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九章 〈悪魔の瞳〉 2

*この話中、戦闘表現があります。



 路地裏自体は入り組んだ造りではないのだが、通りの喧騒に比べればずっと静かで薄暗く、それだけに緊張を覚えた。

 少し奥に進むと十字路に行き当たったので、さっきの道に戻る為に右に折れる。そしてまた直進し、しばらくしてまた右に曲がった。

 幸運にも誰にも会わないので、不良に絡まれることもない。リドの懸念のようにカツアゲにあうこともない。

 少し遠くにメインストリートが見える。

 そのまま走っていこうとしたら、思いがけず後ろから声をかけられた。

「もし、そこのあなた」

「え?」

 流衣は足を止め、きょろりと周りを見回す。

 いつの間にそこにいたのか、フードを目深に被った白いマント姿の人が立っていた。顔が見えないので性別は不明。身長も体格も中間で通じそうで、断定するのは無理そうだ。

「ええと、何ですか?」

 道を訊かれても困るんだけどなあと思いつつ、流衣はその人に問いかける。

「私はこの町に行商に来た者なのですが」

 どうやら行商人らしいその人の声もまた、男とも女ともとれない声だった。女だったら少し低め、男だったらまあ普通、くらいの声音である。

「実は商品が売れ残ってしまいまして。一つ貰って頂けませんか?」

 行商人は弱ったような声を出し、鞄から置物を取り出して流衣の方に差し出す。両手の平が紫色の水晶玉を支えている、少し不気味なオブジェだった。

「はあ、まあ良いですけど……」

 これは売れ残るわけだと内心納得し、困っているならと受け取る。

 が、受け取った瞬間、ぶわりと全身の毛が総毛だった。

「いっ!」

 オブジェに黒いものが纏わりついているのが見え、思わずオブジェを取り落とす。

 するとパシッと行商人はオブジェを空中で受け止めた。

「どうかしましたか?」

 ここにきて初めて、行商人の抑揚の無い声に不気味さを覚えた。

「あ……あなたが、闇物(やみもの)を配ってるという行商人……?」

 後ずさりながら、口からぽろりと言葉が出た。

「――おや、気付かれてしまったか。言い当てたのはあなたが初めてですよ」

 少し愉快気に、行商人は口を吊り上げた。

「ですが、ばれてしまっては生かしておく理由もない」

 にーっと笑みが浮かぶ。

「すみませんが、死んで下さい」

 行商人はマントの下からスルリと中剣を取り出し、問答無用で斬りかかってきた。

 すみませんで殺されてはたまらない。

 振り下ろされた剣を、流衣は咄嗟に後ろに跳んでかわす。

 そこへ更に追撃が加わり、ほとんどまぐれで第一撃をかわしただけの流衣は、ヒッと息を呑んで杖を前に突き出した。

 ギン!

 金属の鳴る高い音がして、剣が杖に弾かれる。

 行商人はチッと舌打ちし、杖ごと叩き斬らんとばかりに勢いよく剣を振り下ろす。

 流衣はそれを目を丸くして見つめ、そして――。


 ――ズガン!


 突然飛来した棒が二人の間に突き刺さり、両者を弾き飛ばした。




 今のは何だったのかと、尻餅をついた格好で流衣は目を白黒させていた。

 まるで隕石でも衝突したかのような衝撃だった。

「え……、ステッキ……?」

 しかし飛来した棒の正体は隕石でも未確認飛行物体でも何でもなく、ただの普通の黒いステッキだった。あれだけの速度で飛んできて、地面に突き刺さるだけで済んでいるのが普通のステッキなら、だが。

 呆然とステッキを見やりつつ、その奥に視線を飛ばす。流衣と対称になるように、行商人もまた尻餅をついていた。

 若干混乱していると、そのステッキの取っ手に黒い影がフワリと舞い降りた。

(ステッキが飛んできたかと思えば、今度は英国紳士……!)

 それはある意味、とてもシュールな光景だった。

 黒いシルクハットを被り、黒いタキシードを着込んだ褐色の肌のダンディーなお爺さんが、ステッキの上に立っているのだから。

 彼の髪は短めに切られた黒髪で、薄暗がりでも鈍く光る琥珀色の目をしていて、鷲鼻(わしばな)が高貴さと頑迷さを(かも)しだしていた。格好は前述の通りで、どこからどう見ても産業革命期の英国紳士そのものだ。

「ようやく見つけましたよ、〈悪魔の瞳(イビルズアイ)〉の回し者殿」

 ダンディーなお爺さんは声もダンディーだった。

 声をかけられた行商人は、チッと舌打ちして立ち上がる。

「困りますなあ。こんな風に闇物(やみもの)をあちこちばら撒かれては。幾ら私が温厚な黒竜(ブラック・ドラゴン)でも、これは見逃せません」

「何が温厚だ。黒竜が温厚なものか。凶暴で残忍な、悪魔の竜ではないか」

 皮肉っぽく行商人は言った。さっきまでの丁寧な口調はどこへやら、乱暴な言葉遣いに変わっている。

(え? え? このお爺ちゃん、ドラゴンなの!?)

