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十一章 竜の子騒動 3



『坊ちゃん、また血を少し頂いて宜しいですか?』

 荷馬車に向かって走っていると、オルクスがそう問いかけてきた。

「いいけど、どうして?」

 流衣は必死に走りながら問う。

『転移魔法を使うには、人の姿でないと使えないのです。元々わてはオウムの姿をした魔物ではありますが、年月を経て人の姿に化けられるようになりまして。人間界に来るに当たりオウムの姿を常に取っておりますが、これだと制限が多いのです』

 そして、主人の血と魔力と許諾の言葉を引き換えに、制限が外れるのだとオルクスは説明した。

『それが秩序だと、ツィールカ様はおっしゃっておりました』

 常に強大な力を振るえるような状態は、確かに秩序を乱すだろう。神様だから、そうした秩序には頑迷なのだろうと流衣は思った。

「なるほど。いいよ、えーとリド、ダガー貸して!」

 流衣の言葉にリドは眉を寄せるが、今は問いただす余裕がないので鞘から引き抜いた。

「なんだ? どうするんだ?」

「こうするの」

 流衣は言って、左手の平をざっくり切った。

 リドがぎょっと目を()く。

「んなっ! 何やってんだ、この馬鹿!」

「……大丈夫だよ」

 痛みに眉をひそめつつ、左手をオルクスの方に差し出す。

 走りながらでは大雑把なことしか出来ないのだから仕方ない。

 オルクスは以前と同様、ついばむようにして血を舐めた。それと同時に、身の内から魔力が引き抜かれる感覚がし、一つ瞬いた後には隣を黄緑色の長衣を着た青年が走っていた。

「まずは治療します。こんなに切らなくても指先程度で宜しいのに」

 流衣の左手を痛ましげに見やり、魔法で傷を完治させるオルクス。

 それから、宣言する。

「転移しますよ」

 声とともに、一瞬後、目の前の景色ががらりと変わった。

 流衣は景色の急激な変化に、立ちくらみのようなものを覚えてぐらついたが、すぐさま気を取り直した。リドとディルも頭を振ってごまかしている。

 リドにダガーを返し、流衣は子竜の方に行く。

 クルルル~と楽しげに鳴いている妖精竜の子供は、クリクリとした大きな青い目で流衣を見上げた。羊くらいの大きさはある。見た目も重そうだ。

「荷馬車に移動させますね」

 どう運ぶか思案していると、オルクスがひょいと身を乗り出して言い、指を鳴らした。一瞬後、子竜の姿は馬車上に移った。

「紐、ギリギリ結べそうだ」

 早速、荷馬車に飛びついたリドは切れた紐を検分し、箱が一つ落ちているので紐の長さに余裕が出来、結ぶことが出来た。

 一方で、御者席におさまったディルも声を張り上げる。

「こちらもいつでも行ける!」

 その声を合図に流衣とオルクスも荷馬車によじ登る。

「出して下さい!」

 オルクスが指示を出し、ディルは頷いて、馬の方向を転換してから、思い切り馬の尻を蹴った。驚いた馬がいななき声を上げ、猛スピードでメインストリートを疾走し始める。

「スピード上げるぞ!」

 リドは風を操り、馬の足に風を纏わせて敏捷(びんしょう)さを上げ、荷馬車自体には風の抵抗を減らすように仕向けた。グンッとスピードが上がる。

 流衣は荷馬車から振り落とされないようにしがみつきながら、子竜が落ちないように抱えていた。

 驚くようなスピードで疾駆(しっく)する荷馬車に気付き、乱闘していた親竜が気を取られる。そこを猿に羽の生えた魔物が思い切り顔を引っかき、衝撃で親竜が側の家に突っ込む。

