったことをもう忘れたようじゃな。こんな所で口にするなと言うたのだがのう?」

 老人の目が冴え冴えと冷たい光を灯す。闇の中、鈍く光る猛禽類の目のようなそれに睨まれ、男二人は怯えたように身を竦ませて大人しくなった。

 老人はそれでようやく眼光を緩め、メニューに視線を落とす。

「――さてのう、何を食すとするかのう」

 まるで何もなかったかのように、老人は呑気に呟いた。


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