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十章 騎士見習いとドングリクッキー 1

*第二幕あらすじ*


 ブラッエにやって来た流衣達だが、町に入ってすぐに決闘の場面を見かける。東西南北の道が重なるブラッエで、少年達の道も交差する。



 交易の町ブラッエ。この町は、東西南北の街道が交わり、人や物が行き交う、そんな喧騒に包まれた賑やかな町だ。

 町の周りは高さ三メートル程の壁に囲まれており、壁の内側には三、四階建ての石造りの建物がひしめきあっている。東西南北に行き交う街道のうち、南北に抜けるメインストリートは市場になっており、通りの二階や三階の建物からは日除けの為に色とりどりの布が張り巡らされ、黄土色(おうどいろ)の街並みをカラフルに飾り立てていた。

「ウィングクロスのブラッエ支部ってどこだったっけかな」

 東門からブラッエに入ったので、今いる通りはメインストリートに比べれば比較的人数の少ない通りだ。それでも立ち止まっていては邪魔になるくらいではあるので、通りの脇に行き、思い出すように周りを見るリド。

 四年前に西から東に旅してきた時に一度訪れた程度なので、記憶が曖昧なのだ。

「ちょっと待って。メモ帳に訊いてみる」

 流衣はそう言って、背負ったリュックを下ろして〈知識のメモ帳〉を引っ張り出す。一方のリドは、「何を言ってるんだお前」と言いたげな目を流衣に向けた。

 流衣は構わず、メモ帳を開いて、町の地図を出してくれるように頼む。

 すると、簡単ながらメモ帳に地図が浮かんだ。

「うっわ、何だそれ! 魔法書(まほうしょ)か!?」

 それを目撃したリドは声を上げて驚き、変わったものには近付かない主義だったので、好奇心もそこそこにメモ帳から距離を取る。

「違うよ。〈知識のメモ帳〉っていって、僕に必要なことだけ教えてくれるメモ帳なんだ。ここに来た時、女神様がくれたんだ。可哀相だからって、お金とかもそうなんだけど」

 本人、面倒臭そうだったけど。というのは心の内にしまっておく。

「へえ、そりゃまた、神様にまで同情されるなんてよっぽどだったんだな」

 ちょっとずれたところを感心するリド。

 流衣は苦い笑みを浮かべるしかない。

「ま、まあともかく、言葉の意味とか地図なら浮かぶんだよ」

「へ~」

 リドはまじまじとメモ帳を見ながら頷き、首を傾げる。

「それならお前、元の世界に帰る方法教えてもらえよ」

「!」

 流衣はぽかんと口を開けた。

 どうして今までそのことに気付かなかったんだろう。最初からメモ帳に頼れば良かったんだ。

 それで、ドキドキしながら訊いてみる。

「ええと、僕が元の世界に帰る方法あったら教えて下さい」

 すると、すーっと文字が浮かび上がった。


 ――転移魔法(てんいまほう)召喚魔法(しょうかんまほう)のエキスパートに相談すべし。

   もしくは、その分野の魔法書を研究されたし。


「…………」

「…………」

『…………』

 流衣、リド、オルクスはそれぞれ無言でその文字を見つめた。

 数秒後、リドがぶはっと吹き出し、腹を抱えて笑い始める。

「ぶはははは! こりゃあ傑作(けっさく)だ! 確かに“必要なこと”だよ。はははははっ」

「…………」

 対照的に、流衣の方は無言のままズーンと沈み込んだ。

 そう上手くいくとは思わなかったが、それでもあんまりな回答だ。

『坊ちゃん、元気を出して下さい! そのメモ帳は単なる百科事典のようなものであって、知識全てが記されるわけではないのです』

 オルクスが必死にフォローし、羽をばたつかせる。

「百科事典か……。それなら専門書じゃないからお門違いだよね、ハハハ……」

 力ない声で空笑いする流衣。

 ああ、しょっぱいなあ。現実は塩辛い。涙味だ。……うう。

 早速めげそうになる。

 しかし、そんな空気は第三者の声により蹴散らされた。

「おいっ、決闘だってよ!」

「まじかよ! 行く行く!」

「それってどこ~?」

 通りを歩いていた人達の何人かが、浮き足立って通りの奥へと走っていく。

「――何だぁ?」

 笑いすぎて目尻に浮いた涙を拭いつつ、怪訝そうに人々の行く先を見やるリド。

「さあ……、決闘らしいけど」

 流衣もそちらを見つめながら返す。

「面白そうじゃん。俺達も行ってみようぜ」

 リドが楽しげに言い、額に巻いた布の先についた飾りをカランと揺らし、そっちに小走りに駆け出していく。止める間すらない。

「ちょ、ちょっとリド!?」

 流衣は慌ててその後を追った。



 リドを追いかけて走っていくとウィングクロスのブラッエ支部に辿り着いた。黄土色をした煉瓦造りの厳つい建物に、ウィングクロスのシンボルである、十字とその右斜めと左斜めに羽の生えた形を描いた旗が、風にヒラヒラ揺れているのだから間違いない。

