十八章 襲撃者 3
完全に追っ手を振り切ると、安全そうな所まで進んでから馬車の速度を落とし、夕方の霧生みの時間とともに野営をすることになった。
ヒノックから、リーネクラウの森を抜けてすぐの所にある町は、徒歩で五日。馬車で移動しても四日はかかる道程だというのもあったし、それに何より馬が疲労しているので休ませなくてはいけない。
振動がひどくて少し車酔い気味で、流衣はよろよろと馬車から降りて眉を寄せた。
(うう、まだ地面が揺れてる気がする)
そう思ったが、馬に乗っている人達の方が大変だろうと思い、何も不平は漏らさず、馬に水を与えているリドとディルの方に向かう。
地面に小さな穴を開け、そこにディルが魔法で水を出して水場代わりにしている。魔法って便利だ。
「二人ともお疲れー」
そう声をかけると、それぞれ気軽に片手を上げる。
「よお、そっちもだいぶお疲れみてえだな。ははは!」
リドが流衣を見て笑い飛ばす。ディルの方は苦笑いする。
「馬車酔いか? まああれだけ揺れれば酔いもするか。私はどうも馬車は苦手でな、こっちの方が気が楽だ」
うう、一目で看破された。
よくあるっぽいので気にしないことにする。
「ギュピッ!」
そこで、ディルの上着の合わせの部分、左脇腹の方からノエルが顔を出して可愛らしく鳴いた。そういえば、まだノエルが小さいからいいが、成長したらどうする気なのだろう。流石に上着の中に放り込めないと思う。
「どうやら腹が空いたようだな」
ディルが呟き、ノエルの頭を指でツンと小突く。
「すまぬがもう少し辛抱しろ。他にも仕事があるのだ」
「ピギャアー」
ノエルは不満げに声を上げ、じ――っと流衣を見つめる。
その目がやけにギラギラしているので、流衣は思わずディルから距離を取った。
流衣は昨日の一件以来、不意打ちで魔力を喰われてはたまらないのでノエルから距離を取っている。触らないようにもしていた。
だから嫌われるような覚えはないのだが……。
というか、この目って嫌うというよりどっちかというと。
「チビでも魔物の子ってか? 完璧に捕食者の目だな!」
「やっぱり――!」
リドがケラケラと笑いながら言った中身に、流衣は頭を抱える。
「よっぽどルイの魔力が美味かったのだな」
ディルまで笑い出す。
「いやいや、それって褒め言葉じゃないよね? 僕、餌じゃないよ!?」
思わず杖を握り締め、じりじりと間合いを取る。
「全く生意気なクソガキですね! 幾ら生まれて初めて食べたのが、坊ちゃんの魔力とはいえ、餌認定とは恥知らずな!」
オルクスがプリプリと怒り出し、ノエルに負けず劣らずのギラついた目でノエルを睨みつける。
睨まれたノエルはオルクスの方が格が上だと分かるのか、ビクッとして上着の中に逃げ込んだ。
「こらこら、チビちゃんを脅かさない。町で宿泊中の就寝前とかなら魔力あげても構わないけどさ、今はなあ」
「坊ちゃん! そんな風に、甘やかしてはいけませんっ。子供というのは、何事も、躾が大事なのデスッ!」
「オルクス、もしかして子持ち?」
「いるわけないでしょう! 番もいないのにっ!」
思わず流衣が問いかけると、オルクスは憤然として羽をばたつかせた。
「だあもう、キーキー甲高い声で叫ぶんじゃねえよ、うるせえな」
リドは耳を押さえて文句を言う。なまじ耳が良いので、頭にガンガン響くのだ。
オルクスはリドをキッと睨みつけたが、流衣が遮ったので口を閉じた。
「オルクス、皆疲れてるんだから騒がないであげて。君だって疲れてる時に騒がれたら気分良くないだろ?」
『ぐむむ、坊ちゃんがそう言うなら』
流衣の頭に響く声に切り替え、オルクスはそう返した。
「こちらは一通り片付いたし、あっちの手伝いをしよう」
馬のブラッシングも終え、適当な木の枝に手綱を括りつけて馬が逃げないようにしてから、ディルが言った。
エドガーやアンジェラが焚き火を起こしたり、ヴィンス用なのか一人分の敷物の用意をしたりしている。リッツは馬の世話、ビィは周囲の警戒に当たっているようだ。
流衣達もそちらに行き、雑用を手伝い始めた。
雑用といっても、流衣は料理以外はてんで駄目だ。
だから夕飯の支度を買って出て、調理用ナイフで芋の皮を剥く。流衣の前ではアンジェラが同様に根菜類の皮を剥いている。
