八章 ウシネズミのシッポを確保せよ!
*この話中、戦闘表現があります。
――求む。ウシネズミのシッポを十本。
報酬:銅貨二十枚
依頼主:ラーザイナ魔法使い連盟
相当ランク:E
生活に慣れる為にもしばらくドーリスの町で活動しようという話にまとまり、流衣達はドーリスのウィングクロス支部に宿を移した。登録者が安い値段で利用出来るというのは本当で、普通の安い宿で朝食が付いて一泊一人銅貨二十五枚なのに、ウィングクロスの宿舎だと朝食代抜きで銅貨十枚だった。食堂ではプレートセット一つが銅貨三枚で食べられるのだから、この安さが驚きだと理解してもらえると思う。
それはそうと、昼食後、早速クエストボードの前にやって来たら、こんな面白い依頼表を見つけた。勿論Eランクだ。
「ウシネズミのシッポ十本ねえ、杖連盟の奴ら、一体何に使うんだか」
リドはこの世の謎だ、というニュアンスを込めて呟いた。
流衣も興味津々である。ウシネズミは中型犬くらいの大きさのネズミだが、シッポはその二倍の長さはあるのだ。
だが、古来からネズミのシッポというのは黒魔術の材料など、とかく魔女の薬にまつわるようなネタが多い。
「薬の材料とか?」
流衣の言葉に、リドはおえっと吐きそうな顔をしてめいっぱい拒否を示す。
「そんなもん使いたくねえな」
そう言いはしたが、クエストボードからベリッと依頼表を剥ぎ取るリド。
「それにするの?」
「おう。雑魚魔物だしな、ルイでも平気さ」
「……ここに来るまでのこと見てて言ってる?」
流衣はげんなりするが、リドは笑って取り合わない。
「すぐ慣れるさ。それに魔法の練習にもなるだろ?」
上手く魔法の威力を調節できないのを完全に見抜かれている。
「そうだけどさあ」
このままでは魔法を使う自分も危ないし、何より一緒にいるリドとオルクスも危なくなるわけだ。この辺で調整くらいマスターしておかないと怖すぎる。
「はいはい、諦めて行くぞー」
「鬼――!」
が、そう思っていてもやっぱり魔物の相手は怖い。流衣が気が引けているのを看破しているリドは、ごねる流衣を引きずって受付に連行していく。流衣は悪あがきで叫んでみたが、残念なことに周りの大人達には仲の良い兄弟のように映るらしく、仲が良いなあなどと呟かれた。
町の外に出ると、カザエ村へ伸びる街道のある平原をウシネズミを探して散策した。
町や村には魔物避けの結界が張られている為に魔物は近づけないが、基本的にウシネズミはどこにでもいるありふれた魔物だ。だから探していればすぐに見つかるんだそうだ。
とは言っても、見つけるまではただの散歩と同じ。折角だから、流衣は魔法の練習をすることにした。本来の点火の術を使えるようにしたい。
ぎょっと距離をとるリドにはそう説明し、練習に入る。
ロケットの点火場面を想像するから爆発するのだ、ロウソクの火を想像すれば普通に使えるのではないかと思った。
流衣は杖を前に斜めに出し、杖の飾りの上に火が灯るのをイメージしながら呟く。
「ファイアー」
ボッ!
音を立てて火がついた。
「おおっ、……お?」
上手く火がついた! と喜んだのも束の間。
「なんかでかくないか?」
リドが言う通り、炎は大きかった。これは点火程度の“灯火”ではない、“火の玉”だ。
「ま、まあ、大きいロウソクだと思えば、そうも見えますよ」
オルクスが慰めともつかない言葉を口にし、流衣はがっくり肩を下げる。
それから炎を消し、もう一度ロウソクの火を思い浮かべる。そして今度は、杖のトップに集まる魔力を出来るだけ微細なものにする。これが、魔力を多めに流すよりも難しく、いつになく真剣な顔になった。
「くぬぅ……こんな感じかな……? ……ファイアー」
心なしか声も小さく。
ポウッ。
今度は、ロウソク程度の火が灯った。
流衣はパアッと顔を輝かせる。
「やったあ!」
飛び上がって喜ぶ。
本来の使い方をするのに苦労して喜ぶなんておかしなものだが、それはそれで嬉しい。
が、喜びすぎて足元不注意になり、ずべっと転んだ。
「おいおい大丈夫かよ?」
顔から綺麗に地面にダイブした流衣を思わず見守ってしまい、はたと我に返って手を差し出すリド。
「何も無いとこで転ぶなよ、驚くだろ! さりげなく、ここ一番のびっくりだよ!」
「うぎゅう。僕もびっくりだよ……」
打ち付けた鼻が痛くて、鼻声になりながら答える流衣。どん臭いとは思っていたが、ここまでだったとは……。
そう思って足元を見て、ぎゃあと悲鳴を上げる。
足に白い蛇みたいなものが絡みついていた。これのせいで転んだのか!
