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白い結婚をした転生令嬢は王子様の溺愛に気づけない  作者: 赤林檎


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16.王宮への帰還

 わたくしとグスタフの白い結婚は、明け方には解消された。

 戸籍管理局長と部下たちが、すごい形相で書類を処理した結果だった。


 ユリウス殿下は戸籍管理局長たちに「早くしろ。このように夜更かしすると、テレーゼの肌が荒れるではないか」などと文句を言っていた。


 ユリウス殿下の青にも緑にも見える美しい瞳を『静謐な湖』などと呼んでいる者たちは、ユリウス殿下を遠くから眺めているだけの者たちなのだろう。

 この男のどこに静謐な要素などあるのだろうか。まったく落ち着いたところなどない。常にわたくしのために暴走している。


 この男が偏愛するわたくしが、夢見心地でぼんやり遠くばかりを見ていたために、まわりもさぞや大変だっただろう。

 王妃殿下は王妃殿下で他の妃たちへの嫉妬や、他のいろいろで暴走しているし……。

 この国はよくこれでなんとかなっていたものだ。



 わたくしとユリウス殿下が王宮に戻ると、国王陛下とヨゼフィーネ殿下が門の前で出迎えてくれた。

 わたくしたちが戻ったら知らせるよう、配下たちに命じておいたのだろう。

 それにしたって、国王陛下が門の前で待っているなんて、この国は本当にこれで良いのだろうか……。


「おお、戻ったか、ユリウス」

 国王陛下は明け方の薄暗い中でもわかるほど、顔が引きつっていた。あの表情からして、無理に笑おうとしているのだろう。


「これは父上、おはようございます。私の侍女のテレーゼと共に戻りました」

 ユリウスは『私の侍女』という言葉に力を込めた。

 王宮に仕える女は、国王陛下のお手がつくこともある。ユリウス殿下は、国王陛下を牽制しているのかもしれない。


「お、おお、ユリウスの侍女のテレーゼか」

 国王陛下がわたくしを見て、すぐにユリウス殿下に視線を戻した。わたくしをあまり見たくないような感じだった。


「お兄様、おかえりなさいませ」

「ヨゼフィーネか。私がテレーゼと朝帰りをしたからといって、また妙な話をでっち上げるなよ」

 ヨゼフィーネ殿下は微妙な笑顔でうなずいた。


 わたくしとユリウス殿下の話ならば、ヨゼフィーネ殿下にはでっち上げる必要などないだろう。ヨゼフィーネ殿下が妙な組み合わせの恋愛小説を書いているのは、自分が『噂の出所』になることで、まわりの者たちの命を守るためのはずですもの。


「辺境伯家のフェリクスだが……、どうなった?」

「フェリクスですか。トリッジ子爵とスクチェック子爵令嬢と共に魔境伯家に行かせました。今のトリッジ子爵は魔境伯家の後継者にしようと考えています。父上、いかがですか?」

「魔境伯家からは、後継者として然るべき者を探したいと言われていた。お前の母の一族から魔境伯が出るならば、お前の力にもなるだろう。良いのではないかと思う」

 国王陛下はこういう話を城内でしたくなかったのだろう。王妃殿下に聞かれたくないでしょうからね。それはわかるのだけれど、このような内容を門前での立ち話で済ませて良いものなのだろうか……。


