十二章 占い 1
「占いに吉と出ていたわけが分かりました」
騒動後、あの盲目の少女が、ウィングクロスまで流衣達を訪ねてきた。リリエラと名乗った彼女は、ウィングクロスの雑談スペースのテーブルで、職員の出した茶をおいしそうに飲む。
そんな少女の後ろでは、赤茶の髪をひっつめにした二十代前半くらいの女性が静かに立っている。杖や深緑のマントといい、どう見ても魔法使いだ。緑色の目はきつめで、全体的に厳格な雰囲気をしている為か、もっと年上かもしれないと思ったりもした。こちらはエレノアという名前らしい。
リリエラはブラッエの町の神殿ではお偉いさんだったようで、目が不自由なこともあり、護衛付きなんだそうだ。ウィングクロス職員が慌てた様子で茶を持ってくるくらいには、偉い人、らしい。まだ流衣と同い年くらいなのに凄い。
流衣達三人は向かいの席に座り、なんともいえない顔で視線を交わす。
代表して、リドが口を開く。
「えーと、占いって?」
リリエラはにっこりした。
「私、占いが得意でして。昔からよく当たるものですから、それでこんな立場にいるんです」
“こんな立場”というのは、次期神殿長という立場である。
「私が町に出て、連れとはぐれてしまい、道端で転んでいなければあなた方はあそこにはいなかったわけで、つまるところ、そういう巡りあわせだったということですわ」
「はあ……」
分かったような、分からないような。
因果論を自信たっぷりに語るリリエラを前に、曖昧な態度で笑う流衣。あまり占いは信じていない方なのだ。
あんな胡散臭いものを、クラスメイトの女子達が雑誌を見ながらきゃあきゃあ騒いでいたのが謎だ。ついでに、流衣の母親も占い信奉者で、毎朝ニュース番組の占いを見て一喜一憂している。血液型占いや星座占いなど、全員に当てはまるとは思えないのだが……。そう思ってはいても、睨まれるのが怖いので口に出したことは一度もない。
「それで、ええと、……どうしてここに?」
一番聞きたかったことを流衣は口にした。
「はい。あまりに面白そうな方達なので、占ってみたくて。――特に、あなた」
可愛らしく小首を傾げて、リリエラはニコッと笑う。
弱気な性格が災いして、あまり女子と話したことがない流衣だ。少し顔を赤らめた。リリエラは薄いピンク色の髪なんていう不思議な色合いといい、神秘的な少女である。流衣のいた世界では、地毛でこんな子は絶対いないと断言出来る。
同年代くらいのリリエラと流衣を見比べて、リドとディルとオルクスとエレノアが、流衣が小ネズミならリリエラは子犬かなーなどと思い、ちょっと癒されていたのには勿論流衣は気付いていない。リリエラもだ。
「人間相手では、占う対象が目の前にいないと占えないのです。もしくはその方の持ち物や関連物でも大丈夫ですけど」
だからここに来た方が手っ取り早かったのだ、と、リリエラは説明した。
「それで、占ってみても宜しいですか? お三方」
特に断る理由もないので、三人は頷いた。
「ではまず、魔法騎士さんから」
「うむ、お願いする」
ディルが頷くと、リリエラは鞄から袋を取り出して、中身をテーブルにばらまいた。
魔昌石がコロコロと転がり、その形を見る。
「……見た目と内面のギャップ。己の道を突き進む性。まあ、水難の気が出ておりますわ、もしかしてカナヅチかしら?」
その場の全員の視線が、ディルに集中する。ディルは顔を赤くし、横を向く。
「カナヅチで悪かったな!」
誰も何も言っていないのに、ディルは憤然と言った。
逆に哀れさを誘う。
リリエラは軽く咳払いをしてから、続ける。
「それから、少し女難も出ておりますわね。騙されないようにお気を付けて。未来のことですと、近い内に親しい者と再会するようです。女難はここにかかるのかしら?」
少し首を傾げるリリエラ。
それで大体ディルは悟った。つまり再会するのは師匠なんだろうと。知人で女難をもたらすような女の該当者は師匠のリリエノーラ一人しか見当たらない。いや、もしかしたらもう一人あの人かもしれないが……。
該当者を二人思い浮かべ、まあどちらにせよ、会うのならば被害は避けられないと腹を括る。
「そうか。気をつける」
ディルは頷いて、笑いをこらえているリドを軽くねめつける。
次はリドの番だとリリエラが言うと、笑いやんで肩を竦めた。
「俺、占いなんて信じてないんだけどな」
「信じられずとも結構です。私の自己満足ですから」
「……そうかい」
笑顔で言い切られれば、そう返すしかない。
リリエラは魔昌石をもう一度袋に戻し、またテーブルにばらまいた。
「――纏う風。自由な気質。全ての物から自由であり、それ故、ええと、『良き縁』? ああ、その気質さの為、長く続く人間関係を築きにくいようですね。友人は大切になさって」
「言われなくてもそうするさ」
あっさり答えるリド。
くすりと微笑み、リリエラは続ける。
「まあ、これはとても素晴らしいです。バランスの取れた方のようですね。どの職についても上手くやれる素質があると出ています。未来のことは、近い将来、失くされた物を取り戻されるようですよ」
「失くした物を?」
リドは軽く目を瞠る。
リドには故郷や家族の記憶がない。そのことだったら良いと期待が胸に浮かぶ。
「はい。ええと、良き方角は北西と出ておりますわ」
「そうかい。そりゃあ都合が良い。目指している方向そのままだ」
相好を崩し、緩く笑うリド。ますます旅が楽しみになってきた。
「最後に、ルイ君、あなたです」
「はっはいっ」
流衣はベンチの上でしゃきんと居住まいを正した。