蛇にびびる流衣に対し、リドは目を輝かせる。
「おお、すげえ!」
「は?」
「こいつはヘビヅタっていう草だよ。なかなか見つからない貴重な薬草。ルイ、お前、運があるのか無いのか分からねえ奴だな!」
蛇に見えたのは草だったらしい。どういう理屈か知らないが、たまたま偶然流衣の足に草が絡みついたようだ。
リドは草を摘んで持ち上げ、ためつすがめつ眺めている。
「実物見たのは前に一度っきりだぜ。すっげえなあ、まじで蛇みてえ」
害がないと分かれば流衣も気になる。
「僕にも見せて」
「ほい」
手に乗ったヘビヅタはリアルに小さいヘビだ。動かないし、よく見れば草だと分かるが……。こんな心臓に悪い植物が貴重な薬草なのか。分からない世界である。
「いいや、気持ち悪いし、リドが持っててよ」
「おっ、いいのか? じゃ、大事に持っておくかな」
楽しげにもう一度ヘビヅタを見てから、リドは背負っている皮製の鞄を下ろして、中から袋を取り出し、中へと入れる。
何がそんなに気に入ったのか分からない。だが、なんとなくリドがカザエ村の人達に風変わりといわれていた理由が分かった気がした流衣である。
そこでガサガサと茂みの鳴る音がして、ウシネズミがのたのたと街道に現れた。ネズミという名に反し、ウシネズミの動きは鈍い。まさしく牛だ。丸々と肥えているからウシネズミなのではなく、牛のように動きが鈍いからウシネズミなのだ。
「で、出た!」
流衣はぎょっと後ろに飛び退った。
薄茶の体毛をしたウシネズミは、黒い目をのろのろと流衣に向ける。その額には、黒い星のようなシミがある。先端を細く尖らせたダイアの形だ。
この黒いシミこそ、ウシネズミが魔物であることを示すマークである。
ラーザイナ・フィールドでは、魔王率いる闇の眷属――いわゆる害とされている方の魔物には生まれた時からこの印が浮かび上がるのだとか。当然、家畜には何も浮かばない。一方で、使い魔と称される魔物がいるが、こちらにも印がない。使い魔の方はその辺りを漂っている不可視の精霊に近く、異空間に生まれ育つもの、らしい。
「逃げちゃ駄目だろうが、魔法の練習だろ」
育った環境がそうさせるのか、リドは意外にスパルタだ。
しかし、常に弱腰な流衣に付き合ってくれている辺りは寛容だろう。
流衣は後ずさりかける足を踏みとどめ、杖を構える。威力は低めに、威力は低めに。心の中で何度も呟きながら、呪文を唱える。
「ファイアー!」
ドゴーン!
爆発が起き、土煙がもうもうと視界を埋め尽くす。。
「あちゃー……」
リドは額に手を当て、ウシネズミがいた所を見る。地面が黒く焦げ、しゅうううと白煙が風にたなびく。当然、ウシネズミは跡形もなく消し飛んでいる。
「やりすぎだ」
「……ごめん」
流衣はしおしおと謝った。
第二ラウンド。
今度はウシネズミの姿は消し飛ばなかったが、真っ黒に焦げてしまい、シッポの回収が出来ず、失敗。
第三ラウンド。
威力が弱すぎて、毛一本を燃やしてウシネズミに逃げられる。失敗。
第四ラウンドでようやく火力を抑えることに成功し、ウシネズミの丸焼きが出来た。シッポは無事だ。成功。
四匹に一回は失敗しつつ、それでもコツを掴んできた流衣は、ようやく十匹のウシネズミの駆逐に成功した。
全てが終わった時、真上にあったはずの太陽はすっかり傾き、西日が朱色に眩しく輝いていた。
ぐったり疲れた流衣はその後すぐにウィングクロスに戻った。
「お帰り。お疲れのようだな」
埃っぽくなり薄汚れて帰ってきた流衣を目にし、センリは軽く目を見張った。リドの方は風を操作して土埃を弾いていたので綺麗なものだ。
「ただいま、センリさん。これ、依頼品です……」
「ああ、確かに」
シッポ十本と引き換えに、報酬の銅貨二十枚を受け取る。
「これ、何に使うんすか?」
リドが問うと、センリも首を傾げる。
「知らん。杖連盟には変わり者が多いし、あまり聞きたくもなくてな」
「そうっすか」
互いに苦笑を浮かべるリドとセンリ。
「ルイ、そろそろ風呂が沸いてる頃だ。それじゃあんまりだから、入ってこい」
「お風呂あるんですか!」
土埃でどろどろの流衣は、神の天啓を聞いた気がした。
町の宿には風呂がついておらず、湯の入った桶と布を渡されただけだった。こちらでは天然の水はそれほど豊富ではないので、あまり風呂は普及していないんだとか。風呂があるのは魔法使いと契約している宿か、魔法使いの家か、もしくは魔法道具を持っている者のみに限られてくるんだそうだ。
「宿舎の一階に共同風呂がある。魔法で水を出し、同じく魔法で湯を沸かしているんだ。どっちも高価な魔法道具である上に燃料に魔昌石の魔力を使うからな、利用料に銅貨五枚を取っている。だが、もし魔力を充填してくれるんならタダでいいぞ」
