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十章 騎士見習いとドングリクッキー 4



 もう夕方だった為に市場が閉まったので、明日の朝から買出しに行くことで話が纏まった。

 流衣がドングリクッキーを作ると言い出したので、ディルがそれなら自分にも教えて欲しいと頼んできて、それに面白そうだとリドも乗り、結局三人で行動することになった。勿論、オルクスのことも忘れていない。

 そして翌日、食堂で朝食を摂った後、集合場所のクエストボード前の雑談スペースで落ち合い、早速市場に出かけた。

 市場には武器や細工物、アクセサリーから、何に使うのか分からない変わった物や置物、布や食べ物など様々な物が売られていた。だが、菓子屋やパン屋などは市場ではなく東西に抜ける通りにあるらしかった。

「それでルイ殿、何を買うのだ?」

 ディルの問いに、流衣は苦笑する。

「あの、ルイでいいですよ?」

 昨日から気になっていたので、呼び方変更を希望する。殿なんて付けられる程、偉くも歳を重ねてもいない。

 それに、リドも俺も呼び捨てで構わねえと付け足す。

「む、そうか? では、私に敬語を使うのもやめて欲しい。修行中は一般人だからな」

 ディルも気になっていたようで、そう言う。

「僕が敬語使ってたのは年上だったからなんだけど……。まあそう言うなら」

 流衣の返事に、ディルは首を傾げる。

「だがリドも年上だろう? 見た所、私と同じ歳くらいに見えるが」

「俺は十七だぜ?」

「同じ歳だな、私も十七だ」

 リドの返しに、ディルはやはりというように頷く。それに流衣は少し考えて答える。

「最初は敬語使ってたんだけど、いつの間にかため口になってたんだよね」

「そういやそうだな」

 リドも頷く。

「ふむ。まあ、改めてくれるのならそれで構わん」

 ディルの言うことに頷いて、流衣はクッキーの材料を思い出す。

「えーと、クッキーの材料は薄力粉と無塩バターと、砂糖と、卵と、あとはバニラオイルとかあれば良いけど、まあ香りづけだし無くてもいいかな。それに今回は薄力粉はいらないし……」

 そう言いながら市場を眺めて歩いていると、ある実を見つけて目を丸くする。

「あれってカカオ? 生で見たの初めてだ」

 筋の入った黄色い実が籠の中に詰まれているのを見て、流衣は顔をパッと明るくする。

「ここにもチョコレートってあるんだね」

「ちょこれーと?」

 リドが片眉を跳ね上げた。

「え? あれが元になって作られたお菓子だけど。甘くて茶色くて、口の中で溶ける感じの……」

 名前が違うのかと具体的に説明してみるが、リドは首をひねるだけだ。貴族なら知ってるかとディルを見るが、ディルも怪訝そうな顔をしている。

(もしかして、チョコレートがない?)