 その入口から少し離れた位置に人だかりが出来ており、集まった野次馬達はやんやと喝采(かっさい)を上げている。その声の隙間を縫うように、鉄がぶつかり合う高音が何度も響く。

「へえ、なかなかやるな、あいつ」

 人だかりの後ろから少し背伸びをし、目の上に手を当てて前方を見やり、感心げに呟くリド。

 リドは身長があるのでそれで見えるようだが、あいにくと155cmという背の低さを誇る流衣には背伸びをしても見えない。中三の男子ならその程度だというかもしれないが、残念ながら流衣のクラスメイトは成長が良く、低い順に並ばせられると大抵一番前か二番目だった。加え、ここの世界の人の身長は高い方で、地球でいうヨーロッパ諸国と文化面や建物の造りも似た感じだ。

「え? 何? 何がどうなってるの?」

 流衣は懸命にぴょんぴょん跳ね、どうにか人だかりの中を見ようと奮闘するのだが、それでもさっぱり見えない。諦め、肩を落とす。

「んーとな、俺とためくらいの奴が、おっさんと剣で決闘してる」

 同じ姿勢のまま、リドが状況を説明してくれる。

 そのまま前を見ていたリドだが、ふいに声を漏らす。

「――あ」

「え?」

 流衣が思わずリドを見上げると、何の前触れもなく、流衣の目の前の人だかりが突然サッと波を引くように割れた。

 ――ん?

 それに気を取られた瞬間、甲冑を身に着けた男が後ろ向きに飛んでくるのが見えた。が、流衣がそうだと飲み込んだ時には遅く、不幸にも直撃した。

 ゴッ

 流衣に聞こえたのはその音までだった。


   *  *  *


 ギン! カン!

 軽装の騎士服を纏ったリドと同じ年頃の少年と、がたいの良い中年男が互いに切り結んでいる光景はなかなかの見物だった。

 それだけなら、大きな町ならたまにある風物詩程度で済んだのだが、今回はそれでは済まなかった。

 少年が男を剣ごと弾き飛ばし、その飛ばされた男が野次馬に突っ込み、野次馬が避けたために偶然後ろにいた流衣に直撃したせいだ。

 まさかの直撃に、地面にひっくり返っている旅の連れとその連れを下敷きにしている鎧の男をリドは唖然として見てしまったが、はたと我に返ると慌てて救出に向かった。

「げっ、おいっ大丈夫かよルイ!」

 こんながたいの良い男に普通にぶつかられただけでも怪我しそうな程ひ弱に見えるというのに、男は鎧まで付けているのだから、もし打ち所が悪かったりしたら死んでそうで怖い。

「どけよ、おっさん!」

 男の肩を押して横へと転がし、額を赤く腫らした状態ですっかり目を回している流衣の頬を軽く叩く。役立たずなことに、流衣の肩に乗っていたオルクスも巻き込まれ、一緒になって目を回しているのだから手に負えない。主人を守る使い魔じゃなかったのか、お前。

「あー、駄目だこりゃ。完全にのびてやがる……」

 何度呼んでも反応がないので、リドは頭痛を覚えて溜め息をついた。

 町に着いて早々これか……。

 だが、今回は流衣が悪いわけではない。身長が低いせいで前が見えず、対応しきれなかったのだから仕様がない。

 しかしまあ、とりあえずは生きているようなので、ひとまず安心する。

「すまん……、避けきれたら良かったんだが……」

 流衣が気絶する原因になった男が、申し訳なさそうに頬を掻く。

 その男の向こうでは、軽装の騎士の少年がしくじったというように渋い顔をしていた。

 野次馬達は怪我人が出たことでざわつき始める。

「一体、何の騒ぎ~?」

 と、そこへ、場の空気を一気に緩ませる呑気な声が割り込んだ。

 二十代ほどの女が、ひょこりと顔を出したのだ。

 女は額に白いバンドをしていて、胸元まである薄茶の髪を無造作に流し、全体的に緩い空気を纏っていた。目の色は右目が緑、左目が金という不思議な色合いと、白を基調とした衣装は上が袖の大きい服でスカートのようにひらひらした裾なのに対し、かっちりした黒色のショートパンツと薄い緑色のハイソックス、黒いショート丈のブーツという、ラフなような不思議なような衣装のせいでますますその印象を強めている。

