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十二章 占い 2



 日中は買い物や、竜の子騒動の為に売れなかったキバウサギの毛皮や、ブラッエに来るまでに拾った天然ものの魔昌石を売りに行き、魔法道具屋で魔昌石を作ったりと路銀を稼いだりで市場に入り浸り、夕方には宿舎に戻って部屋でごろごろしていた。

「うーん、初歩かあー」

 ふと思い立って書店に入り、初心者向けの魔法の教本を一冊買ってみた。ディルのオススメのものを選んだ。それ程分厚くなく、手頃な大きさだ。

 本を開いて、だらしなくベッドに寝転がって、ごーろごーろと傾いたりする。

 しかしここで練習するわけにもいかないので、何となく読んで基礎を固めてみているだけだ。

 魔法には、火・水・地・風・光・闇が基本属性として存在する。雷や木や植物、それから氷は基本属性を変化させた特殊属性らしい。ちなみに、今日使った魔法は「落雷の術」という、光属性を雷に変化させる特殊魔法の初歩、らしい。

 他にも、召喚魔法と転移魔法があるが、また別の分類になっているんだそうだ。

「それで、闇が、えーと、呪術とか魔物を操ったりとかそういうの……と!」

 ひょいと起き上がる。

「んーむむむ。魔法かあ……」

 溜め息混じりに自分の手の平を見下ろす。

 正直、あまり魔法を使いたくない。自分が使うととんでもない威力になるのだ。それにより引き起こされる害を考えたら、自然と萎縮してしまう。

「はー、専門書じゃなくて小説を読みたいなあ。こっちにもきっと面白い本あるよね」

 そういえば、ウィングクロスに登録していると、ウィングクロスの蔵書の閲覧が可能になるんだったなあとぼんやり考える。

 流衣が泊まることになった、今日の朝移動させられた三人部屋はベッドが三つ並び、他にはクローゼットとテーブルが置かれた簡素な部屋だ。

 ベッドでごろごろしている流衣と対照的に、リドとディルは何やらお喋りしながら、自分の得物の手入れをしている。

 リドはオルクスとは相性が悪いようだが、ディルとは良い方らしい。ついでにオルクスもディルとは相性が良いようで、たまに流衣の元を離れてディルの頭にとまったりもしている。大雑把な性格のディルはあまり気にしていない。それどころかそのままあれこれ話しかけたりして楽しげだ。

 流衣も、ちょっと暑苦しいなあと思うくらいで、ディルのことは割合気に入っている。何というか、親しみを持ち易い感じだ。兄貴分的な友達に思えるリドと違い、親しみを持てる先輩といった違いがあるけれども。

 流衣はなにげなく窓から外を見て、そこでぎょっとした。

 外ではあるが、窓枠に目玉の使い魔がとまっていて、部屋の中をじーっと見ている。リド達の方を見ていたが、やがて流衣の方を見た。目が合う。

 ぐらっ、どちゃっ。

 驚いたらしい。いきなり傾いだ目玉の使い魔がそのまま地面に落っこちた。

 ここが一階で良かったねえと生温かい気持ちで流衣は思う。

(もしかして、お腹空いてるのかなあ)