 そういえば、地球でもカカオは初め薬として用いられていたんだった。

 流衣は物は試しにと、カカオを売っている店に出向く。

「あの、その実なんですけど……」

 灰色の髪と灰色の口ひげをたくわえた店員の男は、客を見て笑顔を作った。

「ああ、お客さん、お目が高くていらっしゃる。このココの実から作った粉は、シルヴェラント国で不老長寿の薬と云われて重宝されている、珍しい実なのです!」

 素晴らしい宣伝文句をのたまう男に、流衣は問う。

「えっと、粉じゃなくてカカオ豆……、黄色い実の中の種の部分だけを売って欲しいんですが」

 男は不審げな顔になる。

「わざわざ種を買わずとも、粉でお売りしますよ?」

 粉だとココアになってしまうから困るのだ。

 前に読んだ本からそう知っている流衣は、どう言えば種で売ってくれるかと考える。

「その実、一つ分だとお幾らになりますか?」

 困った末、買う意思があることを示すことにした。商人なら、乗ってくるに決まっている。珍味扱いで売られている薬なせいか、客足の無い店なら尚更。

 すると男はさっきまでの不審などかなぐり捨て、にこにこと愛想笑いを浮かべた。

「そうでございますね、この実一つですと、銀貨三枚になります」

 もみ手をしながら言う男に、リドがひゅうと口笛を吹く。

「へえ、随分吹っかけるな。じゃあ、そっちの粉、その小さい袋一つ分なら幾らなんだ?」

「こちらなら、銅貨五十枚でお売りしております」

 どっちにしろ高い。

 それだけだと客が帰ると思ったのか、男は慌てて付け加えた。

「この実は、南方でしか取れない貴重な木の実なんです! 運んでくるのも大変だったんですから、この値段になるんです!」

 流衣はその男を見て、少し考え込む。

「あの、もしこの実がよく売れるようになる良い方法を教えたら、代わりにまけてくれません?」

 値切りなんて初めての体験だが、ドキドキしながら流衣は言ってみた。駄目ならそのまま買えば良いしと割り切っている。

「良い方法?」

 男の目が輝く。

「ええと、勿論、話を聞いてから判断してくれて構いませんから」

 流衣がそう言うと、男は頷いた。だが、慎重に付け足す。

「では、値引き分については話を聞いてからで」

「はい」

 流衣は頷き、にこっと笑う。

「えと、この粉にミルクや砂糖を混ぜて煮溶かすと、甘くておいしい飲み物になるんです」

 初耳だったのか、男は目を瞬いた。

「そんな話は聞いたこともありませんがね?」

「僕のいた所じゃ、常識ですよ。どうやらこの国にはそういう飲み物がないみたいですけど。それに、お菓子も作れるんですよ」

「お菓子も?」

「ココの種をペースト状にしたものに、砂糖を加えるんです。それを冷やして固めると、チョコレートの出来上がりです。甘くておいしいんですよ。これもこの国には無いみたいですけど」

 そう言いながら、これって商売チャンスじゃないかと暗に言ってみる。

 すると男はみるみるうちに表情を輝かせた。

「それは素晴らしい情報を聞きました。良いでしょう、銀貨二枚にさせて頂きます。言っておきますが、これ以上は無理ですよ? 私だって生活があるもので」

 あまり交渉の上手い者ではないらしく、切実に言う男。

「いえ、十分です。ありがとうございます」

 そう言って、男に代金を支払い、カカオの実を一つ買う。

「後で試してみて下さいね」

 と男に言い、流衣は店を後にした。

(ほんとなら、ココアバターを混ぜて苦味を減らすんだけど、作り方知らないんだよね)

 チョコレートの製法を脳裏に浮かべて、内心で謝っておく。でも、十分にお菓子としては通用するはずだ。

『なかなかやりますな、坊ちゃん』

 肩のオルクスがしげしげとココの実を見ながら言う。

「うん、まあ、一か八かだったんだけど。それに南の違う国から来るなんて大変だなと思って」

 シルヴェラント国というのがどこにあるのか知らないが、ルマルディー王国のような大きな国まで出てきているのだから、遠いのだろう。それなのに客が少ないので、何となく応援したい気持ちになってしまっただけだ。

「折角だし、チョコ入りクッキーにしたいな。チョコ作っても良いし」

 ああ、楽しくなってきた。

 流衣は少し浮かれながら、他の材料を集めるべく、市場を歩き回った。



 そうして材料を揃えると、受付で調理場使用の申請を出して、宿舎にある調理場に行った。幸いにも調理道具一式が揃っている。(かまど)とはいえオーブンもあるみたいだ。

 まず竈に火を入れておき、材料を吟味する。

「まずはドングリだね」

 外の殻を割り、水で洗い、布で包んで麺棒で叩き、小さくする。

「それをどうするんだ?」

 部分鎧を取り外し、料理の邪魔になる上着を脱いだディルが袖をまくりながら訊いてくる。

 流衣もマントや鞄は外して部屋の隅に置き、袖まくりをしている。あと、調理場に動物がいるのは衛生上問題ありなので、オルクスには部屋の隅でじっとしているように言い含めた。それが気に食わなかったのか、オルクスはまたしょげかえっている。

「出来たら粉にしたいんだけど、こっちには石臼ってあるのかな?」

「それならここにあるぞー」

 やっぱり同様に袖まくりしたリドが、部屋の隅にあった石臼をゴロゴロ転がしてきた。それを綺麗な布の上に置き、小さくしたドングリの欠片を上の穴から入れる。

「これを回すのは私が担当しよう。良い修行になる」

 ちょっと嬉しげに名乗り出るディル。

 修行修行って、そればっかだな、この人。

 流衣は少し呆れた視線をディルに向けた。それから、リドの方を見る。

「僕達は先にチョコレート作ろっか」

 どうやってペーストにするんだろ? と、大事な部分が抜けている知識なせいで首を傾げつつ、種を取り出して軽く洗ってから、とりあえず潰してみることにした。



 ペーストっぽくなったものに砂糖を混ぜて湯銭にかけ、どうにかこうにかこれでチョコレート? みたいな物が出来た頃、ディルの方もドングリを粉にする作業が終わったようだった。