 しかしその服の上には、首と肩、手の甲と腕だけに白を基調とした部分鎧を着け、女性という性別からは少し不釣合いにも思える、身の丈はありそうな大剣を背負っている。無骨な物であるのに、これが妙にしっくり馴染んでおり、それがますます不思議に見えた。

「げっ、師匠……!」

 その女を目にした途端、少年はキリッとした精悍な顔を引きつらせた。

 こちらの少年もまた、白を基調とした衣装を身に纏っている。裾が膝まである上着は詰襟で首元に銅板の飾りをつけており、ズボンと膝丈までのブーツも同じく白い。手甲と膝から足首までの鉄製の部分鎧を身に着けている他は軽装で、女と同じく大剣を背負い、左腕には表面にクロスに似た紋様が描かれた白色の小さい盾を装着している。

 白と銀色で統一されているのに加え、ほとんど白に見える銀髪を短く刈り込み、涼しげな水色の目をしている為に冷たげな印象を覚える少年である。左目の下にある泣きぼくろもまた印象的だ。

 女は場の状況を一瞥で判断すると、右の拳を固め、思い切り少年の頭に振り下ろした。

「ぐぁっ」

 少年の、呻いてすぐさま両手で頭を押さえて悶える様に、見ていた野次馬達もつられて痛みを想像し、眉をしかめた。

「ディル! ちょーっと目を離した隙に何してんだい、あんたは!」

 女の怒声が場に響き渡る。

 ディルと怒鳴りつけられた少年は一瞬身を縮めたものの、すぐに言い返す。

「でもですね、師匠! 強そうな人を見かけたら、決闘を挑むものです!」

「アホたれ! 決闘すんのはあんたの勝手だけど、こんなギルドの入口まん前ですんじゃないよ! どうせするんなら人気の無いとこでしろ! こんなに騒ぎを大きくしてっ」

 女は怒りを抑え切れなかったらしく、声を荒げて言い立て、そこでビシッと流衣を指差した。

「しかも見なさい、あの子! こんな所であんたが決闘なんてするから、巻き込まれて怪我してんじゃないの!」

「うっ、それは確かに釈明のしようもありませんが……」

 ディルは視線を横へとさ迷わせる。

「それに、あんたもあんたよ!」

 急に決闘相手の男に矛先が向き、男はびくりと身を竦める。それくらい、女の怒りは凄まじかった。

「いい大人が、場所も(わきま)えないで決闘に乗るな! 移動するくらいの気構え見せろ!」

「ヒィィッ、すみませんでした!」

 虎もかくやの咆哮に、男は気を呑まれて頭を下げる。

 怒られていないはずのリドまで思わず謝りたくなってしまったくらいだ。

 が、そんな説教などリドにはどうでもいい。ここにいたら収拾がつかないと判断し、流衣を背負い、オルクスを小脇に抱えて立ち上がる。

「あんたらさあ、騒ぐのは構わねえんだけど、その怪我人放置すんのはどうかと思うぜ? ま、好きに騒いでてくれよ」

 怪我人の具合の一つも聞かないのに苛立ち、声に若干の怒りをこめてそう言うと、三人に背を向けてさっさとウィングクロス支部前の階段を上っていく。流衣とオルクスがこの調子なので、まず宿舎を確保することにしたのだ。

 元々さばさばしているリドだが、この一言はきつかった。

 弟子のしたことについ頭に血が昇った女は、師匠にあるまじき態度だったと羞恥で顔を赤くした。ここは説教など後回しにし、怪我人の容態を確認すべきだった。

「確かにあの子の言う通りね。ディル、あんた、罰としてあの少年の介抱をなさい! いいわね!」

「はいっ、それが当然かと! では行って参ります!」

 自分が悪いことは十分に理解していたディルは素直に返事をし、リドの後を追いかけてウィングクロス支部入口への階段を駆けていった。

「宿、その支部で取るから。後で受付で確認しなさいね!」

「はい、分かりました師匠!」

 階段の上からのディルの返答を聞くと、女はやれやれと息をつく。

「全く、先が思いやられるわ」

 ちょっとだけ弟子の将来に不安を覚えつつ、まだ集まっている野次馬達を手を振って追い払うのだった。


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