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一章 旅の始まり



「いたっ」

 まるで、急に足元の地面が消えたようだった。

 バランスを崩した流衣は、成すすべも無く地面に尻餅をついた。痛みで目を(つむ)り、何が自分の身に起こったのかを確認しようと目を開けて、まず呆然とした。

「ど、どこ……、ここ」

 ピチョンと水音がして、すぐ側の地面に雫がはねた。

 天井にぶら下がる幾つもの鍾乳石の一つから、水が落ちたのだ。もう何年もそうなのか、雫の当たった所だけ地面にへこみが出来ている。

 それは分かる。分かるのだが――……。

 流衣は呆然と洞窟内を見回した。壁や地面と同様、乳白色(にゅうはくしょく)をした地面は流衣の座っている所だけが周りよりも円形に盛り上がっており、それを囲むように五つの灯台のようなものがあった。洞窟内でも暗くないのは、そこに灯る炎のお陰だ。

 間抜けみたいに口を開けて放心する流衣。どうしてこんな所にいるのか皆目検討がつかなかったのだ。ついでに理解も出来ない。

 さっきまで通りにいたし、こんな洞窟に来た覚えはない。

「え、えと? もしかしてマンホールに落ちたら地下世界とか、気付いてないだけで死後の世界とか、それとも寝てる……とか」

 でもさっきの尻の痛みは本物だった。寝ていて痛みを感じるはずがない。

 ここは地下世界が妥当かと真剣に悩んだところで、馬鹿にするような声が割り込んだ。

「お主はアホか。何故、そこで地下世界になる。せめて死後の世界で止めておけ」

 目の前に、足先まであるピンク色の髪と赤い色の目をした女が浮かんでいた。古代ギリシャの衣服のような、白い服をひらひらさせて。ミロのヴィーナスも真っ青になるような美しい顔立ちと豊満な身体つきをしている。女が服を着ているというのにも関わらず、何故か流衣の方が恥ずかしくなり目を反らす。

 一拍後。

「う、浮かんで……る?」

 我が目を疑い、もう一度女の方に目を戻す。

 女は相変わらず宙に浮かんでおり、風も無いのに衣服をたなびかせ、そして非常に不満げに鼻を鳴らした。

「フン、可愛げのない子供よの。少しは驚いたらどうじゃ?」

 見た目二十代半ば、モデル体系のお姉さんは不思議な言葉づかいで言いました、とさ。

 って、逃避してる場合じゃない!

「なっ、なっなっななな」

 流衣は唖然としながら、ずりずりと後ろへずり下がる。

 顔から一気に血の気が引き、心臓は凍り付いていた。

(前から声とかは聞こえる方だったけど、見たのは初めてだっ。うわあうわあどうしよう、(のろ)われる(たた)られる殺される!)

「呪わぬし祟らぬし殺しもせぬから安心せい」

 女はひらりと右手を一振りし、非常に面倒くさそうにため息を零す。。

(あれ、今、声出したっけ)

「心の声くらい聞こえるはたわけ」

 女が言い、流衣はますます凍りついた。

「わらわはツィールカという、ここの世界で神なんぞしておる」

「神……様? 世界……?」

 目を白黒させつつも、あぜんと繰り返す。

「お主、勘が良すぎじゃ。わらわは勇者を召喚したというに、いらぬオマケがくっついてきて正直困っておる」

「勇者? 召喚?」

 流衣の顔からさあああと血が引く。もう引きすぎてこのままぶっ倒れそうだ。

「ま、まさか……僕とか言いませんよね?」

「言うわけなかろう」

「じゃあ何で」

「だから、いらぬオマケじゃと言うたではないか」

 流衣は沈黙し、言葉の意味を考えてみる。

 いらぬオマケ。余計なもの。つまりは用無し。

 ポンと手を叩く。

「いらないんだったら、戻して下さい」

「無理じゃ」

 ツィールカは笑顔で言い切る。

「……は?」

 流衣は目を点にした。

「じゃから、お主はいらぬオマケじゃ。呼んだ対象に勝手に付随してきおった余計な者じゃ。呼んだ対象ならば戻すことも出来るが、勝手についてきた者を戻すことはわらわには出来ぬ。それがこの世のルールじゃからの」

「ついてきたって、僕は何もしてませんよ!」

 悲鳴じみた声で抗議する流衣。

「ふむ。勘が良すぎるのも困りもの。お主、わらわの術に勝手に応えて自分から飛び込んだのじゃ。つまり自業自得、わらわは何にも悪くないぞえ。戻りたければ自力で戻るしかあるまい。それが無理ならもう帰れぬ」

