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3.テレーゼは騎士団長が好き

 わたくしはグスタフと共に、ルビトール離宮へと向かった。王妃殿下お気に入りのルビトール離宮は、王宮から少し離れた場所にある。


 馬車の中では、グスタフは一切、わたくしとは目を合わせてくれなかった。会話もない。


 わたくしたちの婚姻は形だけ。いわゆる白い結婚よ。

 ちゃんと初夜に「お前を愛することはない」も宣言され済みよ。


 はいはい、養分養分。グスタフは、美しいわたくしを直視できないのよ。その金の瞳の奥に、わたくしへの愛が揺らめいているのを、わたくしに見られたくないの。


 会話がないのだって、口を開いたら、『幼馴染である王子様』との関係を問いただしてしまいそうになるからよ。身も心も美しい妻に、醜い嫉妬心を知られたくないと思っているの。


 ああ、切ない……! 今日もわたくしの心の『異世界(恋愛)部門』は絶好調だわ。


 わたくしは笑みを抑えられなかったようで、グスタフが舌打ちした。


 あらあら、わたくしが『幼馴染の王子様』のことを考えていると、勘違いさせてしまった展開ね。ここから話がこじれていくの。切ないすれ違いを経て、二人はお互いの本当の気持ちを知るのよ。




 馬車の外には、夕日に照らされている中世のヨーロッパみたいな街並み。転生前に読み漁っていた『異世界(恋愛)部門』のお話の舞台のようだわ。


 あちらの酒場では、騎士団長が部下と飲みながら、意中の令嬢のことを考えているに違いない。


 あの路地では、継母に虐げられている侯爵令嬢が、自分に尽くしてくれる侍女の病気を治すため、薬屋を探しているはずよ。そんな彼女が落とした金貨を拾ってくれたのが、騎士団長なの。この騎士団長は、部下と飲んでいる騎士団長とは別人よ。


 この馬車の進んでいく先には、没落した伯爵家の令嬢がいるはずよ。老いた大公に嫁ぐのが嫌で家出して、この馬車にひかれそうになったところを、たくましい男性に助けられるの。

 名乗らずに立ち去ったこの男性こそ、この国の王太子。彼がたくましいのは、騎士団長を兼任しているからよ。この騎士団長も、前の二人の騎士団長とは別人よ。



 この国で王子はユリウス殿下ただお一人。王太子はまだいないけど、そんな現実はどうでもいいのよ。


 大事なのは、騎士団長。安定した仕事に就いていて、地位があって、腕も立つとか、最高じゃない!? きっと美形で、心身共に健康で、肉体美もすごいだろうしね! 騎士団長には、わたくしの夢が詰まっているのよ!


 いけないわ、あまり素敵な騎士団長について考えすぎると、現実が押し寄せてきた時に辛くなる。騎士団長の摂取には注意が必要なのよね。




 馬車がルビトール離宮に到着し、わたくしはグスタフに手を取られて馬車を降りた。


 どうやらすでに、国王陛下と王妃殿下は到着されているようだった。

 グスタフがまた舌打ちをした。癖なのかしら? 感じが悪いわ。直した方がいいわね。


「トリッジ子爵夫人、準備が遅かったではないか」

 グスタフがぼそりと言った。

 グスタフにとっては、遅くなったのって、わたくしのせいなの!?