「ねえ、お兄様」

 ヨゼフィーネ殿下がユリウス殿下の腕に、甘えるように抱きついた。

「どうした、ヨゼフィーネ?」

「わたくし、お父様にフェリクス様との婚姻をお願いしましたのよ」

「そうなのだ、ユリウス。辺境伯家との繋がりを強めるためにも、ヨゼフィーネをフェリクスに降嫁させようと思うのだ」


 わたくしは国王陛下とヨゼフィーネ殿下のご苦労を思った。

 お二人はこれまでも、こうして二人で王妃殿下とユリウス殿下のしたことの尻拭いを全力でやってきたのだろう。


「それは実に良い案ですね」

 ユリウス殿下は非常に満足げに、わたくしを見てほほ笑んだ。以前ならば、わたくしはこの笑顔を『穏やかなほほ笑み』なんて考えていただろう。


 ユリウス殿下は今、わたくしに近寄った男が、父と妹によって排除されたことに満足しているのだ。穏やかな要素などまるでない。


「それでだ、ユリウスよ。フェリクスはお前の婚約者だったようだが、それはなにかの間違いだったのだ。お前に婚約者はいない。もうフェリクスのことは気にするな」

「辺境伯家のフェリシア嬢のことですか。『なにかの間違いだった』と父上がおっしゃるのでしたら、そうなのかもしれませんね」

「かもしれないではない! 間違いだったのだ!」

 ユリウス殿下は国王陛下の言葉を鼻で笑った。なんなのだろう、この王子様は……。


「これから母上のところにお話をしに行こうと思っておりましたが、父上がそのように言われるのでしたら、やめておくことにしましょう」

「そうしろ。これは国王としての命令だ」

「わかりました。今は父上の命令に従いましょう」

 国王陛下とユリウス殿下は見つめあい、どちらからともなく目を逸らした。


 ユリウス殿下は、『愛するテレーゼ』を結婚させた王妃殿下に怒り狂っている。

 国王陛下は『愛するロスヴィータ』のために、ユリウス殿下を制止しようとしているのだろう。


 国王陛下ともあろう方が、こんな門のところで立ち話をしているのは、ユリウス殿下を城内に入れて、万が一にも王妃殿下と会わせたくないからに違いない。


「お兄様、徹夜ではテレーゼも疲れたでしょう。テレーゼを王都郊外の離宮に連れて行って、静かに休ませてあげてはいかがですか?」

 ヨゼフィーネ殿下がわたくしに目配せをしてきた。

 ヨゼフィーネ殿下も、兄が母と対決するのを避けたいようだった。


 わたくしはたしかに疲れていた。

 ユリウス殿下に王妃殿下と戦っていただくとしても、もっと体調が万全な時の方が良いのかもしれない。


「離宮か。テレーゼ、どう思う?」

「良いのではないかと思います」

 わたくしは以前の自分を思い浮かべながら、なるべく適当に聞こえるように意識しつつ返事をした。

 以前ならば、こんな時には、『異世界(恋愛)部門』の世界みたいだわ、なんて思っていたはずよ。

 わたくしは、以前の自分を思い出すことで、すぐに物思いにふける自分を演出した。


「では、離宮に行くとしようか」

 ユリウス殿下は国王陛下に向かって、威嚇するように笑ってみせた。こんな親子関係になっていたのね……、この国の国王陛下と王子様は……。


 ユリウス殿下は国王陛下によって、わたくしから引き離されて、ルクコーヒ王国に留学させられたことをかなり恨んでいるのだろう。


 ユリウス殿下はわたくしを伴って歩き出した。


 これまでのわたくしだったら、このままおとなしく離宮に行ったわ。

 ユリウス殿下と離宮で二人きりなんて、妄想がすごく捗ったでしょう。


 王妃殿下は今、きっと怒り狂っていて、国王陛下やヨゼフィーネ殿下たちでは抑えきれない状態なのだと思う。

 だから、わたくしを遠ざけて、攻撃させないようにしたいのよ。


 ――国王陛下、ヨゼフィーネ殿下、わたくしはユリウス殿下がこの国の良き王になられるよう、微力を尽くさせていただきます。


 だけどね、その前に、わたくしにはやらないといけないことがあるのよ。


「あ……」

 わたくしは小さな声を出しながら、その場でふらついてから、座り込んだ。


「テレーゼ!? すまない、そんなに疲れていたのか」

 ユリウス殿下がわたくしの横にひざまずき、心配そうにわたくしの肩を抱いた。

 わたくしはユリウス殿下の鍛えられた胸に向かって、自分の身体をゆっくりと傾けていった。いかにも、そうしたくないのに勝手にそうなってしまっている風に。


「ユリウス殿下……、申し訳ありません……」

「なにも心配するな」

 ユリウス殿下はわたくしを抱き上げてくれた。わたくしが申し訳なさそうに笑うと、ユリウス殿下の頬が赤く染まった。


「テレーゼ、離宮行きはまた今度にしよう」

「はい……」

「この王宮で最も豪華な寝室に連れて行こう。……ああ、それは国王たちの寝室だったか。私たちにはまだ少し早いな。私の寝室に連れて行くよ」

 ユリウス殿下は不穏な空気をまといながら、わたくしを抱えて歩き出した。

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