にやりとするセンリ。
魔力を充填するのに、杖連盟から魔法使いをいちいち雇っているのが、金も嵩むし面倒なんだそうだ。
さっきから、何となくセンリは杖連盟にあまり良い印象を抱いていないようにも見える。
「良いですよ、それくらい。魔力ならいらないくらいありますから」
流衣はそう答え、魔法道具への魔力の充填方法を聞いてから、その場を後にする。道具の中にある昌石に魔力を入れれば良いんだそうだ。それならフラムの店で練習していたから簡単だ。
共同風呂に行くと、ザーッという水の流れる音が絶えず響いていた。
普段から水浴びはしてもほとんど風呂を利用したことがないらしいリドは、興味津々で風呂場を目にして歓声を上げている。
一方で、流衣は脱衣所でオルクスと軽く言い合いをしていた。
『ちょっ、坊ちゃん、わてはいいです! 風呂はいいです!』
「駄目だよ、オルクス。僕のせいで君も埃まみれなんだから、ちゃんと洗わないと」
『いえっ、お構いなく! 濡れると羽が重くなって飛べなくなるんです!』
「大丈夫だよ、拭くから」
『そういう問題じゃありません!』
抵抗してバタバタ暴れるオルクスに閉口しつつ、風呂場に入れようとしていると、リドが振り返り、意地悪く笑った。
「おいおい、駄目だろペット連れ込んじゃ」
「なっ、何ですって!」
たちまち金切り声に近い声を上げるオルクス。
流衣はオウム姿のオルクスを見て、ハッとする。
「そうだね、こういう所ってペット持ち込み禁止だっけ」
「ぼ、坊ちゃんまで!」
悲壮な声を上げるオルクス。
流衣は仕方がなくオルクスを脱衣所の籠の一つに置き、謝る。
「ごめんね、オルクス。ちょっと待っててくれるかな。洗うのは部屋に帰ってからにするから」
「そっちですか! ていうか、結構ですっテバ!」
オルクスはなにやらショックを受けた様子だったが、流衣は聞く耳を持たず風呂場の方に行く。
それから、先に魔力を充填しようと風呂場内を見回す。風呂場はタイルが敷き詰められていて、手前に洗い場、奥に風呂があった。四角い風呂の槽は大人が十人くらいは余裕で入れそうな広さだ。
「ふーん、ここからお湯が出てるのか」
風呂場と洗い場を仕切るように、円形の台があり、その中央からお湯が湧き出して、洗い場の台の上を通る溝と、風呂の湯の注ぎ口に通じている溝とに別れて流れている。そして先にある排水溝へと水が消えていく。風呂場の方も同じで、注ぎ口から一番遠い渕だけ一段下げてあり、そこから許容量を越えた湯が流れて、その真下の排水溝へと消えていっている。完全に流しっぱなしの状態だ。
それから、洗い場の台には蛇口が四つついていて、そこを回すと台の上を通る溝から湯が出てくるようになっているようだった。この仕組みを考えた人はある意味天才だ。
まあ、エコを叫ぶ地球ではもったいないオバケが出そうな光景ではある。魔法で湧いているお湯だから、水道代とガス代が嵩むという心配はないだろうけれど。
「魔法道具ってこれじゃないか?」
円形の台の側面を指差し、リドが言う。
「あ、ほんとだ」
言われてみれば、側面に文字や石が埋め込まれている。表面には飾りのようにつるりとした昌石と、赤い石と青い石があった。
センリに言われた通り、まずは青い石に触れて魔法道具を止める。これで火の魔法が止まることになるので、次は水の魔法だ。円形の台を覗き込むと、平らな部分に楕円形の箱が置いてある。水はまだ流れ続けているが、手で触れると冷たくなっていた。その箱にも昌石と青い石と赤い石がはまっているので、今度は赤い石に触れて水の魔法を止める。
そして、水の出る魔法道具の昌石に魔力をギリギリまで入れると、青い石に手を触れて水を出し、元の位置に戻す。同様に水を温める作用のある魔法道具の昌石にも魔力を充填する。次は赤い石に触れ、起動させる。
仕組み自体は単純だが、発想は面白い。
一仕事を終えたので、流衣はすぐさま埃を流すことに専念する。リドが持ち込んだ石鹸や宿舎備え付けのタオルでゴシゴシ洗ってから、風呂に浸かる。至福の一時だった。
そうして日本人らしく風呂を満喫しながら、色々と生活用品が足りていない事実に思い至り、また買いにいかなきゃなあと頭の隅で考えた。
その後、風呂を出て部屋に戻った流衣は、前言通りオルクスを洗うことを実行しようとた。が、オルクスが水に濡れるのを嫌がって逃げ回ったので、根負けした流衣は仕方なく濡らしたタオルを固く絞って、それで拭くのにとどめた。
(いつか絶対に石鹸で洗う!)