リドとディルとエドガーはというと、野営用のテントを組んでおり、ヴィンスは興味を覚えてそちらを手伝おうとしてエドガーに丁重に断られていた。
(あ、こっち来た)
断られて残念そうに肩を落としたヴィンスが流衣達の方にやって来て、焚き火の側の敷物に座る。じーっとアンジェラの手元を見ているので、アンジェラが苦笑した。
「駄目ですよ、ヴィンセント様。貴方は手伝わなくて宜しいのですから」
「分かっています、それぞれに仕事があり、私の今の仕事はじっとしていることです。ですが面白そうですから、少しくらい手伝っても良いではありませんか」
つまらなさそうに少しむくれるヴィンス。
そうしてみてようやく流衣と同じ年頃だと思えた。
「駄目です」
しかしアンジェラはぴしゃりと言い放ち、ヴィンスの我侭を跳ね除ける。
「ディルだって貴族ですのに……」
「彼は修行中で一般人です。よって贔屓する必要はありません」
「…………」
ヴィンスは小さく溜め息をついた。
流衣はクスクス笑いながら、しゅるしゅると芋の皮を剥いていく。あっという間に三つを剥くと、残りにも手を伸ばす。芋はじゃがいもに似ていて、全部で十個ある。
「ルイ、あなた、とても皮剥きが上手なのね。もしかして料理人でもしていたの?」
「いえ、兄が料理好きでよく手伝っていたら自然と覚えただけです。僕に出来る家事はこれくらいですね。他のは相性が悪くて」
あまりこれといった取り柄もありませんし。
アンジェラにそう返すと、アンジェラは目を瞬いた。
「でも今日はあなたのお陰で助かったわよ? そんな風に言うものじゃないわ」
「はあ、まあこうして役立てるのもここに来てからですね。元いた所じゃてんで駄目駄目で……。ところで、あれって何だったんですか? 僕には霧とかは見えないのに、皆見えていたみたいだったから」
流衣はふと思い出し、今がチャンスかと訊いてみた。
「あれはね、闇属性の魔法よ。幻影の術といったかしらね」
アンジェラは剥き終わった人参みたいな野菜を切るのを止め、そう言う合間に、水を入れた鍋を焚き火にセットしていた。てきぱきと器用だ。
「幻影ですか、なるほど」
ヴィンスが納得したような声で呟く。
「それで、多分、あなたの方が術者よりも魔力が大きかったのか、それともあなたの“目が良い”のか、どちらかの理由で、あなたには効かなかったし術を解くことが出来たんだと思うわ。私達にも効いたとなると、相手は結構な使い手ってことね」
「そうなんだ……」
じゃあ自分の方が魔力が大きかったからだろうなと流衣は頷く。
「その“目が良い”っていうのはどういうことなんです?」
「魔法と現実を見極める才能があるってことよ」
「ふうん……?」
よく分からなかった。
「説明しようがないし、分からないならそれで良いわ。元から“目が良い”なら、そうと気付かなくてもそれで十分だし、術にかかったかが分からなくても、不利に追い込まれるだけでどうとでも逆転可能だもの。まあ、今回みたいに森の中に誘導されるのは痛いのだけど」
アンジェラは切り終わった根菜類を鍋の中にゴロゴロ転がす。
流衣も皮を剥き終わったので、まな板を借りて切り分け、鍋に放り込んだ。
あとは鍋が煮立ったところでアンジェラが味付けすれば、スープの完成である。鍋はアンジェラが担当し、流衣はパンを切り分けていく。
流衣は切りながら、ふと疑問を覚えた。アンジェラの口振りといい、不快げな表情といい、闇属性の魔法は悪いもののようだ。どういう理屈なんだろう。魔力と言葉で使えるなら、闇属性の魔法だって誰でも使えるはずだ。
「オルクス、闇属性の魔法って使える人が限られてたりするの?」
こそこそとオルクスに問いかけると、オルクスはさらさらと返す。
『いいえ、そういうことはありません。ただし、闇属性の魔法だけは精霊に働きかけるのではなく、魔王、つまり負の要素に働きかける為、使い手にも悪影響があるのです。そういう害がある分、魔法としても強力なのですが、なにぶん使い手だけでなく対象にも大きな害になりますし、中身が呪術関係や魔物の使役が多い為に、一般的に闇属性の魔法使用者は好まれません。
