十章 騎士見習いとドングリクッキー 3
*この話中、戦闘表現と流血表現があります。
――どなたか、サルテの森でドングリを十個採集してきて下さい。
虫に喰われていない、新鮮で綺麗なものを求めます。
報酬などは下の通りです。
報酬:銅貨四十枚
依頼主:菓子屋フランソワ
相当ランク:D
「ドングリ十個で銅貨四十枚……?」
クエストボードにあった依頼表の一枚をまじまじと見て、流衣は呟く。
ドングリって、あんな小さいものを十個だけで菓子製作に足りるのかという疑問もよぎる。
「ふーん、ま、ここからなら今から出ても夕方には戻れるか」
しかも、何故かリドがひどく真剣な顔で検討しているのも不思議でたまらない。何故、ドングリ十個を拾うだけでそんなに悩むんだろう。
「どうするルイ、これ受けるか? ちょっと厳しいかもしれねえぞ」
「大丈夫だと思うけど……」
どの辺が厳しいのだろう。だってドングリ十個だよ?
心底不思議でならないが、リドはそれで納得したようで、頷いて依頼表をクエストボードから剥ぎ取る。
「まずは袋を調達しないとな!」
「は?」
何故に袋?
息巻くリドを見て、ひたすら首を傾げる流衣だった。
その後、メインストリートで袋を二つ購入してから、サルテの森に向かった。
流衣はリドが手に持つ袋が気になって仕方がない。袋といっても、サンタクロースが持っているような、大きな袋が二つだ。
何でドングリ十個相手にそんなに大きな袋を用意するんだろう。
不思議だ。
が、その疑問はサルテの森に入ってすぐに解消された。
「でっか……!」
森の地面に落ちているドングリは、サッカーボール並みだった。試しに一個拾ってみると見た目よりは軽かったが、それでも厚めのマグカップくらいの重さはある。
「ああ、駄目だそれは。見ろ、虫喰い穴があるだろ? 依頼には新鮮で綺麗な物ってあったからな、木になってるのが良い」
リドが首を振るので、流衣はドングリをポイとその場に放る。
そして、リドにならって頭上を見上げた。
「うわあ、大きい!」
ドングリが大きければ、その木も大きかった。
大きいというか、高い? うーん、梢が見えない。
その姿勢のまま見ていたら、キラリと何かに光が反射した。
「―――ん?」
眉間に皺を寄せ、それを凝視する。
誰か白い衣装を着た人が木の上から飛び降りてきた。その人はそのまま降りるというよりは落ちてきて、流衣達から二メートルほど離れた所にスタッと軽やかに着地した。
「ふう、こんなものでいいか」
両腕にドングリを三つ抱えたその人はそう呟き、そこで顔を上げる。
「む?」
「「あ」」
全員の声が重なった。
上から降ってきた人はディルだった。
そちらもそちらで驚いたようだ。軽く目を瞠って声を上げる。
「おお、奇遇だな。こんな所でも会うとは!」
「僕らはクエストで。ええと、ディルさんは、さっきの罰その二みたいだけど……」
「ちゃんとドングリ採集してんのな、偉いじゃん」
苦笑する流衣と、感心気味に言うリド。
ディルはいやあと後ろ頭を掻く。
「課題をクリアしない方が恐ろしい目を見るのでな」
「あー……怖そうだもんな、あの人」
怒鳴りつけていたリリエを思い出し、リドは納得する。しかし気絶していた流衣は知らないのできょとんとする。
「お前って意外と身軽なんだな。騎士なんていうから、剣振り回してるイメージしかなかったぜ」
ディルが五メートルくらい上から落ちてきたにも関わらず涼しげな顔をしているものだから、リドは少し褒める口調になった。
「鍛えているから当然だ。それと、騎士ではなく魔法騎士だ」
ディルはあっさりそう答え、間違いを正す。
「騎士と魔法騎士ってどう違うんですか?」
首を傾げる流衣。騎士であることに代わりないんじゃないのか?