 土煙を上げている家を尻目に、魔物は荷馬車を追って滑空する。

「きっ、来た!」

 流衣は魔物を見て、悲鳴に近い声で叫ぶ。

 揺れのせいで歯が鳴っているのか震えで鳴っているのか分からないが、怖いことだけは確かだ。

 人間とほぼ変わらない大きさの、異様に手足の長いニホンザルもどきが、背中に白い羽を生やして、歯を剥きだしにしているのだ。天使もびっくりな光景である。

 流衣は杖の先を魔物に向ける。

「ファイアー!」

 点火の術を唱えた。

 が、スッとかわされた。

 ちょっとショックを受けたが、すぐさままた唱える。それもまた()けられ、少しムキになって、連続で唱える。

 それでも全部避けられた。なんだか悔しい。

「坊ちゃん、折角丁度いい的があるんです。魔法をお教えしましょう」

「……的って」

 にこやかに申し出るオルクスを、流衣は少し顔を引きつらせて見やる。するとオルクスは、家庭教師みたいな雰囲気をしていた。学ぶことを逆らえないような空気というか。

 とりあえず不穏な言葉は聞かなかったことにして、ハイ、と返事する流衣。

「イメージするのは雷です。わての後に続いて、詠唱して下さい」

「うん」

 流衣は頷いた。

 魔物は徐々に距離を詰めつつある。ここらで一度牽制(けんせい)しておかなくては、こちらが危ない。

()(きた)るは光」

「――降り来るは光」

「槍よ(つらぬ)け! ガラント!」

「――槍よ貫け! ガラント!」

 中学三年生の夏。高校受験対策で夏休みに課外授業を受けにきて、夕方、教室の窓から見た稲光。黒雲。そこから落ちる雷。轟音。

 それら全てを思い浮かべて、流衣は思い切り呪文を叫んだ。

 言葉と同時。天から光が落ち、魔物を貫いた。けたたましい轟音が、遅れて周囲にこだまする。

 魔物は黒焦げになり、ブスブスと黒煙を上げながら、地面に落下していった。

「相変わらずの威力だねえ」

 紐を押さえ、風を操りながらもちゃんと見ていたリドが、愉快気に口端(こうたん)を引き上げる。

「うううう当たって良かった」

 一歩間違っていたら、町に大きな損害を与えるところだ。

 流衣は冷や汗をかきながら胸を撫で下ろす。

 馬車はあっという間に町を抜け、門に差し掛かった。速度は緩めず、そのまま通過。驚いた門番がその場を飛びのいた。

 やがて、町から離れた所で馬車を止めると、流衣達は大急ぎで荷馬車を飛び降り、森の中に走る。

 追いかけてきた親竜が鼻息も荒く荷馬車の側に着地し、翼の巻き起こす強風で木々がざわざわと鳴った。

 クルルルァ~ル~。

 子竜は可愛らしく鳴くと、親竜の足元にとことこと駆けて行き、親竜の背中によじ登った。そして、満足げに目を細めた親竜とともに、空へと飛び立っていった。

 それを木の影から見守り、流衣達は揃って脱力した。何とか難は去ったらしい。

「ふう。あとは残る木箱だな……」

 ディルが溜め息混じりに呟き、残った三人は顔を見合わせる。でも、誰も開ける気にはなれない。

「とりあえずさ、王国警備隊呼んできて、どうにかして貰おうぜ」

 町の外には出したのだ。あとはあちらでどうにかして貰うしかない。

 リドの提案を否定する者は、誰もいなかった。



 木箱を荷馬車ごと町の外に出した功労により、町長から表彰されてしまった。

 もうこの町は終わりだと頭を抱えていた町長としては、建物がいくつか壊れた程度で済んだので、万々歳だったらしい。町の住人達にも礼を言われたり勇気を褒められたりして、餞別にと売り物の食べ物や衣類などを押し付けられりして、話しかけられる都度どぎまぎしてしまった程だ。

 あの後、木箱の中身をあらためたところ、やはり魔物の子供が入っていた。竜の子も二頭混じっていて、杖連盟から派遣された魔法使いが慌てて眠りの術をかけていた。

 荷馬車を運んでいた男の話では、南方のとある町まで運ぶ予定の荷だったらしい。男自体には猟犬が入っていると告げられており、魔法が施してあるから餌の心配はいらないので、絶対に木箱を開けるなと厳重に言い含められていたようだ。そのことから、恐らく、密猟品を扱う裏市場に送られる予定だったのだろうと結論づけられた。全部が全部、乱獲されて絶滅寸前の魔物だったからだ。

 門番にも話を聞くと、正式な許可証を持っていたから大丈夫だと判断したとの話だった。

 こういう手合いが一番困るのだ、と、王国警備隊のブラッエ支部の隊長は難しい顔で唸っていた。

 余談ではあるが、あの中年の警備隊員は副隊長だったようで、真っ先に逃げるとは何事かと隊長にお小言をくらっていた。確かに、と、駆けつけた部下達の視線の生ぬるいことといったら気の毒になるくらいだ。正論なので、致し方ないとは思うけれど。

 ともかくとして、届け先の店を調査することになり、荷馬車の主の男は王国警備隊支部まで連行されていった。



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