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その2

 春に生まれたから「サクラ」と親に名付けられた私は、その年も誰にも気づかれる事なく16歳の誕生日を迎えた。


 入学式の時は満開だったはずの桜が抜け毛みたいに、私と読んでいた小説の間にヒラヒラと抜け落ちてくる。午前中に雨が降っていたから、水気を含んだ花弁が紙に落ちると想像を邪魔され、嫌な気分になる。お母さんに頼まれて買った新刊だったので汚すわけにはいかないのに。

 恨めしく見上げると、桜の木はもうピンク色をほとんど失い、枝の間から曇り空がちらついて、弱々しい雰囲気を醸し出していた。

 ザマァ見ろと笑みを浮かべ、私はまた自分の世界に閉じこもるべく読みかけの本に視線を落とし、歩き出す。

 どうせ来年も同じ花を咲かせるとネタバレしているこんな植物の何がいいのか、高校一年生だった私にはさっぱりわからなかった。


「あっ」


 読んでいた本の先に湿った人影を感じ、私はまた立ち止まった。


 私と同じ制服。同じ色のリボン。気まずい。

 チラッと見えた横顔を見て、私はボソッとアナタの名前を呟いた。

 花びらの散った桜の側にあるベンチ。その足の部分に、アナタは何かをしていた。

 同じクラスになって一週間が経っていたので、なんとなく女子の名前は知っていたけど、私がアナタと話したことはまだ一度も無かった。

 声をかける勇気はないけど、知らんふりして通り過ぎたら、明日から気まずい。臆病な私は「どうすれば良いんだろう?」と、その場から動けなくなってしまった。

 そして、アナタが手に持っていたマジックを見て、思わず「え?」と声が出た。


「よしっ! できた!」


 アナタは大きな声と一緒に立ち上がり、ブレザーのポケットからマジックのキャップを取り出した。アナタはベンチの足に何か落書きをしていた。

 私の心臓はその大声に怯え、アナタにバレないよう、来た道を静かに引き返すことを選んだ。


 それが私にとってのアナタとの最初の思い出。なんか、変な事をしていて元気で明るい、私とは縁のなさそうなクラスメイト。


「あの人、ベンチの足に何してたんだろ」


 私はブツブツと読んでいた本に話しかけながら、河川敷の桜並木を出て、団地沿いの細い道を歩いた。そばのトンネルを通れば、遠回りにはなるけど家には帰れる。


「その辺のモノに落書きするとか、ヤバいよ」


 気付いたら、私は本を読むのを止めて、何かから逃げるように速足でトンネルに向かっていた。


 わっ!


「きゃっ!」


 後ろから突然聞こえた大声にびっくりした私は、手に持っていた新刊の本を地面に落としてしまった。

 ピチャっと言う音が足元から聞こえた。見下ろすと、ページが開いたまま、本が水溜りの上に落ちていた。


「「あああ!」」


 慌てて本を救出したけど、手遅れであった。


「ご、ごめん!」


 後ろから慌てた声でアナタが駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫、本?」


 泥水が、見開きになっていたページから数ページに染み込んでしまい、次のページが透けてしまっている。泥水を含んで、紙も茶色に変色し、とても読めた代物ではなくなっていた。


「どうしよう。これ、お母さんに頼まれてた本なのに……」


 横のアナタを睨むように見ると、何故か私よりも動揺して顔面蒼白の顔をしていた。


「で、でも……乾かせばさ、なんとかなら……ない?」

「無理ですよ! もう、インクが滲んじゃってますもん!」


 柄にもない大声がトンネルに反響した。


「どうするんですか! これ!」

「でもさ、本読みながら歩いてたサクラも悪いよ。歩きスマホと一緒だよ、それ」


 私は痛いところを突かれ「ぎくっ」と攻撃体制を緩めた。


「何なんですか、急に後ろから」

「いや、その、サクラの驚かせようと思ったんだけど……誕生日だから」


 え


 アナタへの怒りが一瞬でサーッと引いていった。


「サクラ、今日、誕生日だよね?」

「何で……」


 そこで言葉が止まってしまった。

 入学して一週間経つが、私は未だにクラスに馴染めず、誰ともまともに話せていなかった。

 誕生日どころか、私の名前すら知らないクラスメイトの方が多かったはずだ。なのに、なんで知ってるんだろう?


「『誕生日おめでとう!』ってビックリさせようと、したんだけど……」


 友達は少ないが、いないわけじゃなかったけど。新学期早々はいつも一人で、今まで、家族以外からお祝いされた事が無かった私は、どうしたら良いのか解らず、その場で俯いてしまった。


「あれ? 嬉しくない? ってか、本汚したら、そうだよねぇ……」

「ああ……別にただ歳が増えただけで、特別な日じゃないし」


 そう言うとアナタはまたクスクスと笑い出した。


「何かおかしいですか?」

「サクラって嘘吐く時、絶対『ああ……』って言うから」

「え?」

「アナタの癖……知らないの?」

「そんな癖……」

「誕生日、おめでとう!」

「……すいません、あの急いでるんで帰ります」


 嬉しくなかった訳でもない。ただ、アナタのことを少し不気味に感じたのと、どう喜んだらいいのかが、本当にわからなくて、私は逃げるようにその場を後にした。


「あ、サクラ、待って!」


 私のアナタの第一印象は最悪……というより、私の心を見透かしている様に何かを言って来るので、正直、苦手な人だった。だから最後まで、私はアナタのことがあまり好きにはなれなかった。


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