 監視してはいるのだろうが、あんまりじーっと見てくるので、そんな気がしてくる。

 ベッドからぴょんと飛び降りると、昨日作ったドングリクッキーの残りを掴み、窓の方に戻る。

 よろよろと窓枠に戻った使い魔の前で窓を開けた。またもやひっくり返りかける使い魔に少し首を傾げる。

「君、そんなに中見て、お腹空いたの? 食べる?」

 クッキーを一枚取って、目玉の使い魔の前に差し出す。

 金色の目玉がぎょろりと回る。

 なんか、よくよく見ていると可愛いような気がしてくる不思議な使い魔だ。たまに通りを横切る黒いゴーレム――ミニゲスみたいに、ぶさ可愛いのかもしれない。

 目玉の使い魔は、クッキーを珍しげにじろじろ見る。コウモリのような黒い体躯に、ぽつんとついた金色の目玉がぎょろぎょろと動く。

「これ、僕がドングリで作ったんだよ。あ、もしかして、口がない?」

 目玉の使い魔はじっと流衣を見上げる。

 流衣もじっと見下ろす。

 口がないのかと結論しかけたところで、いきなりグバッと目の下目蓋の辺りに横一文字に亀裂が入った。

 びっくりして思わずのけぞった流衣の前で、三日月型の口が開く。サメの歯みたいな三角の小さな歯がびっしりと並んでいて、驚くことに口内は紫色をしていた。

 そして、クッキーごと流衣の左手をバクッと噛んだ。

「!!?」

 流衣は思わず手を凝視し、すぐに痛みで悲鳴を上げる。

「いったー! 痛い! ちょっ、僕は餌じゃないって! 食べ物はクッキーだけだよ!」

 思い切り引っ張り、手を抜いたら無くなってたらどうしよう! と顔を青ざめたところで、声を聞きつけたオルクスが目玉の使い魔に体当たりを食らわせた。

 パッと口が開き、手を取り返す流衣。

「ざまを見ろ、です!」

 脳震盪を起こしたのかよろよろしてまたべちゃっと地面に落っこちた目玉の使い魔に、鼻息荒くオルクスが言う。

 幸いにして左手は無事だが、噛まれた部分からダラダラと流血していた。それを目にしてちょっとくらっとくる流衣。

「お前、何やったわけ?」

 適当に持ってきたタオルを流衣の左手に押し当て、止血しながらリドが眉を寄せる。

「いや、ちょっとお腹空いてるかなって思って、クッキーをあげてみただけなんだけど……」

 再度、ふらふらと窓枠に戻ってきた目玉の使い魔を見つつ、そう答える。

 使い魔はじっと流衣の手にしたドングリクッキー入りの袋を見つめていたが、いきなり飛び立って袋だけ口でパクッと掠め取った。そして、袋ごと、ゴクッと飲み込む。

 そして、唖然としている三人の前でそのまま窓から飛び去っていった。

「……どうやらクッキーを気に入ったらしいな」

 窓枠に駆け寄ったディルは、窓から使い魔が去るのを見送りながら呟く。

「袋ごと食べて大丈夫なのかな……」

 ぽかんと窓を見る流衣。

「てめえは自分の怪我の心配をしろ」

 腹に据えかねたらしく、リドから軽く拳骨(げんこつ)()らった。

「あだっ!」

 頭を手で押さえる流衣。

 軽くとはいえ、普通に痛い。

 が、それ以上に半眼を向けてくるリドの視線が痛い。

「……俺、お前の保護者じゃないんだけど」

「分かってるよ。リドは友達だってちゃんと分かってる」

 そう弁解しながら、じりじりと距離を取る。

 あああ、何か空気が微妙に重いというか、暗雲垂れ込めつつあるのは気のせい?

 説教モードの兄を思い出して、流衣はひくりと頬を引きつらせる。

「ルイはあれだな、無用心すぎるな。もう少し注意を払わねば、この世界では生き残れぬぞ。もしあの魔物が毒を持っていたら、死んでいるところだ」

 大真面目にディルが言い切った。

「どっ、毒!?」

 そういうのもいるのか? 流衣は目を皿のように丸くし、バッと左手を見る。血が出ているだけで、変色しているわけではないのにホッとする。

「……えーと、手を洗ってくるよ。犬に手を噛まれたと思えば別に平気だって。ああ、そういえば前はよく犬に噛まれてたなあ。可愛いから撫でたら怒るんだもん、酷いよねえ」

 流衣はそう言いながら、小さい頃のことをあれこれ思い出した。

 思えば、猫にもよく引っかかれていた。あれって地味に痛いんだよね。しかもちゃんと消毒しないと危ないし……。

 そして、そそくさと部屋から逃げ出した。

 オルクスが飛んできて肩にとまり、ちゃんと水で洗い流した後、治癒(ちゆ)してくれた。



「ちっ、逃げたか」

 流衣が部屋を出て行った後、リドは凶悪な顔で舌打ちした。

「ったく、あの野郎、しょっちゅういらねえ怪我こしらえやがって。気を付けろっつってんのに聞きやしねえ」

 といっても、別に魔物に襲われたり、盗賊に斬りかかられたりしているわけではない。普段から何かにつまづいては転び、少しよろめいては壁に腕をぶつけとそんな調子である。気が付くと青アザが増えていたりするようだ。

 あいつは何か? 五歳のガキか?