 あとはクッキーを作る要領で作業を進め、型までは流石になかったので手で丸い形のものを作った。生地の半分にはチョコを混ぜ、チョコレート味のクッキーにする。残ったチョコレートは器に入れ、氷室に放り込んでおいた。これで板チョコが出来るはずだ。

「後は焼きあがるのを待つだけだね~」

 竈を使うのは初めてだから、竈の前から離れられそうにないが、ひとまず気が抜けた。っと、その前に片付けないと。

「ふう。菓子作るのってこんなに疲れるんだな」

 初めて菓子を作ったらしいリドは、やれやれと肩を落とす。リド曰く、「毎日食えればそれで良いんであって、菓子なんて面倒なもんをわざわざ作ったりなんかしない」んだそうだ。

「ああ、そうだな。ルイのお陰で、初めてのまともな料理になりそうだ」

 確かな達成感を覚え、満足げに言うディル。

「うーん、出来上がるまでは何とも言えないけどねえ」

 おいしく出来ていればとは思うが、自信は少ししかない。ドングリを材料にしたのが初めてだからだ。これならいっそ、ナッツの代わりにクッキーに混ぜ込んだ方が良かったかもと思ったりもしている。

 流衣は散らかした物を片付けながら、ドングリクッキーが焼き上がるのを待った。



 食堂で果実を絞ったジュースを飲んでのんびりしていたリリエの前に、いきなりドンと布に包まれた菓子が置かれた。

 リリエはそれを見てクッキーであると気付くと、素直に驚いた。

「あれま、思ったより普通に出来たじゃないの」

 普通どころか見映えは完璧だ。

 が、自信満々のディルの後ろにルイとリドの姿を見つけて、すぐに理解する。

「なーんだ、その子達に手伝って貰ったわけね」

 手伝い禁止って言えば良かったなあと、ちょっとつまらない気分でリリエは思った。おかしな作品を作り上げた弟子を、からかってからかってからかい倒そうと楽しみにしていたのに。