「魔法騎士は、剣技だけでなく魔法も扱う騎士のことだ。魔法の勉強もせねばならぬから、努力が増えるな。だが、魔法を扱える利点は大きい。剣だけでは叶わぬことでも、魔法なら片付くこともある。例えば、練習次第で遠距離から正確に攻撃出来る」
そう言いながら、ディルは森の端に右手をピストルの形にして向けた。
「光よ矢となれ、ライトブリッド」
光の弾が指先から飛び出し、その先にいたウサギにぶつかった。ウサギは弾き飛ばされ、その場に倒れて動かなくなる。
「な?」
さらりと問うてくるディルであるが、流衣はショックを受けて固まっていたので反応出来なかった。
「ななな、なんてことするんですか! 罪もないウサギを的にするなんて!」
あんな白くて可愛いウサギを!
人を襲う魔物ならともかく、動物好きの流衣からすれば酷いことだった。
可哀相すぎて涙目になって怒ると、ディルは驚いたような顔をした。
「ウサギって、あれはキバウサギだぞ? れっきとした魔物ではないか」
「そうですよ、キバウサギという魔物でっ…………魔物?」
ディルの言葉に紛れていた不穏な言葉を拾い、流衣はぴたっと動きを止めた。
何を当然なことを、と言わんばかりの態度でディルが問い返す。
「この森にはドングリを餌にする魔物が棲みついているのだ。大半はああいうキバウサギという魔物だが、危険なものになるとコハクベアなんていう凶暴なやつもいるぞ。知らなかったのか?」
流衣はぐりんとリドの方を向いた。リドはそこで説明していないことを思い出した。
「ああ、言うのを忘れてた。ディルの言う通り、この森にはウシネズミより凶暴な魔物が棲みついてんだ。だからドングリ採集を依頼する人がいるってわけ」
「聞いてないよ!」
今更ながら真っ青になる流衣。
しかしリドの態度は軽い。
「大丈夫だいじょーぶ。お前、もう魔法の威力のコントロールは出来るようになったろ?」
「そういう問題じゃないよ、気構えの問題だよっ」
流衣は必死で言い張る。
「ははは、そんなこと言ってるうちに囲まれたな」
「囲ま…………はっ!?」
さっきのキバウサギの仲間だろうか、流衣達三人の周りを六匹のキバウサギがぐるりと取り囲んでいた。
流衣は冷や汗をだらだら流しながら、気付いたことを口にしてみる。
「あ、あのうリドさん? 何だかこのウサギ、大きくないですか?」
白い体毛と赤い目をしたキバウサギは、大型犬くらいの大きさがあった。
「だから魔物だって言ってんだろ」
リドの返事を聞きながら、ウサギの背中辺りに、魔物の証である、先の細いダイヤの形状に似た黒いシミがあるのを見つけた。
それさえ除けば、身体が大きいだけで、普通のユキウサギと何ら変わりがないように見えた。つぶらな瞳が愛くるしい。
――と思えたのは、残念ながらその瞬間までだった。
「キシャ―――ッ!」
キバウサギ達が赤い目を吊り上げ、歯を剥き出して威嚇の声を上げたからだ。
「ひーっ、グロテスク!」
そのあまりの不気味さはB級ホラー映画ばりだった。犬歯に当たる部分だけ長い牙があり、他の歯は三角形をした異様に鋭い歯が並んでいる。もうなんか、ホラー映画というか、エイリアンものみたいな。
そんなどうでもいい評価を下した瞬間、キバウサギの一匹が地を蹴って飛び掛ってきた。流石ウサギ、脚力が半端ない。
青くなって固まってしまった流衣の前にリドが出、ダガーでもってキバウサギを切り伏せる。
そこへ別のウサギが飛び掛ってくると、それをディルがさっきの光弾で撃ち落した。
怒った残りの四匹はまとめて飛び上がる。上から一気に潰そうという魂胆らしい。
あんな勢いで踏み潰されたら骨折くらいしかねない。
流衣は涙目でがちがちになりつつも、四匹が固まった瞬間、点火の術を唱えた。
「ふぁ、ファイアー!」
ドゴーン!