 流衣の頭の中で、ゴーンと寺の鐘が鳴った。

 ああ、煩悩(ぼんのう)が消える。

 つまりなんにも考えられない。

「――だがわらわは鬼ではない、慈悲と愛の女神ツィールカじゃ。このままではあんまり哀れじゃから、勇者とは違う場所に転移させ、こうして相対しておるわけじゃ。勇者と共に呼び出すなど、恥の上塗りじゃろ? しかも余計な付属品ぞえ?」

 ぐふっ。

 流衣は心の中で吐血した。

(申し訳ないのですが女神様、慈悲を与えるどころかトドメを刺しております)

「それは悪かったの。まあ哀れに思っておるのは本当じゃ。だからこちらの言語理解と文字の読み書きを出来るようにしておいた。それから、そうじゃのう、お主はあんまり取り立てて取り柄もなさそうじゃし、魔力だけは授けておこうかの」

 そう言って、ツィールカは流衣の方を指差した。

 一瞬、ぽっと身体が温かくなる。その感覚が消えると、不思議なことに身体が軽くなった。

「うんうん、よしよし。あとは案内役に使(つか)()を一匹と、生きていくのに必要な物だけを与えてやろう」

 ツィールカが右手の平を上に向けると、小さな皮袋や折りたたまれた布、そして黄緑色をしたオウムが現れた。

「そやつの名はオルクスじゃ、よき友になるじゃろう。他にはそうじゃな」

 ツィールカは地面に落ちていた流衣の黒い通学鞄に指先を向ける。すると鞄の蓋が勝手に開いて、中からリングのついたメモ帳が浮かび上がる。そのメモ帳が光り、そのまま鞄に戻って蓋が閉まった。鞄が静かに地面に落ちる。

「〈知識のメモ帳〉を授けよう。必要なことが記される(・・・・)。好きに使うが良い」

 流衣はその言い回しに違和感を覚えた。“記されている”ではなく、“記される”?

「これでわらわの施しは終わりじゃ。あとはせいぜい頑張るがよい、小さき人間よ」

 ツィールカは一仕事して疲れたわあとばかりに思い切り伸びをして――神の威厳などへったくれもない――不敵に笑うとそのまま姿を消した。

 唖然と話を聞いていた流衣はそれで我に返り、目の前が暗くなる思いだった。

「頑張れって……どうしよう」

 頭の中が真っ白だ。

 神様が出てきて、召喚とか言って、しかも自分が勝手についてきたらしくて余計なもので、それで、ええと?

 帰れないから、もう家族にもヒロにも友達にも会えないわけで。

 気付いた瞬間、勝手に目から水が零れ落ちた。

 あまりの理不尽さに泣ける。いや、泣いている。

「僕みたいなのがどうやって生活していけば……」

 ただでさえ普段から、冴えないチビとか使えない小動物とか色々馬鹿にされてるのに!