と、珍しくも闘志を燃やし、こっそり心に誓った。
翌日。
クエストボードを見に受付のある建物に顔を出すと、センリに声をかけられた。
「銀行の口座と郵便ポートの開設準備が出来たぞ」
手招きされるままに受付までやって来ると、長さ五センチ程の水晶のペンダントを目の前に二つ置かれた。水晶は六角柱で、驚いたことに石の中に文字とギルドのシンボルが書き込まれている。レーザーでもなければ出来ないだろう技術に、ここの技術レベルはこんなに高いのかと驚く。
「これが認識スティックだ。中にはお前達の名前と認識番号が記されている。金の出し入れと郵便確認の際はこれを受付に出して照合し、確認を取るっていう仕組みになっている。言うのを忘れていたが、これ一つの代金が銅貨三十枚だ。もし支払いが無理なら、貯まるまで貸しにしておくが?」
センリが苦笑混じりに言う。しくじったと顔に浮かんでいる。
「あ、大丈夫です。払えます」
流衣は財布から銅貨を取り出し、枚数分渡す。
「良し、枚数分しっかりだな。いいか、これは絶対に失くすなよ。だが、もし失くした場合はギルドに名乗り出ろ。口座と郵便ポート、どちらも機能停止させるからな」
「はいっ、分かりました!」
流衣ははっきり頷く。
それから、ついでに金貨四枚と銀貨五枚を口座に預ける。大金を持ち歩くのは怖かったので、ようやく人心地がついた。
「あとそうだ、昨日は魔法道具の魔力の充填、助かったよ。魔法を扱える他の職員が、ほとんど満タンにまで充填してあると教えてくれてな。正直驚いたぞ」
「はあ、でも、充填するって約束しましたし……」
「そうではなくて、あれ二つを満タンにするには魔法使いを四人雇う必要があってな。それで驚いている」
「あ、そうなんですか」
流衣は納得し、役に立てたことを嬉しく思う。あまり取り柄もないし、性格もこうだから頼りにされるという経験があまりなく、何となく照れてしまう。
「僕は魔力が多いらしいんですよね。また必要なら言って下さい、充填するくらいなら僕でも役に立てますから」
センリはそんな流衣の言葉に虚をつかれ、感極まった様子でワシワシと流衣の頭を撫で回した。
「お前、何て良い子なんだ! 私の弟にしたいくらいだ!」
「ぎゃっ、ちょっとやめてくださいセンリさん! イタタ、イダダダ!!」
力いっぱい撫でられて、しかも爪がガシガシ頭皮に当たり、流衣は悲鳴を上げる。
「あースマンスマン。つい力が入った」
「うう、勘弁して下さいよ」
ちょっと涙目になって両手を頭に当てる。まさか血が出ていたりしないだろうか?
「あの、それじゃ、これで……」
これ以上構われると命が危ない気がしたので、流衣はそそくさと受付を後にした。
――で。
「またある」
「またあるな」
クエストボードの前。昨日と同じく、ウシネズミのシッポ求むの依頼表を見つけ、流衣とリドは思わず呟いた。
「だから何に使うんだよ」
「さあ」
リドが突っ込み、流衣は首を傾げる。
しかも、今日は同じ内容の依頼表が三枚貼られていた。
「昨日ので慣れただろうし、二十本探しに行くか」
リドはそう判断し、依頼表二枚をボードから剥ぎ取る。
「うん、多分平気かな」
昨日のように反論することはなく、流衣も頷く。と言っても、すでに剥ぎ取られた後だったが。
それから、昨日と同じように夕方まで平原を歩き回り、二十本のウシネズミのシッポを手に入れてギルドまで戻った。
報酬を貰い、Dランクへの昇格を告げられた。
これでお試し期間は終わり、一般の団員への仲間入りを果たした。