 あげくの果てには、無視しようと話していた使い魔に餌付けまでする始末。

 かなり将来的に不安である。

「ははは! 本当に面白いな。普通、自分を監視している使い魔に餌を与えるか? くくくく」

 ディルは腹を抱えて笑っている。

「笑うとこか? 先行き不安すぎだろ」

 リドがじろっと睨むと、ディルは笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、その視線をはねのける。

「笑うところだろう。大体、人様の使い魔に餌付けする発想など、普通の魔法使いでは思いつかんよ。くくっ」

「そんなもんかあ?」

 魔法使いではないリドには今一ピンとこない。

「ただの気弱な子供かと思えば、思いもよらないことも仕出かす。これは、相当な大物になるんじゃないか?」

「けっ、それまで生き残れてりゃあな」

 ぶすっとむくれるリド。

 本格的にふて腐れたのを見て、ディルは意外そうに眉を跳ね上げる。

「なんだ、私はてっきり、渋々ルイについて来ているような印象だったが、もしかして本気で心配しているのか?」

「渋々でついてくるかよ。俺はあいつがどうするのか興味あったんでね。それに、親友だしな」

 リドはどっかりとベッドに腰を下ろし、足を組んで頬杖をつく。

「あいつんとこじゃ多分ただの挨拶なんだろうが、『親友の()わし』をしたんだぜ。だから親友だ」

 これにはディルも驚いた。

「なに、『親友の交わし』? なんだ、その言い方だと、もしやルイはこの国での握手の意味を知らんのか?」

 ふんと鼻を鳴らすリド。

「言ってないからな。右手なら『親友』、左手なら『婚約申し込み』、両手なら『結婚申し込み』だ」

「だが、握手し返さなければ成立せんだろう?」

「うるせえな、気を許せる友達なんていた試しなかったんだよ!」

 つまりは初めて右手を差し出されて、嬉しかったわけである。

 この国では、「親友の交わし」をするのは、友人として心から気を許している証明なのだ。そこには相手を絶対に裏切らない、という意味合いが含まれている。

 ディルはにやっと笑った。

「リリエラ殿の占い、当たっているではないか」

 人間関係が長続きしない。リリエラはそう言っていた。

「違うね。今まで、そんな奴に会ったことすらない。気のおける仲間なんて論外だ。俺はあいつらの仲間であることを否定してきた」

 リドの表情が暗くなり、心なしか殺気が混じる。

 すると、リドの周囲で風が渦を起こして、ビュウビュウと鳴った。ハッと我に返るリド。

「ああ、大丈夫だ。悪いな」

 虚空に向かってリドが話しかけると、風はすっと収まった。

「……何があったか聞かんが、複雑そうだ。しかし本当によく風の精霊に好かれているのだな。〈精霊の子〉には幾度か会ったことがあるが、こんな風に勝手に出てくるのは初めて見たぞ」

「他の奴がどうだかなんて知らねえ。物心ついた時にはこうだった。――俺には精霊がついてるからかな、本当の意味で孤独を知らない。それはついてるかな」

 リドはそう言って、簡単に自分の事情を話した。

 ディルはたちまち難しそうな顔になる。

「むう、君達二人はなかなか複雑な事情を持っているのだな。残念ながら、私には単純明快な過去しかない」

「へっ、そんな面倒な事情抱えてる奴がごろごろしててたまるかよ。でもな、どこのどいつも何かしら事情を持ってるもんさ。ディルが単純だと思っても、周りがそう思うとは限らねえ。普通の奴なんてのも、この世には存在しねえよ」