 悲しくて仕方が無くなって、ひとまず泣くことにした。

 幸いなことにここには誰もいないのだから。



 気の済むまで泣いて、そろそろ現実に戻ろうかと思い始めた頃、誰もいないと思ったのに誰かに声をかけられた。

『やっと落ち着きましたかね、坊ちゃん』

「ふぐっ、だ、誰!?」

 心臓がひっくり返るほど驚いて、流衣は洞窟内を見回した。人影はない。

「……ストレスで幻聴が聞こえる……」

 ますます泣けてきた。

『幻聴じゃないですよ。わてです、わて。初めまして、オルクスといいます』

「オルクス?」

 流衣はもう一度洞窟内を見回してやっぱり人影がないことを確認し、それから女神がオルクスがどうのと言っていたのを思い出す。確か使い魔がどうとか言っていた気がする。

『そうです、そうです。坊ちゃんの使い魔になりました、オルクスです』

 流衣の足元で、オウムが自己主張せんとばかりにクイクイと頭を突き出してくる。

 流衣はそちらを思わず凝視する。頬に冷や汗が浮かぶ。

「あれ、おかしいな。気のせいかオウムが喋ってる気がするんだけど。ストレスでとうとう精神破綻しちゃったのかなあ」

『わては坊ちゃんの使い魔ですから、坊ちゃんとは意思疎通が出来るんです』

 ――気のせいじゃなかった。オウムが喋ってた。

「案内役の、使い魔?」

『そうです』

 オウムはコックリコックリ頷く動作をする。

『どぅわっ!?』 

 流衣は無言でオウムに手を伸ばし、両手で掴んで目の前まで持ち上げた。まじまじと観察する。

 全体的に黄緑色のオウムは、頭の羽と(くちばし)は黄色く、足は赤色をしていた。どこから見ても普通の、可愛らしいオウムだ。

「もしかして、普通にしても喋れる?」

「喋れマス、ガー、この通り、片言、デス!」

「おおっ、すごい! それでもすごい!」

 流衣は両手でオウムを支えたまま興奮する。オウムが喋ってる! 頭の中に響く声でもなく、普通に喋ってる!

 手放しで喜ぶ流衣に、オウムも嬉しげに黒い眼を光らせる。

「ワア、イッ。坊ちゃん、笑う、嬉しい!」

 その言葉に、流衣は心臓を鷲掴みにされた。

 可愛すぎるよ、このオウム!

 大の動物好きだが、アパート暮らしのせいでペットを飼えなかった流衣には一撃必殺並みの威力だった。

 可愛い可愛い可愛いと心の中で呟きながら身悶えし、どうにか興奮を収めてオウムを地面に下ろす。

 こんな所に放り出されたショックも小さなオウム一羽で吹き飛んだ。こんな可愛いオウムと過ごせるなら、案外ここも悪くないかもしれない。単純な流衣はそんなことまで思った。

「僕は折部流衣。流衣って呼んで」

『分かりました、ルイ様ですね』

「いや、だから流衣で……」

『わては使い魔です故、幾ら主人の頼みといえど呼び捨てするわけにはいきません』

 流衣は鼻白む。うーん、固いなあ。

「でも、僕は友達になって欲しいな」

『友達ですか? わては使い魔ですよ?』

「うん。その方が心強いな」

 流衣がそうはにかんで言うと、オルクスは何も言えないようだった。

『ルイ様がそうおっしゃるのなら、わては友にもなりましょう』

「あのさ、様付けは気恥かしいから、ちょっと」

『それでは前の通り、坊ちゃんとお呼びします』

「う……。分かったよ」

 どうやら呼び方を変えてくれる気が無いようなので、この辺で妥協する。様付けされるような人間ではないし、第一恥ずかしすぎる。

 気を取り直し、流衣は笑みを浮かべる。

「よろしく、オルクス」

『こちらこそ、坊ちゃん』

 こうして、ここに来て初めての友達が流衣に出来た。



『ええー、では坊ちゃん。ひとまずここを出る前に、所持品の確認と、この世界についての説明をしましょう』

 オウム――オルクスの言葉で、ルイは地面に転がった鞄や女神が置いていった品物に、初めて注目した。

「そうだね、そうしておこう」

 頷いて、まずは小さな皮袋に手を伸ばす。

「お金が入ってるみたい」

 金貨が五枚、銀貨が三枚、銅貨が十枚入っている。金貨は五百円玉くらいの大きさで、銀貨はそれより一回り小さく、銅貨は一円玉くらいの大きさだった。

『それは世界共通貨幣のクリエステル貨幣といいます。今いる国はルマルディー王国というのですが、この国は、このラーザイナ・フィールドという世界で一番大きい国なのです。この国の始祖(しそ)クリエステル・ルマルディーが考案した貨幣なので、クリエステル貨幣といいます』

 オルクスの講釈を頭の中で噛み砕き、優しく直してみる流衣。

「それってつまり、この世界で一番大きい国の王様が考えたからそれが一番使われてるってこと?」

『そういうことです。いやあ、坊ちゃんは見た目より聡明でいらっしゃる!』

「見た目……」

 流衣はへこんで肩を落とす。

『あっ、ももも申し訳ありません! ちょっと本音が口から、あわわわっ』

 慌ててバサバサと翼を羽ばたかせるオルクス。しかし墓穴を掘りまくっている。

「いいよ、僕がとろくさそうなのはよーく分かってるから。それで使い方は?」

『金貨一枚が銀貨十枚、銀貨一枚が銅貨百枚に相当します。一人暮らしなら、銀貨五枚もあれば一ヶ月は楽に暮らせますよ。切り詰めても三枚あれば十分です』

「ええっ、それじゃ相当な大金じゃないかっ! 怖っ、逆に怖いよ、そんなお金!」

 泥棒に狙われて逃げられる自信がないので、流衣は取り乱した。しかしすぐに心を落ち着け、鞄から自分の財布を取り出した。

 小遣い日の前だったので三百二十五円しか入っていなかった財布から小銭を出し、カード入れの方にそれを移動する。

『何をなさってるんです?』

「一つにまとめておくと危ないから、分けて持とうと思って」

 落とした時に路頭に迷うのを避ける為、そうしておく。皮袋は保管用にする為、金貨三枚を入れる。残りの金貨二枚を鞄の内ポケットに入れ、最終的に残った銀貨三枚と銅貨十枚を財布に入れた。自分がドジなのを理解しているので、念には念を入れておくことにしたのだ。