彼らに呪いをかけられた場合、聖法の術一・解呪を使える神官に頼まなければ解くことも出来ません。ですが解呪するにもリスクがありますので、その神官も命がけとなります』
それほど危険なのか。嫌われるのも頷ける。
『杖連盟――ラーザイナ魔法使い連盟は、闇属性の魔法使用をギルド団員に禁じています。もし使えば脱退処分ですし、悪ければ捕縛されて魔法使いの為の牢獄に投獄し、国の法に照らし合わせて処分しますね。
三年に一度の議会への参加さえすれば、どんなに魔力の少ない魔法使いでも登録可能ですが、入る前に、そういった細かい掟を守ることを約束させられるのですよ。代わりに、ウィング・クロスのような様々な特典がありますが。まあこちらは有事の際には手を貸すことが義務付けられているので、ウィング・クロスのような旅人支援組織ほど甘くはありませんがね。
ああ、だいぶ話が反れましたが、どれだけ禁じても闇属性の魔法使用者はどこにでも生まれますし、杖連盟と敵対している闇魔法使いの裏ギルドもあるそうですよ。そういった魔法使いを取り締まっているのも杖連盟ですね』
「どれだけ嫌われてるのかはよく分かったよ」
流衣は神妙に頷いた。
聞いていると、魔王崇拝の〈悪魔の瞳〉と同等の危ない香りがする。
そんな話をしているうちにパンを切り分け終わったので、皿に乗せていく。
やがてスープも出来たので、簡単な夕飯を摂ることになった。
食事を終えると、エドガーが何かを槍の先で地面に書き始めた。
何してるんだろうと見ていると、二重円を書いて、その周りに文字を書き、真ん中に魔昌石を一つ置いた。それと同じものを、馬車や野営地を含んだ範囲に他に四つ描き、呪文を唱え始める。
「光よ、悪しき魔を遠ざけよ。ライト・クラウン」
魔法が発動すると、一瞬だけパッと魔法陣が光った。
『魔物避けの結界ですよ。この陣の中にいれば、魔物に襲われる心配はありません。出れば別ですが』
オルクスが説明してくれ、そうなんだと陣をまじまじ見つめる。
形としては単純なものだ。知っていたら後でも使えそうな気がし、鞄からノートと鉛筆を取り出してメモを取る。学校の鞄を持ってここの世界に来てしまったから、文房具なら入っていた。鞄は邪魔だから売り払ってしまったけど。幸い、美術の授業があった日だったから鉛筆や鉛筆研ぎも入っていたので重宝している。
「メモしてんのかい? 勉強熱心だな……。って、何だ、それ!」
「何っていうのは?」
仰天したように声をひっくり返させるエドガーを見て、流衣は首をひねる。何を問いたいのか謎だ。
「それだよ、それ! インクではないよな? どうやって字を書いてるんだ?」
流衣の手から鉛筆を取り上げて、手の中で鉛筆をひっくり返したり、先の方を見つめたりするエドガー。すっかり興奮している。
「鉛筆っていう文房具ですけど……、ここには無いんですか?」
鉛筆くらいなら、この世界にもありそうだ。ボールペンは無さそうだが、もしかしたら万年筆ならあるかもしれない。
「文房具? この国のは、この羽ペンとインクが主流だ。こうやって持ち歩くのさ。で、どうやって書いてるんだ? 作り方なんて分かるか?」
懐からキャップ付きの十センチ幅程度の小さな羽ペンと瓶入りのインクを取り出して見せながら、矢継ぎ早にエドガーは問うてくる。ということは、万年筆は存在しないようだ。流衣はエドガーに若干気圧されつつ、素直に答える。
「えーと、炭を固めた物を木の中に入れて使ってるんだと思います。炭素ってことは分かるんですけど、僕の国では普通に買える品なので、作り方を聞かれても詳しいことは分かりませんよ?」
「炭! ああ、確かに燃えさしなんかで地面に文字を書くことは出来るが……」
エドガーは目を丸くし、鉛筆を握りしめたままぶつぶつと呟きだす。
困った流衣は、エドガーをじっと見て、結論を出す。
「良かったら、それ、あげましょうか?」
「いいのか!?」
「はい。僕、まだ他にも持ってますから……」
流衣は頷いて、鉛筆の芯が潰れたら刃物で研ぐようにと教えておく。きっと分からないだろうと思ったのだ。
エドガーは未知の文房具を前に感激し、代わりにならないかもしれないがと、流衣が取った結界についてのメモを見て注意事項などを教えてくれた。五角形になるように陣を配置しなくてはならないとか、最後に魔昌石を置くとかそういったことだ。