「舞踏会があって、出席してほしいなら、事前に言っておいてくださいませ。知らなければ、準備なんてできませんわ」


 グスタフはわたくしの返事を無視して、大広間へと向かった。わたくしはグスタフのスピードについて行くのが、かなり大変だった。


 ワルツらしき曲が、廊下まで聞こえてきていた。


 わたくしはすでにグスタフと婚姻してしまっていた。いくら舞踏会が開かれている大広間に行ったところで、婚約破棄イベントは起こらない。

 こんなに嫌われていても、わたくしは一生、この男の妻として生きなければならない。


 男性は良い。相手さえ了承してくれるならば、第二夫人を迎えられるのですもの。


 王妃殿下は、わたくしをユリウス殿下の後宮にすら入れてくれなかった。

 わたくしが独身でさえいられたら、いつかユリウス殿下が即位された時、必死でお願いしてみたら、後宮に入れていただけたかもしれないのに。


 わたくしが貴族らしい金髪や銀髪に、青や緑の瞳をしていたら良かったのだろうか。

 もはや考えたところで、どうにもならないのに、どうしても考えてしまう。


 大広間に着くと、わたくしはグスタフと共に国王陛下と王妃殿下にご挨拶をした。

「二人の仲睦まじい姿を見られて安心しましたよ」

 王妃殿下はわたくしとグスタフの婚姻に、とてもご満足されているようだった。


「素晴らしい婚姻を賜り感謝しております」

 わたくしが王妃殿下にほほ笑みかけると、王妃殿下はわたくしの手を握ってきた。

 国王陛下の前で、侍女の娘と仲良くしている、やさしい王妃であることをアピールしているのだ。


「テレーゼ、今はまだ新婚だけれど、そのうち時期が来たら、メリッタの代わりにわたくしの侍女になってくれないかしら?」

「お気持ちはとてもうれしいのですが、わたくしなどで良いのですか? 母のようにうまくできますかどうか……」

 わたくしは目を伏せ、王妃様の手を少し強く握った。本当は侍女になりたいけれど、自信がなくて受けられない、という感じを出しているのだ。


「ロスヴィータはメリッタを恋しがっている。最初から上手くなど、やれなくとも良いのだ。結婚生活が落ち着いたら、ロスヴィータの願いを叶えてやってくれ」

 国王陛下がわたくしを励ますように笑いかけてくださった。国王陛下の銀髪と青みがかった緑色の瞳は、わたくしにユリウス殿下を思い出させた。


 ユリウス殿下は、国王陛下のお若い頃に瓜二つだと言われている。ユリウス殿下も年を重ねられたら、今の国王陛下のようなお姿になられるのだろうか。


 王妃殿下の侍女になったら、ユリウス殿下がお年を重ねていかれるのを、おそばで見ていられるだろうか……。


「わたくしなどで良いのでしたら、喜んでお仕えいたします」

 わたくしは潤んだ目で王妃殿下を見上げた。

 王妃殿下はそんなわたくしの頬を、愛し気になでてくださった。

 侍女の娘を慈しむ王妃殿下のお姿は、国王陛下の望む、この国の慈愛に満ちた王妃そのものであるはずだ。


 国王陛下が魔境伯の姿を見つけて、わたくしたちの前から歩き去って行かれた。魔境伯は、魔境と呼ばれている、魔物が多く出る山岳地帯を領地に持つ伯爵だ。


「ハッ」

 グスタフが小さく吐き捨てた。茶番の見物が苦痛だったのだろう。

 わたくしだって同じだったけれど、グスタフはそれを訴えても、聞いてくれるような方ではなかった。


 大広間の扉の近くにいた人々から、驚きの声が聞こえてきた。

 どこかのご令嬢が転んだかなにかしたのだろう。



 きっと素敵な騎士団長と婚約した令嬢が、騎士団長を慕う別な令嬢に、足を引っかけられたのよ。騎士団長が婚約者をお姫様抱っこして、颯爽と退出していく流れね。別な令嬢は悔しがって、さらに怒りを増しているといったところかしら。

 もちろん、この騎士団長も、実在しない騎士団長よ。



 この国に実在する騎士団長は、地位に固執している高齢者ばかりだと聞いている。わたくしにとって現実は、転生前も今も、あまり良いものではなかった。



 妄想していると、いきなりグスタフに肩を抱かれて、引き寄せられた。わたくしは我に返って、グスタフを見上げた。


「来る……!」

 まるで戦闘でも始まるかのような言葉だった。

 グスタフは厳しい表情で、大広間の出入口をにらんでいた。

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