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4.わたくし、不倫思考のクズ女には、なりたくありませんので

 人々の間を抜けて来たのは、ユリウス殿下だった。

 まだ旅装のままで、短いジャケットの上にマントを羽織っていた。肩には自ら革袋を担いでいる。


「ユリウス殿下!?」

 どうされたのだろう……。髪がひどく乱れている。手を入れて、「わーっ!」とか叫びながらかき回したみたいな乱れ方だ。なにがあったらこんな風になるのだろうか……。


 ジャケットのボタンも掛け違っているし、羽織っているマントも左に大きくずれていた。

 いつもの凛とした美しい佇まいとは、あまりにも違う乱れたお姿だった。


「テレーゼ」

 ユリウス殿下はわたくしの名を呼んでから、グスタフを見た。グスタフは険しい表情で、わたくしの肩をさらに引き寄せた。


 まさかの断罪イベントがここで!? 大広間の衆人環視の中ですもの。舞台としてはぴったりですけれど、今なの!?


 わたくしはたしかにユリウス殿下との約束を破ったわ。だけど、一介の侍女を断罪するために、髪をふり乱して、この舞踏会までやって来たというの!? そんなことってある!?


「これはユリウス殿下、ご帰国されるとは知りませんでした」

 グスタフは、わたくしのこめかみに口づけでもするつもりだろうか……。なんでこんなに急に、距離を詰めてくるのか、意味がわからないわ。


 まさか、本当にユリウス殿下に嫉妬している!? ユリウス殿下とグスタフが、わたくしをめぐってバトル開始みたいな!? 二回目の人生で初の、自分を巡って男たちが殴り合ったりする流れ!?


 わたくしが転生する前の『異世界(恋愛)部門』では、ほとんど見かけなかった展開だけれど、恋愛物としては王道のシチュエーションではあるわ。

『異世界(恋愛)部門』では、令嬢同士が争うのなら良く見たんだけどね。


「テレーゼ、本当に婚姻したのか」

 わたくしは既婚者らしく髪を結っていた。わざわざ訊ねなくても、一目でわかるはずだった。


「ええ、あの……」

 これはやっぱり断罪イベントだわ……。


「そうです。テレーゼは私の妻です」

 いつもはトリッジ子爵夫人としか呼んでこないグスタフが、今はわざとわたくしの名を呼んでいた。


 えええっ、これはまさかの、ユリウス殿下が当て馬ポジションですか!? グスタフが本当に嫉妬に狂って、わたくしに冷たく当たっていたパターン!?


 この流れ、断罪イベントではないわ……!


『グスタフと新しい人生を始める』というのだって、そう悪くないわよね。

『初恋は実らないと言うし、今はあなただけを愛していますわ』なんて、わたくしがグスタフに笑いかけて、ハッピーエンドになるのですわよね。わたくし、知っていましてよ!


「そうか……」

 ユリウス殿下は絞り出すように言った。

 普通に考えたら、ユリウス殿下は旅装のまま急いで舞踏会にまで顔を出すことになって、非常に疲れている状態だろう。


 わたくしはこの世界に転生してきてからは、自力で妄想を繰り広げることで、大好きな『異世界(恋愛)部門』をなんとか補給してきた。もはや熟練工の域に達している、と言っても過言ではない。

 今のユリウス殿下のお声が、『わたくしの婚姻にショックを受けている様を表現している』と考えるなんて余裕ですわ!


 疲れて顔色が悪いのも、わたくしが本当に結婚していたことに傷ついて、血の気が引いていると考えると、切ないシーンに胸が痛むわ。いきなりの見せ場! 物語のクライマックス! ここから怒涛の展開が待っているのよ!


 わたくしをグスタフからさらって逃げる? その前にグスタフと戦う?


 ああっ、どうやら、ユリウス殿下は『いったん引く』を選択したようだわ! これは先が長くなりそうね。まだまだ楽しませてもらえそうだわ!


 わたくしは弛みそうになる表情を必死で引き締めた。

 実際のところは、なにがあったのだろう。

 こんなに急に帰国してくるなんて、あの手紙に書いてあった貿易摩擦が関係しているのかしら?


 ああ……、急にというわけでもなかったのかもしれないわ。

 今はもう、わたくしはユリウス殿下の侍女ではないのですもの。ユリウス殿下の帰国のスケジュールなんて、知らされなくて当然よ。


 わたくしはユリウス殿下から、帰国のお知らせのお手紙がいただけると、当たり前のように考えてしまっていた。


 わたくしは今でも、ユリウス殿下の乳母の娘。だけど、もう、ユリウス殿下の侍女ではないし、ユリウス殿下にとって、妹同然ではないのかもしれない。


 ユリウス殿下はお一人で帰国されたのかしら? ルクコーヒ王国の王女か誰かを見染めて、連れ帰ってこられた可能性だってあるわ。

 わたくしに宛てた手紙には、そのような女性のことは書かれていなかった。

 男性のことはよくわからないけれど、妹同然の女には、わざわざ好きな女性ができたなんて報告は、しないかもしれないわ。


 ああ、わたくしも、末席でいいから、王子妃なんて望まないから、ユリウス殿下の後宮に入れていただきたかった……。


「ユリウス殿下は辺境伯のご令嬢と婚約するそうだ。金髪碧眼の、ものすごい美貌の持ち主とのことだ。そのドレスを受け取る時、王妃殿下がおっしゃっていた」

 それだけ言うと、グスタフはわたくしから離れて行った。


 わたくしは本当に愚かだわ……。心のどこかで、『ユリウス殿下はわたくしの婚姻にショックを受けて、急いで帰国してきた』と思いたがっていた。妄想も、そこまでいってしまうと痛いわね。


 グスタフが立ち去って当然だわ。わたくしはグスタフの妻になったのに、いまだにユリウス殿下の後宮に加えていただけたら、なんて考えているんですもの。


 これが『異世界(恋愛)部門』のお話の世界なら、『夫のグスタフが気の毒です。テレーゼは不倫思考のクズ女』という感想が書かれてしまうわ……。


 ああ、どうしましょう。これはいけないわ……。わたくしの好感度がゼロになってしまうじゃないの。


 わたくしが『異世界(恋愛)部門』のお話の世界の主人公なら、どうしたらいいのかしら? わたくしのドレスの箱を床に投げ捨て、馬車に相乗りしても口もきかないし目も合わせてくれない夫に対して、どうしたら……。


 わたくしが愛読していた頃の『異世界(恋愛)部門』でならば、こういう時には『ざまぁ』という展開が王道だった気がするわ。グスタフに『ざまぁ』していいの……?


 冷たいグスタフに復讐して、『ざまあみろ』と笑いながら、ユリウス殿下と共に華麗に去っていく。王道の展開はこれよね。


 辺境伯のご令嬢との婚約が決まったユリウス殿下が、『わたくしと手に手を取って華麗に駆け落ち』なんてしてくれるわけがない……。


 ここはいくらファンタジー世界のように見えても、わたくしの生きている現実のホルンリン王国よ。わたくしは、まずは『自分から夫であるグスタフに歩み寄る』を、もっとやらなくてはならない。


 心の整理をしてユリウス殿下ではなく、夫のグスタフと共に生きていく未来を考えなくては。

 わたくし、不倫思考のクズ女にはなりたくありませんわ……。

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