 飄々と肩を竦めてみせるリド。

 どこか達観した言葉ではあるが、それこそ真実だった。

「ふむ……。ところでルイ、そこに立ってないで入ってきてはどうだ? 廊下は冷えるだろう?」

 少し考えるように唸り、いい加減気になっていたのでディルは顔を扉に向けた。

 扉の向こうでぎょっと息を呑む気配がし、そろそろと扉が開く。

「う、ごめん。何か入りにくい雰囲気で……」

 流衣はどぎまぎしながら部屋に入り、綺麗に洗ったタオルをリドに返す。

「これ、ありがとう。助かったよ」

「………。………ちなみにどこから聞いてた?」

 無言でタオルを受け取ってから、リドは低い声で問う。

 たちまち挙動不審になった流衣は、わたわたと距離を取ってテーブルの椅子に座ると、そろーっと言う。

「ええと、『親友の交わし』? ってディルが言った辺りから……」

「ほぼ最初からじゃねえか!」

「ひええっ、すぐに洗い終わったんだから仕方ないじゃないか!」

 理不尽に怒られて、流衣は首を竦めて言い返す。

「ちったあ反省したのか、て・め・え・は」

 思い切り睨みつけられてしまい、流衣は身を縮める。

 ちょっと溜め息をついて、ばたっとテーブルに伏せた。

「あー、駄目だなあ僕。ほんと。前からこうなんだ。ちょっと頑張ると裏目に出たりするし、気を付けてても失敗したりするんだよ……。背だって低いし、地味だし、運動もそんなに出来ないし。兄さんが家を出た後だって約束守って頑張ってみたのに、何であんたはいつもそうなのって母さんには叱られるし……。父さんは何も言わないし」

 うじうじうじうじ。

 すっかり落ち込んでしまい、流衣は呟く。

 口に出しながら、あまりの不甲斐なさに泣けてきた。

 平穏な毎日を送れれば満足だった。中学を卒業して、高校を出て、自分もいつか兄のように家を出て働いて、そして年を取って死ぬのだと、なにげなく考えていた。

 それで良かったのに、ちょっと霊感が強いせいで、こんな所にやって来て。

「お、おい……ルイ……?」

 いきなりの弱気モードに、ディルが顔を引きつらせる。こざっぱりした性格をしているディルにとって、こういう空気は苦手でたまらないものだった。まず何を言えば良いか分からない。放置しても良心がうずく。

「こんなだから、いっつも同級生には下に見られてて、だから友達って貴重だったんだ。リドは僕みたいなのに手を貸してくれるし、親友だって言ってくれたりしてるけど……。正直、僕には勿体無いと思うよ? 君って格好良いし、何でも出来るし……。僕は自分でも駄目駄目だって分かってるから」

 流衣は苦笑して、リドの方を見る。

「だから、僕が知らないせいで『親友の交わし』? っていうのしちゃって、それで君が面倒だって思ってるんなら、取り消してくれて良いよ」

 僕はちょっと寂しいけど。

 流衣は呟いて、肩を落とす。

 自分が足手まといで駄目な奴だというのは、自分がよく分かっていた。

 どれだけ頑張ってみても、現実は牙を剥く。結局は空回りして終わり、自分が虚しさを覚えるだけ。

 ここに来てからもそれなりに頑張っていたのだ。出来るだけ迷惑にならないように、気を遣って、背伸びして。

 何とか上手くやれていたように思うけれど、何かと厄介事に巻き込まれてしまったりして、面倒な奴だと堪忍袋の緒が切れたとしても何ら不思議ではない。

「……ルイ、まさか俺が怒ってるの、お前が面倒だと思ってるからとかふざけた理由だと思ってんじゃねえだろうな?」

 低ーい声が地を這って流衣の元まで届く。

 びくっとする流衣。

 あれ? 何故だろう、部屋の気温が二、三度ばかり下がったような気が……。

「え? 違うの?」

 てっきりそれで怒っているのだと思った。

 だってさっき、保護者じゃない発言してたじゃないか。

 何だか黒い靄を漂わせているようなリドの迫力に、ディルもこそこそとリドから距離を取る。

「ちょっとの不注意で死ぬ、大怪我をする、再起不能になる。俺は不本意ながらそういう奴らを近くで見てきた。お前についてく時言ったよな、野放しにしてると死ぬって。あれは本気で言ったんだ。注意力散漫すぎるんだよ、てめえは」