『ほほう、なかなか用心深くていらっしゃる!』

「いや、単に僕が落し物しやすいからなんだけど」

 そう答えつつ、ひとまず安心したので、他の道具にも手を伸ばす。

 折りたたまれた布を広げると、工具入れだったようでナイフや工具などが幾つもおさまっていた。よく見ると火打石のようなものも入っている。

「何これ?」

『生活用品です。ここではナイフがないと旅も出来ません』

「ああ、そういうこと」

 頷いて、布を元通りにして鞄にしまいこむ。

 そしてラストは〈知識のメモ帳〉とやらだ。

 鞄から馴染みのリングのついたメモ帳を引っ張り出す。表紙は黄色いプラスチック製で、中は普通の紙だ。授業の宿題とか連絡事項をメモしておくのに使っていたのに、書いていたことは全て消え、謎の言葉が記されている。――ように見えたのは一瞬で、瞬きすると日本語みたいに読めた。形は全然知らないはずの文字なのに不思議だ。

「このメモ帳には、必要なことが記される。地図が必要であれば、地図が。言葉の意味を知りたければその意味が記される」

 書いてあった文字を口に出して読むと、文字はスウッと溶けるように消え、メモ帳は白紙になった。

「えっ」

 流衣は驚き、思わず呟く。

「どうして消えたの?」


 ――必要ではないからだ。


 文字が浮かび、また消えた。

 流衣は眉を寄せる。

「なんか、メモ帳と会話してるみたいだ」

 しかしこれは疑問系ではなかったので、メモ帳に変化はおきなかった。

 流衣はちょっと考えて、訊いてみる。

「使い魔って何?」


 ――使い魔とは、魔法使いが召喚し、その召喚主に従属する魔物のことである。形は動物から人型までさまざまであるが、人型に近づけば近づくほど高位の魔物となる。また、言葉を解す魔物もまた高位に位置する。

   基本的に食事などは自分で摂取するか、召喚主の魔力を食らうので、用意する必要は無い。また、使い魔を返す時には自由にする宣言をすれば元に戻るだろう。


『わては自分で食事を探しますから、魔力は食べませんよ。あと、ツィールカ様に頼まれた手前、自由にされても帰りませんので。坊ちゃんが生きている間はお側にいます』

 思わずオルクスを見ると、流衣の肩に乗ってメモ帳を覗いていたオルクスはそう言った。

「や、オルクスって高位なんだすごいって思って」

 そう言うと、オルクスは胸を反らす。

『お褒め頂きありがとうございます。使い魔のレベルは召喚主の魔力にも左右されますから、今の坊ちゃんでも十分わてを呼べますよ。そうは言いましても、魔力量が匹敵するだけで、わては女神様にお仕えしている身ゆえ、人間の使い魔になることはないのですが。今回は女神様が配慮されて、わてを選ばれたのです。人型の使い魔なんか喚ばれても、坊ちゃんの魔力が磨り減るだけですからね。人型は、召喚にかかる魔力はわて程必要ない反面、喚んだ後の魔力消費が激しいですから』