小爆発が起こり、丸焼きになったキバウサギが地面にボトリと落ちる。
『すごいです、坊ちゃん!』
褒め称えるオルクスの声を聞きながら、その場に座り込む流衣。
「し、死ぬかと思った……」
何か、前にもこんなパターンがあった気がするのだが、もういいや思い出せないし。
「相変わらず弱虫だな~」
戦闘が終わるなり座り込んだ流衣を見て、リドは呆れる。
「何とでも言ってよ。怖いものは怖いんだから仕方ないじゃないか」
流衣がそう返すと、へいへいと肩をすくめるリド。
「一体今のは何だ……? 点火の術の呪文なのに、ドーガ並みの爆発を起こすなど……」
信じられん、と呟くディル。
「えーと、想像力の問題かなあ?」
ロケットの点火を思い浮かべろなどと言えないので、そうとだけ答えておく。
話ながらだんだん落ち着いてきたので、大きく溜め息をついて立ち上がる。
ディルは理解できんとばかりに変な顔をし、それを見てしまった流衣は思わず笑ってしまう。
「む。もしかして新手の冗談か?」
するとからかわれたと思ったディルが、真面目くさった顔でそんなことを訊いてくるものだから、ますます笑えてくる。
「ち、違うよ。くくく、そんな変な顔しないでよ、笑っちゃうから」
「もう笑っているぞ」
冷静に突っ込まれて、更に笑う。火に油を注がないで欲しい。
そんな二人の前で、リドがキバウサギの前に座り込んで、鞄からナイフを取り出した。
ぎょっとして笑いが止まる。
「何するの?」
「こいつの毛皮、高く売れるんだよ。折角だからとってこうかと。ああ、ルイはあっち向いてろ。吐くぞ」
それでキバウサギを解体する気なのだと気付き、流衣は急いで背中を向けた。
しばらくの間、色々とグロテスクな音が響いていて、流衣はびびりまくっていた。こっちの人は何てたくましいんだと、弱い自分に嫌気が差す。でもそれに慣れたいとはどうしても思えない。
リドは三頭のキバウサギの毛皮だけ剥ぎ取ると、あとは風で地面に穴をあけ、そこに、まず裁いたキバウサギの死体だけを放り込んだ。キバウサギもまた、ウシネズミと同じく、その血肉は人間にとっては毒だから、食用には向かないのだ。
「ディル、お前も持ってったら? 旅してるんなら金がいるだろ?」
「いや、あいにくと袋を持参していないのでな」
「そうかい。じゃ、全部埋めちまうぞ」
「ああ」
リドとディルは互いにそう言い合って、ディルが最初にしとめたウサギも含めて地面に埋めた。他の余計な魔物を引き寄せない為だ。
作業が終わったとみると、流衣は恐る恐る振り返る。
「終わった?」
「おう」
一仕事したというように、爽やかな顔で頷くリド。土をかける作業すら風を操作して片付けた。
何してても爽やかってすごい。不思議な方向で感心する流衣。いかにも同性から好かれるタイプのカッコイイ兄さん的なリドだが、若干感じられる変わり者の匂いのせいか、どうも女っけがない。まあ、カザエ村にはリドと同年代の子供自体がほとんどいなかったが。
「点火の術で爆発を起こす魔法使いがいたかと思えば、自由自在に風を操る〈精霊の子〉と、言葉を使うオウムか。妙な取り合わせというか、面白いというか」
もう何も聞いても驚かないとばかりに呆れ返るディル。
「偶然だよ偶然。な!」
「うん、そうだね」
流衣は苦笑しつつ、ちらちらとリドが手にしている、キバウサギの毛皮が入っている袋を見やる。
「ねえ、もしかしてキバウサギの毛皮を最初からとるつもりだった……とか?」
「その通り!」
あくびれなく頷くリド。
成る程。袋が二つ用意されていた理由がここで判明した。
「しっかりしてるなあ」
「まあな! 伊達に一人暮らししてねーよ」
リドは袋を叩いてにっかり笑う。
「……むう。私もまだまだだな」
え? 何でそこで悔しそうにするんですか。
ディルの反応も謎である。
真面目に間違った方向に決意している気がするのだが。
「さて、と。ドングリ集めは任せな。ルイはそこに立って、袋を広げていてくれたらいい」
「ん? うん」
何をする気だろうと首を傾げる流衣の前で、リドは足に風を纏い、ドングリの木の幹にジャンプし、また幹を蹴ってジャンプ、を幾度か繰り返し、あっという間に枝の上に飛び乗ってしまった。