「言っておきますが師匠。これは町の者に習った作り方ではなく、ルイのアレンジしたものです。ハクリキコとかいうものの代わりにドングリの粉を使ったんですよ」

「あらそうなの」

 白と茶色のクッキーを見つめ、リリエは頷く。見れば見るほどおいしそうに見えてきた。

 白い方を一つ摘み、口に放り込む。

 サクッとしていて香ばしい。

「おいしい!」

 茶色い方も食べると、初めて食べる甘みが口に広がった。

 甘味が大好きなリリエは、思わず笑顔になった。

「なあにこれ、おいしい! 初めて食べる味だわ」

 目をキラキラさせて、ルイの方を見やる。

「あ、それ、チョコレートを生地に混ぜ込んだんです。後でも構わないので、これも良かったら食べて下さい」

 にこっと笑い、流衣は小さな布の袋を置いた。そして、満足げに笑うと、リドとともにその場を去っていった。

「あら、これも初めて見るわ」

 茶色いコロコロとしたお菓子を摘むリリエ。

「チョコレートという菓子らしいです。ルイの故郷では普通に出回ってる菓子だとか」

「異国のお菓子? やった、何てついてるの私」

 リリエは顔を綻ばせ、摘んでいたチョコレートなるお菓子を口に放り込む。途端に口の中に広がった甘さに、あまりのおいしさにうっかり目尻に涙が浮いた。

「甘い~っ、おいしい~っ、幸せ~~っ」

 頬に手を当て、身をくねくねさせる師匠を見て、ディルは思わず後ずさった。こんなリリエを見たのは初めてだ。はっきり言って不気味以外のなにものでもない。

「今、何か失礼なこと考えた?」

 瞬間、ぴたっと動きを止めたリリエが殺気をこめて睨んできた。

 ぶんぶんと首を振るディル。

 すると、すぐさまお菓子の方に視線が戻る。

「素晴らしい! 何ておいしいの! ねえ、レシピくらい聞いたんでしょうね? 今度作るから渡しなさい!」

「は、はいっ、これですっ!」

 ディルの差し出したレシピを奪い取り、リリエはにんまりした。これがあれば材料さえ揃えれば自分でも作れる。

 うふふふふ。

 楽しげに笑うリリエを見て、ディルは不気味すぎて冷や汗が出た。

 怖い。怖すぎる。

 でも機嫌が良さそうではあるので、見ないフリをしつつ胸を撫で下ろすのだった。



 次の日。

 食堂に朝食を食べに来た流衣達は、がっくりと肩を落として沈み込んでいるディルを見つけ、顔を見合わせた。

「おはよう、ディル。どうかしたの?」

 そのまま素通りも出来ず、ディルに挨拶する。

 すると、ディルは笑顔で挨拶したが、すぐさま元の暗ーい表情に逆戻りした。

「師匠が……」

 言いづらそうにそう呟くディル。

 僅かに首を傾げ、リドは呑気な声で問う。

「お師匠さんがどうしたんだ?」

 ディルはううっと声を詰まらせ、一気に暴露した。

「菓子に目覚めたなどと言って、私を放り出していったんだ!」


「「『は?』」」


 流衣、リド、オルクスの声が重なった。

 ディルは構わず続ける。

「『あんたはもうすでに修行内容をクリアしている。私が教えることはもう何も無い。あんたに必要なのは、経験と知識。一人で旅するも良し、誰か守る相手か仲間を見つけて共に旅するも良し、納得行くまであちこち見て歩いて、そうして腕を鍛え、納得したら士官しなさい』と、そう言い残して、今朝早くに出ていってしまったんだ」

 うなだれるディルを見て、リドは茶化す。

「最後だけ聞いてると、女房に逃げられた旦那みてえだな」

「もうリド、ふざけちゃ駄目だよ」

 流石に可哀相なので、流衣は小さな声でリドを制す。

「あんまりだ。私はどうすればいいんだ。行く先など決めていないのに」

 大体、納得というのはどういう意味なのだ。

 ディルはぼそぼそと呟く。幽鬼(ゆうき)のように暗い気配を背負ったディルを見て、食堂にいる他の団員達は見ないフリをして距離を取り始めた。それもそうだろう。朝からこんな陰鬱な光景、誰も好き好んで見たくなどない。