「そうなんだ」

 それは助かった、と流衣は思い、ふと、

「魔力って?」


 ――魔力とは、魔法を扱うのに必要な力のこと。

   体力や精神力ではなく、自然界に宿る精霊に働きかける力。世界を動かす力とも呼ばれる。

   誰でも体内に宿して生まれるが、その量は人によって異なる。魔力量が多ければ多いほど、魔力が大きいとされ、それにより扱える魔法のレベルも上がる。


「僕の魔力ってどれくらい?」


 ―― 一般的な魔法使い三百人分くらい。


「え、本当!?」

 流衣は仰天して思わず叫んだ。

『ちなみに、わてを召喚するには魔法使い百人分くらいの魔力がないと無理ですよ』

「そうなんだ? オルクスってすごい大物なんだ!」

 大物で喋ってしかも可愛いオウムなんて最高だなあ。流衣は感心して何度も頷く。

 それから、また疑問を覚えて口に出す。

「魔法使いってことは、魔法があるの?」


 ――魔法という概念は、魔力と言葉により自然界に宿る精霊に働きかけ、それにより現象を引き起こすことを指す。

   魔法使いとは、魔法を扱う知識と才能を持ち合わせた者のこと。中には術を扱うよりも道具を作り出すことに長けた者もいるが、大まかに魔法を使えばそれで魔法使いである。


 小難しい答えが返ってきた。

「今、僕が使える魔法は?」


 ――火の魔法の初歩、点火(てんか)(じゅつ)。言葉は「ファイアー」。魔力を意識し、それに火をつけるイメージを持てば使える。……はず。

   現在ではこの魔法のみ。これ以上使いたいなら、魔法書で学ぶか、もしくは魔法学校に入学するか師匠を見つけるべし。


 途中の「はず」という一言が気になったが、そうなのかと感心する流衣。

 ひとまず納得したので、メモ帳に「ありがとう」と礼を言い、大事に鞄にしまいこむ。それから鞄の外ポケットに突っ込んでいた肩かけ紐を取り出して、黒い皮製の鞄の両脇についている金具に取り付けた。

 いつもは手提げ鞄にしている。そうでもないと、背が低いせいで鞄負けするか、郵便屋か何かにしか見えなくて笑われるのだ。何故か「カワイイ」と。

 しかし旅をするなら手提げで移動はきつい。

 出来ればどこかでリュックサックでも揃えたいなとちらりと思う。

 肩に鞄をかけて長さを調節しながら、魔法について思考を馳せる。まさかの漫画や小説の世界だ。

(魔力を意識し、かあ)

 ちょっとだけ瞑想して、魔力というのがどういうのか考えてみる。

 ファンタジーものの小説は結構好きで、色々と読んでいた。ああいうのには大抵、青い色とかで表現されていたが……。そういえば古代の日本では、青は魂の色とされていたとどこかで読んだ気がする。

 大人しくて運動が得意な方ではない上に背が低く、女の子と間違われがちな流衣にも小さな取り柄がある。読書家なところだ。漫画も好きだが小説の方を好んで読んでいた。読むのが速すぎるせいか、漫画ではすぐに読み終わって暇を潰せないせいだ。物語を読むという点ではゲームも結構好きだが、いっぺんに読むならやはり小説が一番だと思う。

(青、青……)

 青色っぽい力ってどんなのかなあと考えていると、閉じた目蓋の闇の、その更に奥にぼんやりと青い光が滲んでいるのに気付く。いつもなら、目を閉じた闇の奥には白い色の光が見える気がしていたのだが。

(これ、のことかな?)

 首を傾げ、それが全身を流れているのを想像し、それを手の方まで引き伸ばしてみる。

 そこで目を開けると、不思議なことだが、自分の右手が青く光っていた。

『素晴らしいです、坊ちゃん! 感覚で魔力を操るなんて!』

 肩の方から、オルクスの感極まった声がした。

 その声に驚いて光を消してしまったが、思い直して、今度は目を開けたままで光らせてみる。

「お、おお? こうかな?」

 身体の中というよりは表面を伝っていく魔力を、手の平の上に引き伸ばしてみる。

『これで先程の言葉を唱えながら、使う魔法をイメージするのです。そうすれば使えるはずです』

「分かった」

 オルクスのアドバイスを受け、挑戦してみる。

(えーと、点火の術でファイアーだっけ? 点火でファイアーって、ロケットの点火みたいだなあ)

 思わずロケットの点火の瞬間を思い浮かべながら、流衣は呟いた。

「ファイアー」

 すると、ロウソクの火どころではない爆発が起きた。

「ゲホッ、ゴホゴホッ」

 土埃で盛大にむせながら、流衣は目を丸くした。

 何だ!? 何が起こったんだ!?

 どうやら今の衝撃で明かりが消し飛んだらしく、洞窟内は暗闇に閉ざされていた。

 しかもズズズという嫌ーな音が腹の奥に響いてくる。

『まずいです、坊ちゃん! 今の衝撃で洞窟が崩れそうです! 急いで脱出して下さい!』

「えっ、ええ!?」

 自業自得ではあったが、流衣はあたふたと慌てる。

 それからさっきの記憶を頼りに、道のあった方へと走る。

 ゴシャッ!