「私などよりずっと身軽ではないか」
木を見上げ、小さく息を吐くディル。
リドの身軽さは風の〈精霊の子〉の影響と、本人自体の身体能力の高さからだろう。あれの一欠片でも自分に備わっていればいいのにと哀しく思いつつ、リドに言われた通り、袋を広げて立つ。
すると、枝の上でそれを確認したリドが、適当にドングリの実を選んで、袋に投げ落としていった。あとは袋に入るよう、風を操って軌道修正すれば、吸い込まれるように袋に消えていくだけだ。選別も兼ねて多めに入れると、登った時と同様、身軽に降りてくる。
「お疲れ」
風を利用し、ふわりと音もなく着地したリドに声をかけると、おう、と返事が返る。
「これでクエストはクリアだな! 他の魔物に出くわさない内に帰ろうぜ」
「うん」
ドングリの入った袋は流衣が、キバウサギの毛皮が入った袋はリドが運び、ディルとともにブラッエへと戻った。
三人が町に戻ると、日はだいぶ傾いて夕方が近くなっていた。
流衣達はウィングクロスの雑談スペースに置かれたテーブルにドングリを広げ、綺麗なものを十個選び取ると、それを受付に出して報酬と引き換えた。
そして、残りの三つをどうするかとリドと顔を見合わせる。
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど、それに使っていいかな?」
ドングリの実物を見てからというもの、ドングリクッキーを試しに作ってみたくなった流衣である。パティシエを目指していた兄をよく手伝っていた為か、流衣も菓子作りは得意な方だ。慣れというのは恐ろしい。
それに兄が家を出てからは食事の用意は流衣が担当していた。掃除などはどうも苦手なのだが、(掃除機を使っている最中に物を倒したり、バケツの水をひっくり返す確立が高いので)、慣れている為か料理は問題なく出来る。特に興味のあることもなくて帰宅部だったので時間が余っていたというのもあったが、忙しい両親の応援をするということを、兄が家を出る時、兄と約束していたのが大きな理由だった。
「何に使うんだ?」
ひょいひょいとドングリを投げ上げては手に戻し、また投げるを繰り返していたリドは、目だけを流衣に向けて訊く。そのリドの隣りでは、ディルがドングリを前に唸っていた。手には受付の女性から聞き出したドングリクッキーのレシピが握られている。
「僕もドングリクッキー作ってみたいなって思って。きっと、これを粉にして小麦粉代わりにすればおいしいのが作れると思うんだよね」
「む? これにはドングリを潰してペースト状にしたものを焼く、とあるが?」
ディルがガバリと顔を上げた。
リドはドングリを投げて遊ぶのをやめ、ほとほと呆れ果てた顔をディルに向ける。
「はあ? お前、そんな単純な作業についてそんなに悩んでたのか?」
ディルは顔をしかめた。
「む。私には単純ではないのだ。まず、ペースト状とはどういう意味なのだ?」
「……そこからかよ」
これだから貴族の坊ちゃんは、と、リドは視線を横にずらす。
「ペーストっていうのは、うーん、どろどろした感じの……。ああそうだ、糊状のもののことです!」
意味を思い出し、流衣はパッと顔を輝かせる。
「ああ、そういう意味か! ――しかし、これが糊状になる理由が分からん」
「僕も流石に理屈まではちょっと……」
困って曖昧に笑う流衣。
「真面目に相手すんなって、実践すりゃ良い話だ」
リドは面倒臭そうにずばんと切捨てる。
「で? 材料買いに行くのか?」
「そうだね。ああ、でも、調理場なんてどこで借りれば良いんだろ」
流衣の問いには、通りすがりのギルド団員が教えてくれた。
「あら、あなた達、調理場使いたいの? それなら宿舎に付いているから、受付に申請出せば良いのよ」
弓矢を背負った女性がにこやかに言う。
「そうなんですか。ありがとうございます」
流衣が頭を下げると、女性はお大事にと言って立ち去っていく。
あの人もどうやら流衣を見かけた人だったらしい。今日だけで何人の通りすがりの団員に声をかけられたか。
「ここの人って親切な人が多いんだね。それにフレンドリーというか」
交易の町だけあって、人に対して大らかなのかもしれない。
「いんや、そりゃお前限定だな」
ふうとリドが息をつく。