「教えてくれてありがとうございます」
流衣は言われたことをメモして、ぺこりと頭を下げる。
「こっちこそ、エンピツくれてありがとう。また分かんないことあったら、いつでも聞いていいぜ」
エドガーは人懐こい笑みを浮かべてそう言い、ポンと流衣の背中を叩いた。
やっぱり叩きやすい位置にあるのだろうかと複雑な気分になりつつ、焚き火の所まで戻る。
そこではディルがノエルに天然ものの魔昌石を与えていた。
ノエルは天然ものの魔昌石の小石をパクッと食べ、ガリゴリとまるでスナックでも頬張るような音を立てて咀嚼している。
これくらい歯が丈夫なのだ、噛み付かれただけであれだけダラダラ流血するのも頷ける。
流衣は昨日のことを思い出してそう思った。
ノエルは貰った分を食べ終わると、ギュピィ~! と声を上げて、次の餌を催促する。
魔昌石――正確には魔昌石中の魔力――を食べて、その石はどうなるんだろうと不思議に思うが、それはオルクスが説明してくれたので解決した。小型竜の胃袋は溶鉱炉並みの温度を持つらしく、そこでいらなくなった昌石を溶かし、玉の形にして定期的に吐き出すらしい。今は全長十五センチくらいの細長い体躯だし、小さいので、一日に一度はそうやって玉を吐き出す。朝、起きるとノエルの顔の近くに玉が転がっていたので確かだ。
「食欲旺盛だな、どこにそんなに入るんだ?」
その様を薬草のブレンド茶――リドの手製だ――を飲みながら隣から眺めていたリドが、不思議そうに言ってノエルの頬を突く。
「ピギャア!」
食事の邪魔をされ、ノエルが怒って鳴いた。その拍子に、小さな炎がボッと口から吹き出る。
咄嗟に手を引いたものの、リドはびっくりしてノエルを凝視する。
「今、火ぃ吹きやがったぞ、このチビ!」
「そりゃあ竜ですから」
何を当たり前なことを、と、オルクスが呆れたように突っ込む。
「こんなに小さいのに火を吹くんだね」
流衣は相変わらずノエルから距離を取り、ディルの隣ではなくリドの隣に回って座る。
「ふむ。マッチいらずで便利というわけだな。よし、今のはレッド・ブレスと命名しよう」
「ピギャッ」
ディルの言葉に、ノエルは嬉しげに鳴く。
流衣は首を僅かに傾ける。
「火を吐くから“ファイア・ブレス”じゃないの?」
「発音しにくいではないか」
「……そういう問題なんだ?」
まあ、別に良いけど。ディルは技名だとまあまあのネーミングセンスを発揮するらしい。そのままではあるけれども。
まじまじとノエルを観察していたオルクスが、ふと口を開いた。
「どうやらノエルは頭は良いようですし、もう少し成長すれば、人に化けられるようになるかもしれませんね。竜だけは、人型をとるに足る魔力と知恵さえ付けば、それも可能ですから。悔しいことに」
人型をとれるようになるまで随分時間もかかった上、労力もかかったオルクスからすれば、羨ましいことこの上ない。
ツィールカに仕えている第二の魔物が竜なのだ。ツィールカの元で一番上位にいる使い魔は、動物型ではなく人の姿をした光の精霊である。こちらは第一の精霊と呼ばれていた。ちなみに、動物型での第一の魔物は猫であり、知と戦の神ソールヴに仕えている。
ただ、人間界における竜の厄介なところは、凶悪な類の竜まで人の姿を取れることである。基本的に、人型を取れる程に強力な竜は人を好まないので、関わることすら避けて山奥や僻地に棲みついている。刺激さえしなければ問題はない。
人間に飼育されているタイプの竜は、そもそも人型をとれる程の知恵が付かないのだ。魔物の間では、羽竜の頭は鶏並みとまで酷評されているくらいである。まあ、それでもその辺の動物よりは余程賢い生き物ではある。自我が芽生えるか否かの違いだ。
「そうしてくれると、町に入る時も便利なのだがな……」
ガツガツと天然もの魔昌石を食べているノエルを見下ろし、ディルは小さく息をつく。
流衣は小さく笑い、その前に成長すれば問題ないのではないかと思った。それからふと思い立って、腰に巻きつけている小さめの鞄から初級魔法の教本を取り出す。
日も落ちて暗いが、焚き火があるから読むぐらいは出来るだろう。
「風の魔法の初歩は、微風の術……」
続きを開いて、読み進める。
微風? どこに使うんだ?