 そのすぐ後ろで、何かが潰れる音がした。

「わああ見えない! どっちに行けば良いの!?」

 パニックを起こしかけていたら、目の前に光が浮かんだ。

『さあ、あの光を追って下さい!』

 どうやらオルクスが出した光らしい。

 流衣は無我夢中で光を追って走り出した。



 どうやら洞窟は小さな山の遺跡の中にあったらしい。

 洞窟を抜け出し、古代建築のような遺跡に出た流衣は、更に洞窟から距離を取る。振り返ったところで、地響きをあげて洞窟が崩れた。

「き、危機一髪……?」

『そうですね』

 落ち着き払ったオルクスの返事を聞いた途端、流衣はへなへなとその場に座り込んだ。

 あああ足が震えてるううう。

「ご、ごごごめん、オルクス」

 遅れてやってきた震えで歯をガチガチ鳴らしながら、流衣は涙目で謝る。

『いえいえ、わても悪うございました。坊ちゃんの魔力の大きさのことを忘れていましたよ』

 い、いや、多分魔力の大きさとか以前に、ロケットの点火の場面を想像していたせいだと思う。

 流衣はそう思ったが、口には出さない。オルクスがそう思ってるのだから、そういうことにしておこう。

 しかし魔法っていうのは恐ろしいな。初歩の術で爆発を引き起こせるとは思わなかった。普通、明かりをつけるところから始まるのがサーガなんかの基本だろう。

「と、ともかく助かったし、行こうか。行くって言ってもどこに行けば良いのか分からないけど」

 そういえば、行き先を決めてない。

 流衣はおまけで召喚に応じてしまっただけで、使命なんて何にも無いのだ。とりあえず、帰る方法を探すのが目的と言えば目的だ。

『ひとまず村に行き着かないと。わてから見ても坊ちゃんの装備はあんまりです。武器も防具も、ましてや食料さえないんですから』

「食料! そうだよ、水もないんだ。死んじゃうよ!」

 さっそく青くなった流衣である。

『はい、ですが餓死の前に魔物に襲われて死ぬ危険があります』

 冷静に言うオルクス。

「ま、魔物っ!?」

 声がひっくり返った。

 オルクスは大真面目に続ける。

『そうです。この辺は比較的弱い魔物しか棲んでいませんが、それでも装備のない坊ちゃんには危険過ぎます。村人その1の勢いで死にます』

「村人その1って、映画になんて出てきたら、真っ先に悪役に殺される役じゃないか!」

 悲鳴じみた叫びを上げる流衣。

「それなら暗くなる前に急いで村に着かなきゃっ」

 急いで鞄から〈知識のメモ帳〉を取り出し、この辺の地図を出してもらう。


 ――現在地:黄昏の遺跡。

   慈悲と愛の女神ツィールカを祭っていた宗教遺跡。今では人も住んでおらず、荒廃しているが、神聖さは当時のままである。また、黄昏という名は、ツィールカの溜め息は黄昏のように美しいという故事からきている。


「そんなのどうでもいいよ」

 聞いてもあんまり嬉しくない由来がメモ帳に浮かび、流衣は思わず突っ込みを入れた。

「現在地が分かる地図を出して下さい」

 現在地を教えてと言ったからそんな説明が出たのだと思い、きちんと頼む。すると、ちゃんと地図っぽい地図が出た。地図っぽいというか、まあ地図なのだが。

「えーと、ルマルディー王国の東部か。で、ここが一番東なわけだね。『言葉交(ことばか)わしの森』の中にある『黄昏の遺跡』ってことか」

 地図を見ながらぶつぶつと呟く。

 地図というのを使ったことがないが、漠然とそういうことは分かった。

「西に進めばカザエ村っていうのがあるみたいだよ」

 肩に乗ってるオルクスに言うと、オルクスはコックリと頷く仕草をする。こうしているとただのオウムにしか見えない。

『西はあちらです。方向ならお教えしますから、とりあえず進みましょう』

 オルクスの言葉に頷いて、流衣はメモ帳を持ったまま遺跡に背を向け歩き出す。異世界の旅の始まりだ。……嫌だなあ。


「ああ、そういえばオルクス」

『何でしょう、坊ちゃん』

「さっき、暗かったのによく見えたよね」

『何故です?』

「だって、鳥目なんだろ?」

『わては魔物ですから』

「あ、そっか」


 そんな他愛のない話をしながら、ひとまず一人ではない幸せに感謝した。



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