リリエラは占うと、難しい表情で魔昌石を見つめた。
「……異なる、『世界』? 来訪者? 迷子……。輝く光の者と……同じ、国?」
目を瞬くリリエラ。
「あのう、これって一体? あなた、勇者様と関係がおありなのですか?」
私の占い、外れかしらと首をひねるリリエラ。
「え、いや、あの……、えっと。言っていいのかな……?」
リドに口止めされていたこともあるし、何より頭がおかしいんじゃないかと言われることに抵抗を覚える。
冷や汗が浮かぶのを背中に覚えながら、おろおろする。
「あの、馬鹿にしない?」
「しません」
恐る恐る尋ねる流衣に、リリエラはきっぱりと言った。
それで流衣は安心し、事情を語った。
聞き終わったリリエラとディルとエレノアは、揃って表情を驚愕に染めた。
「おまけで、ついてきたと……? そこはかとなく哀れだな」
あまりにも不憫に思ったらしい。ディルは目頭を押さえて天井を仰ぐ。
「そこはかどころか、哀れすぎます……」
エレノアまで、口元を手で覆ってうつむいてしまう。若干、涙ぐんでさえいる。
「……あの、居たたまれなくなるので、そういう反応はやめて貰えます?」
個人的に嬉しくなかったので、流衣は疲れ気味に頼む。
リリエラも複雑そうに両手の平を組んでいたが、あまり流衣が落ち込んでいないようだと見ると、口を開く。
「そうだったのですね、驚きました。まあ勇者様が召喚されるのです、こういうこともありますよ。では続きを見ましょう」
同情は何の解決にもならない。
リリエラはさっぱり言うと、再び魔昌石に目を落とす。
「ええと、気が弱くはありますが、優しい気質な方のようですね。あら、あなたも女難の気が出てますよ? ディルさんより強いです。ええと、紅の王、杖の……宝? ううーん、私にはこれが誰なのか分かりません。ただ、言えるのは、どちらも運命を強く左右するようです。女難はこの二人だけではないようですね、頑張ってください」
「うっ、何それ。僕が女難って、ありえない気がするんだけどなあ……」
残念ながら自分は美形でも格好良くもない。地味なのはよーく理解している。
「僕の兄さんならともかく、僕?」
信じられない。
流衣の兄なら、身内の贔屓目を除いても十分格好良いと思えるから、疑う余地もないのだが。ただし兄の場合、その辺の女子より家事が出来るので、付き合ってもそれが原因ですぐに振られていたみたいであるが。
「はははは、ルイが女難! そりゃ、多分、女が原因で何か厄介ごとに巻き込まれるってことだな!」
「……笑っているがリド、共に行動するのなら、君も巻き込まれるはずだぞ」
「げっ、まじかよ」
大笑いしていたリドはディルの突っ込みですぐに笑い止んだ。
リリエラはそれを微笑ましく見てから、続ける。
「未来のことは……」
ふっと表情を曇らせるリリエラ。
「あなたの求める道は、とても儚いもののようです。今はまだ方法はありますが、何かが邪魔すれば、潰えてしまうでしょう。良き方法については、そのまま進め、とあります。ただし、ええと、『宝』、『道』、『他のもの』、迷うなかれ、あと『後悔』とありますから……。道の他にも宝はある、だから後悔しないように選択に迷うな、ということのようです」
難しい顔で意味を解釈したリリエラは、そう言って顔を上げた。
流衣は先行きに不安を覚えたが、所詮占いだと言い聞かせることでそれを払拭する。
「……ありがとう、リリエラさん」
一つ頷いて、流衣は微笑んで礼を述べる。
すると、リリエラもまた嬉しそうに、可憐な笑みを浮かべてくれた。
占いをして満足したリリエラは、またこの町に来た時は訪ねてくるようにと約束を取り付けると、エレノアとともに帰っていった。
リリエラの去っていった出口を見つめ、ディルが腕を組んで、この世の謎を目にしたといわんばかりの態度で唸る。
「むう。同じリリエでああも違うのか……。世界とは不思議だ」
「お前それ失礼すぎるだろ。まあ俺もそう思うけど?」
リドは一応嗜めつつ、微妙に賛同する。
リリエノーラが怒った時のことを知らない流衣は、首を傾げた。
「何が? リリエノーラさんも綺麗な人じゃない」
「……見た目だけならな」
フッと遠い目をするディル。
流衣はまた首を傾げる。
「ねえ、占いでこのまま進めって言われたことだし、このまま進むけど良いよね?」
流衣はそう言いながら、〈知識のメモ帳〉を取り出して、世界地図を出してもらう。
それにディルは驚いたが、簡単に説明したら納得し、それからまた不憫そうにあらぬ方に顔を向けた。
……ちょっとしつこいぞ。
流衣は少しむかっとしたものの、無視してメモ帳に目を向ける。
「早くてかつ安全に行こうと思ったら、王都を目指した方が良さそうだな」
横から地図を覗いていたリドは、少し考えてそう言った。
地図によると、今流衣達がいるブラッエの町は、東部一帯を治めているレヤード侯爵領の南の方にある町であり、領内で唯一、東西南北の道が重なる町だ。
「このまま街道を西に進むと、シャノン公爵領に入る。六大神殿の一つ、火の神殿ヒノックがあるから、そこを通った方が安全だろう」
ディルが訳知り顔で言った。
その神殿から北西に進んでいくと王領に入り、もうしばらく進むと王都があるようだ。
リドとディルの言葉に、流衣はこくこくと頷く。どうしたら安全かなど、この国に詳しくない流衣には分かりっこないのだ。
「じゃあ、ひとまず今日は必要な物を揃えて、明日にはここを出ようよ。善は急げっていうしね」
にこっと笑って言った流衣に、旅の仲間二人も笑って頷いた。