「何で?」
「ま、決闘に巻き込まれて怪我してたってのも大きいけどな。ちまちましたガキがうろうろしてたら、目につくってのもあるな。あとは大人は頑張ってるように見える子供を構いたがるんだよ」
ちまちま。ガキ。子供。そんな三連続コンボに流衣は精神にダメージを食らう。
「あとはそうだな、動物連れてんのもあるかもな。肩にオウムなんて乗っけて歩いてたら、誰でも思わず見ちまうさ。結果、話しかけてみたくなる、と」
「…………」
言い返せないのが辛い。
リドは全く言葉を飾らないので、ずばずばと指摘してくる。それぐらいはっきり言われる方が流衣としても付き合いやすいが、哀しいものは哀しいし、へこむものはへこむ。
「そ、そんなに子供じゃないよ」
どうにかこうにか言い返すと、リドはちらりとディルを見た。
「ディル、お前、こいつが幾つに見える?」
「十二くらいだろう?」
ズガンと追い討ちが下され、流衣は思い切りテーブルに沈んだが、ふとあることに気付いた。
「ん? ちょっと待って。ここって確か、一年が十五ヶ月だったよね?」
「ああ、そうだぞ」
頷くリド。
流衣は急いで頭の中で考えを巡らせる。
ということは、自分のいた所より三ヶ月多いのだから、三ヶ月の十五倍分足りていないことになる。すると、あっちでの三年分がこっちでは足りてないのだから、ええと……? 端数を足しても三年と一ヶ月ちょいは足りてないわけだ。
つまり十五歳から三年と一ヶ月ちょいを引いたのがここでの年相応になるわけだから、つまり十二歳ということか!
流衣はポンと手を叩いた。
「分かったよ、リド。僕のいたとこだと十五歳だけど、ここだと十二歳なんだ。あっちは一年がここより三ヶ月少なかったから」
リドは考えてもいない結論だったらしく、琥珀色の目をしばたかせる。そして意味を飲み込むなり、少し興奮気味に頷いた。
「そうだな、そうだよな。どこも一年が同じ日数とは限らねえもんな。すげえな、じゃあお前、十二歳? ますます普通に子供じゃん」
「でも僕自身は十五のつもりだから、十五歳だよ。これからはこっちの年月日で数えるけど」
「分かった分かった。十五な」
仕方なさそうに返すリドの言葉を聞きながら、流衣は考えを巡らせる。地球での一年よりここでの一年が長いのなら、ここの人は地球の人よりも遅く成長するってことなんだろうか? ということはここでの一年よりも地球の一年が短いわけだから、帰るのが遅くなればなるほど問題ありということになる。
「ルイ殿は一体どこから来たんだ?」
はっ、ディルがいるのを忘れていた。
「……すごく遠い所」
としか答えられない。
違う世界と答えられたら簡単なのだが、それを口にするのはやめておけとリドに止められているから言えないし。ああ、どうしよう。
困っていると、リドが口を挟んだ。
「こいつ、自分の住んでた場所の名前も知らないような辺境のそのまた辺境に住んでたらしくてさ、転移魔法だかの事故で俺の住んでた言葉交わしの森に飛ばされてきたんだ。で、住んでる場所の名も知らないだろ? だから帰りたくても帰り方が分からないらしくてな、何か方法がないかと探して旅してるってわけ。で、俺はそれについてきた。ルイの世間知らずは半端ねえし、何せ同じ窯の飯を食って戦闘を共にした親友だからな!」
なんとまあ、よくそんなにすらすら嘘が出てくるものだ。それなのに、完全には嘘ではないというのがまた凄い。
流衣は感嘆すべきか呆れるべきか驚くべきか大いに悩みつつ、ぽかんとリドを見る。舌先三寸とはまさしくこのことなんだろう。
「はあ、それはまた難儀なことだな。私からは頑張れとしか言えんが、帰る方法が見つかるといいな」
ディルはあっさり騙されて、少しだけ同情のこもった視線を流衣に向け、そう励ましてくれた。
心からそう言ってくれたのが分かったから、流衣は胸が熱くなった。
「……うん、ありがとう」
不覚にも本気で泣きそうになり、俯いて鼻をぐすんとすする。
こんな何も知らない、魔物がいて危ない世界に放り出されて、でも優しい人にばかり会えて自分は幸運な方なんだろう。
そう気付いたら、ここに来てから今まで感じていた少し惨めな感じや寂しさや哀しさが少し薄れたような、そんな気がした。