 びっくりして、流衣はまじまじと、見た目英国紳士な老人を見やった。

 どこから見ても普通の人間だ。羽もないし、鱗もない。

「私は温厚な方ですよ。でなければ、すでにあなたはこの世におりません」

 穏やかに、まるで天気でも告げているような口調で空恐ろしいことを言う老人。

 行商人は鼻を鳴らし、殺気を漂わせて老人を睨む。

「何故、黒竜が我らの邪魔をする? 魔王様の側近だろう? 裏切り者か?」

「黒竜の全てが魔王に仕えていると思うのがそもそもの間違いです。人間に味方する一派も勿論おります故」

 老人が笑ったような気配がした。

「こんな風に、じわじわと世の中を掻き回すのはやめて頂きたい。あなた方も同じ人間なら、人間らしく人間の味方をすることです」

 今度は行商人が笑う。

「それこそ愚問だな! 私はあの方以外の人間などに味方する気はない!」

「……これですから、分からず屋は困りますな」

 老人は溜め息混じりに呟いて、右手を緩く振った。

 ビュウウ!

 風が渦を起こして行商人に突撃する。

 無詠唱の上にいきなりの攻撃だったので対処する暇はなく、行商人は風の直撃を受けて吹き飛ばされた。その衝撃でフードが外れ、素顔が(さら)け出される。

 行商人は二十代ほどの女だった。白に近い金髪は肩口で切り揃えられ、青い色の目をしている。顔は面長でほっそりしていて、色白の美人だった。顔の右半分に火傷(やけど)の痕さえなければ。

 地面にぶつかったものの、すぐに体勢を立て直した行商人の女は、怒気で顔を赤く染めた。

「よくも私の顔を見たな!」

 まるでホラー映画みたいなことを叫び、中剣を構えた女は風の魔法を使って瞬発力を上げ、一気に老人との距離を詰める。

 が、まるで赤子をひねるかのようにあっさりと老人が女を魔法で吹き飛ばし、ついで、雷を落とした。

「ぐあああ!」

 感電した痛みに悲鳴を上げる女。

「ほうむ。やはり殺さないのは難しいですな」

 呑気に独り言を呟く老人。

 相変わらず、言葉の中身が怖い。

「さて、と。殺さずに捕まえてくるという約束でしたからね、あなたは連れ帰ることにします」

 老人はすたりとステッキから降り、そのステッキを取って悠々と女の方に歩いていく。

「――ふん! そう上手くいくと思うな!」

 女は懐から取り出したさっきのオブジェを地面に叩きつける。

 割れた水晶からゴーストが飛び出し、目の前の老人に襲い掛かった。

 老人がそれを手の一振りで始末すると、すでに女の姿は消えていた。

「しくじりましたな。転移魔法(てんいまほう)の使い手とは、いやはや驚いた」

 割と呑気な声は、本当に驚いているのか疑わしいところだ。

 数秒程行商人のいた場所を見ていた老人は、そこで流衣の存在を思い出したようだった。ふいっと振り返る。

 流衣はぽかんと座り込んだまま老人と女との遣り取りを見ていたが、老人の琥珀色の目がこちらを向いたのに気付いてビクリと肩を震わせる。

(口封じとかで殺されたらどうしよう!)

 もしそうなったら、逃げる暇すらなくあの世に逝っていることだろう。

 流衣が怯えたのに気付いてか、老人は宥めるように優しく微笑んだ。シルクハットを脱ぎ、優雅に一礼する。

「これはこれは、少々お騒がせ致しました。もう大丈夫ですよ、一般人の少年」

「は、はい。それは良かったです」

 間抜けな返答をしつつ、流衣は急いで立ち上がる。

「ご安心を、私は人間に味方しております故。――ああ、申し遅れました。私は黒竜のカルティエ・ブラックナーと申します」

「そっそれはご丁寧にどうもっ。僕はルイ・オリベといいます」

 何だこの流れは。

 少し不思議に思いつつ、頭を下げる流衣。

「今回は損な役回りでございましたな。あの女の顔を見てしまったようですし、くれぐれもお気を付けて」

「もしかして危ないんですか、僕」

 ちょっと泣きそうになると、カルティエは慌てた顔になった。

「そ、それは! まあそうですね、その確立は高いでしょう。出くわしたら、逃げることをオススメします」

 まあ、確かにそうするだろう。

 あまり役に立たないアドバイスだ。流衣は不安になる。あんな人に追われて逃げ切るなんて出来るだろうか? ――否。無理。絶対無理。

 しかしそこで思い直して、カルティエに訊いてみる。

「あの、カルティエさん。もしかして杖連盟の方ですか?」

「え?」

 カルティエは目を瞬く。こうしてみると、意外に表情豊からしい。

「最近、魔法道具屋に闇物が出回っているので、魔法道具屋ビスケットの主人であるフラムさんにお願いして、杖連盟に対処を申し込んだところなんです。もし杖連盟の方なら、あんまり仕事が早いからびっくりして」