 流衣はぶんぶんと首を振って頷いた。こ、怖い。

「俺はな、自分の身を大事にしろって言ってんだ。分かったか!」

「ハイッッ!!」

 びしっと背筋を伸ばして返事した。

 何という迫力。怖すぎる。出来るだけ怒らせないようにしよう……。

 心臓をバクバク鳴らしながら、流衣は心の隅で決意する。

 言うだけ言うと、リドは頭冷やしてくると言って、ずかずかと部屋を出て行った。

 シーンと静まり返る室内。

 流衣はどっと緊張が抜けてテーブルにへたりこんだ。

「うう……怖かった」

「ああいう奴程怒らせると怖いと聞くが、まさしく真実だな」

 ディルも同意し、ふと恐ろしそうに流衣を見る。

「一番怖いのは、普段大人しい奴だと聞く。まさかルイ、お前、怒ると相当怖いのか?」

「え? さあ? 僕、怒る前に哀しくなるから、あんまり怒ったことないんだ。だから知らない」

 むかっとするくらいのことはたまにあるが、それくらいだ。

「ふうむ、そういう者もいるのだな。私はどうも、怒るとつい手が出てしまうのでな。ああ、勿論女性には手は出さないぞ」

「そうなの? ディルって落ち着いてるからあんまり喧嘩しないのかと思った」

 流衣はテーブルから身を起こし、ディルの方を向く。

「それはここ一年半で修行して身に着けたものだ。昔は悪かった。いや、気恥ずかしい」

 ディルはあははと笑い、ガリガリと後頭部を掻く。

 それからふと真面目な顔になる。

「……リドはあれで心配してるんだろう。君はもう少し、自分を守る術を身につけるべきだな」

「……そうだね。僕は正直、荒事には関わりたくなかったんだけど、旅をするにはそうも言ってられないね」

「いや、そういう方向性ではなくてだな。こう、用心するようにとだな」

 上手く説明出来ないのか、困ったように頬を指で掻くディル。

 流衣は少し考える。

「リドが注意力散漫って怒ってたから、注意しろってことかな」

「そう! そういうことだ。うむ」

 流衣は緩く笑う。

 こんな世界におまけで召喚されてしまい、不運だとは思ったが、出会う人は良い人ばかりだなと思う。そればっかりは感謝してもしきれない。

 流衣はディルにも右手を差し出した。

「ディル、僕はこんな感じで駄目駄目人間だけど、友達になってくれる?」

 ――今回は、この国での意味もちゃんと知った上で。

 ディルは目を丸くして、鼻の頭を掻いて困った顔になる。

「うーむ、そういうところが恐らく注意不足ということなんだろうが……。まあ良いか、私としても嬉しい限りだ」

 最後にはキリッと眉を吊り上げて口の端を引き上げ、不敵に笑う。そして、流衣と握手を交わす。

「ありがとう!」

 流衣は笑顔で礼を言った。

 胸がほっこり暖かい。本当に、巡りあわせとは不思議なものだ。


  *  *  *


 ラーザイナ・フィールドのどこかにある、〈悪魔の瞳(イビルズアイ)〉のアジト。

 自室で読書をしていた教祖は、ん? と顔を上げた。

 右手を体の前に広げると、そこに転移されてきた袋がポトンと落ち、もう一つ、クッキーが一つ床に転がった。

「………クッキー?」

 意図が分からず、集中してクロロの意識に同調し、事情を掴む。

「おかしな子供ですね、本当に」

 使い魔に餌を与えるとは。

 だがこれで確実にクロロが監視しているのがばれていると分かった。

 まあこればっかりは仕方が無い。

 クロロの間抜けっぷりは教祖の持つ使い魔中、随一だ。

 ところでクロロが飲み込んだ物が主人である教祖の元に届いたのは、クロロの能力である。飲み込んだ物を転移させる力があるのだ。偵察にはもってこいな魔物ではある。間抜けでさえなければ。

「――ふむ、おいしい」

 クッキーを一つ摘み、教祖は小さく頷いた。

 しかも作り手である少年が無意識に魔力を込めたようで、食べると自分の魔力が回復するのが分かった。

「ますます稀有な能力ですねえ」

 教祖は感心して呟く。

 こうしてのんびりとした空気のまま、ゆっくりと時は流れていった。


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