流石に護衛中という状況も考えて実験はやめておき、次を見る。次は強風の術だった。微風が「フォーサ」という呪文で、強風が「フォーザ」だ。覚えやすい。
まあ、夏に涼しい風を起こしたい時には便利かも?
流衣はそう思うことにした。
魔法の初級編の本が小さくてペラペラなペーパーバックなのは、基礎になる魔法が少ないからだ。中級からは応用なので量も増えるのだろう。
次のページを捲ると、火の魔法初歩が載っていたが、こちらは点火の術だけだったので飛ばす。その次は、地の魔法の初歩である。
「“これを覚えれば、あなたも自給自足は完璧!” テンション高いな……」
一体どんな人がこの本を編集したんだろう。
色々と紹介文句が間違っていると思う。某電話受付ショッピング番組じゃあるまいし。
しかしここはぐっと抑え、先を読む。
「植物の生長促進の術? そんな反則な魔法があるの? 農家の人、大喜びじゃないか!」
ディルに向けて言うと、ディルは苦笑した。
「その術は、せいぜい種から発芽させる程度のレベルにしかならん。地の〈精霊の子〉を雇った方が余程助かるな。彼らが植物を育てると生長が異様に早い上、質も良いのだ」
「緑の指の持ち主ってそういう人のことなんだろうね、そっかあ、そっちも反則的だなあ」
流衣は特殊能力者多いんだな、この世界、と、世界の不思議を見た気分だ。
「何ですか、緑の指って」
肩のオルクスが不思議そうに言い、地球での言葉だしこっちじゃ言わないのだと気付く。
「ある人が面倒をみると、枯れかけてた植物でも元通り綺麗に育てることが出来る人のことだよ。そういう人が育ててる庭っていつも緑に溢れてるんだって。本で読んだだけで、僕は会ったことないな」
確か、世界の名作関係の本で小さい頃に読んだ気がする。意外にこの言い回しを知らない人も多いのだが。
「確かに、それなら緑の指だな。地の〈精霊の子〉や水の〈精霊の子〉は良いよ、農家に生まれれば大事にされるし、領主なら領民にも好かれるしな」
リドが溜め息混じりに零す。
「風の〈精霊の子〉も十分すごいと思うよ。夏の暑い日に便利だよね」
「お前が言うとありがたみが一気に減るな」
ますます溜め息をつかれた。失礼な。
そのリドの隣りでは、ツボに入ったのかディルが肩を震わせてクツクツと笑っている。
それを軽く睨みつけるリド。
ディルの足元では、ガツガツと魔昌石を頬張っているノエルが不思議そうにピギャ? と首を傾げた。
「嫌ですねえ、しんみりしちゃって。あなたのその力は、神様達に祝福された証ですよ? もっと誇りを持ちなさい! そしてツィールカ様を崇め奉るのです!」
やれやれといった調子にオルクスが言い、最後には傲慢な口調で諭した。
「……何でてめえが女神仕えの使い魔なのか本気で謎だ」
「忠誠心に厚い結果じゃない?」
ぼそっと疲れたように呟くリドに、軽く笑って流衣は言う。
「一応言っておきますが、聞こえてますよ!」
ギラン。オルクスは黒光りする目でリドをねめつけた。
またぎゃいぎゃいといつものように言葉の応酬を始めるリドとオルクス。
それを横目に眺めながら、平和だなあとのんびり思う流衣だった。