 杖連盟には竜もいるのかもしれないと流衣は考えていた。

「ああ、いえ。私は別件で動いていただけですが……。そうですか、この町の店もそんなに酷い状態なのですね」

 カルティエは真面目な顔で考え込み、しばらくして頷く。

「では、杖連盟の方には私からも言っておきます。君は何も心配しなくてよろしいですよ」

 そして、カルティエは優雅に一礼した。

「それでは、これで失礼します。さようなら、ルイ・オリベ」

 カルティエは言い終わるなり地面を蹴り、二階建ての屋根まで跳び上がった。そして、ひょいひょいと散歩でもするような気軽さで、屋根を跳んで立ち去っていった。

「はあ、ここには色んな人がいるんだなあ」

 流衣は感心しきりでカルティエを見送り、ひとまずリド達と合流する為にメインストリートに戻った。



 結局、メインストリートではリド達に再会することが出来ず、ウィングクロスまで戻った。

 一階の雑談スペースで待つこと三十分。二人はようやく戻ってきた。

 オルクスは怒涛の勢いで謝り、リドも若干申し訳なさそうに謝ってきた。

 無事で良かったです! と感涙でむせぶオルクスに若干引きつつ、路地裏の一件を話したら、凍りついたオルクスに更に謝り倒された。

 曰く、使い魔である自分が側を離れて申し訳ない。曰く、そんな不届き者から守れなくて申し訳ない。曰く、その不届き者に制裁を与えられず申し訳ない。

 最後の一つについては、そういうことはしないでいいと厳重に言い含めておいた。冷静なようでいて、オルクスは結構気が短いから。

 部屋に戻ってくつろぎながら、朝に感じた寂しさがどこかに吹き飛んでいるのに気付いた。

 ある意味、気分転換にはなったらしい。

 流衣はちょっと苦笑して、久しぶりに〈知識のメモ帳〉を取り出す。

 行商人が〈悪魔の瞳〉と呼ばれていたので、それが何なのか気になったのである。


 ――〈悪魔の瞳〉とは、魔王信仰者の集まる組織の名を指す。

   その歴史は古く、ラーザイナ魔法使い連盟にも並ぶ。

   幾ら潰しても何度も復活するので、“不死鳥”という隠語まである程である。


 流衣はメモ帳を閉じ、背筋が冷たくなった。

 どうやら自分、とんでもないオカルト組織の人間に目を付けられたらしい。

 今後、関係者に遭遇しませんように。

 誰にともなく祈った。



 闇物が出回った事件は、その日から三日程で片付いた。

 杖連盟が出張り、魔法道具屋を回って闇物を一掃したのである。

 軽く店の方と騒動になっていたが、壊した闇物から出てきたゴーストを全て倒し、店員達が我に返った為、事なきを得た。

 他にも、杖連盟の面々が町中を歩き回って他の闇物を探し出し、そちらも破壊していった。

 あの黒竜の老人ほどではないが、早い仕事ぶりである。

 ドーリスの町には注意網が敷かれ、怪しい行商人を見かけたらすぐに王国警備隊に通報するようにというお達しが出る程の徹底ぶりだった。

 そして四日目、事態が収拾したのを見て、流衣達はドーリスを出ることに決めた。


「何だ、もう出るのか?」

 ウィングクロスの受付で、町を出る前の挨拶に行くと、センリが名残惜しげにそう言った。

 普通のギルド団員は一つの町で旅費を稼いでまた旅立つ為、最低でも二週間はいるのがセオリーだったからだ。それに比べ、流衣達はたった一週間程度の滞在である。

「はい、だいぶ生活にも慣れましたし」

 流衣は頷いて、ぺこりと頭を下げる。

「一週間程でしたけど、お世話になりました」

「はは、別に世話なんざしてないよ。だが、そう言われるとこっちも嬉しいね」

 センリは嬉しげに肩を揺すって笑う。笑い方までもが男らしい女性だ。

 そんな風に笑いあって、ギルドを出た。

 一応、フラムの店にも顔を出すと、餞別にとお守りをくれた。ビーズ細工の花の形をしている物で、持ち主に何かあると勝手に壊れる、身代わり地蔵のような物らしい。

 彼らと別れ、町を出て西へと街道を進む。

 その先には、東西南北の街道が交わる交易の町があるらしいので、ひとまずそこを目指そうという話にまとまったのだ。

 一応、目的地はカザニフなので、そちらに進みつつ、勇者の情報を仕入れていかなくては。

 気合新たに、流衣は道へ踏み出す。

 帰る方法の模索を第一目的に掲げつつ、その実、ほとんどあてのない旅。そんな旅人達を励ますかのように、道には明るい日差しが降り注いでいた。



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