「別に、修行の旅なら適当にふらふらしてれば良いじゃん。魔物退治して回るとかさ」

 リドが適当に助言する。

「私は見習いとはいえ騎士だぞ! 守る相手なくば、どうして騎士と呼べるのだ!」

 朝っぱらから熱いことをのたまうディル。

「うっ、熱血かよめんどくせえ」

 リドは顔を引きつらせる。

「それなら、護衛の任務を中心にこなすとか……」

 当たり障りのないことを流衣は言ってみる。

 しかしディルは納得しないようで、首を振った。

「それは傭兵であり、騎士の本分ではない」

 流衣はオルクスの方を見る。見られたオルクスはあからさまに目を反らした。ディルの相手をしたくなかったらしい。

 声をかけたの失敗だったかな。流衣は困って、面倒そうに顔をしかめているリドと顔を見合わせた。

「お前達はどこを目指して旅をしているのだ?」

 沈みきったまま、ぼそりと尋ねるディル。

「一応、カザニフを目指してるよ。転移魔法や召喚魔法に詳しい人がいたら、そっちも訪ねるかなあ。あとは図書館なんてあれば良いんだけど」

 流衣の言葉に、ディルは、そういえばこの年下の少年は帰る方法を模索して旅しているのだったなと思い出す。

「それならば、カザニフよりもエアリーゼ神殿の側にある魔法学校を訪ねると良い。あそこにおられる先生の一人が、転移魔法の権威だと聞いたことがある」

「それほんと!」

 流衣はがばっと食いついた。

 少し気圧されて身を引きつつ、ディルは首肯する。

「あ、ああ」

「で、エアリーゼ神殿ってどこにあるの?」

 そのままぐるっとリドの方を向く。リドはそれにびくっとしつつ、顎に手を当てる。

「確か北にある神殿じゃなかったっけ? 魔王が現れたっていう洞窟が、そこから近かったような……」

「その通りだ。まあ、近いといっても、徒歩で二週間くらいの距離だが。もしかしたら、魔王討伐に来た勇者と鉢合わせたりしてな」

 ディルはそう言って、クスリと小さく笑う。

 そう聞いたらますますそこに行きたくなってきた。流衣は俄然やる気が出てきた。

「そっか、分かった! じゃあ、そっちに行き先変更するよ。よし、頑張ろう!」

 拳を握り、気合を入れる。

 ディルはそんな流衣をしばらくじーっと観察し、やがて何かを決意した様子で頷いた。

「……よし、決めたぞ」

 お、立ち直ったか。

 顔を上げたディルの目に決意のこもった強い光が浮かんでいる。流衣は良かったと肩の力を抜いた。

「私も君達の旅に同行する!」

 流衣はその場でがくっとずっこけた。よろよろと身を持ち直し、空耳だろうかとギギギとディルの方に顔を向ける。

 ディルはそれはもう素晴らしい笑顔を浮かべていた。これで通りを歩いていたら、女の子の方が寄ってくるかもしれない。というか笑顔を使う相手を完全に間違えている。

「よし、行くかルイ」

 眩しい笑顔を見た瞬間、リドはすぱっと切り捨て、流衣の後ろ襟を掴んでその場を離れる。

 慌てたのはディルである。

「ちょっ、無視をするな、無視を! いかにもひ弱そうな子供を守るんなら、騎士として十分な理由だ!」

「ひどいよディル! それに余計なお世話だよ!」

 あんまりな言いように憤慨し、リドに引きずられながら言い返す流衣。オルクスが「何て失礼な真似を!」とリドに叫びながら、リドの周りを旋回する。

「すまん! 本音を言うと、単に面白そうだっただけだ!」

「そっちもどうかと思うよ!」

 もうちょっと真剣に悩みなよ、と、流衣は心の中で突っ込む。

 そうして騒いでいたら、うるさいと他の団員に食堂の外に放り出された。

 それから、何故かなし崩し的に、流衣・オルクス・リド・ディルの四人で旅することが決まってしまい、諦めるしかなくなった。

 ――うーん、謎だ。何でこんなことになったんだ?


  *  *  *


 時は戻り、流衣達がドングリクッキーを作った日の晩。

 リリエは、深夜遅くに使い魔が運んできた手紙を、月明かりの下で見つめていた。

 中身はすでに読んでおり、文字の綴られた文面を見下ろしているだけだ。

「ケーネスの町が落ちたか……」

 感情の見当たらない冷たい顔で、リリエは呟いた。

 まだしばらくは時間があると思っていたが、思ったよりも事態は進行しているらしい。

 北に生まれた魔王の影響か、魔物が凶暴化して村が潰れたケースはこれまでに何件か報告があったが、町が潰れたのは初めてだった。

 リリエは手紙を握り潰した。それは自分の仕えている主君からの召集の手紙だった。

「もう少し猶予があると思ってたんだけどねえ」

 リリエがあちこちふらふらと旅をしていたのは、情報収集の為だった。

 ――三百年ぶりの魔王の誕生。裏で暗躍する魔王信仰の信者達。

 それだけでも十分頭が痛いというのに、問題はまだ他にもあった。

 魔王というのは、勇者に倒されても、数百年後にまた誕生する。それは世界に溜まった負の要素が形をなして現れるからだというのが定説だ。だから、魔王が倒されても、闇の眷属である魔物が消滅することはない。

 そして、魔王を倒す際、魔王が持っている魔力を五つに分断し、それを五つの聖具に封印する。それら聖具は五芒星を描くように建てられた五つの神殿に預け、神殿の厳重な管理のもと、徐々に清めていく。魔王の骸はカザニフに届けられ、そこでも徐々に清めていくのだ。魔王は一度に清められない程の強大な力を持っている。

 が、骸と力に分けるとはいえ、魔王はその時々で宿る対象が異なるので、人型をしているわけではない。巨大な木の時もあったし、小さな小鳥の時もあった。魔王になった時点で人語を解すし、魔法も扱うようにはなるが。

 先代の魔王は不幸にも人の姿をしていたので、骸は棺桶に納められて丁重に祀られていた。それなのに、邪なことを考えた者がいて、そいつが二年前に遺体から右手を切り取って持ち出したのだ。しかもその直後、事件の騒動の隙間を縫い、西にあるフェルリア神殿からは先代魔王の力を封じこめた聖具が盗み出された。

 その二つを探し出し、神殿に納めるのがリリエの任務だったのだが、相手は巧妙らしく、二年かかっても探しきれなかった。

「ただでさえ面倒だってのに、今度は内乱の予兆だって……?」

 ふざけるなと低く呟くリリエ。

 怒りが収まらないながら、気を鎮め、ちらりと隣の部屋の方の壁を見る。

 弟子を取る気はなかったのに、あまりのしつこさに弟子にした少年を思い浮かべ、小さく溜め息をつく。

 弟子にしたからには最後まで面倒をみてやりたかったが、残念ながらタイムアウトだ。ごたごたが想像される所に連れて行くわけにはいかない。

 まあ、修行はクリアしているのだ。あとは経験と知識を蓄えれば十分に大成する素質がある。

「さてと、どんな話をでっちあげるかねえ」

 リリエはにやりと笑み、弟子の驚く顔を楽しみに思うのだった。



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